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頭で考えるより先に身体が動いた。
  月並みだけど、そんな言葉しか思いつかないな。
  元はと言えば、全部俺の勝手な行動でこうなっちゃったんだし?
  自分で蒔いた種ぐらい、自分でどうにかしなくちゃいけないんだよ。
  って、今だからこんな事考えてっけど、あの時は本当に、身体が勝手に動いた。
  どう考えても、身勝手でわがままな考えだとは思ってっけど、
  死んで欲しくない。怪我をしないで欲しい。
  二人とも、自分が大切に思う相手だから・・・。
  そう思ったら、体が勝手に動いた。
  自分の頭が、ちゃんとその行動について行ける前に。顔が物凄く熱くなって・・・
  ・・・?覚えてね―や、そのまま気絶したみてぇ。情けない・・・。
  
 
  ふ、っと目を覚ました。
  ゆっくりと焦点を合わせると、泣きそうな顔してんのに無理やり笑ってるアークの姿があった。
  どこだっけここ?何で此処にいんだっけ?
   「カイン。大丈夫か?」
   「ここ・・自分の部屋だよな?・・・俺、なんで・・?」
  アークの手が俺の髪を撫でていく感触を、気持ちよく感じながら、俺はこいつの話に耳を傾けた。
   「お前が、一人で町まで買い物に行くと言って出て行き、どういう経緯があったのか知らないが、
    私と同じ種族の者に捕まった。・・・その後の事は、思い出したか?」
  ・・・あー、俺が殺したような気がする。
  そうそう、なんか町にいたときに話し掛けられて、何かむかついたから、ソレの家かなんかで
  殺した。
   「あ、そっか。その後俺、倒れたんだっけ?」
   「・・・ああ、」
  歯切れ悪いなこいつ。
  ・・・そういや、俺、倒れる前・・・・
   「・・・悪い、心配かけた。」
  半分壊れてたな、あれは。今までの暗い部分を全部吐き出した感じがする。
  素直に謝ってんのに、こいつ、驚いた顔してやがる・・・。んな顔してっと、もう二度と謝んねーぞ!
   「何、驚いてんだよ・・・」
   「・・・随分と素直だな。」
  ほーお、人の素直な感謝の気持ちを・・・。もう、二度と謝んねぇ! 今、決めた!!
  いらついた俺は、アークの手を叩くと頭から布団をかぶった。
  こいつは、そんな俺を布団の上から抱き寄せた。
   「カイン」
  すぐ耳元で声が聞こえた。
  優しい声。全てを許してくれそうで、全てを包んでくれそうな、そんな声。
  こういう声を出す時って、大抵優しい表情をしてるんだよな、こいつ。
  あえて顔は見ないで、俺はアークに寄りかかって言った。
   「あんたが望んでた記憶。戻った。」
  ピクリ、とアークが動いた。そして強く俺のことを抱きしめた。
   「・・・すまない。」
   「何で謝んだよ?お前、何か悪い事でもしたか?」
   「・・お前を、苦しめているばかりだ・・・。」
   「バーカ、それは俺自身のせいだ。お前が悲しむなよ、俺が困る。」
  そう言うと、アークはまた俺を抱く手に力を込めた。
  少し痛てーけど我慢してやる。・・・嫌でもないしな・・。
 

 「゛カイン"と言う名は、俺たちの間では罪人を意味するんだ。」
 ポツリと、言い始めたカインは、どこか感情が抜けているように見えた。
  「神の子でありながら、たった1人の弟を殺した゛カイン"は、神の愛に背き、裏切りを犯し、そして弟殺しの
  罪を背負った。」
 俺にぴったりじゃん。と、カインが呟くのと、お兄ちゃん!と、カインの弟が叫んだのは同じだった。
 悲しみに暮れているカインの弟の顔が、私を、生かしておくものか、とばかりに睨みつけてくる。
 カインには悪いが、私にとっては滑稽でしかなかった。
 勘違いもいいところだ。
 私がカインに惑わしの術を掛けただと?
 そんなことをして私になんの利益がある?
 心の無いカインを手に入れてどうする。
 あの時はただ、冷たい気持ちだった。
 暗い感情をどうしていいか分からず、ただ、冷たい笑みが浮かんだ。
 ゛カイン"と言う名が、どう言う意味であろうと、私にとってはたった一つの者を呼ぶ名前でしかない。
  「それで?お前達は一体どうしたいんだ?」
 私がそう言うと、面白い具合に4つの顔がいっせいにこちらを睨んだ。
  「お前を殺して、兄を取り返す!」
 その言葉がきっかけとなり、カインを抜かした3人と私は争いを始めた。
 
 はっきり言ってしまえば、戦っている最中の事など何も覚えていない。
 殺気のこもっている切っ先をかわし、身近なものから動かなくさせていった。
 自分はそれほど弱くは無いと、自負している。
 それでも、四対一と言うのは辛い。ただでさえ、カインに似た顔が私を殺しに来るのだ。
 カインの弟を殺してしまっては、カインが悲しむ。
 自然、カインの弟への攻撃は弱くなる。
 どうしたら良いか。争いごとの最中に考え事をしていた私は、知らず知らず相手に隙を見せていた。
  「その首もらった!」
 その言葉に、はっ、となった時には手遅れだった。
 首を持っていかれることは無いだろうが、多少の深手は覚悟しなければなるまい。
 そう自分で次の攻撃を解釈し、覚悟を決めた。
 だが次に来たのは・・・
 ふわり、と風になびくクリーム色の髪、両手をいっぱいに広げる、その後ろずがた。
 目の前の敵の驚愕に満ちた顔。
 その手にある、細い剣の先から流れる赤い血。
  「あ、ああ・・・」
 震える手から剣を落とし、その場に崩れ落ちる、カインを切った者。
 ゆっくりと、私の方に倒れてくるカインを抱きしめ、その切られた場所を確認する。
 大丈夫だ。たいした場所は切られていないはず。命にかかわる事は無いはずだ。
 微かに震える指先をあえて無視して、カインの身体をそっと、こちらに向けた。
 心臓が止まるかと思われるような衝撃。
 カインは、私の好きなその、両の瞳を深々と、切られていたのだ・・・。
 
夢を見ている。
 
  「やっと見つけた・・・、さ、帰ろ?・・・お兄ちゃん。」
 
 俺のことなど忘れてくれているのだと、勝手に思い込んでいた。
 
  「大丈夫だよ。お兄ちゃんを惑わせたそいつはを殺せば、きっと正気に戻れるから。」
 
 まさか、こんな事になるとは微塵すら思ってなかった。
 
 昔の夢を見る。
 これは、俺の記憶が失われる直前の事・・・
 
 
 
 どういう経緯か忘れたけど、その日俺とアークは家から抜け出し、森を歩いていた。
 空は天を高く見せるような青空で、優しい光が木々の間から地を差していた。
 風は無かったが、とても穏やかな日だった。
 他愛の無い、会話をしていたんだと思う。
 いつもみたいにじゃれて、微笑んで、自由気ままに森の中を歩いていたんだ。
 それがいきなり壊れた。
 俺たちの前に、俺の知った顔が3つと、俺の、たった一人の弟が、珍しく大人びた顔をして、微笑んでいた。
 
  「お前を見つけるのに、随分時間を潰したもんだ。」
  「随分と弟さんを悲しませた様ですよ?貴方のせいではなくても、謝った方がいいでしょうね?」
  「・・・やっと見つけた・・・、さ、帰ろ?・・・お兄ちゃん。」
 わけがわからなかった。
 こいつらが何を言ってんのかも、何を考えてここにいるのかも。
  「大丈夫だよ。お兄ちゃんを惑わせたそいつを殺せば、きっと正気に戻れるから。」
 両手を握り締め、目に涙を溜めた自分の弟の姿に、心が痛んだ。
  「術に掛かった場合、その術者を殺すのが一番手っ取り早い。」
 その言葉にクスリと、冷たく笑ったアークの無表情な顔。
  「我が一族の一人を惑わしたこと。死んで後悔しろ」
 わけがわからず、一人動けないでいる俺と、一言も喋らないでいるアークを無視して、冷たい言葉が飛び交う。
 何故この時、俺は一言゛違う"と、言えなかったんだろうか。
 何故、゛自分の意志でこいつの元に来た"と、言えなかったんだろうか。 
 呆然とする俺を庇うようにアークが手を前に出し、言った。
  「カイン、下がっていろ。何も心配する必要は・・・」
 ない、と、言いかけたアークの言葉を遮ったのは、自分の弟。
  「貴様!人の兄に罪人の名を付けるとは、ふざけるのも大概にしろ!」
 その言葉に、アークがこちらに不思議そうな顔を見せた。
 

・6

月夜