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・6へ

「アーク!!」
 突然名前を呼ばた。
 カインの瞳へと、手を伸ばしかける途中だった。
 カインは、私の名前を忘れたはずじゃなかったのか?
 思わず伸ばしかけた手が止まる。
 カインは、私のその手を大きく見開いた目で凝視しながら、涙を流した。
 ただ、ボロボロと流れる、突然のカインの涙に私は動けなくなった。
 カインの涙の訳は分からないが、その涙があまりにも透明で、冷たく、悲しくて。
 カインにこんな涙を流させた自分自身に、深い嫌悪感を抱いた。
 このままだとカインが、どこか遠くへ行ってしまう。
 それだけはさせない。
 私の側を離れるなと、何度囁いた?
 私がお前の全てを守ると、何度教えた?
 お互いにお互いから離れる事が出来ないと、何度言い合った?
 私が、お前を一度手放した事を、これほど悲しんでいるなら、泣き止んでくれ。
 私も、もうあんな思いは二度としたくない。
 全てに誓って言える。
 たとえ、私が死のうと、お前が死のうと、二度と離さない・・・。
  「カイン!!」
 分かってくれ・・・。
 細い身体を力の限りに抱きしめる。
 細い腕が答えるように、しがみついてくる。
 そして、カインはゆっくりと、その意識を闇へと落とした。

全てにイライラする。人のことを『堕とされた者』だの好き勝手言っていた
 男や、床や壁の冷たさ、半開きになっている扉、煙を上げている銃。
 そして、今、目の前に立っている静な目をしている男。
 全てにイライラする。全てを壊してやりたい、全て無かった事にしたい。
 全て無くしたい。
 
 ―――全て亡くして来たくせに―――
 
 一瞬、自分の中から出てきた言葉に泣きそうになる。
 力が抜け、俺はゆっくりと構えていた銃を下ろした。
 俺を助けに来た男が近づいて来て、右手で俺の頬を撫で、その手を頭にまわし、
 自分の方へ抱き寄せた。
 俺の耳に、自分のものではない鼓動が聞こえる。
 触れる部分が暖かい。
 髪を梳く、その手の感触が気持ちがいい。
 ・・・また、泣きたくなった。
  「なんで、ここにいんだよ・・・」
 いつも通りの声になっただろうか?少し、震えている気がする。
  「お前が、ここにいるような気がしたから来た。」
 いつも通りの優しいこいつの声が、ゆっくりと俺の中に入ってくる。
  「カイン」
 呼ばれて、顔を見上げると、優しくて、優しすぎてキレイな顔が自分を見ていた。
  「私は、お前に会えて良かったと思っている。」
  「・・・知らねぇ・・・」
 人の心を読んだように、こいつは俺に欲しい言葉をくれた。
 ウソでも、その場限りの言葉でも、嬉しいけど恥ずかしいから、突っぱねてみせる。
 回せないでいた腕で、俺はこいつから体を離した。
 顔なんて見たら、まじに泣きそうだから俯いたまま。
 その視界の隅に赤いものが見えた。
  「そいつなら、今は死んでいるから動きはしない。」
 俺の視線の先にいるものに気がついた男が、同じようにソレを見ながら言った。
  「・・・・今は?」
  「ああ。放って置けばそのうち生き返る。知っているだろう?」
  「知るかよ」
  「・・・そうか」
 なんか、言外に無知と言われたような気がして、むかつく。  
  「生き返んねぇようにすんには、どうしたらいいんだよ?知ってんだろ?」
 これで知らないとか言ったら殴る。
 が、こいつは、動かないものに視線を合わせたまま、口だけを動かし答えた。
  「首を切り落とし、心臓に杭を打つ。そうすれば、もう二度と動かない。」
 そう言うと、俺の目を見ながら次の言葉を続けた。
  「私のときもそうすればいい。完全に殺す事が出来る。こいつと私は同種族だからな」
 どこか皮肉げに笑う顔を、俺はただ真っ直ぐに見た。 
 俺は、こいつを殺したいと思う時が、いつか、来るのだろうか?
 もし、そうなら・・・
  「俺は普通に殺ってくれりゃあ死ぬから。お前らみたいに頑丈じゃねぇし。」
 からかうように笑ってやると、こいつは難しい顔をした。
 ふざけるな、とてでも言いそうな顔だ。
 もちろん、俺はふざけていないけど。
  「とりあえず、これをどうにかしよう。 血が飛ぶ。少し離れていろ。」
 そう言われ、断る理由もないので、言われた通り離れた。
 
 扉の外にあったらしい尖った棒状のものを、横になっているものの心臓部分に打ち付けているのを、
 俺は、扉の横の壁に寄りかかって見ていた。
 あいつの後ろ姿しか見えないため、どんな表情をしているのか分からないが、
 ふと、同族の後始末をさせていることに、なんとなく、本当になんとなく、嫌な気がした。
 後は俺がやろうと少し近づいた、丁度その時、横になっているものの首がその体から離れた。      
  
  

  「何をしている・・・」
 私が男に声をかけると、そいつは驚いたようにこちらを向いた。
  「なっ!・・・お前、フィ・・」
  「黙れ、貴様の声など聞く気はない。」
 男が何かを言おうとする前に、私はそいつの顔を片手で押さえ込んだ。
 指に少し力をこめると、男の頭蓋骨がみしみしと音を立てた。
 それと共に男のうめき声が聞こえた。
  「あーあ、何、弱い者虐めしてんだよ。」
 そのうめき声を消すように、カインが声を上げた。
 壁に寄りかかたまま座っている。両腕は後ろで縛られている様だ。
 その、反省の色が無い言い草に少し腹が立ち、カインを睨む。
 だがカイン本人は何が嬉しいのか、笑みを浮かべている。
  「な、何で・・・?どうしてだ?お前、どうしてこの男が・・・」
 突然の事で混乱しているのか、名も知らないこの男は意味の通じない言葉を並べている。
  「何が言いたいかわからないが、こいつに目をつけたのが運の尽きだ。
 少しでもカインに手を出す可能性がある者は、消さなくてはいけないのでな。」
  「・・・カイン?」
 と、それまで体を強張らせていた男が、ピクリと動いた。
  「?」
  「カイン?・・・そうか、お前、堕とされた者だったのか。・・・ック、ックック。
 随分とお似合いなだな・・・君たち2人は・・・」
 こいつ・・・。
  「神から見放されて、この男の下へ来たのか・・・見かけと随分違い、汚いようだな・・・」
 嘲りがまじった笑いが男の口から溢れる。
  「黙れ。」
 指に力をこめ、男の口を閉じようとしてみるが、殺される恐怖に感情がついて行けないのか、
 汚い笑い声は止まるどころか、大きくなっていく。
 このままこの頭を潰してしまおうか、と、力をこめたその時、 
 パンッ・・・っと、乾いた音と火薬の匂いが私の元に届いた。
 
 男の体が横にゆっくりと倒れていき、
 
 銃を構えたままのカインの姿が現れた。
 
 カインの戒めていた枷は、いつの間にかカインの足元にあり、自由になったその手で、
 カインは男の心臓を銀の弾丸で撃ったのだ。
  「・・・・・」
 冷たい月の瞳が、言葉無く、私を責めるように見ている。
 カチリ と、カインが拳銃のトリガーを引いた。
 私とカインの間に、冷たい空気が流れる。
 狙われているというのに、焦る気持ちが少しも私にはない。
 逆に、心静かになる。 穏やかになる・・・。
 

・5

月夜