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月夜
間近に見える、銀にも見えるやつの白い牙に、自然と体が強張る。
 意識しないよう、俺はあえて顔をそらし横を向いた。
  「力を抜いてくれ、危ないぞ。」
 首筋に柔らかな息がかかった。 思わず蹴り退かしてぇ衝動に駆られるが、
 よろよろのこいつにそんなことしたら。間違いなくくたばる。 がまんだ。
 一度深呼吸をして、力を抜く。力を抜いたと同時に、首に冷たい感触がした。
 冷たくて、柔らかい感触。
 それだけだった。考えていた痛さはちっともない。
 痛くないのはアレか?蚊が、血を吸うとき麻酔を出して相手に針を刺すってやつと同じなのか?
 ・・・蚊と同じって言ったら、こいつはどんな顔するかな?
 嫌な顔するかな?一緒にするなって言うか?
 なんだかとても静かだ。なんとなく、そう思う。
 自分に覆いかぶさる、こいつの頭を撫でてみる。意外とさらさらする。
 そういや、撫でられることは多いが、俺がこいつの髪、触る事ほとんどねぇな。
 ・・・だんだん力が抜けていくのがわかる。
 でも、もう少し。こいつが少しでも満足出来るように・・・。
 ・・・・・・もう少し。
 ・・・・・・・・・なんか、眠い。・・・
私は久しぶりの味に、半分我を忘れていたのかもしれない。
 私の頭にあったカインの手が、ポトリと、落ちた。
 カインの血に酔いしれていた私は、その音に我に返った。
  「カイン?」
 カインの首筋から口を離し、その耳元に囁いてみるが、反応がない。
  「カイン?カイン!?」
 慌ててカインを抱き起こすが、ぐったりしていて動かない。
  「カイン!!」
 やり過ぎた、そう思ってもすでに遅い。
 カインの、いつもは温かい体温が冷たい。
 呼びかけているのに、反応しない。
  「カイン・・・」
 カインを腕の中に納め、その顔に自分の顔を近づける。
  「・・・ん・・」
 小さなカインの呟きとともに、かすかな呼吸が、私の頬をかすめる。
 それでも不安で、カインの胸に手を置く。 弱いが、動いている。
 よかった・・・。
 思わず、安堵のため息がもれた。
 ぐったりとして動かないカインの体を、私は強く抱きしめる。
 この子がいない生活は、私には苦しすぎる。
 一日を、どう過ごしていいのかわからない程に。
 無意味に過ごしていた日々がやっと終わり、また、この子との
 生活が始まると思っていたのに・・・。
  「バカだな、私も・・・」
 呟く私の言葉は、空しく宙をきった。
 
―――どうして!何でそんなこと言うの!?―――
  何でって、そう思った事だし、お前には隠しておけねぇ事だから・・・ 

  ―――そんなこと言ったらどうなるかわかってるの?!―――
  わかってる。だからお前に言ってんじゃねぇか・・・

  ―――僕を、一人にするの?―――
  違う! そういう意味で言ってんじゃない!
 
    ―――僕は、もう、必要ないんだね・・・―――
  だから、違うって言ってんだろ!!ただ、俺は・・・・

  ―――僕を、 見殺しに、 するんだね。 ・・・お兄ちゃん・・・・―――
  違う!!!







 俺は目が覚めた。
  「・・・・・・?」
 視界がぼやけてよく見えないが、ベットに横になっている俺の顔を覗き込む
 ように、あいつが俺の真正面にいることがわかった。
 何で、寝てんだ俺? 貧血で寝てたのか?
  「カイン・・・大丈夫か?」
  「寝すぎかわかんねぇけど、体がいてぇ・・・」
 そう言うと、こいつは泣きそうで優しそうな微笑を浮かべて言った。
  「そうだろうな、お前は2日間眠っていたからな・・・」
 は?
  「ふ、2日間!?」
 がばっと、起き上がると、頭が揺れた。
 クラクラと目の前が回ってる。どうやら俺は、そうとう重症のようだ。
  「急に起き上がるな、まだ寝ていろ。」
 顔をしかめ、頭を押さえる俺を、こいつはそっと、ベットにもどした。
 横になり、全身の力を抜くと、体が沈むような感覚がする、ため息をはくと、
 全身のだるさは消えないものの、なんか楽だ。
  「すまないな・・・」
 顔を横にすると、悲しそうな目でこっちを見ている。
  「しかたねぇだろ。あやまんなよ、むかつくから。」
  「だが、やりすぎた。」
  「生きてんだから、いいじゃねぇか。大体、こんな事になる前に、誰か別の
 人間の血でも飲んでりゃよかったんだよ。」
 俺が、ため息半分そう言うと、こいつは俺の頬に触って、髪を撫で始めた。
 冷たい手が気持ちいい・・・。
  「お前が、自分の血以外飲むなと言ったんだぞ?」
 知らねぇよ・・・。
  「何で俺がそんなこと言うんだよ?」
 そう言うとやつは嬉しそうに少し笑った。
  「私のためだそうだ。」
 なぜ、そうなる?俺は記憶ねぇしわかんねぇ。
  「覚えていないか・・・」
 そう呟くと、こいつは何かを考え始めた。
 俺にはさっぱりわけがわかんねぇ。   
   
カインは何も覚えていない。
 それはある意味安全で、ある意味危険かもしれない。
 この子の瞳が曇るのは嫌だが、前のように危険な目にあった時、
 何も知らないままでは、何も出来なくなり、混乱するだけだろう。
 前はこの子の、目と記憶だけで助かったが、次は・・・。
  「カイン」
 そう呼ぶと、頭を撫でてもらって気持ちよかったのか、目をつぶっていた
 カインが、深い、銀色の瞳でこっちを見た。
  「何?」
  「お前は嫌だろうが、・・・記憶を思い出して欲しい。その方がきっと、
 安全だ。」
  「安全?何が?」
  「お前と私の命だ。」
 さすがに驚いたのか、カインが固まった。本当の事だから仕方がない。
  「なんで・・・・?」
 そう言うカインの言葉は力がなく小さい。
  「それを知っていたほうが、いいだろうと思ってな、思い出してくれ。」
  「いや、思い出せって言われても・・・」
 まあ、たしかにそうだ。さて、どうするか?どうすれば思い出すんだ?
 ショック療法とか言うものがあるようだが・・・あまりやりたくないものだな。
  「本か何かに書いてあるかも知れないな、調べてこよう。」
 腰掛けていたベットから立ち上がると、聞こえるか聞こえないかぐらいに、
 カインが、「あっ」っと言った。
  「?どうかしたか?」
  「別に!」
 振り返った私の視線から逃れるように、慌ててカインは横向きになった。
  「?」
 カインの顔が隠れる寸前。私は彼の顔が真っ赤になっていたのを見逃さなかった。
 ・・・?ああ、なるほど。
 まるで子供のようなカインの様子に顔が緩んでしまう。
 私はもう一度ベットに腰掛け、カインの髪に手を伸ばした。
  「な、なんだよ!?調べに行くんだろ!」
  「いいから、もう一度寝てしまえ。側にいてやるから。」
 今度はカインの顔が真っ赤に染まるのをちゃんと見た。
  「さっき、怖い夢でも見たのか?」
  「ガキ扱いすんじゃねぇよ。」
  「私から見ればお前は赤子同然だ。わかっているだろ?もう、自分の歳さえ忘れた
 男に、たった数年で人間以上に成長した子供が言う言葉ではないな。」
 そう言うと、カインは不本意そうだが黙り込み、されるがままになった。
 しばらくして、静かな部屋にカインの穏やかな寝息が聞こえてきた。
 私はそれをそれを聞きながら、しばらくはそこを動かなかった。