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椅子に手を付いたまま苦い顔をするこいつを、俺は見ているだけしか出来なかった。
 唇を噛み締めるその顔はよく見れば、白かった。
 もともと白い顔が、青く見えるぐらいだ。
 俺は何も出来ず、唇をかむだけだ・・・何も出来ない・・・。・・・・・・・。むかつく。
  「おい!どうしたんだよ?!具合でもわりぃのかよ?だったら寝てたほうが、
 それとも・・・」
 そこで俺は何かがひかっかた。
 こいつ、俺がいない間、何食ってたんだ?
  「お前、まさか・・・」
 両腕掴んでこっちを向かせる。
  「お前ちゃんと食ってたのか!?くってねぇだろ!?バカか!?」
  「・・・そこまで言う必要があるか・・・?」
  「ある!言いから早く俺を食え。」
 俺が必死で言ってやってんのに、こいつは人の頭の撫でるだけで、一向に動く気配がない。
 いらついてきた俺が、怒鳴るより一呼吸早く、
  「今はいい。怖いからな。」
 そう言って、俺の横を通りすぎていった。
  「・・・・・・・・・・・・」
 一人になった部屋で、俺は静かに肩を震わせる。
 ・・・怒りに。 
  「あ、の。やっ、ろ〜っっ!」
 何かを考えるより早く、俺はあいつの後を追って、走った。
 
 
 
  「おい!!!」
 扉を勢いよく開けると、ベットに座っていたあいつが顔をしかめた。
 どーも、俺と顔を会わせたくないらしい。
  「おい。こっちを向け、」
 なんか疲れてきたんで、声を落とし、ベットに座ったまま顔をそむけているこいつの顔を両手で挟み、
 こっちを向かせる。
 珍しく、こいつの目は不安そうに揺れている。
 俺のことを心配してくれんのはいいけど、お前が倒れちゃ、意味ねぇのに・・・
 わかってこんな顔してんのか?・・・いや、わかってねぇからこんな顔なんだろーな。
  「俺は平気だから。多少の事じゃあ死んだり、倒れたりしねぇって。だから・・・」
  「私の方こそ大丈夫だ、カイン。すまないな、心配をかけ・・・」
  「ざけんなよ?」
 なにを謝ろうとしてんのかしんねぇけど、まじに切れそうだ俺は。
  「どうでもいいから!俺のことを体中に感じさせてやるから、味わってろ!」
  「お前・・・」
 さっきっから、いらついている俺の言葉に驚いたように、目を丸くさせて、俺を見る、そして、
  「どこでそんな言葉覚えてきた・・・?」
 心底心配そうな声を上げた。
  「どこって・・・別に、どこも・・」
 なんでわけわかんねぇことばっか言うんだ?この男は?
 混乱する俺の頬をそっと撫で、そのまま俺は、こいつの真横に座らせられた。
  「知らないぞ?どうなったても・・・」
 俺の顔に自分の顔を近づけ、ゆっくりと、脅すように、確かめるように、聞いてくる。
  「・・・いいって言ってんだろ・・・」
 別に、それに脅されたわけじゃねぇけど、自然と声が小さくなる。
  「そうか・・・それじゃあ、 いただくか・・・。」
 なんかさっきと別人だぞこいつ・・・。
 この男の手が、俺の頬を撫で、そのまま肩をつかみ、ゆっくりとベットに倒していく。
 横になった俺の首めがけて、あいつの顔が降りてくる・・・。
  
月夜
「・・・カイン、それは嫌味か?」
 カインを自分の家に連れ帰った次の日の朝、私はカインの部屋の前に立っていた。
  「? 何が?」
 私にきずいたカインは、不思議そうな顔をした。
 私は指でこめかみを押さえながら、視線で訴えた。
  「?・・・ああ。なんだ、あんたもこういう物だめなのか、意外だな。」
  「だめと言うわけではないが」
 軽いため息を吐きだしながらカインを見ると、クックッと笑っている。
 胸に掛かるロザリオを指に絡ませながら、カインが私に近づき、そのロザリオを
 私の頬に軽く当てた。
 思わず顔をしかめる私に、楽しそうにカインが言った。
  「どんな感じ?ピリピリくんのか?」
 クスクス笑うカインの腕を捕り、頬に冷たく当たっていたロザリオをどかす。
  「そういうものは来ないが、嫌な気分になるからやめろ。」
  「わかった。けど外しはしねぇからな、これがねぇと落ちつかねぇし。」
  「わかっている。」
 頷いた私に、カインが不思議そうな顔をした。ロザリオを持ってないと
 カインが落ち着かないのを、何故私が知っているのかがわからないらしい。
 私は少しいたずら心を起こし、掴んだままのカインの腕をひっぱり、
 不意をつかれ、私に倒れこんで来たカインの耳に、
  「おまえの事なら何でも知っているさ。」
 と、低く呟いた。
  「・・・へぇ、それじゃあさ」
 そう言いながら、カインが私の首に腕をまわし、寄りかかる。
  「俺の好みも知ってるよな?」
  「ああ。」
 カインの柔らかな髪を撫でながら、私はカインの言いたいことを理解し、
 確認を取る。
  「パンとコーヒーだったな?砂糖は必要か?」
  「ん、いらねぇ。」
  「わかった。」
 最後にゆっくりとカインの髪を梳き、私はカインの朝食を作るため部屋を離れた。
 

あの男が俺から離れ、部屋を出て行ったの後、俺は思わず顔をしかめた。
 何かが変だ。 何であんなに当たり前のように俺はあいつと接しているんだ?
 あいつは俺のことを知っている。食べ物の好みがわかるぐらいだから、あいつの
 言う通り、一緒に暮らしたことがあるんだろう。
 それじゃあ何で俺はその事を覚えてねぇんだ? 俺の記憶は、昨日までいた村に住んでいたとこしかない。 記憶喪失?
  「んな、バカな、・・・あるわけねぇじゃん・・・。」
 そう呟いてみたが、変だ。
 そういや、あいつの好みは俺もわかんのに、名前がわからねぇ。
  「・・・・・・・・」
 自分は何か大切なことを忘れている。 これは確実だ。
 あいつの名前よりも大切な、何か。なんだ? 嫌な気分だ。
 無意識のうちに左手で玩んでいたロザリオが、チャラチャラと、澄んだ冷たい音を立てる。 
 コーヒーの匂いが、どこからか流れた来た。
 俺は一度強くロザリオを握った後、朝食を食いに部屋を出た。
 
 
  「なあ、俺、記憶ねぇじゃん。何でか説明してくんねーのか?」
 ミルクを入れ、うすく濁ったコーヒーを飲みながら俺は聞いてみた。
 こいつの入れるコーヒーは、なぜか美味い。もしかして豆からとってんのか?
 こつらも゛血"以外の物を口にすんのか・・・
 そのコーヒーを入れた張本人は、俺の前に座り、こっちを見ている。
  「・・・説明、して欲しいのか?」
 ゆっくりと、当たり前のことを聞いてきた。
  「じゃなきゃ聞かねぇよ。」
  「だろうな、」
 ・・・わけわかんねぇこと言いやがる。
  「だが、私はお前にその理由を言いたくない。・・・昔の記憶が無いのは
 私もさびしいがな、前と同じに接してくるお前がいるからいいさ。」
  「俺は良くねぇ。」
 呟いて、残ったコーヒーを一気に飲み干す。
 あいつはそれ以上何も言わず、ただ俺を見ているだけだ。
 俺が、強く、記憶を無くした理由をこいつに聞けば、きっと答えてくれる。
 そう、疑いもしないのだが、俺はなんか聞く気になれなかった。
 嫌な予感がする事と、こいつが嫌がっているから・・・。
  「カイン」
 どこか苦しそうでいて、強いこいつの声に、俺は真っ直ぐにこの男の目を見た。
  「お前の命も心もカラダも、全て私のものだ。誰にも邪魔はさせない私だけのもの。」
 じっと、俺の目を見ながらとんでもねぇこと言いやがった。
 驚きと同時に笑いがこみ上げてくる・・・。
  「・・・ック、クスクスクス・・・・。バ、バカかお前。コレは、俺自身のものだ、いくらお前でも
 渡せない。」
 まだ笑いが収まらない。あいつが俺の言葉に少し、わかるかわからない程度に、
 顔をしかめるのがまたおもしろい。
 席を立ち、後ろから抱きついてみた。
 クスクス笑う俺につられたのか、少し口元が上がっている。
 ひさしぶりに幸せだと感じた。

カインはまだ、私の背中にもたれたままクスクス笑っている。
 まったく、こいつは人の気も知らないで・・・。
 だが、自然と口元が緩むのは何故だろうか?
 カインの記憶は必然的に無くなったのか、それともただの偶然なのか?
 いまだにわからないが、あのたまに曇る瞳を見なくてすむなら、
 いい事だと思う。 我ながら勝手な解釈だが。
  「カイン、いつまで笑っている。」
 少し責めるような口調でそう言うと
  「だってお前が・・・」
 と言う、呟きが耳元で聞こえた。
 まったく・・・。
 カインの腕を解き、椅子から立ち上がろうとしたその時、
 ふらり、と、景色が回った。
  「・・・っつ」
  「お、おい!」
 椅子に手をかけ、倒れる事は免れたが、カインの慌てた声がいやに
 大きく響いた。
  「大丈夫だ、立眩みがしただけだ・・・。」
 顔をしかめているカインの頬を撫で、私は頭の中で原因を探った。
 答えはあっさり出てきた。
 ここ何ヶ月、何も口にしていない・・・。 軽い栄養失調だ。
  「まいったな・・・。」
 心配そうに顔を覗いてくるカインの髪を撫でながら、思わず呟いた。
 カインにいつもの様に頼めばいいのだろうが、いつもはできる加減が、
 今回は出来るかどうか危ない。
 下手をしたらカインを殺してしまう恐れもある。
  「・・・・・・」
  「おい?大丈夫なのか?」