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ソレを見つけたのは偶然だった。
 めったに出ない自分の家から深い森の奥へと、今にも崩れそうな
 空の下、歩いていった。
 今思えば、私はソレに呼ばれていたのかもしれない・・・ 迷いも
 なくその場所へと、足を運んだのだから。
 ソレの第一印象は、森に捕らわれた天使だった。
 自分の種族の敵を一番に思ったわりには、警戒心がなかった。
 蒼いつる草に捕らわれている子供は、死んだように動かなかった。
 子供の周りに咲き乱れる紫の花は、奇妙な形をしていたが、私には
 それの名前がわからなかった。 もともと、そういう物には興味がないのも理由
 の一つだったが、見ていて、気色の悪い花だと思った。
 パチリと、音が出たんじゃないかと思うほど唐突に、勢い良く、その子供が
 目を開けた。
 ゆっくりと、顔をこちらに向ける子供は、私の顔を見て、 笑った。
 
 
 
 その子供の成長は早かった。
 私たちの種族が、人とは違う時間の中で生きているとは言え、
 人の中に流れる時間を理解できないわけではない。
 子供は、人の時間の中でさえ、早いと思うほどに成長していった。
 私はその子供に、名前をつけなかった。必要が無かったからだ、一度、
 名前を考えようかと思った時もあったが、そう簡単に出てくるはずもなく、
 結局、子供の名は、子供が私に拾われただいぶ後に、自分でつけた。
 あの、気色の悪い花の前に立ち、どこか、ぼうっとした目をしたまま、
 子供は、自分の名前を「カイン」とすると、私に言った。
 私は笑って頷いた、その名前の意味も知らず・・・。
 
 
 私はあまりエネルギーを必要としない体だが、物を口にしないと栄養が足りなくなる。
 私は、体が食欲を訴えて来た時に、カインの血を飲んだ。
 この子が貧血を起こさないように、いつも気を使いながら・・・
 カインの血は今までのものに比べ、とても甘くかった。
 かなり昔に飲んだ聖女の血よりも、清らかに私の喉を流れていった。
 私はカインが好きだった、自分の子供のように、弟のように、友のように・・・
 今まで生きてきて、存在しなかった者が、私の前に現れた。
 私はカインが大切だった。
 だから、助けた。 全てをかけ、この子の命を・・・。
 また、一人になったこの家の庭に、蒼いつる草の紫の花、「時計草」が咲く。
 

「久しぶり、だな・・・。」
  自分の目の前に現れた男は、言葉を選びながらそうつぶやいた。
  自分は相手を知らないのに、相手は自分の方を知っているらしい。
  「・・・・・・」
  なれなれしく、言葉をかけられる覚えもねぇから返事もせず睨んでみた。
  男はじっと、人のことを見てくる。 
  その視線がうざったい。 視線を合わせているだけでイライラしてくる。
  だが、同時にこの男から視線を外すことができないでいる。
  「・・・・・・・・・・」
  しばらく沈黙が続く。この男は話す事が苦手らしい、最初の一言以外、
  何も喋らず、顔も無表情でいる。
  男が動いた。
  こっちに近づき、右手をゆっくりと上げ、自分の頬をその手のひらで
  ゆっくりと撫でてきた。
  男の手のひらは大きく、懐かしい感じがした。
  「カイン・・・」
  男が俺のことを呼んだ、俺は男の手を振り払うどころか、目を瞑り、
  その懐かしい感触に浸っていた。
  男に抱きしめられた。
  懐かしい気持ちと安心感、自分にそんなもんがあったのか、と、
  思うような気持ちが、大きくなっていくのがわかる。
  男の手が、俺の髪を梳いていく感触を感じながら、
  「また、一緒に暮らそう・・・」
  と言う、言葉に何の考えも持たず、ガキのように俺は頷いた。
  本当に、この時は何も考えず、ただ一緒にいたいと、小さな子供が
  親や、兄弟にするようにただこの男にすがっていた。
  
 

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月夜
 なんとなく家に篭ってんのが嫌で、外を歩いてみる。
 陰気な雰囲気も嫌いだから、葬儀をしているだろう教会と、墓場とは
 逆の方向へ歩く。
 神の情けか、空は青く澄んでいて、白い鳩なんかが羽ばたいている。
 ここ最近犠牲者が増えている、平和だったこの村も、暗い影が横たわっている。
 子供は外で遊ばせない、女は一人で出歩かない。
 大の男達でさえ、一人でいる時間を作らない。 こんな朝っぱらから・・・
 その理由を考えると、むかついてくる。
 村の人間達を。 彼らは被害者なのにな、彼らの怒っている原因が、
 カレを含んでいることに腹が立つ。カレは何もしていないのに・・・。
 「・・・?」
 まただ、たまに知らない誰かを考えてしまう。
 夢の中にいた男のような気もしないではないが、今まで一人で生きてきた
 はずだ。 誰ともかかわらず、話もしないで生きてきたはずだ、
 そんな自分に、心配をする相手なんかいるわけねーのに・・・
 働きもせず、ほそぼそと生きてきた・・・はずだよな・・・?
 
 ぴたり、と、今まで動かしていた足を止めた。 誰かが目の前に立っていた。
 

かしゃん と、軽い音をたて、小麦色の食パンが一枚出来上がった。
  朝っぱらから 大量にメシなんて食えねぇから、毎朝、食パンとコーヒーいっぱいで終わる。
  パンには何も塗らず、そのまま食べる。コーヒーにはミルクだけ。
  朝食を食べ終え、テーブルの椅子に座ったまま軽く目をつぶる。
  一瞬だけ今日見た夢が思い出される、ほんの一瞬だけ・・・ 
  「だりー・・・」
  目をつぶったままつぶやく。
  ゆっくりと目を開けてみる、さっきまでと同じ空気の自分の家。
  当たり前のことなんだが、なんだかその事に気落ちする。
  バカらしい・・・目を閉じて開ければ何かかが変わるとか、そんなことを期待してしてんだろーか。
  それとも、忘れた夢を思い出そうとしてんのか・・・。 あの男の夢を・・・。
  ・・・? 
  「あの男?」
  たまに見る夢は、いつも全てを忘れて目覚める。 それがきっと悪夢だと言うことも。
  悪夢だとは断言できる。 目覚めがいつも最悪だからだ、いい加減むかつくぐらいに。
  それなのに、あの男? 夢の中にいたんだろうか? 
「・・・だるい。」
 ベットの上で目を覚まして、開口一番にそう言った。
 ゆっくりと休んだはずなのに体が重い。
 嫌な夢でも見たんだろうか?と思いながら、ぼうっとする頭を覚まそうと、
 洗面所まで進んでいく。
 蛇口をひねり、流れ出る冷たい水に両手を差し伸べる。
 ふと、目の前の鏡を覗き込む。   じっと自分の目を覗き込んでいるのは、
 冷たい月を思い出させる、銀の瞳。