Vol.23 18/Jan./04

世紀の大掃除


 師走に入ったある日、ふと自分の部屋を見まわして、がく然とした。
 いったいいつの間に、こんなことになっちゃったんだろう。

 机の上も、本棚も、スチールラックの棚という棚も、タテヨコナナメに積み上げられたファイルの山、書類の海。
 レターケースからは郵便物だの請求書だのが溢れ、埃をかぶった領収書の束がいくつも転がっている。
 床には床で、本や雑誌で山脈ができているし、その谷間では、季節外れのハンパ衣料や繕い物が、「いい加減に何とかしてよ」と、バスケットのなかで叫んでいるという始末だ。

 カオスという概念を視覚化したら、目の前のこの光景になるんじゃないかしらん。

 人のせいにしたくはないが、父が他界してからというもの、家周りの雑事やペーパーワークが信じられないほど増えた。役所や税務署や保険屋とのあれこれ。ややこしい数字の羅列に、さっぱりワケがわからない、書類、書類、また書類。
 そのひとつひとつを読んで、理解して、調べ計算し、書き込み、細々とした添付書類をそろえて提出しなくてはならないのだが、ペーパーワークは気が遠くなるほど苦手だ。

 そこへもってきて、トイレの水が溢れる。台所の物入れの扉が外れる。裏庭の給湯器の屋根が、野良猫ご一行様の暖房完備の簡易宿泊所と化す。外壁の塗装まではげかけて、見積もりだけでもさせろと、リフォーム業者が押し寄せる。
 それを撃退しながら庭に目をやれば、いつの間にやら、ことごとく4メートル級に育った庭木の足元に、冬だというのに雑草がぬくぬくと繁茂している。

 あっちもこっちも、待ったなし。
 やっても、やっても、追いつかない。

 「どうにかしなくちゃ、どうにかしなくちゃ!」と浮き足立って、さんざん空回りをした挙句、何から手をつければいいかもわからなくなる。ついには思考停止に陥って、『どうでもいいや』とすべて投げ出してしまうのだ。

 やらなくてはならないことが、こうしてどんどん溜まっていく。それが内心、気がかりでたまらない。とうとう夢にまで見るようになってきた。

 だからよく眠れない。
 地に足がつかず、注意散漫になる。モノをなくす。ミスをする。
 仕事にも集中できず、気力は衰え、このところ体調までおかしい。

 世の中の大人は立派だ。
 こうやって日々津波のように押し寄せる暮らしの雑事を、みんなちゃんと仕事をしながら、奇跡のように平然とこなしているのだから。それだけで表彰されたっていいくらいだ。

 それに引き換え、私ときたら何てふがいない!
 この部屋の混乱ぶりが、今の精神状態や頭のなかのメチャクチャ加減を、そっくりそのまま映し出しているではないか。
 身辺を整理して、足場をしっかり固めない限り、何をやってもうまくいくはずがない。



古い私よ、サヨウナラ!


 というわけで、師走半ばのよく晴れた日曜日、覚悟を決めて大掃除に取り掛かった。仕事部屋だけでなく、3週間かけて家中をひっくり返し、徹底的に掃除するという壮大な計画だ。

 それに触発されたのか、キリコも自分の部屋を片付けることにしたらしい。雑巾を片手に、朝から盛んに階段を上ったり降りたりしている。
 開け放したドアから流れてくるのは、キック・ザ・カン・クルーのご陽気なラップ。それに乗って、「ひゃ〜、キッタネー!」とか、「ギャッ、これなにっ?!」とか、想像したくない光景を嫌でも想像させる悲鳴が、時おり響いてくる。
 頭だけひょいと廊下に突き出して、キリコは嬉々として実況中継をした。

 「ねぇ、ねぇ、あたしの部屋って、並の汚さじゃないよ!
 お菓子のカケラとか、中身が残ってるペットボトルとか、机の下から出てくるの。
 ちょー、フエーセー!


 あまり嬉しそうに言うので、自慢しているのかと思ったほどだ。

 そんなフケツな部屋に、かかずらわっているヒマはない。
 師走といってもまだ半ば。年内まだまだ取材や仕事の打ち合わせも入っているから、掃除にばかりかまけてもいられない。

 だからいつもより2時間も早く飛び起きて、「お掃除セット」が入ったバスケットを抱えて家中を走り回る。
 メールに返事を書き、カーテンを洗い、打ち合わせに出かけ、戻ってペンキを塗り、ファックスで流れてくる原稿に赤を入れ、食事を作り、換気扇を外して洗い、原稿を書き、深夜、押入れにもぐりこんで不要な書類や資料を分別しているうちに、ハイ、もう1日が終わっている。

 まさに皿回し状態だ。
 しかし、落ち着いて食事をする余裕もないほど慌しいのに、これが楽しいのである。

 徹夜明けの翌日、神経が高ぶって妙に元気になる‘徹夜ハイ’というのがある。
 とすれば、私のはきっと、‘掃除ハイ’に違いない。
 
 過労と睡眠不足のおかげで、10日もたつと頬が削げ、両目の下には立派なクマができた。
 ゴム手袋をしているのに、いつの間にやら手は引っ掻き傷だらけ。指先も荒れてパソコンを打つのが辛い。
 庭を耕して新しい花壇を造り、石のプレートを山ほど運んで通路を造ったせいで、腰も背中も腕も痛む。
 それでも気になっていた場所が少しずつ片付いていくのだから、何も苦にならない。

 けれどもそうした成果より、目的を定めて突っ走ること自体が、どうやら私はドキドキするほど好きなのだ。
 全開にしたエネルギーを空っぽになるまで一気に使い果たし、泥のように眠って充電する。
 そう、完全燃焼することの、なんて爽快なこと!

 たかだか掃除の話で大袈裟みたいだけれど、人生すべからく、こうでなくっちゃあ!

 家中がどうにか片付いて、最後の最後に残った自分の部屋は、全面的に模様替えをすることにした。
 本棚を解体して運び出し、冬休みで遊びに来ているモモコの手を借りて、新しい組み立て式の収納家具2つを組み立てる。小さかったモモコも、いまや中学2年生。頼りになる相棒だ。

 おかげで私の部屋は、机や物入れの奥まですっきりと整頓され、ちょっと手狭だけれど、使いやすくて落ち着くステキなワークスペースも新たにできた。
 これなら、苦手な原稿書きも、もっと苦手なペーパーワークも、これからは腰をすえてこなせるようなるだろう。

 元旦はあいにくうす曇りで、初日の出は見られなかった。が、近年にない晴れ晴れとした気分でお正月を迎えた。何だか今年は、ステキなことがたくさん待っているような気がする。
 埃ひとつなく整頓された部屋を自慢しながら、私は得々と、二人の姪に言って聞かせた。

 「ね、人間は環境の生き物なのよ。きちんとオーガナイズされた環境が、オーガナイズされた思考を生む。健全な環境が、健全な心身を育む。
 私は今年、生まれ変わるつもりよ。古い私よサヨーナラ〜、新しい私よコンニチハ〜! ショクンも、ぜひ、見習うように」

 キリコとモモコは、疑わしそうに顔を見合わせた。

 「問題は、いつまでこの状態が続くかだよね」
 「この部屋、仕事向きっていうより、何だかよく眠れそうだしね」

 …それは言える。

 だけど「一年の計は元旦にあり」だ。
 さあ、心機一転、今年はとびきりいい年にしよう!


End of Vol.23

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