電話セールスお断り!
明け方、やっと原稿の締め切りを終え、朝9時のベッドにもぐりこむ。ウツラウツラしかけたとたん、鳴り響く電話の音。
手探りで受話器を取ると、「おはようございまぁす!」と、やけにハツラツとした女性の声が、混濁した脳みそをかき分けて、耳に飛び込んできた。
「〇〇建設と申しますが、本日は増改築のご案内をさせていただいておりまぁす」
え? 何のご案内?
言葉を咀嚼するのに数秒間。その沈黙にペースを乱された相手は、せわしなく「もしもし?」を繰り返す。ようやく我に返って、「けっこうです」と絞り出したこちらの声は、お義理にも朝日のように爽やかとは言い難い。
「けっこうです」といったくらいで、セールス・ウーマンが引き下がるはずもない。「まぁ、そうですかぁ」などと、とってつけたように残念そうな声を出し、一応調子を合わせておきながら、「でも、改築をお考えになりません? いまちょうど、キャンペーン中なんですよ」と、平気で畳み掛けてくる。
ああ勘弁して。ほとんど丸二日、徹夜なのよ。お願いだから眠らせて。うんざりしながら、ふと思った。電話帳に載せていない私の電話番号が、どこからこの会社に伝わったのだろう。
「改築の予定なんか、私の家じゃないから知りません。それよりこの電話番号は、どこで調べたんですか?」
「は? ああ、それはですね、若い番号から順番におかけしているわけでして」
なるほど、しらみつぶしというわけか。
電話を切って、前にも同じような場面があったのを思い出した。あのときのセールスマンは、「電話帳に載っていない番号ばかりを集めたリストがあるんです」と吐いたのだ。
こうやって、名前もなけりゃ財産もない私のような人間まで、ちゃあんと個人情報が流れているのだからぞっとする。
それにしても、DMなら成功確率は俗にセンミツ、千通出して3件引っかかってくればいいほうだという。そんななか、電話一本で新規契約が取れるなど、彼らが本気で考えているとは思えない。「またあの会社だ!しつこいなあ」と、悪いイメージがはびこるだけではないのだろうか。
それにDMなら受け取った側が捨てればいいだけだが、電話だと出ないわけにいかないから始末が悪い。なかには疲れた身体を休めたばかりの夜勤明けの人もいれば、足をもたつかせながら電話機に走るお年よりだっているはずだ。
赤ちゃんや病人を抱える家庭、のっぴきならない事情で電話に対して神経質になっている人にとって、こうした電話はもはや暴力だ。
撃退するか、遊ぶか
電話セールスを断るときは、こちらにその気がないこと、話しても無駄だということを、きっぱり知らせるのが鉄則だ。相手の言葉をさえぎってでも、短時間で決着をつけてしまおう。
あまりしつこいセールスだと、私などは感情的になるまいと思ってもついつい語気が荒くなり、
「あのね、『けっこうです』というのは、いりません、興味ありません、ノーサンキューという意味ですっ」
などと怒鳴ってしまうことも少なくない。
その点、実家の電話に応対する母はベテランだ。ときにはセールスマンにこんこんと説教をし、ときにはどう見ても楽しんでいるとしか思えない場面すら目撃する。
「××霊園ですが、墓地のご準備は?」
「あなた、お墓というのは一家にいくつあればいいとお思い?」
「へ? あの、ひとつ、ですか…」
「そうね。で、そのひとつを、うちはもうもってるの」
「屋根の修理のお話ですが、奥様でしょうか?」
「(ダミ声で)いーえ、奥様はご旅行中です。あたしゃ留守番のババアですから、な〜んにもわかりません」
「〇〇さんのお宅ですか?」
「死にました」
「羽根布団を特別価格でお買い求めいただけます」
「は? あたくし、ちょっと耳が遠いんですけど、今なんとおっしゃいましたの?」
「あの、羽根布団をですね…」
「はぁ?」
「ですから、ハネ…」
「はぁ? はぁ? はぁ〜???」
「・・・」ガチャッ
未熟ながら、私も彼女を真似てみた。
「もしもしぃー、今、テレビで話題の〇〇化粧品のご案内でぇす」
「あら奇遇。私は△△化粧品のテレアポやってるのよ。おたく、時給はおいくら?」
「あ、いやそれは…ホホホ」
「いいじゃないの、ねえ、教えなさいよ!」
ガチャッ!
最近は、「セールスのお電話では全然ありませんので、安心してご案内だけ聞いてください」という電話も増えた。そういう見え透いたセールス電話では、相手が勝手にしゃべっている間に、そっと受話器を置いてトイレに行くことにしています、はい。
End of Vol. 2
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