キリコの成人式
早いもので、今年、キリコも二十歳を迎える。
成人式、特に女の子の成人式の準備でひときわ騒ぐのは、どこの家でも「おばあちゃん」であることが多いらしい。私のときも、亡き祖母が、1年も前から三越へ通いつめ、すべて彼女の見立てで、私には分不相応な振袖一式を仕立ててしまった。
今年はキリコの番だ。初孫である彼女の晴れ舞台に、私の母が黙っているはずもない。半年前から「着物はどうするの?」と、盛んにキリコに水を向けていたが、当の本人は、「着物の代わりに現金のほうが嬉しいんだけど」と、つれない返事だ。
キリコは成人式にも行くつもりがない。出席するとすれば、実家のある市が主催する成人式に参加することになるのだが、それは高校時代の友だちとも、今の専門学校の友だちとも、同じ会場ではない。だから行ってもつまらないという。
春には専門学校の卒業旅行で、仲良し4人組と韓国へ行くつもりなので、タンスの肥やしになる運命の着物などより、何かと役立つ現金のほうが魅力的なのだ。
そんなわけで、結局、キリコは着物を作ってもらうことも、借りることもしないで新年を迎えたのだが、成人式の三日前になって、突如、180度気持ちを変えた。 中学時代からの友だちキーちゃんが、一緒に行こうと誘ってくれたのだ。
「あたし、キーちゃんと一緒に成人式に行くことにした!」 階段をドタドタ降りてくるなり、ダイニングにいた家族の前で、彼女は大声で宣言した。
「おばあちゃん、着物どうしよう? 着物、着たい」
土壇場でそんなことを言われても、今さらレンタル着物だって間に合わない。自業自得だ、スーツでがまんしなさいとか、ドレッシーなワンピースなら明日にでもデパートで買えるだろうとか、さんざんもめたが、私の着物を引っ張り出すことで、なんとか話がまとまった。
もう二十歳、まだ二十歳
えーっ、グリーンの着物かあ。あたしの顔色に合わなくない?
帯がオレンジって、派手じゃない? なんか、今風じゃないかも。
わっ、このショールって可愛いかも! ねえ、ねえ、似合う? これ、似合う?
似合おうが似合うまいが、あれこれ言えるような余裕はない。
「まったく、あんたは節操がないから、こういうドタバタ騒ぎになる!」
ブツブツ言いながらも、私はとりあえず近所の美容室に強引に予約をねじ込み、着付けとヘアを頼んだ。母の着付けでは、少々古めかしくなる気がしたからだ。
これは大正解だった。着物の着付けも年々進化しているのだ。さすがプロ。帯のしめ方、帯締めや帯揚げの使い方が、ちゃんと最新の形になっていて、古臭さはまったく感じられない。いじくりすぎて傷んだ茶髪も、つけ毛や髪飾りでじょうずに隠し、これも今風にまとめてある。
「馬子にも衣装」という言葉を知らなかったにしても、この日、キリコはその言葉をたっぷり学んだようだ。
「美容師さんが言ってたよ。この着物はすごく上等ですね、って。あたし、自信もっちゃった」と、得意満面。キリコは勇んで成人式に出かけていった。帰りには実家へ寄り、実家のおじいちゃん、おばあちゃんに晴れ着を見せ、それから写真館で記念写真を撮影。そのあと中学校時代の友だちと、カラオケへ行って、夜遅く、父親に送られて帰ってきた。彼は今日一日、キリコの運転手を務めさせられたらしい。
スウェットに着がえたキリコは、一日中の緊張から開放されて、だらっと私の部屋に転がっている。
「結局一番ミーハーな、典型的な成人式になっちゃったね。で、どう? 成人になった気分は?」
「疲れたよぉ。でも、成人式の会場の外で、あたし、写真屋さんから声をかけられちゃったんだ。素敵な着物ですねえ、撮影させてもらっていいですかって。これってすごくない?」
「ふうん、モデルさんをやったんだ。着物のおかげね」
「いやいや、やっぱり私が可愛いからでしょ」
それからキリコは、大きなため息をひとつついた。
「はぁ、でもあたしも、とうとう二十歳になっちゃった。もう若くないよね。女は25歳を過ぎたら、結婚も就職もおしまいなんだって。あーあ、あと5年しか残ってないよ」
何を言っているのだ、この子はと、私は吹き出しそうになる。
「ちょっとあんた、私にケンカ売ってんの?」
「へ? あ、いや、そうじゃなくって…」
もう二十歳、まだ二十歳。たぶんどっちもその通り。でも、彼女の人生は、やっとスタートラインに立ったばかりだ。くだらないリミットに縛られないで、やりたいことには全部、正々堂々と挑戦すればいい。どう生きるべきかの羅針盤だけは、もうちゃんと持っているはずだ。それを使って、これからは自分の力で道を切り拓いてゆくことになるだろう。あなたがあなたらしく生きていくことを祈って、おめでとう、キリちゃん。
End of Vol. 17
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