Vol.10 7/July/98


キリコ失恋する?



 深夜に帰宅すると、キリコはすでに休んでいた。いつもならのっそり部屋から出てきて、何だかんだとしゃべり続けるところだが、今日は代わりに、私の仕事机の上にメモが貼り付けてある

DEAR → よーこ chan

おかえんなさい。おつかれさんどぇす。
今日はべんとうありがチョ。明日はかいべんします。
なぜかというと、洗うのめんどうくさくなっちゃったから、、、
(ごめんネ)。

ってゆーか、今日学校で失恋しちゃって
うごく気力がないのダ。
ワッハッハ!! そーなのよ。みっくんに彼女ができちゃって、
私のハートはこっぱミジンコサッ。
はあ・・・。どうやらかぜをひいたようだ、ゴホゴホッ。

じゃーね。おやすみなされ・・・・

                   By Kiriko

 やれやれ、相変わらず見事に平仮名だらけだねえ。あいつめ、また弁当箱を洗うのをサボったなと舌打ちしながらも、見逃せないのは後段である。

 キリコの失恋相手とは、「頭は金髪だけどさ、思いやりがあるっていうか、チョー性格いいんだ」と、たびたび聞かされていた同級生だ。

 まだ拝顔の栄によくしたことこそないが、制服のズボンをずり下げた‘腰パン’に、黄色頭のミックン像を、私は勝手に創り上げている。際立ったハンサムでも、スポーツマンや秀才でもないけれど、ギラついた異性を感じさせない、一緒にいて気持ちが和む優しい男の子なのだろう。

 こういう子は、女子の間で密かに好感度が高いのだ。修学旅行恒例の、クラスの男子の品定め大会などでは、「え、あんたも?」というほど人気があったりする。

 それにしても、話題のミックンに彼女ができたとは。「みんなのミックン」が「誰かのミックン」になってしまったショックは想像できるが、「失恋しちゃった」と騒いでいられるうちは、まだ恋も他愛ない。

 思ったとおり、翌日にはもうすっかりケロリとして、元気で学校へ出かけていった。


夢見るラッコ



 キリコはミックン以外にも、行く先々で憧れの人を見つけては、上等のバフンウニをしこたま抱えこんだラッコのように、キャーキャーはしゃいでいる。前のバイト先のイソザキ先輩しかり、同じくそこの副店長しかり。「ソリマチ、ステキ!」と同じノリだ。

 春休み、彼女は高校生のツアーでオーストラリアへ旅行した。
 「キリコちゃん、さぞかしよい社会勉強になったでしょうね」などと言われるたびに、私は曖昧に笑っているしかない。なにしろ旅から帰った彼女の一番の感想ときたら、「オーストラリア人って、ちょーカッコイイ!」だったからだ。

 肩幅広く、足長く、ラフな格好がサマになるあちらの若者に、キリコはたちまち浮かれラッコになってしまったらしい。下は9歳の小学生から、上は自然保護区のレンジャーのおじさんまで、どの写真を見ても、いろんなハンサム君の横でデレッとなったキリコが、Vサインをして笑っている。

 「あんたさぁ、どうやってこんなにいっぱい男の子の写真を撮ったの?」
 「一緒に写真とってくださいって、頼んだんだよ」
 「それ、英語で言ったわけ?」
 「うん。‘キャン・アイ・テイク・ユア・ピクチャー・ウィズ・ミー?’って」
 「で、相手は?」
 「‘シュアー’って笑って、一緒に写ってくれた」

 そのなかの一人、交流プログラムとかで3日間ほど通った現地高校の生徒ショーンとは、文通の約束をして帰ってきた。彼は日本のマンガ「ドラゴンボール」の大ファンだという。その単行本の第42巻を送ってほしいと頼まれたキリコは、さっそく本を買って送った。

 ところがそれ以来、ショーンからは音信がない。キリコはすっかりしょげ返り、「ドラゴンボールを手に入れちゃったから、きっと私はもう用なしなんだ」などとすねている。

 それが昨日になって、2ヶ月ぶりの手紙が届いた。キリコが欲しがっていた人気ブランド、Roxyのステッカーがごっそり入っている。「キャー、ヒャー、ウワー、ウッソォー!」と、十種類くらいの感嘆詞を叫びながら狂喜乱舞だ。

 「やっぱ外人サンって、かっこいいよねぇ」
 その晩、オーストラリアのアルバムを繰りながら、彼女はしみじみとつぶやいた。

 「あんたって、男の子以外の感想はないの? 自然とか動物とか、街とか人とか歴史とか、もっといろいろ見たんでしょ?」

 それでもキリコはうっとりという。
 「わたし絶対オーストラリアへ行って、オーストラリア人と結婚するんだ」
 「ふうん。だけど外人にだって、短足もいれば三段腹もいるよ。それからワキガでしょ、若ハゲでしょ、口臭、フケ性、あぶら足・・・」
 「もうっ、やめてよぉ。そうやってさ、夢を壊すようなこと言うんだから! いいもん。絶対にディカプリオみたいな彼氏を連れて来てやる! そうしたらヨーコちゃん、どうする? え? どーよ?!」

 どうするって、もちろんトルに決まってる。文句ある?
 

End of Vol.10

 
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