『―――温もり・A編〜竜胆〜頼忠―――』



秋。
所用で船岡山にやって来た頼忠は、遠回りをして竜胆の花が沢山咲く場所に立ち寄った。
「確か、花梨殿は竜胆の花がお好きだったな。」
京の気が廻り出す前、秋の季節だった頃は神子殿の室に竜胆の花が何時も飾られていた。それを優しくて寂しそうな瞳で眺めていらしたな。何か大切な思い出のある花なのだろう。
それを思い出した頼忠は、咲き始めた竜胆の花を何本か摘んで少女へのお土産にした。



「花梨殿。ご機嫌はいかがですか?」
頼忠が挨拶に伺うと、花梨は文字を書く練習をしていた。
「ねぇねぇねぇ、ちょっと見てみて!」紙を手に取ると、パタパタと走り寄って来た。「大分読めるような字になって来たの〜!もう少し練習すれば、頼忠さんに文を贈れるようになるよ♪」
最近は他の八葉とも御簾越しではなく直接お会いになられているようだが、このように嬉しそうに走り寄って来られるのは私にだけ。まだ想う男はおられぬようだ。安堵と喜びで笑みが零れそうになるのを押し隠して、生真面目な顔で紙を受け取る。
「そうですね。」手渡された紙を見ると、まだたどたどしさが残る字だが苦労しなくても読める。「花梨殿は、上達が早いですね。頑張りましたね。」
きらきらと煌いた瞳が美しい。誉めると一層嬉しそうに顔を輝かした。
「頼忠さんが驚くような文を贈るから、楽しみにしていてね♪」
「はい、楽しみにしております。」手渡し損ねていた花を思い出し、貴女に差し出す。「竜胆の花が咲き始めましたよ。」
「竜胆?」途端、真面目な顔をして見つめる。そして、私の手から一本だけ抜き取ると、以前見た、優しくて寂しそうな表情に変わった。「竜胆の花って、頼忠さんみたい。」
「は?竜胆の花が、この頼忠に似ているのですか?」
思いがけない言葉に驚いて尋ねる。
「うん、頼忠さん。頼忠さんの背中を思い出すの。」そう言って、花を抱き締める。「凛としていて清らかで美しい花。背筋を真っ直ぐに伸ばして前を見据える頼忠さんそのまま・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
私を?もしかしてあの頃も、竜胆の花を見る事によって、この頼忠を思い出していたのですか?翡翠と最初に出会いたかったとおっしゃりながら?アクラムを救いたいと考えながら?
それでも、この花を絶やす事無く飾り続けていたのは――――――全てを拒絶した原因が、この頼忠を忌み嫌った為では無いという事でしょうか?貴女の御心の中には常にこの頼忠が住んでいたと、そういう事なのでしょうか?それはつまり・・・・・・・・・。
「花梨殿・・・・・・。」口の中がからからに渇いている。それを無理して言葉を出す。「竜胆の花が、お好きなのですか?」
すると。
「・・・・・・・・・。」真っ直ぐに私の目を見つめ返してこられた。「大好きです。」
「ありがとう御座います・・・・・・・・・。」振り絞るように声を出す。「ありがとう御座います・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」


その後、花梨殿は何もおっしゃりはしなかったが、寂しさを含んでいない優しい瞳でこの頼忠を見つめてくれた。ずっと。長い時間――――――。






注意・・・『温もり・A編』のED後の番外編。頼忠視点。
      花梨が自分を嫌っていないと解かったけれど、両想いだとはまだ気付いていない秋の日。(頼忠鈍し。)

こいつら、何時まで『ままごと』を続ける気だ?
それでも、頼忠の花梨を見る眼が変わりました。二人の関係も、これから少しずつ変わるでしょう。

2005/02/22 16:44:10 BY銀竜草


頼忠終章A  花梨A竜胆

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