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「・・・すぅ・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」腕の中の少女を見下ろした。「やっとお眠りになられたか。」 抱き上げ、火鉢から離れる。そして塗籠に入ると、静かに褥に下ろした。だが。 「ぅ・・・・・ん・・・・・・。」眉間に皺がより、頼忠の衣から手は離れない。「・・・や・・・・・・。」 「・・・・・・。」傍にいても良いのかと一瞬迷うが。「このまま貴女を抱いていましょう。」 何時ものように花梨の頭の下に左腕を回して横になる。と、少女は頼忠の肩のくぼみに頭を乗せ、ゆっくりとした寝息を立て始めた。 「申し訳ありません。」 泣いて腫れた目元、浮腫んだ頬を撫でる。あの男がこの女(ひと)にしようとした行為を想像するだけで、恐慌状態に陥る。未遂で済んだ事に安堵している。だが、この女(ひと)にとってこんなにも辛く苦しい行為、それを己は強要したのだ。そして今も、し続けている。貴女を想うなら、止めなければならないのに。解放しなければならないのに。それなのに私は貴女を・・・・・・・・・。 「申し訳ありません・・・・・・・・・。」 顔に掛かった髪の毛を払い、少し躊躇った後、目尻の涙の痕を拭った。 「・・・・・・(ぴくっ)・・・。」 時折眉間に皺が寄り、身体が痙攣したように小刻みに震える。 「大丈夫です、花梨。頼忠が傍におります。お守りしております。」 その度に頭を胸深く抱え込み、耳元で囁く。心の奥底では、襲った己が何を言っているのかと呆れながらも。 「・・・・・・・・・すぅ・・・・・・。」 「ゆっくりお休み下さい・・・・・・。」 安心したのか安らかな笑みを浮かべている。そんな少女の後頭部から背中を優しく撫でながらずっと寝顔を見つめていた。 どのぐらい時間が経ったのか、頼忠は花梨が身動ぎを始めたのに気付いて目覚めた。放さなくては。離れなくては。だが、そう出来ずにグズグズとしていると。 「っ!」男に抱き締められている事に気付いて花梨はパニックになった。「やっ!離してっ!」 もがき暴れる。 「花梨!」反射的に抱き締める。「花梨、頼忠です。落ち着いて下さい。」 「(びくっ)」震えながらも力を緩める。「より・・・た・・・・・・ださん?」 「はい。頼忠です。」 「・・・・・・・・・。」 「花梨?」 「少し・・・このままでいても・・・・・・良い?」 「勿論です。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 頼忠の胸に頬を寄せ、ゆっくりと背中に腕を回す。頼忠の方も少女に腕を回して抱き寄せ、震えが徐々に静まっていくまで優しく髪を撫でる。 しばらくして。 「あ・・・・・・寝ちゃった。」 頭を左右に振りながらぽつりと呟いた。 「構いませんよ。」 「でも、頼忠さん、お仕事は?」 「今日は休みですから。」 「そうなんだ・・・・・・。じゃあ、もう少しこのままでいても良い?」 「はい。」 「ありがとう。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 ただ抱き合っているだけなのに、相手が好きな人だとこんなにも気持ち良いんだ・・・。 花梨は幸福感で一杯だった。深呼吸して頼忠の匂いを存分に味わう。 うん、大丈夫。もう平気。昨日は怖くて震えていたけど、未遂で済んだし。それに一晩中抱き締めていてくれたのだろう、悪夢も見ないでぐっすり眠れた。そして、朝一番に貴方に逢えたから。貴方はこんなにも優しいから。私に何か遭ったら心配してくれるのも分かったから。 そう、貴方はやっぱり復讐の為に私と結婚したんじゃない。あの瞬間、貴方が何を思ったのかはまだ分からないけど、でも嫌われていないと分かったから。うん、それだけで―――充分。 幸せを噛み締めていたが。 きゅるるるる・・・・・・。 「う・・・・・・。」 現実に引き戻された。 「花梨?」くすりと笑った。「女房達も心配しているでしょうから、そろそろ起きられますか?」 「う・・・ん・・・・・・・・・。」 渋々身体を離し、上半身を起こした。もう少しこのままで居たかったのに。何時、こんな風に優しく抱き締めてくれるのか、それよりもそんな日が来るのかも分からないのに。 「・・・・・・・・・。」 頼忠は心配そうに見つめていたが、花梨が寝癖を直そうと髪に手をやった時、いきなり腕を掴んだ。 「頼忠さん?」 驚いて訊ねるが、腕をそっと撫でるだけ。そしてたった一つだけ微かに残っていた痣に唇を寄せて強く吸い上げた。 「っ!」 厳しい表情の頼忠に、声もでない。ただ見つめるだけ。 「・・・・・・・・・。」濃くなった痣を指で撫で続ける。そして長い沈黙の後、やっと口を開いた。「申し訳ありません。」 「・・・・・・・・・。」 「申し訳ありません。」 「何が?何を謝っているの?」 「貴女に・・・・・・。」腕から花梨の瞳に視線を移す。「昨夜の男と同じ事を貴女にした事を、です。そしてそれを続けている事を、です。」 「反省、しているの?」 「・・・・・・・・・。」俯いて眼を閉じる。再び開くと同時に、花梨の腕を引っ張る。そして小さな叫び声をあげて頼忠の胸に飛び込んだ花梨を、そのまま抱き締めた。「申し訳ありません。反省も後悔もしていない事を謝罪したいのです。」 「え?」 「あの時、貴女は頼忠の手の届かない所に行こうとしておりました。私がそこに居るのに、貴女は見て下さらなかった。」 「・・・・・・・・・。」 「だから貴女に、この頼忠を刻み込みたかった。どんな感情であれ、永遠に私を忘れられないように。」 「・・・・・・・・・。」 鳩尾辺りに冷たくて重い石が乗っているようで、息苦しい。 「しかし・・・・・・。」腕に力が籠もる。「貴女の肌に触れているうちに、ただ私を覚えているだけでは物足りなくなったのです。貴女が欲しかった。手に入れたかった。永遠に・・・貴女を抱き締めたまま生きたいと・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「貴女にとって、それがこんなにも辛く苦しい事だと知った今でも・・・貴女を放す事は出来ません。花梨の夫として、貴女のお傍で生きる事を・・・・・・お許し下さい・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」頼忠が小刻みに震えているのが、伝わってくる。同時に、熱い想いも。石が、温かい水となって花梨を潤していく。満たしていく。花梨の瞳から涙が零れ落ちた。「謝罪は・・・いらない。謝らなくて良いんです。」 「しかし、貴女を襲ったという事実は―――。」 「頼忠さんは・・・・・・昨夜の人とは違うから。」次々と溢れ落ちる涙で頼忠の衣に出来たシミが大きくなっていく。「だから・・・謝らないで下さい。」 「私は・・・違う?」 「死を望んだ私に生きる希望を与えてくれたのは頼忠さんだから。」顔を上げて頼忠の瞳と合わせる。「頼忠の妻として生きろと言ってくれた事が、嬉しかったの。だからあの時、こういう関係になる事を承諾したの。」 「え・・・・・・・・・?か、りん、今、あな・・・た、は、何とおっしゃったのですか・・・・・・?」 「つまりね。」呆然とした顔を笑顔で見つめる。でも本当は、涙でボロボロ、洟をすすっている顔は見られたく無いんだけどな。「頼忠さんが好きって言っているの。」 「・・・・・・・・・。」 「どんな理由であれ、好きじゃない人とは結婚しないよ。出来ないよ。傍に居て欲しくないもん。触られたくないもん。」 「・・・・・・・・・。」 「分かった?」 硬直している頼忠の頬をそっと撫でる。と、術が解けたように盛んに瞬きを繰り返した。 「あの・・・花梨。」懇願するような瞳で見つめる。「頼忠を、頼忠の事を、抱き締めては下さいませんか?」 「うん。」単衣の袖で顔を拭うと膝立ちをする。そして思いっきり強く抱き締めた。「頼忠さん、大好き。」 「花梨。」恐る恐る頼忠からも抱き返す。「ありがとう御座います・・・・・・・・・。」 「違う。」抗議の意味を込めて背中をぽんと叩いた。「ここでは御礼の言葉は駄目。」頼忠の頭に頬を擦り付ける。「花梨、好きって言ってくれなきゃ。」 頼忠のモノマネをしながら言うと、頼忠はくすりと笑った。 「そうですね。私も己の想いを貴女に伝えねばなりませんね。」花梨の首筋に顔を埋める。「花梨、貴女をお慕いしております。」 「・・・・・・・・・。」 「貴女が龍神の神子を名乗っていらした頃からずっと、お慕いしております。」 ゆっくりはっきり話す度に頼忠の唇が首を掠め、そこがとても―――熱い。 「もう一度、もう一度言って?」 「花梨、貴女をお慕いしております。」 「他に・・・何か言いたい事、ある?」 「花梨・・・・・・。」腰に回した腕に力を入れて強く抱き締めた。「貴女の全てが欲しい。」 「ねぇ・・・・・・。」眼を閉じると顔を動かし、頼忠の頬に唇を掠めるようにして話し掛けた。「起きるの・・・・・・もう少し後にしない?」 「そう、ですね・・・・・・・・・。」深いため息と共に呟いた。「もう少しこのままで・・・・・・。」 二人の顔が近付き、重なる。そして甘く囁く声と艶やかな吐息が塗籠の中を満たした。 花梨を心配した女房が何度か様子を窺いに来たが、その度に真っ赤な顔をして局に逃げ帰ったのだった――――――。 |
注意・・・『偽りの果てに』の分岐ストーリー。 でも、銀竜草にとってはこちらが本当のストーリーです。 無理矢理・・・・・・承諾&未遂でした。 |
後書き |
2006/05/21 03:30:48 BY銀竜草 |
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