06A



不謹慎にも、月明かりの中、花に埋もれるように横たわる貴女を綺麗だと思った。そのまま見つめていたいとも。
だが、夜露に濡れ、氷のように冷たい貴女を死なせたくは無かった。それが貴女の望みだとしても。屋敷にお連れするのでは間に合わないかもしれない。側に置いてあった袿を広げ、抱き上げる。と。
コトン。
少女の胸元から紫苑色の細長い袋が落ちた。だが、それには構わず、袿の上に横たえる。しかし、ただ衣で包んだだけでは、ここまで冷え切った身体は温まりはしない。
「ご無礼、お許し下さい。」
衣を脱がせ、己も脱ぎ去る。頼忠の熱を少女に伝えようと覆い被さろうとした時、ふと先ほどの落ちた袋を思い出した。このような状況下でも大事そうに抱えていたのだから、余程大切な物なのだろう。やはり放って置く事は出来ない。拾い上げて少女の衣の上に置く。そして再び振り向いた瞬間、息を呑んだ。月が身体の緩やかな曲線に柔らかな光を投げ掛け、神秘的な陰影を作り出している。細い首筋から鎖骨の辺り、小ぶりな膨らみから華奢な腰、臍から脚に向かっての・・・・・・・・・。
「美しい方だ・・・・・・・・・。」
視線を無理矢理剥がし、身体を重ねる。そして外気に触れないように袿で二人を包みこむ。抱き締めながら後頭部の辺りから背中、腰と優しく撫で、頼忠の身体と触れ合っていない場所にも熱を与える。
「・・・・・・・・・。」
魂を切り刻むほどに頼忠を苦しめていた少女。夢にまで見たその素肌に触れられた原因が哀しい。ここまで追い詰めた「それ」が憎い。そこまで強い想いを抱かせた「それ」が妬ましい。
「・・・・・・・・・。」
心に傷を負った少女を抱き締めているのが「それ」でない事を知ったら、更に傷を深める事になりはしないだろうか?しかし、「それ」が誰だか分からない。知っていたとしても、いやそれならば余計に、「それ」に託す事など出来やしないが。
「・・・・・・・・・。」
そんな事をうじうじと考えて悩んでいたが、次第に一つの事しか考えられなくなってくる。少しずつ体温が戻って来た身体は、同時に強張りも解けていく。柔らかく、しなやかに。少女らしい爽やかで甘い匂いが頼忠を誘っているようで。
「・・・・・・・・・。」
従者としての立場を忘れないように、神経を他に逸らそうと横を向いて花を見る。

ザザァー。
風が吹く度に、花が揺れる。月の光を浴びた箇所は青紫色に、影となった箇所は黒く。その箇所は揺れる度に変わり、幻想的で美しい。だが、心の奥底の感情を暴き出し、制御が難しくなってしまう。叶わぬ恋心に泣きたい気持ちにさせる。
ザザァー。

「花梨・・・・・・・・・。」
私の主?違う。貴女はそれだけの存在ではない。私が慕う、唯一の女だ。
「花梨・・・・・・・・・。」
だが、従者としてでしか、お傍に居る理由が無い。
「・・・・・・・・・。」
もしも。もしもこのまま貴女の望みを叶えたならば。貴女を抱き締めたまま、貴女と共に逝く事が出来たならば。
「黄泉の国でも、私は貴女のお傍に居る事は出来ますか?貴女は、永遠に頼忠のものになりますか?」
出来たとしても・・・・・・貴女には生きていて欲しい。貴女のお傍で生きていたい。叶わぬ―――夢。
「花梨・・・・・・花梨・・・・・・・・・。」
熱い雫が零れ落ちる。


花梨は川辺に立ち、ぼんやりと流れる水を見ていた。
『これ・・・三途の川、だよね・・・・・・?』
橋も舟も無いから泳いで渡らねばならないようだ。だが、この水は透き通っているのに底は見えない。余程深いのだろう。そして氷のように冷たい。
『私、ほとんど泳げないんだけど・・・・・・。』
バシャ。
バシャ。
躊躇う花梨の横から次々と人が飛び込んでいく。そして軽々と泳ぐ。
『死んでいるのに怖がるなんて、ヘンなの。』
死の世界でなら、泳げるのだろうか?そうでなければ金槌の人は死ね無い事になってしまう。
『溺れたってここ以外に行ける場所なんてないし、まぁ大丈夫でしょう。』
のんびりと考え、一歩踏み出した。だが。
ぐぃ。
強い力で引き止められた。
『あれ?何で動けないの?』
―――花梨―――
『え?何?』
―――花梨―――
どこからか、花梨の名を呼ぶ声が聞こえる。同時にふわりと懐かしい匂いが花梨を包んだ。
『頼忠さんが脱いだ袿と同じ匂いだ・・・・・・・・・。』
何故こんな時に。
『マッチ売りの少女の最期の瞬間と同じなのかな?』
死に赴く瞬間、一番好きな人、逢いたい人が迎えに来ると聞いた事がある。頼忠は生きているが、花梨にとっての一番大切な人だからだろうか?
だが、何て素敵なんだろう。うっとりと拘束する何かに身を任せる。頼忠が導いてくれるなら、どこにでも喜んで行く。
―――貴女は、永遠に頼忠のものになりますか?―――
『頼忠さん・・・・・・・・・。』
欲しい言葉が聞こえた。ここでは何でも望みが叶うのだろうか?それならば。何でも望み通りになるなら。
『頼忠さん・・・・・・。』眼の前に想う男の姿を作り出す。そして強く願った。『一度で良いから・・・抱き締めて・・・・・・。』
腕を上げ、現れた頼忠の背中に回した。


「ん・・・・・・・・・。」
腕の中で身動ぎをした。
「花梨・・・・・・・・・。」
何時の間にか身体は温かくなっている。もう大丈夫だろう。意識が戻る前に離れろと、頭の中で命令をする。なのに、己の身体は拒絶する。
『離れろ。放すんだ。この方はお前を望んではいない。』
密かに葛藤していると。
「・・・・・・・・・。」
瞬きを繰り返し、眼を開く。そして目尻から一滴の涙が零れた。
「あ。」し、しまった!慌ててどこうとするが、心は他の事を願う。この美しい瞳から、意味の違う涙を流させたいと。震えている唇から、艶やかな声を奏でさせたいと。「あ、あの・・・・・・。」
「・・・よ・・・た・・・・・・さ・・・・・・。」
「何ですか?」
唇が動いている。何かを言っているようだが、小さすぎて聞こえない。口元に耳を近付ける。と。
「い・・ど・・・・・・だき・・・・・・め・・・・・・・・・。」
細い腕が頼忠の背中に回された。そして少女から身体を摺り寄せてきた。
「っ!!」
少女の柔らかい唇が、未だに消えない頼忠の宝珠に触れた。その瞬間、呼吸が止まり、頭の中が真っ白になった――――――。



「ん・・・・・・・・・。」ゆっくりと意識が戻る。「あったかい・・・・・・・・・。」
「お目覚めになられましたか?」
心配そうに訊ねてくる優しい声で、ぼんやりしていた頭が一瞬にして正気に戻った。
「よ、より・・・ただ、さん?」
「花梨殿。」
「何で・・・・・・・・・?」死んではいなかった。私は生きている。「どうして・・・・・・?」
周りを見回して、ここが船岡山だという事に気付いた。花梨が来た時よりも時間は過ぎて月は沈み始めている。そして竜胆の花に囲まれたこの場所で一枚の袿に包まれ、裸の花梨は同じく裸の頼忠に抱き締められていた。
ドクン。
ドクン。
身体の一部分を繋げたまま。
「申し訳ありません。夜露に濡れて冷え切っておられましたので―――。」
眼を半分伏せながら言い訳がましくぼそぼそと呟く。
「・・・・・・・・・。」
その言葉が嘘だとすぐに分かった。だが、この現実が信じられなくて、頼忠の顔をそれこそ穴が開くほど見つめてしまう。頼忠のそれが脈打つ度に、花梨に鈍い痛みをもたらす。そう、温めるだけならこの痛みは感じない筈なのだから。頼忠が花梨を・・・・・・女として――――――。
「あの・・・花梨殿?」
「・・・おね、がい・・・・・・。」声も身体も震えながら懇願する。「もう、一度・・・もう一度・・・・・・・・・。」
今なら。今だけは叶えてくれるかもしれない。この状態の今なら、頼忠の恋人の気分を味わせてくれるかもしれない。
「っ!」
ぱっと顔を上げ、花梨の顔を見る。驚きで眼が大きく開いている。
「頼忠さん・・・お願い・・・・・・・・・。」
もう一度声に出し、首に腕を回して瞳からも懇願する。
「か・・・り、ん・・・・・・・・・。」
一瞬迷う素振りを見せたが、すぐに決心が付いたようだ。片手を後頭部に手を差し入れ、首筋を持ち上げる。そして差し出された唇は頼忠のそれに重ねられ、優しい口付け受ける。
「もっと・・・。」
合い間に強請る。すると、望み通りにだんだんと深くて激しいものへと変わっていった。


頼忠は夢中で少女の口を貪った。
『頼忠さん・・・お願い・・・・・・・・・。』頭の中で愛しい声が繰り返す。『頼忠さん・・・お願い・・・・・・・・・。』
嫌悪の表情を映すどころか、この頼忠を求めてくれた事が嬉しくて。それが誰かの代わりだろうが慰めが欲しいだけだろうが構わない。欲しいとおっしゃるならば、この頼忠の全てを差し上げる。生命さえも喜んで捧げる。
「んっ!」
上手く息継ぎが出来ずに苦しそうだが、手加減など出来ない。同時に胸で少女の膨らみを擦って刺激を与えると、背中をしならせてしがみ付いてくる。
「くっ・・・・・・!」
背中に立てられた爪の痛みさえ、心地良い。締め付けてくるその激しさに耐えられなくなり、少女の願いと己の望みを叶え始めた。



「・・・・・・・・・。」
ぐったりと横たわる少女を見つめながら、頼忠は身体を捻り、激しい動きのせいでずれてしまった袿を掛け直した。
「・・・・・・・・・。」
その隣に横になると、抱き寄せる。花梨は黙ったまま頼忠の胸に顔を埋め、声を出さずに静かに泣き始めた。
苦しいほどの恋心を抱かせた男(ひと)。心も身体も愛していると叫ぶ。この恋は叶わないのだから、死にたいとさえ思っていた。
でも、もう大丈夫。私は生きていける。貴方が私を抱き締めてくれたから。一人の女として愛してくれたから。優しく。激しく。貴方が与えてくれたこの身体の感覚は、いずれ消えるだろう。だけど心に刻んでくれた想い出は残る。幸せにしてくれた、喜びと痛みは。
この男(ひと)はただ、主の命令に従っただけかもしれない。お互いに裸だったから、性欲に負けただけかもしれない。でも、それで良い。今も泣いている私を抱き締めてくれているから。私は今・・・貴方の優しさに包まれているから。
「・・・・・・・・・。」
後頭部から背中に掛けてゆっくりと優しく撫でる。
苦しいほどの恋心を抱かせた女(ひと)。頼忠の全てがこの少女を求めて止まない。
どうしてこの女(ひと)から離れようと思ったのだろう。離れられると思ったのだろう。忘れられる筈が無いのに。
駄目だ。もう駄目だ。気付いてしまった。思い知らされてしまった。私は貴女から離れては生きられない。生きていけない。情熱的な女人としての姿を見てしまった後では。肌を重ねる悦びを知ってしまった後では。この役目が終わった時、今度は私がここに来るのだろう。貴女が守り抜いた京を見守る為に。貴女を貫いた、この想い出の地で眠る為に。






風邪薬って・・・痛み止め成分も入っていますね。


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