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泣き止んだ花梨は空を見上げた。月は殆ど沈み、気温は一段と下がっている。もうすぐ夜が明けるだろう。 「頼忠さん。もう大丈夫。」 「・・・・・・・・・。」 「うん、大丈夫だから。」 「・・・・・・・・・。」 何度か繰り返して言うと、頼忠はやっと身体を離した。 「さぶっ!」 頼忠の温かい身体が離れ、隙間に入り込んだ風の冷たさに身震いをした。 「・・・・・・・・・。」 「あの・・・・・・。」胸の辺りを腕で隠しながら困ったように頼忠の顔を見る。「後ろを向いてくれません?」 「・・・・・・・・・。」 「えっと・・・服を着るから・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」じっと花梨の顔を見つめていたが、はっと我に返った。「も、申し訳ありません。」 後ろを向いた事を確認すると、側に置いてあった服を着始める。頼忠も手早く衣を身に付ける。 「・・・・・・・・・。」 身体はダルいし痛い。そして眠い。でも、凄く幸せな気分。この気持ちのまま、さよならしよう。 「神泉苑に行きます。このまま自分の世界に帰ります。」 「っ!」ぱっと振り返る。「花梨殿。それは―――。」 真っ青になったが、暗くて花梨は気付かない。 「今日でお別れするつもりだったんです。だから。」 「皆にはおっしゃらないのですか?紫姫にも?」 「うん。元から言うつもりは無かったの。今日、ここで死ぬつもりだったから。」 「・・・・・・・・・。」 「生きて帰る事にしたけど、言えば大騒ぎになっちゃうし、辛くなるから。」 「・・・・・・・・・。」 「夜が明ける前に帰れますよね。」 「・・・・・・・・・。」 「送ってくれますか?」 「・・・・・・・・・。」 黙ったままのろのろと立ち上がる。袿を大雑把にたたんで腕に掛けると、少女の後ろを歩き出した。 「・・・・・・・・・。」 息が出来ない。苦しい。何故こんなにも早く?まだ一年経ってはいないのに。まだ冬は訪れていないのに。いきなりとは。 ちらりと横目で少女を盗み見る。 「・・・・・・・・・。」 前を真っ直ぐに見ている。悩みを全て吹っ切ったような、清々しいほどの表情で。 「・・・・・・・・・。」 言いたい事はあるのに、言葉にならない。 「あ・・・月が隠れちゃった。」立ち止まる。「足元が見えない・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 このまま朝になれば・・・今日はお帰りにならないで済むのだろうか?悪足掻きという名の期待。だが。 「ごめんなさい。」手を振り回して頼忠を探す。そして手を握った。「うん、これで大丈夫。」 「・・・・・・・・・。」 そんなにもお帰りになりたいのですか?引き伸ばす手段も無くなり、黙って歩き続けるしかなかった。 来て欲しくない事は早い。あっと言う間も無く、神泉苑に到着してしまった。 「最後の最後まで迷惑を掛けちゃったけど。」半泣き状態でもにっこり笑顔で挨拶をする。「今までありがとう御座いました。」 「・・・・・・・・・。」 「龍神様。お願いします。」 泉に向かって立ち、胸の辺りで手を組むとお願いを言う。 グゥワォォォン〜〜〜。 低く濁ったような音と共に、泉の上の空間が歪む。明るく、見た事も無い風景が見える。花梨殿の世界・・・・・・・・・。 「・・・・・・・・・。」 少女が懐かしそうに微笑むのが辛い。もう、今、この瞬間しかないのに。だがその姿を見るのが苦しくて眼を逸らす。 と。 「頼忠さん。」 話し掛けられてしまった。 「何で御座いましょう?」 無理矢理視線を合わせ、抑揚のない声で機械的に応える。 「これ、このまま貰って行っても良い?」 「は?」 「これです。」大事そうに抱えていた紫苑色の袋から取り出したのは、以前、護り刀として頼忠が渡した小さな刀。「効果あったから、向こうの世界にも持って行きたいんです。」 「死を望んだ今宵・・・これを・・・お持ちになったのですか?」 最期の瞬間に向かおうとしていた時に、これを抱き締めていたのですか?永遠に続く眠りのお供に、これを選んだのですか?頼忠の差し上げた護り刀を? 「うん。傍にいてくれるのも守って貰うのも嬉しかったの。頼忠さん自身にも、頼忠さんの刀にも。」 「・・・・・・・・・。」 「向こうでは頼忠さんに守っては貰えないけど、でもせめてこの刀は傍にいて欲しい。だから―――。」 「―――っ。」心を押さえ付けていた何かが弾けた。「花梨殿!」 護り刀を掴むと、そのまま引き寄せた。 「きゃっ!」 「駄目です。それは嫌です。」少女ごと抱き締める。「その護り刀に貴女を託す事は出来ません。」 「え?」 「貴女をお守りするのは私です。この頼忠に貴女を守らせて下さい。」 「頼忠さん?」 貴方の言葉が理解出来ない。貴方は何時でもどんな時でもその言葉を言った。言ってくれた。そして、実際に守ってくれた。でも、今、まさに帰るこの瞬間に、どうして同じ事を言うの? 「これからも貴女をずっとお守りしたいのです。」 私を守る?どうやって?私は帰るのに。貴方はこの世界で生きるのに。それなのに何でそんな事を言うの? 「頼忠さん・・・震えている・・・・・・。寒いの・・・・・・・・・?」頓珍漢な質問だと、自分でも思った。「風邪、引いた?」 「寒いのではありません。貴女が、帰るとおっしゃるから・・・・・・。」更に強い力で抱き締める。「貴女を失うのが・・・・・・怖いのです。」 「そんなに・・・主を失うのは怖いですか?」 「・・・・・・・・・。」少し身体を離し、泣きそうな瞳で見つめる。と。「花梨。」 はっきりと私の名を呼んで、唇を重ねてきた。 「・・・・・・・・・。」 ぼやけていく視界。頼忠という男の味が、先ほどの行為を思い出させる。肌が粟立ち、頭がしびれていく。 足から力が抜けていき、頼忠が花梨の腰を抱えて支えた。 「主にこのような真似は致しません。」 再び唇を重ねると角度を変えながらの深い口付けで、少女を優しく・・・甘く・・・・・・酔わせていく。 「・・・・・・・・・。」 完全に力を無くした花梨を、力強い腕で抱き締める。足が宙に浮いている。 「私はとっくの昔から従者ではありませんでした。貴女を慕う、ただの男です。」 片手で花梨の頬に触れる。 「え・・・・・・・・・?」 呆然と、それこそ穴が開くほど見つめる。これが源頼忠という男の顔なのだろうか?―――違う。無表情で、遠くの人を見るような控え目な男はここにはいない。こんな熱い瞳で見つめる男は―――知らない。 「花梨。どうか、この京に残っていただけませんか?」 「・・・・・・・・・。」 嘘だ。これは夢だ。極楽浄土で見る夢。頼忠さんが私にこんな事を言うなんて。男の表情を見せるなんて―――信じられない。 「貴女のお傍で生きたいのです。」 何時の間にか泣いていたようだ。頼忠が衣の袖で頬を拭う。だが、次から次へと涙は溢れ落ち、キリがない。 「・・・・・・・・・。」身体をよじって二人の間に挟まれていた腕を抜き、男の頬を触る。 ―――温かい―――。 夢を見ているのではなく、ここにいる頼忠は本物だ。花梨を抱き締めている頼忠が。「あのね・・・・・・・・・・・・えっとね・・・・・・・・・。」 頼忠の瞳は、懇願と同時に花梨愛しいと伝えている。奇跡が起こった。この信じられないほどの幸せが、現実に花梨の心と身体を包んでいる。 「何で御座いましょう?」 「だからね・・・・・・。」 胸が一杯で苦しい。言いたい事は沢山ある。なのに言葉が出てこない。言葉が見付からない。花梨の想いを伝える言葉が。 だからその代わりに。 「つまりね。」 頼忠の頬に触れていた手を後頭部に移動させて顔を下げさせると、今度は花梨から唇を重ねた。そこから教える。 「花梨・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 口付けの最中、心の中で龍神様にお願いをする。龍神様はそれに応え、歪みが段々小さくなって、そして消えた。これが私の返事。私はもう、帰るつもりは無いと。貴方の傍にいると。 「ありがとう御座います・・・花梨・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 昇る朝日を浴びながら、私達はずっとお互いの想いを伝え合い、受け取っていた――――――。 |
注意・・・頼忠×花梨。京ED。 A編『護り刀に想いを込めて』完結。 2006/05/16 02:38:16 BY銀竜草 |
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