『共寝の相手』 |
「ふわぁ・・・うふ・・・・・・・・・。」 「神子殿、眠れなかったのですか?」 幸鷹が、堪えているようだが何度も欠伸をしてしまう花梨を心配そうに見る。 「うん、ちょっとね・・・・・・。」 「悩み事でもあるなら、何でも話せよ?」 イサトが、言葉を濁す花梨を更に促す。 悩みがあるわけではないから、と苦笑いしてその話は終わりにしようとしたが。 「・・・・・・おい、話せよ。」 勝真を始めとする、心配する眼差しに囲まれた花梨はしぶしぶ原因を話し出した。 「昨夜はいつもより寒かったでしょう?身体が温まらなくて、眠れなかったの。」 「火鉢や温石を用意させなかったのか?」 「うん・・・もう皆寝ていたから・・・・・・。」ぼそぼそと小声で言うと、 「お前は馬鹿か?寝不足になったり体調を崩して倒れたりしたら、そっちの方が周りに心配をかけるだろうがっ!」 イサトが怒鳴りつけた。 「寒くて眠れないのなら、いつでも呼んでおくれ。喜んで添い寝してあげるよ?」 翡翠が艶やかな流し目を送れば、 「翡翠殿!」 「翡翠っ!」 と、瞬時に幸鷹と勝真が突っ込みを入れるのは何時もの事。そして、いつもの花梨なら、翡翠の言葉に赤面するのだが。 その日は違った反応を見せた。 「あっ!」花梨は顔を上げた。「ナイスアイディア!」 ん?と、一斉に花梨を見れば、顔を輝かし、一人頷いている。 「そっかぁ・・・一緒に寝れば良いんだ・・・・・・。そう言う手があったかぁ・・・・・・!」 「「「「・・・・・・えっ?一緒に寝る?」」」」 「ふふっ。今度寒くて眠れなかったら、頼んでみようっと♪」 「「「「・・・・・・・・・・・・・・・。」」」」 にこにことご機嫌の花梨にかける言葉が見つからない。 一緒に寝る相手は、当然少女の想い人の筈で・・・・・・とすると相手は・・・・・・。 『『『『頼忠に頼むのか?!』』』』 頼忠なら花梨の頼みを断る筈がない。それどころか、このような頼みなら大喜びで承諾するだろう。そして、あの男がただ大人しく添い寝だけをしているとは信じられない。 面白くない光景が頭の中に浮かび、男達は皆、顔色を失った―――。 夜。 イサトと幸鷹、勝真の三人が神子の住む対を遠くから様子を窺っていた。 「ちぇっ、こんな遠くからだと見え難いな。」 「仕方ありません。これ以上近付けば、頼忠に気付かれてしまいます。」 吐く息が白い。 「・・・・・・寒い。今日は一段と冷えるな。」 「しかし、雪が降らなくて、それだけでも良かったですね。」 小さな声でぼそぼそと会話をしていると、妻戸が開いて花梨が出て来るのが見えた。 「ん?花梨だ。やっぱり頼みに出てきたのか?」 花梨は簀子に座るときょろきょろと周りを見回している。 「あの馬鹿、風邪ひくぜ?」 勝真が眉を顰める。 すると、花梨は満面の笑みを浮かべた。少女の視線の先を見ると、そこには頼忠の姿が。 「「「・・・・・・・・・・・・。」」」 声は遠すぎて聞こえないが、二人が嬉しそうに、楽しそうに話しているのははっきりと分かる。 「やっぱり相手は頼忠か・・・・・・・・・。」 イサトが不愉快そうに言うが。 「相手が頼忠なら、外は寒いんだからさっさと頼んで中へ入る―――。」 勝真は、花梨が動くのが見えて口を閉じた。 花梨は羽織っていた袿を脱ぐと、いきなり頼忠の頭から被せた。 「「「・・・・・・・・・え?」」」 頼忠がもがくように袿を頭から取り除く間に、花梨は妻戸に走り寄る。そして、妻戸に手を掛けて振り返ると、指を一本ぴしりと頼忠に向け、笑いながら何事か言うと中へと消えた。 「「「・・・・・・・・・・・・。」」」 頼忠はと言えば・・・・・・真っ赤な顔で困ったようにしばらく袿を眺めていたが、それを羽織ると、嬉しそうに襟元に顔を埋めた――――――。 『『『・・・・・・・・・・・・羨ましい。』』』 三人は妬ましげに頼忠を睨む。 「頼忠が女物を着るとは!」 「花梨に振り回されているぜ?」 「あの締まりのない顔、見ていられないぜ?」 ひとしきり頼忠の悪口を言うと、今度は疑問を言い合う。 「頼忠に頼むんじゃないのか?」 「相手が頼忠なら、彼が今、外にいる筈がありません。」 「断ったとか?」 「いや、あいつなら絶対に断る事はありえない。」 「花梨の想い人は頼忠だろ?あいつが他の男を入れるとは思えないが。」 「頼忠の目を盗んで他の者が入り込む事など不可能ですよ。」 「もしかして、紫姫に頼むのか?」 「この時間、紫姫は休んでいる筈です。」 「じゃあ、今日は必要ないのか?」 「だが今夜は、昨夜よりも冷え込んでいる。」 三人は顔を見合わせる。 「「「じゃあ、共寝する相手は誰だ?」」」 「花梨、共寝の相手を誰に頼んだんだっ?!」 翌朝、叫ぶイサトを先頭に七人が駆け込んで来た時、花梨は袿を手に持ちながら高欄越しに頼忠と談笑しているところだった。 「とも・・・ね・・・・・・?」 「・・・・・・・・・。」 イサトの言葉に、花梨は首を傾げ、頼忠は訝しげ眉を顰めた。 イサトは花梨の側に駆け寄ると、肩を掴んで揺さぶる。 「相手は誰だっ!?」 「ひゃっ!」 花梨が言葉も無く眼を白黒させていると、イサトは更に、誰だ?!と詰問しながら強く揺さぶった。 と。 頼忠が高欄越しに身を乗り出し、イサトの首に腕を回してグイっと引いた。 「ぐわっ!――――――いてぇ!」 憐れイサトは高欄を乗り越え、悲鳴と共に地面に落ちたが、 「神子殿、大丈夫ですか?」 イサトには目もくれず、頼忠は花梨の背をさする。 「げほっ!・・・・・・ごほっ!だ、大丈夫、ですけど・・・。何事?」 花梨が顔を上げると、他の六人に囲まれていた。 「・・・・・・・・・えっと・・・・・・私、何か悪い事でもしました?」 先ほどのイサトを始めとして皆が皆、怒りや悲しみ、戸惑いと言った複雑な表情をしている為、迷惑でも掛けたのかと少しびくつきながら聞く。 六人は顔を見合わせ、誰が問いただすのかと眼で会話していたが。 「だから!お前は誰と共寝をしているのかって聞いているんだっ?!」 立ち上がったイサトが、擦り傷を負った顔を押さえながら怒りに任せて怒鳴った。 「ともねって何?」 「・・・・・・・・・一つの褥で一緒に寝ることですよ。」 花梨の疑問に、頼忠が不快感を露わにしつつも律儀に答える。 「あぁ、一緒に寝ている相手、ね。」 皆の気持ちも知らずに、花梨はにっこり笑みを浮かべた。 「「「「「「「やっぱりいるのかっ!」」」」」」」 「っ!!」 八人は青冷め、その内の一人は完全に固まった・・・・・・・・・。 八人の男達の囲まれた花梨は、きつねを抱き締めていた。 「・・・・・・つまり、封印した怨霊のきつねを具現化していたのですね?」 幸鷹が脱力しながらも、力を振り絞って尋ねる。 「寒くて眠れないから一緒に寝てくれませんか?って頼んだら、うんって答えてくれたの。」 疲れた表情をしている男達に比べ、花梨は一人ご機嫌だった。 「ふわふわした尾っぽが温かくて気持ち良いの♪」甘えた仕草をするきつねの頭や体を嬉しそうに撫でる。 「封印した怨霊をこのような使い方をして良いのですか?」泉水が当然の疑問を口にする。 「ん〜〜〜?きつねさんは大丈夫って言っていたから、問題無いと思うけど?」 「怨霊に尋ねたのですか?」彰紋は花梨の発想に驚くが、当の花梨は、「もちろん、最初に尋ねたよ〜!」さも当たり前、という表情で答える。 「怨霊が本当に言葉の意味を理解しているのか?」勝真が首を傾げる。 「失礼な!きつねちゃんは頭良いんだよ!?」花梨は唇を尖らせて反論すると、 「きつねちゃん、お手っ!」と、右手をきつねの前に差し出した。すると、きつねが右の前足を、花梨のその手の上に置く。 「ほらっ!賢いでしょう?」花梨は得意げである。 『『『『『『『『・・・・・・おいおい。』』』』』』』』そんな少女に、八葉達は誰一人として何も言えない、言える筈がない。 「ねっ?個人的なお願いしても良いよね?大丈夫だよね?」首を傾げてきつねに尋ねる。 すると、きつねは優しい表情を浮かべると、花梨の肩に顎を乗せる。そして、顔を少女の頬にすり寄せた。 「んもう!可愛いなぁ。」花梨は満面の笑みを浮かべる。「抱き締める存在があると、安心して眠れるんだよねぇ。何でだろう〜?」 「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・。」」」」」」」」 「姫君が体調を崩されるよりは、良い考えだと思うよ。」翡翠は、きつねの頭を撫でる。「これからも姫君を頼むよ?」 翡翠のその意外な言葉に、花梨はにっこりと微笑むが。 「「おいっ!!」」慌てる勝真、イサト。 「「え・・・・・・?」」驚く彰紋、泉水。 『『・・・あっ!』』魂胆を見抜いた幸鷹、泰継。 「・・・・・・・・・。」眉を顰める頼忠。 「おい、良いのかよ?」 イサトが大声を上げそうになるのを、泰継が目配せをして黙らせる。そして、視線を横にずらせる。そこにあったのは、一見無表情だが確実にきつねに対して怒っている頼忠の姿。 「「「「あっ・・・・・・・・・。」」」」 寒くて眠れないのなら、一緒に寝る相手になぜ自分を思い出してくれないのか?きつねなんかよりも、ずっと確実に温めて差し上げられるのに。―――そう考えているのが明らかに分かる表情をしている。 「他に共寝の相手を思いつくよりは、まだマシでしょう?」小声で幸鷹が言う。 花梨は周りのヒソヒソ話には気付かず、きつねの尾っぽを掴むと先っぽを頼忠の顔に近付け、かすめるように、くすぐるようにして遊び始めた。 頼忠は困ったような表情を浮かべたが、花梨を見つめる瞳は優しく、そして・・・・・・。 『『『『『『『頼忠、お前の考えている事、丸解かりだよ。』』』』』』』 「きつね、か。良い考えだな。」勝真が頷き、 「神子殿は賢いですね。」幸鷹が感心したように言い、 「怨霊も神子の役に立つなら、業を償う事になるだろう。」泰継が尤もらしく述べ、 「護衛役にも丁度良いですね。」泉水がにっこりと笑みを浮かべ、 「こいつ、温かそうだな。」イサトがきつねを撫でる。 「花梨さんが体調を崩す恐れも少なくなりますね。」彰紋までもが安堵したように言い・・・・・・翡翠を含めた七人が花梨を笑顔で見つめた。 結局。 圧倒的多数の支持により、花梨のアイディアはこれからも続けられる事となり。 頼忠の気持ちも知らずにご機嫌の花梨と、楽しげな七人の男達とは対照的に、七人の考えている事がこちらも解かり、面白くない頼忠であった。 『神子殿、貴女は男心と言うものがお解かりでない・・・・・・。』 幼い恋人が愛しくもあり、憎らしくもあり・・・・・・頼忠は密かに深いため息をついた――――――。 注意・・・第4章後半頃。 『悪戯の顛末』の数日後。 何時もながら、くだらない話をよくも思いつくものだよ、自分。 さて。 次からは頼忠の試練。思う存分、心ゆくまで悩み、苦しみ抜いて下され。(→私ってば鬼より酷いや) 2004/05/29 01:19:08 BY銀竜草 |