『悪戯の顛末』 |
東寺で勝真とイサトが密談をしていた。 「面白くないよな。」 「そうだな。」 「あれだけの騒ぎを起こしといて。」 「散々、花梨を泣かしやがって。」 「そのくせ、美味しい所を掻っ攫っていきやがって。」 「あいつだけ良い思いしやがって。」 「一泡吹かせてやりたいよな。」 「お仕置きしてやりたいよな。」 「・・・・・・頼忠にお仕置きするって言ったって、どうするんだ?」 「そうなんだよなぁ・・・。あいつにゃ、花梨に逢わせないのが一番効果あるんだろうが、それじゃあ、花梨が寂しがるからなぁ・・・・・・。」 二人は眉間に皺を寄せて、唸る。 と。 「困らせたいのかな?」 突然後ろから聞こえた声に二人が飛び上がった。 「っっ!翡翠・・・・・・驚かすなよ・・・・・・。」 「ふふふ、別に忍び足で近づいたわけではないのだよ?君たちが熱心に話し込んでいたから気付かなかったのだろう。」 二人の驚く顔を楽しそうに見ながら、片手を挙げた。 「ん?翡翠、それ何だ?」 翡翠が持つ風流な小箱に目をやりながら、勝真が聞く。 「ちょっと珍しいものを手に入れたのだよ。これを使ってみないかい?」 「使う?」 「そう。姫君に・・・・・・ね。」 「「へっ?」」 「姫君に尋ねてみたい事があってねぇ・・・・・・・・・。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 翡翠の説明を聞いた二人は、「面白そうだな。」「やってみようぜ。」と、眼を輝かせた――――――。 「よう!」 「元気か?」 「ご機嫌いかがかな?姫君。」 「あれ?三人とも今日は忙しいって言っていませんでしたか?」 部屋でのんびりと寛ぎながら絵巻物を眺めていた花梨は、三人の登場に目を丸くした。 「思ったより早く用件が片付いたものだから、姫君の笑顔を見せてもらおうと思ってね。」 「どうやったらそんな言葉を吐けるものだか教えて欲しいぜ。」 花梨に艶っぽい流し目を送る翡翠を、イサトは呆れたように呟く。 「お前が、疲れた、と言っていたと翡翠が言うから、様子を見に来たんだ。」 勝真は、大丈夫か?と心配そうに聞く。 「あぁ、心配掛けちゃいましたね、御免なさい。今日一日ゆっくり休んだから、もう元気ですよ!」 にっこり微笑みながら言えば、男三人が安堵のため息をつく。 翡翠は、小箱を取り出して言う。 「疲れに良く効く薬を持ってきたのだよ。一つ召し上がってごらん?」 薬?とあからさまに顔を顰める花梨に 「大丈夫だよ。甘い薬だから。」 ほら口をあけて?と、匙にコロンとしたものを乗せて花梨の口元に持っていけば、不安に思っていても口に入れる。 「種があるから気をつけて。」 「・・・・・・ン?甘くて美味しい・・・・・・。」 「梅の実を砂糖に漬けたのだよ。」にっこりと微笑み、小声で、お酒と一緒にね、と付け足す。 「沢山あるから、もっと食べなさい。」 「花梨?大丈夫か」 勝真が様子を窺うように尋ねる。 「うん?何かふわふわした気分・・・。気持ち良い・・・・・・。」 トロンとした目つきの花梨は眠たそうで、思考力が落ちてきているのが分かる。 「お前の好きな花は何だ?」 「うんっと・・・梅。白い梅の花とか・・・桜とか・・・かなぁ・・・。チューリップも大好きだったし・・・。」 「好きな食い物は?」 「ん・・・と・・・サクランボとか・・・いちご・・・オレンジ・・・。フルーツが沢山乗ったタルトとかデニッシュパンが食べたいなぁ・・・・・・。」 「じゃあ、好きな色は?」 「ピンクに・・・パープル・・・・・・。そう・・・ブルーも好き・・・・・・。」 時々解らない言葉を言うが、それは気にしない事にして。そろそろいいか?と目配せする三人。 「なぁ花梨・・・、頼忠のどこが好きなんだ?」 イサトが、興味津々という感情そのままの表情で尋ねる。 「頼忠さん?顔も格好良いし声も良いよねぇ・・・。剣の稽古中の厳しい顔つきも・・・優しい笑顔も好き・・・・・・。後は・・・・・・。」 眠りに入る直前の穏やかな顔つきに、三人とも見惚れてほとんど聞いていない。 「一緒にいる時って何だか安心するし・・・・・・。良い匂いするし・・・・・・。」 と、突然「そうだ!頼忠さんの得意技!!」との大声に、はっと我に返る。 「頼忠さんってねぇ・・・・・・・・・・・・・・・。」 「「「えっ?何だって?」」」 と聞いた時には既に、花梨は夢の中だった――――――。 次の日。 花梨が倒れたとの連絡に、大慌てで八葉が四条の屋敷に集まった。控えの間で、泰継の診察が終わるのを落ち着かずに待つ。 が、「二日酔いだ。」との報告に、皆脱力して座り込んだ。 「二日酔いか・・・。びっくりさせるなよ・・・・・・・・・。」 「確か、神子殿はお酒を召し上がられた事は無かった筈。なぜ飲まれたのでしょう?」 幸鷹が首を捻って言うと、 「「あっ!!」」 と、イサトと勝真が大声をあげて顔を見合わせた。 「酒に漬けた梅、二粒か三粒だろ?あれだけで?」 「・・・・・・・・・勝真?」 「うっ・・・・・・。」 頼忠の押し殺した声音に、青ざめる。だが、その場を誤魔化すように頼忠に尋ねた。 「お前の得意な事って何だ?」 突然の質問に、瞬きする。「は?いきなり何を言う?」 「いいから答えろよ。」 「剣術くらいしかないが。」 「花梨が言っていたぞ?お前の得意技だって。」 「そうそう、言っていたぜ。経験豊富なのかな、って。」 イサトまでが一緒になって言う。 他の者達も不思議そうに頼忠を見るが、当の本人は首を傾げるばかり。 「何を言っているのだ?」 泰継が勝真に問うと、翡翠が後ろから「きす。」と答えた。 「ぶっっ!・・・げほっ!・・・ごほっ・・・・・・。」 ちょうど白湯を飲んでいた幸鷹が盛大に噴出し、むせる。 隣にいた泉水が、慌てて幸鷹の背中をさすった。 「翡翠殿!その言葉をどこで聞いたのですっ?!」 「姫君からだよ?頼忠のどこが好きか尋ねたら、『きす』が凄く上手いって。」 真っ赤な顔で問い詰める幸鷹を面白そうに見つめ答える。 「そう、頼忠の得意技だって。」 「うん、経験豊富なのかなって。」 勝真とイサトも、幸鷹を興味深げに見つめる。 「ほう・・・・・・幸鷹殿は意味をご存知のようだ。教えて下さらないかな?頼忠も知らないようだし。」 「なっ・・・!」 頼忠をはじめ、他の者達は、絶句する幸鷹とそんな幸鷹を面白そうに見つめる翡翠の二人を交互に見る。 と、その時。 「心配掛けちゃって御免なさい・・・・・・。」 と、騒ぎの張本人が謝りながら入ってきた。 「神子殿!お体の具合はいかがですか?」 「朝は酷かったけど、泰継さんにお呪いを掛けて貰ったし薬湯も飲んだし、本調子とは言えないけどだいぶ楽になりました。」 心配そうな顔の頼忠に、にっこりと微笑んで見せるが。 「・・・・・・どうしたんですか?」 花梨は、その場の異様な雰囲気に気付き、心配そうに皆を見回す。 「神子、『きす』とは何だ?」単刀直入に聞く泰継に、 「神子殿っ!こた・・・ふぐっはぐっっ!!」 答えてはいけません、と忠告しようとした幸鷹の口と身体をイサトと翡翠が押さえ込む。 その騒ぎの中、他の者達の興味津々との視線を浴びた花梨は、怖じ気付いた。 『何か・・・怖いんですけど・・・・・・。』 ふと横を見ると、頼忠と視線が合って。 「神子殿がおっしゃられた言葉のようです。『きす』がこの頼忠の得意技だと。」 ぼっ! 音がしそうなほどの勢いで、花梨の全身が紅く染まる。 「わ、私がいっ、言ったの?」 どもりながら呟く少女を、ますます不思議そうに見る。 眼を泳がせると、幸鷹の瞳と出合って。 『『・・・・・・・・・・・・・・・。』』 「さよならっ!」 とだけ叫び、その場から逃げ出す。 「神子殿?」 慌てて頼忠が追いかけるため、室を飛び出した――――――。 「・・・くっくっくっ・・・・・・。」 込み上げてくる笑いを押し殺す翡翠を、幸鷹は怒りを隠さずに詰問する。 「この為に神子殿にお酒を飲ませたのですね・・・・・・?」 「ん?こうなるなんて予想もしていなかったよ?」 涼しげに言う翡翠に詰め寄る。 「嘘おっしゃい!頼忠はともかく、神子殿を困らせるなど、気の毒でしょう!?」 殴り合いの喧嘩にならないように、彰紋と泉水が慌てて幸鷹を止める。 「結局、『きす』とは何の事だ?」 「・・・・・・・・・・・・っ。」 みんなの注目を浴びた幸鷹は、またもや言葉に詰まり、再び大笑いし始める翡翠を恨めしげに睨みつける。 「神子殿の為に、尋ねるのは諦めてください。」ため息とともに言う。 翡翠以外の者は、「神子殿の為」と言う切り札を使われては、それ以上追求など出来ず、顔を見合わせるのだった・・・・・・・・・。 「神子殿!なぜ逃げるのです?」 庭の隅でやっと追いついた頼忠は、再び逃げ出さないように花梨を後ろから抱き締める。 「だって・・・・・・。」 「言葉の意味を、お教え下さらないのですか?」 「・・・・・・・・・・・・。」 真っ赤な顔で、半分泣いている花梨を追及するのは可哀想だと思うのだが。 「幸鷹殿はご存知なのでしょう?」 『幸鷹との二人だけの秘密』という事が我慢出来なくて。 身を捻って逃げ出そうとする花梨を、今度は正面から抱き締める。 それでもまだ、もぞもぞ動く花梨の動きを止めたくて、顎に手を添えると軽く唇に唇を重ねた。 眼を見開き固まっている少女。 『可愛い・・・・・・。』 再び唇を重ねる。今度は、丁寧に口付ける。 「・・・・・・・・・。やっぱり、頼忠さんの得意技・・・・・・。」 「は?」 ため息とともに呟くその言葉の意味が分からず、花梨の顔を覗き込む。 「ほら、頼忠さんってキスが凄く上手・・・・・・・・・。」 『きす?凄く上手?何をおっしゃられておられるのだ?私は神子殿に接吻しただけ・・・・・・・・・。えっ?まさか?!』 「神子殿・・・・・・。『きす』とは、もしかして・・・・・・?」 顔を赤らめて尋ねる頼忠に、花梨はそれ以上真っ赤な顔で頷く。 『感想を聞いたことは無かったが・・・・・・喜んで下さっていた?』 嬉しくて無意識のうちに再び唇を重ねてしまう頼忠であった――――――。 「翡翠殿は意味がお解かりになられたのですか?」 翡翠の態度が不思議で、泉水がおずおずと尋ねる。 「ふふふ、幸鷹殿と姫君の反応の仕方で想像してごらん?」 その言葉につられて、全員の視線が幸鷹に向く。 当の幸鷹は、ギョッとした表情になり、それから真っ赤な顔をして、用事を思い出しましたので、と言うと慌てて部屋を飛び出して行った。 「だからなんなんだよ・・・・・・。」 「頼忠にも尋ねない方が良いよ?」 「「「「「えっ?」」」」」 外を見ながら言う翡翠の言葉に反応して外を見れば、ちょうどあの二人が戻ってきたところだった。 頼忠の両腕に抱え上げられた花梨は、頼忠の首にしがみ付き肩の辺りに顔を埋めている。頼忠はと言えば、目元を赤らめ嬉しそうに花梨を見つめていて。 「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」」」 ほのかに意味を悟った男達のショックはあまりにも大きくて・・・・・・・・・。 「頼忠を困らせようと企んだのに、結局あいつ一人が良い思いをしたのか・・・・・・。」 どかりと音を立てて座り込んだ勝真が、悔しそうに言う。 「いや・・・幸鷹を困らせる事に成功した翡翠も、楽しんだか。」 にこやかに笑みを浮かべる翡翠を、イサトが睨みつける。 「頼忠を困らせる方法・・・ですか?」 彰紋がイサトを見ながら首を傾げた。 「毎日の外出に、頼忠を同行させないようにするっていうのは、いかがですか?」 にこやかに、優しい微笑を浮かべながら言う。 「えっ?」 「最近の神子の外出には、必ず頼忠が同行していましたから。それは良い考えかもしれませんね。」 泉水が頷きながら言うと、泰継までが賛成する。 「東の明王の試練は終わっている。頼忠が供にいなくても問題無い。」 「・・・お前らも、面白くなかったんだな。」 イサトが苦笑する。 「俺達が同行したいって言えば、花梨は嫌だとは言わないだろうさ。だが、頼忠の朝は早いぜ?」 「こちらに来るのを足止めすれば、宜しいのでは?」 翡翠が楽しげに言えば。 「では、院の用事を言いつけましょうか。」 「深苑殿を探す、という理由はいかがでしょう?」 「この屋敷の警備の相談とか。」 「朝の鍛錬に付き合わせるのもいいかもしれないな。」 「泉殿に不審者が出た、というのもありかな?」 「宮様や時朝殿を監視するとか。」 「シリンとか言う、怪しい女の探索とか。」 次々とアイディアが浮かぶ。 「ところでさ、幸鷹は何であの言葉の意味を知っていたんだ?」 イサトが首を捻る。 「普段、花梨とどんな会話しているんだ?」 あの生真面目な幸鷹が話題にするような話にも思えず皆で顔を見合わせたが、答えが出る筈も無く、頭の中に疑問符が飛ぶ。 「それより、幸鷹殿はどうするんだ?」 ふと勝真が思い出したように言うと。 「あいつってさ、花梨の事だとでしゃばるから内緒にするか?」 イサトが顔を顰めて言えば、彰紋までが眉をひそめて言う。 「そうですね。花梨さんの言葉の意味が分かるのも、字を読めるのも幸鷹殿だけですからね。」 「よしっ!結論は出た。さっそく細かい相談するか!」 何時の間にかに、天の青龍・白虎以外の八葉の仲が改善されていて。 その二人も、他の者達と表面上は信頼し合っているように見えて。 事あるごとに争う八葉をまとめるのに苦労していた花梨の喜びようったら、言葉に言い表せない程で。 頼忠と逢える日が少ないのを寂しく思いながらも嬉しそうに外出する花梨と、そんな少女と一緒に行動できるのを胸に痛みを感じつつも喜ぶ男六人だった――――――。 注意・・・第4章半ば。 イメージは、梅酒。 但し、この時代に梅の実をお酒に漬けていたかどうかは、知りません。 何が言いたいのか・・・よく解らない内容となってしまった・・・・・・。 『キス』の言葉の意味は何?との巷によくあるネタを、銀竜草が料理したらこうなりました。 相変わらず、勝真とイサトの言葉使いを差別化出来ない私・・・・・・。 2004/03/15 23:59:53 BY銀竜草 |