『熱〜おまけ〜』



「神子様はお風邪を召されたので、今日はお休みです。」
花梨の体調を確かめる為に朝早くから四条の屋敷を訪れた頼忠は、花梨付きの女房のその言葉に顔色を変えた。
「風邪?どのような具合なのです?!」
「お顔がとても赤くて、熱が高いようなのです。でも、風邪じゃない、とおっしゃって薬湯さえお飲みなって下されなくて・・・・・・。」
困ったように表情を曇らせる。
「薬師は呼ばれたのですか?!」
「いえ・・・会わないの一点張りで・・・・・・・・・。」
女房の説明ではさっぱり解らず、心配事は解消されない。
「・・・・・・・・・・・・・・・っ!」
ならば、と、直接様子を伺おうと、花梨の室に向かう。


普段なら取次ぎの女房がいるのだが、騒がしい割には誰もいない。頼忠は、妻戸の中に入ると御簾の側に寄る。
「神子様、薬湯をお飲みになって下さいませ。」紫姫の困ったような声が聞こえる。
「いらない!風邪ひいてなんかいないもん。」少し拗ねたような花梨の声が聞こえた。
頼忠は一瞬躊躇ったが、声を掛ける。
「神子殿、頼忠です。あの・・・お身体の具合はいかがでしょうか?」
その途端、騒がしく言い合いをしていた二人が黙りこんだ。
「「・・・・・・・・・・・・・・・。」」
「神子殿?」

ガタンっ!バタバタバタ!!

「み、神子様?」
大きな物音が聞こえたと同時に、紫姫の悲鳴に似た叫び声が上がる。
と。
御簾が跳ね上がり、飛び出して来た花梨が頼忠にしがみ付いた。
「頼忠さん、私、元気だから!風邪なんかひいていないからっ!」
「み、神子殿っ!?」
驚きすぎて、声が翻ってしまう。
花梨は、少し紅い顔のまま潤んだ瞳で頼忠を見上げている。今まで寝ていたのだろう、単姿で髪も乱れていて。
「皆が勝手に騒いでいるだけだから、心配しないでね?」
単だから、少女らしい身体のラインがはっきりと解って。そして、上から見下ろすと襟元の隙間から、胸の谷間らしき影がちょうど見えてしまって。
「あの・・・そのぉ・・・・・・・・・・・・。」
凝視してはいけないと頭では解っているのだが、眼は離せない。

「神子殿っ!!」
動揺したような叫び声につられて、声がした方を見る。
「何というお姿でいるのですか!?」
真っ赤な顔で怒っている幸鷹と、笑いを堪えている翡翠がいた。
「えっ?何か私、おかしいですか?」
「素敵なお姿だね。」
戸惑う花梨を、翡翠は魅惑的な流し目で見る。
「単姿で殿方の前に出てはいけません。」
紫姫が慌てて袿を花梨の肩に掛ける。
いけないの?と首を傾げる花梨に、幸鷹が説明をする。
「単は下着と同じですから、人前に出る事ははしたない振る舞いなのですよ。」
つまりだね、と楽しげに翡翠が付け足す。
「姫君のその姿が見られるのは、夫か恋人だけなのだよ?」
「夫?恋人?」
花梨は考え込んでいたが、ふと自分が今、頼忠に抱き付いている事に気付いた。
「頼忠さん?」
見上げると、耳まで紅くして、眼のやり場に困っている、という泳いだ瞳に出会って。
「「・・・・・・・・・・・・・・・。」」

「きゃあ――――――!!」
ばちんっ!

自分の姿の意味を悟ったのだろう、さっと頬が真っ赤になったと思った瞬間、悲鳴と共に花梨の手が頼忠の頬に飛んだ。そして、身を翻して御簾の中へと走り込む。
「み、神子様?」
紫姫が慌てて花梨の後から室に入った。

「・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ。」
頼忠は大きく息を吐くと、紅い顔のまま座り込んだ。
幸鷹と翡翠は笑いを堪えて頼忠のその姿を見つめる。
「おい・・・・・・花梨は病気じゃなかったんだな・・・・・・。」
「花梨病気」との知らせに慌てて見舞いに来たイサトがぽつりと呟いた。

「うわ〜〜〜ん!どうしよう、どうしよう?頼忠さんに『はしたない娘』って思われちゃったよ〜!」花梨の泣き声が御簾の中から聞こえる。

「我々の存在は完全に忘れているようだね?」翡翠と幸鷹が顔を見合わせた。

「神子様・・・。頼忠殿なら、神子様がこの京の習慣にはまだ詳しくないとご理解下さいますわ。」紫姫の、花梨を必死に宥める声が聞こえる。

「頼忠・・・花梨と何時そう言う仲になったんだ?」
勝真が呆然としたように呟き、頼忠を睨むと。

「嫌われちゃったらどうしよう〜〜〜!」

「・・・・・・・・・・・・。」
紅い顔はそのままで、目元も口元も弛んでいて。

「神子様・・・頼忠殿はそんなお心の狭い殿方では御座いませんわ。」

「にやけているぜ?」
「締まりの無い顔だ。」
「喜んでいますね。」

「私、こんな格好で抱き付いちゃったし・・・・・・。恥ずかしいよ〜〜〜!」

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」

「神子様が御心痛める程の事では御座いませんわ。」

「ムカつく・・・・・・・・・。」
「こいつのどこが良いんだ?」
「腹立たしいですね。」
イサト、勝真、幸鷹が忌々しそうに言い合う。

「うわ〜〜〜ん!」
「大丈夫ですわっ!」

と、そこに「花梨さんの具合はいかがですか?」と彰紋と泉水が見舞いに訪れた。
「馬鹿らしい。帰ろうぜ?」イサトが彰紋と泉水の腕を掴む。
「「えっ?どうしたのです?」」戸惑う二人に。
「酒でも飲もうぜ?まだ朝だが、飲まなきゃやってらんないぜ。」と勝真が言い。
「あぁそれなら、私の屋敷に来ませんか?先日、ちょうど珍しい酒を手に入れたのですよ。味見してみませんか?」幸鷹がにっこりと提案し。
「「よっしゃあ!行こうぜ!」」イサト、勝真が歓声を上げ、彰紋と泉水を引き摺り歩き出す。
「あ、あの・・・頼忠は?」二人は驚きすぎて、掴まれた腕を振りほどく事も思い付かない。
「「「・・・・・・・・・・・・。」」」三人が顔を見合わせる。
「あれは放っておけ。」勝真が苛立たしげに言い、
「そうそう、放っておきましょう。」「あいつは一人でいいんだ。」幸鷹、イサトは同調する。
ほら貴方も、と幸鷹は大笑いしている翡翠を促し、ぞろぞろと連れ立って屋敷を出る。



結局。
道端でばったり出会った泰継も捕まえ、七人は幸鷹の屋敷で宴会ならぬヤケ酒大会を開いたのであった。


そして頼忠は。
花梨の心を知って一人幸せを噛み締めていたが。
花梨に平手打ちされた頬には、手の痕がくっきりと残っていて。
出会う人出会う人に驚かれ詮索されて、恥ずかしい一日を過ごしたのだった―――。






注意・・・『熱』の次の日の朝。

花梨ちゃん、可愛くなぁれぇ〜可愛くなぁれぇ〜〜〜!!との念を送ったのだけど、弾かれてしまったようです。
某サイト様の、もんの凄〜〜〜く健気で可愛い花梨ちゃん、お嫁に来て下さい・・・・・・。

2004/05/15 15:34:43 BY銀竜草