『熱』



貴女が私に初めての命令をした後、私はもう何日も外出の供に付いている。
供に付いている他の八葉の男とは、親しげに楽しそうに話しておられるが、私とは主と従者の関係に相応しく、貴女は私に最低限の言葉しかお掛けにならない。そして、私の方を見られる事も無い。

だが。
視線を感じる。貴女の瞳に出会う事は無いが、もの言いたげな、何かを訴えたい気持ちが確かに伝わってくる。
それは、他の八葉達に接するのとは確実に違う貴女の態度が、私を特別な人間として見ているという錯覚を・・・・・・自分に都合の良い思い込みをさせる。
右の掌に残る、貴女の唇の柔らかな感触が甘い疼きとなり――――――許されない望みを抱かせる――――――。



「頼忠殿・・・必ず戻っていらっしゃいませ。」
夢うつつで聞いた紫姫のその言葉に花梨は不安になった。
『頼忠さん、苦しんでいるような雰囲気だったんだよね。遠くに行っちゃうのかな・・・・・・もう二度と逢えなくなるなんて事・・・ないよ・・・ね・・・・・・・・・?』
どんなに否定しても不安は大きくなるばかり。
『紫姫に言うと止められちゃうから、黙って探しに行ってしまおう!』
花梨は起き上がると、身支度もそこそこに部屋を飛び出した――――――。


清めを行おうとする頼忠の後に続いて、後先考えずに水に入る。

武士としての『罪』、『穢れ』の意味は、花梨には解らない。
だけど、唯一解った事。
それは、頼忠が人を守ろうと一生懸命になった事があると言う事。
それは、人として正しい行い。
「貴方が生きていてくれて嬉しい。貴方に逢えた事が嬉しい・・・・・・・・・!」

その花梨の心からの叫びは、頼忠の心を自由にする。

『この少女の傍で生きたい・・・・・・・・・!』



頼忠と共に屋敷に戻った花梨は一人になると、先ほどの頼忠の事を考えていた。
一つの事が頭から離れないが、わざと他の事を考える。

「あの時、師匠と一緒に死ぬべきだった。」苦しそうな表情。
背中の傷は、生死にかかわったであろう事が一目で解り、頼忠の心の傷の深さをも表しているようで、心が痛むが。

『頼忠さんのヌード、見ちゃった・・・・・・・・・。』

日頃からよく鍛錬しているだけあって、余分な贅肉など無い引き締まった身体は、美術の教科書に載っている彫刻のダビデ像なんかよりもずっと逞しくて。

『あの背中に守られていたんだ・・・・・・。』
転んだ時も木から落ちかけた時も。そして何より。危ない目にあった時は、いつも助けてくれた。
『私・・・・・・あの腕と胸に抱き締められていたの・・・・・・・・・?』

以前、頼忠のヌードを描きたい、などと言っていたが、まともに見てなんかいられない。顔に血が上ってしまうし、心臓が早鐘を打ってしまい、冷静に筆を動かす事など出来そうも無い。
『絶対に描けないよ・・・・・・・・・。』

「神子様!お風邪を召されたのですね?」
考え事をしていた花梨は、着替えの衣を持った紫姫がいつ部屋に入ってきたのか、悲鳴を聞くまで気付かなかった。
「えっ?何?紫姫、何を言っているの?」
「神子様、お顔が真っ赤ですわ。熱があるのですね?さぁ早くお着替えになってお休み下さい!」
紫姫の言葉が理解出来ず、呆然と見つめる。
すると、多くの女房達に囲まれ、ぱぱっと着替えさせられると、風邪なんかひいていない、との花梨の言葉も無視され、褥に寝かされてしまう。

「頼忠殿と何があったのですか?」

「死に場所を探していた私に、生きる場所を与えてくださる・・・。」安らぎに満ちた顔。
「貴女の傍にいるために生きていたい。」柔らかな笑顔。
そして。
「心の中で想っていれば良かったのですが・・・・・・。」顔は紅く恥ずかしげで―――。

その途端、考えないように努力していた事が頭の中を支配する。

『うわぁ・・・想ってって・・・・・・もしかして・・・・・・・・・・・・!?』

紅い顔を更に上気させてしまい、紫姫は顔色を変えた。
「神子様、大丈夫ですか?!」
薬師の手配を!泰継殿をお呼びして!と更に騒ぎ立てる。
女房達が走り回る中、熱じゃない!風邪じゃない!との花梨の叫び声が虚しく響き渡った・・・・・・・・・・・・。






注意・・・第4章前半。
            花梨ちゃん、やっと自覚しました。

・・・・・・これ、小説の部類に入れられるのか?起承転結とか、それ以前の問題だが。
それより。
頼忠の心の痛みより、「裸」に心を奪われている女の子・・・それで良いのか、花梨?
そして。
そんな女の子が好きなのか、頼忠?

2004/05/11 16:55:21 BY銀竜草