『肖像画』



「幸鷹さんって『囲碁』が得意なんですかぁ・・・・・・。あれって難しいですよね?」
「確かに弱い方ではありませんが、私より強い方は沢山いますよ。神子殿は、囲碁をご存知でしたか?」
「ルールを説明してもらった事はあるんですけど、さっぱり解りませんでした。私って、先を読む、という事は苦手なんです。」
顔を顰める花梨を見て、幸鷹は微笑む。
「では、得意な事は何でしょうか?」
「得意、とは言えないけど、絵を描く事は好きです。風景より人物、肖像画ですね。そうだ!幸鷹さん、モデルになってくれませんか?」
突然顔を輝かせて言う花梨に、幸鷹は目を瞬かせる。
「もでる・・・?私を描くのですか?」
「そう、幸鷹さんの絵を描いてみたいの。」
上目遣いで、良い?と聞く可愛らしさに、嫌だとは言えず。
「別に構いませんが。では今度、時間を作りましょうか。」
「やったぁ!楽しみだな♪」
と嬉しそうにはしゃぐ様子に、目を細めて微笑んでいた幸鷹だったが・・・・・・後悔先に立たず、とはこういう事で――――――。



数日後。

外出から帰った花梨は、出迎えた紫姫から幸鷹が来ているとの報告を受けた。
「神子様が絵をお描きになるのがお好きとのことで、絵を書く道具を持って来て下さいましたの。神子様のお部屋でお待ちですわ。」
「わぁい!お礼を言わなきゃ!」
嬉々としてはしゃぐ花梨の後ろで、今日の外出の供をした勝真と翡翠は顔を見合わせた。
『『あのお堅い別当殿が姫君に贈り物?』』


幸鷹のその想像出来ない行動に興味があり、二人は花梨と一緒に部屋に行く。
室に近付いた三人は、高欄に頬杖をつき眠っている幸鷹に気付いた。
「このままだと風邪ひくぜ?」
起こそうとした勝真を、花梨は止める。
「疲れているんだから、このまま休ませてあげようよ。」
そう言うと、忍び足で自分の室から袿を持って来て、幸鷹の肩にそおっと掛ける。ふと幸鷹の寝顔を見た花梨は息を飲んだ。
『うわぁ、きれいな寝顔・・・・・・・・・。描きたい!』
再び足音を立てないように、文机に自分の世界から持って来ていたメモ帳とシャープペンシルを取りに行く。そして、幸鷹の正面に座ると、幸鷹の寝顔を描き始めた―――。

「おい・・・あいつ何やっているんだ?」
「幸鷹殿の寝顔の絵を描いているようだよ。」
「寝顔?幸鷹殿、怒るんじゃないのか?」
「そうだろうね。」
一人は心配そうに、もう一人は楽しそうに花梨の様子を見守る。
「止めた方が良いんじゃないか?」
「うん?姫君が一生懸命なさっておいでだよ。止めるだなんて、無粋な真似は出来ないよ?」
「・・・・・・あんた、成り行きを楽しんでいるだろう?」
含み笑いをする翡翠を、眉をひそめて見るが、結局花梨の邪魔はしない。

風が吹き、何かの花びらが舞い幸鷹の頬をかすめた。
「ん・・・・・・・・・。」
身動ぎして眼を瞬かせる。
「神子・・・殿・・・?あ・・・私は眠ってしまったのですね。」
少し恥ずかしそうに笑みを浮かべたが。
「神子殿?・・・・・・。神子殿!何をしているのですっ!?」
自分の正面で、一心不乱にペンを走らせ続ける少女に不審を抱いてしまう。
そして、花梨が書いているメモ帳を覗き込む。
「あ〜〜〜!何を描いているのですか?!止めて下さいっ!!」
メモ帳を取り上げようとするが。
「ダメですっ!幸鷹さんの事、描いても良いって言ったじゃないですか?!」
取られてなるものかと、必死に抵抗をする。
「寝顔を描いても良いだなんて、一言も言っていませんっ!」
「「・・・・・・ふっ!!」」
子供のじゃれあいにしか見えないケンカに、勝真と翡翠が吹き出して笑う。
幸鷹は、二人がいる事に初めて気付くと、うろたえて頬が赤くなってしまう。
その腕の力が緩んだ瞬間、花梨は逃げ出して翡翠の背中に隠れた。
「神子殿!」
「何で怒るんですか?幸鷹さんの寝顔、すっごくきれいだったから、描きたくなっちゃたんだもん!悪いのはきれいな幸鷹さんだよ!?」
きれいと言われて絶句する幸鷹。
「・・・・・・花梨。きれい、と言われて喜ぶ男はいないぞ?」
「えっ?そうなの?」
勝真の言葉にびっくりした花梨は、翡翠に尋ねる。
「姫君に誉められれば、私はうれしいよ?」
艶やかな流し目を送る。
「その男の言う事を信用してはなりません!」
「失礼な事を言うねぇ。」
「あなたを信用しろと言う方が無理です!」
「そういう君こそ、伊予にいた頃とは全く違うね。裏表のある男の方が怖いものだよ。気を付けなさい、姫君?」
「誤解させるような事、言わないで下さい!」
幸鷹が怒鳴り、翡翠がからかうようにかわし、そんな二人を勝真が呆れて見ている時、
花梨はじっと勝真を見つめていた。
『勝真さんだと・・・・・・?』

視線に気付き、勝真が花梨を見る。
「何か聞くのが怖い気がするが・・・・・・花梨、お前何を考えている?」
少し引け気味で尋ねると、花梨は待っていました、とばかりに笑みを浮かべた。
「今度、勝真さんの寝顔描きたいなっ!」
「ちょっと待てっ!」
「勝真さん、絶対に可愛いと思うんだぁ。」
「俺に可愛い、という表現はするなっ!」
「可愛い、もダメなの?」
「当たり前だ!」
「そんな事より、モデルにはなってくれるの?」
「もでる?」
「描く対象。」
「ダメだっ!!」
何で?、何ででも!との二人の言い合いに、翡翠が口を挟んだ。
「新しい獲物の登場だよ。」
「「「獲物?」」」

三人が翡翠の視線の先を見れば、頼忠がこちらに向かって歩いているところだった。
「花梨!こいつにしろっ!」
渡りに船、とばかりに勝真が勢いよく頼忠を指差す。
「頼忠さん?」
首を傾げて頼忠を見る花梨に、頼忠が、何でしょうか?と尋ねる。すると、翡翠が返事の代わりに小さな書物らしき物を差し出した。
見れば書いてあるのは、幸鷹の寝顔で――――――。
「なっ・・・・・・!!」
翡翠は、顔色を変えた頼忠と幸鷹を面白そうに眺める。
「姫君が寝顔を描きたいと言うのだけど、お前、姫君の前で寝てくれるかい?」
『幸鷹殿の寝顔を、長時間見ておられたのか?!』
怒りに似た感情が胸の中で渦巻くが、
「武士は主をお守りする者。主である神子殿の御前で眠るわけには参りません。」
努めて、冷静に答える。
「起きていれば良いの?」
「はい。」
「じゃあ、ヌードは描いても良い?」
「ぬーど?」
「そう、裸!ほら、鍛えられた肉体は美しいって言うじゃない?頼忠さんは、鍛錬をよくしているから―――。」
「神子殿っ!」
「花梨っ!」
「うっ・・・・・・。」
幸鷹と勝真の二人に同時に怒鳴られて、花梨は身を竦めた。
そんな中、翡翠は固まっている頼忠を面白そうに眺めていた。
『裸・・・・・・神子殿の裸・・・・・・。』
頼忠の脳裏には、少し前に見た光景が浮かび、赤面したまま動けず。
「頼忠?どうしたのだい?」
その翡翠の声に我に返った頼忠は瞬きを繰り返した後、深いため息を付くと左手で前髪をかき上げた。
「・・・・・・いざという時に困りますので、そのような無防備な姿になるのは、ご勘弁下さい。」
つまらないな、と呟き肩を落とした花梨だったが、ふと勝真を見る。
「勝真さ―――。」
「しゃべるなっ!口を閉じていろ!!
勝真は慌てて大きな声を出して花梨の言葉を遮る。
すると翡翠が、まだ何も言っていないのに、と呟いている花梨の手を取り、魅惑的な笑みを浮かべた。
「私なら、寝顔でもぬーど、とやらでもかまわないよ?」
「翡翠殿!」
「翡翠!」
幸鷹と勝真の二人が怒鳴ったと同時に、頼忠が無言で花梨を翡翠から引き離した。

「えっ?」
背中から腕を回されて頼忠の胸に抱き締められた格好の花梨は、自分の状態を理解出来ずに瞳を見開く。
「頼忠さん?」
「・・・・・・・・・・・・っ!?」
身体を捻って見上げれば・・・・・・自分の行動に驚き戸惑う瞳と出合い――――――。



一足先に屋敷を出た勝真と翡翠は、先ほどの出来事を話していた。
少女の常識外れの発想に疲れていたが、それよりも気になる事は。
「・・・・・・あいつって解り易いな。」
「姫君は、解っていないようだけどねぇ。」
楽しそうに笑う翡翠に対して、勝真は顔を顰めた。
『頼忠だけでなく幸鷹殿も、花梨のこと気に入っているみたいだな。花梨の気持ちは一体どこにあるのだろう?院に取り憑いていた怨霊を祓っていた時はまだ、俺は信じていなかったし・・・・・・・・・不利だな。』
ため息をつく勝真に、翡翠は密かに苦笑した。
『おやおや、勝真もかい?幸鷹殿もそうだし・・・全く罪作りな姫君だねぇ・・・・・・。』



警護をする為に庭にいる頼忠は、花梨に長々とお説教をする幸鷹の声を遠くで聞きながら、己の行動を思い返していた。

魅惑的な笑みを浮かべながら少女の手を取り、誘い掛ける男の存在に怒りに似た感情―――嫉妬―――が心に湧き上がり、無意識に引き離していた事を。

『罪を抱える己が、浅ましい想いを抱いて良い相手ではないのに・・・・・・。』
止まらない想い。

『あらゆるものからお守りしたいのに・・・・・・。』
己自身が傷つけてしまう恐れ。

『自分のような穢れた人間が清らかな神子殿のお傍にいてはいけない・・・・・・。』
なのに、引き寄せられてしまう自分。

――――――野宮での斎姫と警護の男の悲恋物語――――――
その男のような、己と真摯に向き合う勇気はない・・・・・・・・・・・・。

ならば、自分に出来る事は――――――。
『この命、貴女に捧げます。頼忠の命を賭して、貴女をお守り致します。』


花梨自身の気持ちなど考えもせず・・・・・・誓いを立てていた――――――。






注意・・・第3章半ば。(鬼門編・東の降三世明王の試練終了後位。)

頼忠同勢力恋愛イベント第3・・・・・・火、噴いて怒っていましたよ、私。過去が過去だから、生真面目な頼忠がこのように考えてしまうのも仕方が無い、とも思うけど・・・・・・女の子を泣かせるなっっ!!って。

私は文章を書くのが苦手であり、と同時に絵を描くのも苦手です。なのに、なぜこんな話を書いたかと言うと・・・・・・。
頼忠同勢力恋愛イベント第4のあのイラストを見た時、頼忠のヌードを描きたい!と思ってしまったのだ・・・描けないのに。(←大馬鹿者)
更に。
生真面目な別当殿のくつろいだ姿・寝顔を見てみたいと思っていたり・・・・・・します。
結局。
一番浅ましい想いを抱いていたのは・・・・・・・・・私、だね。てへっ♪(←笑って誤魔化す。)

2004/04/13 02:11:27 BY銀竜草