『振り出し』



いきなり知らない世界に連れて来られて、龍神の神子としてこの京を救えと言われて戸惑った日々。手伝ってくれる仲間である筈の八葉から、疑いの眼差しを向けられて逃げ出したい衝動に駆られていたけれど。
自分に出来る事を一つ一つこなしていたら、何とか院を呪う怨霊を退治出来、その上、院側の八葉から龍神の神子として認めてもらえるようになった。
だけれども。
帝も怨霊に呪われているから、こちらも助けろと言われて。でも、帝側の八葉からはやっぱり信じて貰えなくて。
・・・・・・何だか、『すごろく』で上がりの直前、「振り出しに戻る」の目に止まっちゃった気分ではあるけれど。



「うん、何とかなるよ!」

花梨は楽天家だった。

「天の八葉達だって私だって、最初は信じていなかったんだもん。やるべき事をきちんとやればその内に信じてくれるようになるよね。」
今度は一人ぼっちじゃなくて、天の八葉の四人が支えてくれるから、もう大丈夫。逃げ出したい、なんて考えない。
「前みたいな無理はもうしないけど、よしっ、頑張っていこう!」
そう自分に気合を入れるように言い聞かせると、地の八葉が待つ控えの間に向かって歩き出した――――――。



数日後。

地の八葉の四人は、それぞれ混乱していた。
院の住む泉殿には、院が認めた龍神の神子がいるのに、他にもう一人神子を名乗る少女がいる。しかも、一人は御所の奥深く籠もって祈りを捧げているのに、この少女は町中を自分の足で歩き回っている・・・・・・・・・。
この少女は次々と怨霊から受けた穢れを払い、土地の力を高めている。そして、この少女の傍にいると怨霊と戦う力を得る事が出来るから、不思議な力を持っている事は認めるが――――――。


「「「「あれが『龍神の神子』とは信じられない・・・・・・。」」」」


勝真は夜中歩いていると、神泉苑の奥で人の気配がするのに気付いた。
見ると、神子を名乗る少女で。
身動き一つせずに、ただ湖面を見つめているだけなのが怪しくて。
『こんな夜中に何やっているんだ?』
不審に思って近付こうとしたが、傍に人がいるのに驚いて振り返ると自分を睨む頼忠がいた。
考える事でもおありで、眠れないのであろう。邪魔するな。
よくあるのか?こんな事。
驚いて聞けば、頼忠はただ頷いた。
そして頼忠は、労わるような優しい瞳で少女を見つめている。
『こんな暗闇の中、一人で出歩くのか?女が?・・・・・・それをこいつは注意もせず、影からただ見守っているのか?!』

彰紋が町中を歩いていると、子供の賑やかな笑い声が聞こえてきた。
ふと見ると、イサトと神子を名乗る少女が子供達に混ざって遊んでいた。
「彰紋君、こんにちは!今忙しい?」
彰紋に気付いた少女が走り寄って来た。
「こんにちは。ただ気分転換に散策しているだけです。」
「今ね、みんなと鬼ごっこしているの。彰紋君も一緒に遊ぼう!」
そう言うと、いきなり腕を掴んで引っ張って行く。
「はい、このお兄ちゃんも参加したよ!」
イサトは彰紋の登場に眉を吊り上げたが、文句は言わず。
「おい、ぼさっとしてねーで逃げ回れ!今、あいつが鬼だから、あいつに捕まったらお前が鬼になるからな!?」
訳が解らない内に参加させられていたが、こういう子供っぽい遊びは初めてで。彰紋は、最初は戸惑っていたが、その内夢中になってしまって時間が経つのも忘れてしまい・・・・・・・・・。
「楽しかったね♪」
と、手ぬぐいで汗を拭いながらイサトと笑い合う少女は、神子と言う厳かな印象は全く無い。
『子供と一緒に走り回るなんて、童のようだ・・・・・・。』

翡翠が花梨に会いに少女の室に行くと、琵琶の音色が聞こえてきた。
『琵琶か・・・・・・。硬い音色だな。』
お世辞にも上手い、とは言えないその音色に苦笑する。
御簾をもぐると、驚いた事に琵琶を弾いているのは幸鷹だった。
「おや?別当殿が琵琶をお弾きになるとは知らなかったよ?」
翡翠の登場に、幸鷹は苦虫を潰したような顔をした。
「一応、他の楽器と同じく弾けますよ。全て苦手ですけどね。」
そして、にこにこと楽しそうな花梨を睨む。
「神子殿の頼みでなければ、人前では弾きません。」
翡翠は、幸鷹が置いた琵琶を抱えると、幸鷹が演奏していた曲を弾き始める。
その音色はとてもなめらかで、腕の違いを見せ付けられた幸鷹は益々不機嫌そうな顔を浮かべるとそっぽを向いた。
演奏が終わると、花梨はため息を付きながら拍手をした。
「うわぁ・・・・・・。同じ曲でも演奏する人によって随分変わるんですねぇ。」
「どちらの演奏がお好みかな?」
幸鷹をからかおうと、琵琶を置きながらわざと聞いたのだが。
そうですねぇ、と花梨は真面目に考える。
「翡翠さんの琵琶は、翡翠さんの印象そのまま、自由で艶っぽくて聞いていて楽しいです。みんなと楽しい時間を過ごす時に聞きたいな。それに対して幸鷹さんのは。」
幸鷹が不安そうに少女を見る。
「音色は硬いけど、幸鷹さんの人柄そのままで温かいから、悲しい時や寂しい時に聞くと安心出来そう。」
幸鷹が嬉しそうに微笑むのを見た翡翠は、わずかに眉を上げた。
『この生真面目な別当殿が、姫君にこんな表情を見せるとは・・・・・・。』
優秀な人間だと密かに認めている幸鷹が、幼いとも言える少女に騙されているとは考えた事は無かったが、この少女はそこいらにいる姫君とは違っていて。
『・・・・・・面白い姫君だ。』
翡翠は、幸鷹と楽しそうに会話する花梨を興味深そうに見つめていた。

泰継が、花梨の話しを聞こうと部屋に来て見れば、泉水が一人座っているだけだった。
「花梨はどこにいるのだ?」
「神子はあちらです。」
少し怯えた表情を見せた泉水が指し示した手の方向、外を見れば、木の枝の上に座って遠くを眺めている少女の姿があった。
泰継は眉を顰めて、危ない、と呟くと、連れ戻すべく庭に降りようとした。
すると。
「神子なら頼忠がお傍におられるので心配要りません。それより、神子は考え事がある時に木に登られます。邪魔してはなりません!」
泉水が慌てて立ち上がり、泰継の前に立ち塞がる。
いつもは自分を怖がって話しかけるどころか、視線も合わせない泉水のその強い口調に驚いた。泉水のこんな態度は初めてで。
『この者は、花梨なる少女の事だけに自分の意思を通そうとするのか?』


不思議な力を見せ付け、一つ一つきちんと役目をこなしていく少女と、普段の子供っぽい言動がどうしても一致しない。
常識からかけ離れた言動に驚かされる事も多くて。
そして、少女の人柄が人を騙すような事など考えそうも無くて。
その上、院側の人間の少女に対する態度が、他の時とは全く違っていて。

院側の人間が力を見せ付けるために、少女を担ぎ出したのかと疑っていたのだが。
『『『『何が何だか分からない・・・・・・・・・。』』』』


考えれば考えるほど、混乱するばかり――――――。






注意・・・第2章半ば。

神子と認めている院側と認めていない帝側の違いを書きたかったのだけど・・・・・・何か違う・・・・・・大きくズレた・・・・・・・・・。

帝側の人たちが自分を信じてくれなくても、院側の支えがあれば何とかやっていける。院側の八葉と同じく、一つ一つ役目をこなせば、いつか、自分を認めてくれると、信じていける――――――。
つーか、この神子ちゃん、開き直っていますね。(苦笑)

それにしても、センスの無い題名だ。お笑いに走った気分・・・・・・。

2004/04/08 13:41:30 BY銀竜草