『天の八葉と龍神の神子』 |
「ぬえ塚へはぜひとも私をお連れ下さい。」 院を呪っている怨霊を退治する日、朝早くから来てわざわざそう頼む頼忠に、花梨は戸惑いを覚える。 だが、頼忠の強い眼差しの奥深くに、思いつめたような感情が見え隠れしている事に気付くと、余計な質問はせずに、ただ頷いた。 「今日は一緒に頑張りましょう!」 「神子様〜〜〜!!」 見事怨霊を退治した花梨たちが屋敷の戻ると、紫姫が待ちかねたように出迎えた。 「紫姫、お湯と着替えを貰えない?私の事を庇って頼忠さんが怪我しちゃったの。」 そう頼む花梨を慌てて頼忠が止める。 「いえ、花梨殿が回復符で治して下さいましたから、もう傷はありません。気を使われなくとも大丈夫です。」 「傷は無くてもその破れて血だらけの服じゃ帰れないでしょう?それとも、私の女物の袿を着てくれます?」 そう悪戯っぽく言うが、問答無用、とばかりの表情の花梨に、言葉を詰まらせる。 「それでは用意させますので、控えの間でお待ち下さいませ。」 「じゃあ、お湯を頼んでくるね!」 と言うが早いか、花梨は走り去ってしまう。 「おい・・・あいつ自身で頼みに行ってしまったぜ?」 イサトが呆れたように呟くのを他の三人は呆然と聞いていた・・・・・・。 湯と着替えを用意されてもなお、躊躇っている頼忠の様子に、業を煮やした花梨は頼忠の正面に立つと、 「さあ、自分でやります?それとも、私に手伝って欲しいですか?」 上着に手をかけ、にこやかに、だが笑っていない瞳で言う。 頼忠はギョッとした目で花梨を見ると、諦めたように呟いた。 「・・・・・・・・自分でやります。」 「じゃあ、身支度が終わった頃に戻ってきますね。」 花梨が室を出て行くと、イサトが笑い出した。 「あいつ、面白れーヤツだなぁ!」 泉水が控えめに微笑み、幸鷹は声を押し殺して笑う。 だが、頼忠の身支度が終わると、誰とも無く顔を見合わせる。 「・・・・・・これで院を呪っていた怨霊を退治出来たのですね?」 「そう・・・ですね・・・。」 「「「「・・・・・・・・・・・・。」」」」 高倉花梨という少女がやり遂げた事を一つ一つ考える。 「京に蔓延る怨霊を退治したのは、花梨殿なのですよね・・・。」 「院の元にいる神子は、最初院に取り付いた怨霊を祓ったけどさ・・・その後は祈っているだけで何もしてくれないんだよな・・・・・・。」 「朱雀と青龍が従ったのは、こちらの花梨殿でしたね・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・・・。」 泉水、イサト、幸鷹がぽつりぽつりと呟くのを、頼忠は無言で聞いていた。 「私は、自分で見た事感じた事を信じましょう。」 幸鷹が顔を上げて宣言するのを、泉水とイサトは驚いたような顔で見ると、 「幸鷹殿も、ですか?」 「幸鷹も同じかぁ!」 明らかにホッとしたように言う。 「はい。花梨殿を龍神の神子と信じます。」 「そうだよな?噂しか聞かない神子より、自分の足で行動している花梨の方が、信じられるよな!」 「今浄土をただ望むだけでなく、自分に出来る事をしたいと思います。」 三人が笑顔で話しているのを、頼忠一人が眉間に皺を寄せて考え込んでいた。 「頼忠、お前はどうなのです?」 その幸鷹の言葉に、はっと顔を上げる。 「・・・私は・・・・・・・・・・・・。」 頼忠が言葉を探している時、花梨が入ってきた。 「紫姫には私から報告しましたけど、何か心配事があるって―――。」 四人の雰囲気が少しおかしいのに気付き、言葉が止まる。 「えっと・・・話し合いをしているなら少し席をはずしますね?」 くるりと背を向け、室を出ようとする花梨に頼忠が声を掛けた。 「お待ち下さい。私はあなたにお詫びしなければなりません。」 その言葉に花梨は首を傾げ、他の三人は驚く。 「お詫び?頼忠さんが私に謝るの?」 「はい。・・・棟梁から受けた命は、あなたをお守りせよ、との他に、真の龍神の神子であるか見極めよ、との事でした。私はあなたを偽者かと疑い、見張っておりました。」 「はぁ、そうだったんですか・・・・・・。」 花梨は瞬きを繰り返し、力の無い声で呟いた。 「ですが、今日の事であなたが真の龍神の神子と確信しました。我が武士団の棟梁にも、そのように伝えます。」 頼忠がそこでいったん言葉を止めて少女の反応を確認し、改めて謝罪の言葉を続けようとした時、瞬きを繰り返していた少女が胸に手を押し当てると頭から崩れ落ちた。 頼忠が慌てて少女を抱き起こし、二人の会話を息を飲んで見守っていた三人が駆け寄る。 「神子殿、大丈夫ですかっ?」 「おい、どうしたんだよ?!」 「・・・・・・・・・息が・・・出来ない・・・・・・。」 頼忠が花梨の身体を支え、泉水が背中をさする。 『『『『私達が、この少女をここまで追い込んでいたのか・・・っ!』』』』 「ゆっくり。ゆっくり深呼吸して。はい、吸って・・・。はい、吐いて・・・。」 幸鷹の掛ける声に合わせゆっくり呼吸すると、少しずつ楽になってくる。 「御免なさい・・・・・・。もう・・・大丈夫・・・です・・・。いきなりだったから、驚いちゃった・・・・・・。」 何度か深呼吸をしてから顔を上げると、心配そうに覗き込んでいた四人が安堵のため息を漏らした。 「我々の全員、あなたを龍神の神子と信じます。」 幸鷹がそう言うのを、他の三人が頷く。 「今まであなたを疑っていて申し訳ありません。」 「あなたを信じていなかった事をお詫びします。」 「辛い思いをさせて悪かったな。」 「・・・・・・お怒りにはならないのですか?」 頼忠は、半泣きしながらも笑みを浮かべる花梨を不思議そうに見つめる。 「えっ?別に怒っていませんけど?」 花梨は他の三人も訝しげな表情をしている事に気付き、言葉を続ける。 「龍神の神子って、京の運命を握る重要人物なんでしょう?どこの誰とも分からない子供をいきなり信じろって言ったって無理ですよ。反対に、最初からそう簡単に信じていたら、その方が心配ですよ。」 それにね、と声を潜める。 「私だって、自分が龍神の神子だって信じていませんでしたよ?」 紫姫にはナイショね?と笑う少女につられて皆も笑みを浮かべる。 「神子様?八葉の方々と仲良くおなりになりましたのね。」 紫姫が、笑い声が響く室を嬉しそうに見回す。 「うん、みんなが私の事を神子と認めてくれたの!」 「紫姫にも、ご心配おかけしまして申し訳ありません。」 幸鷹が皆を代表して謝罪し、決意を述べる。 「これからは八葉として、神子度の身をお守りします。」 「これからは俺達を頼って良いからな?何でも言えよ!」 「有難う御座いますっ!」 「この頼忠、命を賭して神子殿の身を必ずお守り致します。」 その言葉に、花梨は何か言いたげな表情を浮かべて頼忠を見つめたが言葉にせず、視線を反らすと紫姫に顔を向けた。 「院を呪っていた怨霊を退治したけど、これから何をすれば良いの?」 まだ何も終わっていない、との深苑の冷たい言葉に笑顔が消える。 「院を呪っていた怨霊のせいで、京の気が大きく乱れていた。」 「うん、でも怨霊は退治したんだから、もう大丈夫でしょ?」 「いや、陰陽の気の偏りは戻っていない。」 「えっ?何で?」 「京の町を調べて解ったのだが、帝も呪詛によって怨霊の呪いを受けておるようだ。」 「じゃあ、その怨霊も退治しないと、京は平和にはならないんだよね?」花梨は、八葉を見回す。「みんな、手伝って下さいね。」 「・・・・・・申し訳御座いません。それに従うのは難しいかと思います。」 「えっ?幸鷹さん、どうしてですか?」 「私は院を支持しています。帝側の領域で活動するのは、難しいのです。」 「我が武士団は院に仕えております。私の一存で動く事は許されません。」 「院は俺達庶民の事も考えてくださるが、帝はそうじゃない。帝のためって言うのは気に入らないな。」 「帝を呪詛するような人間がいると、疑う事には耐えられません・・・・・・。」 「院側帝側とか言う事では無くて、この京の為とは考えられませんか?」 「「「「・・・・・・・・・・・・。」」」」 「呪詛を掛けられて苦しんでいる人がいるのなら助けたい、とは思いませんか?」 「「「「・・・・・・・・・・・・。」」」」 「頼忠さん、棟梁さんの許可があれば動けますよね?帝を呪っている怨霊を退治してもいいですかって聞いて貰えませんか?」 「承知しました。伺っておきましょう。」 「他の人も、少し考えてくれませんか?」 「はい・・・考えてみましょう。」 「解りました・・・。」 「考えては見るけどよ・・・期待するなよ?」 八葉が帰った後の静けさの中で、深苑の冷たい声が響く。 「天の八葉は神子と認めても従わぬ、か・・・・・・。これもおぬしに神子としての力が無いせいだ。」 紫姫はため息を付く。 「皆様、龍神の神子様と認めて下さいましたのに・・・・・・。」 「大丈夫だよ。」 花梨は紫姫の手を取り優しく言った。 「みんな最初は私の事を疑っていたんだよ?これからも神子としての役目を一つ一つこなしていけば、結果はおのずとついてくるよ。私の事、神子として認めてくれたんだから、気持ちもきっと自然と変わるよ。」 握った手に力を込め、紫姫の瞳を見つめる。 「私が今まで頑張れたのは、紫姫が支えてくれたからだよ。だから、これからもきちんとこなせるように私の事、手助けしてね?」 その言葉にやっと気持ちが落ち着き、微笑みが浮かぶ。 「はい!頑張りますわっ!!」 「うん、一緒に頑張ろうね。」 顔を見合わせて、微笑み合う。そして真面目な顔になると、明日からの事の相談を始めた。 『神子は紫に頼りっぱなしではないか。これでは紫一人が苦労する・・・・・・。』 前向きに歩み始めた少女二人の傍では、深苑が不満と不安を募らせていった――――――。 注意・・・第1章最終日。 天の八葉との話し合いの後、地の八葉が訪ねてくるけど・・・・・・話が長く、更に支離滅裂な内容となりそうだから断念。 ・・・まっ、これはこれで良いかな。 2004/03/24 01:56:18 BY銀竜草 |