『戸惑い』



朝、目覚めた花梨は、いつものように褥に寝転がりながら、一日の予定を考えていた。
『えっと・・・・・・昨日、青龍の居場所を探し出せたんだから・・・後は・・・・・・青龍解放の日まで五行の力を上げるんだっけ・・・・・・。あれ?青龍解放の日っていつだっけ?それに・・・泉水さんが怨霊復活したって言っていたけど・・・どこの場所だっけ・・・・・・?』
色々考えるのだが、全身がダルく、頭もボーとしていて簡単な事さえ思い出せない。
『何か・・・調子悪いなぁ・・・。でも、やらなきゃいけない事が沢山あるんだから、休んでなんかいられないよねぇ・・・・・・。よしっ!気合で起きよう!』
布団を跳ね上げ、勢い良く立ち上がろうとした花梨だったが、目の前が真っ暗になり、そのまま褥に倒れ込んだ―――――――――。



「今朝、神子様がお倒れになりましたので、外出はお休みです。」
外出の供に付くべきかどうか、尋ねに来た天の八葉はその女房の言葉に驚いた。
「具合はいかがです?薬師は呼んだのですか?」
泉水が心配そうに尋ねれば、
「疲れが溜まっていたようです。二〜三日ゆっくりとお休みになられれば、すぐにお元気になられるかと。」
微笑を浮かべて答える女房の態度に、ほっと胸を撫で下ろしたのだが。
「栄養失調だ。」
その、呆れたような声に驚き振り返ると、不機嫌そうな表情の深苑がいた。
「「「「栄養失調?」」」」
「毎日あれだけ外出しておいて、朝しか食べなければ倒れるのは当然だ。己の体調管理も出来ないとは、神子としての自覚以前の問題だ。」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・。」」」」


八葉が挨拶に伺うと、花梨は文机の前に座り紙を折っていた。
「おはよう御座います。わざわざ来てもらったのに御免なさい。」
と、丁寧に頭を下げる。
「起き上がっていらして、大丈夫なのですか?」
幸鷹が驚いて尋ねれば。
「うん?別に病気じゃないし、寝ていろ、なんて言われませんでしたけど?」
やたらと苦い薬湯は飲まされましたけどね、と顔を顰めて言う。
「お前、何で朝しか食わなかったんだ?倒れるなんて、当たり前じゃん?」
イサトは、花梨が折り上げた紙の作品を弄びながら聞く。
うん・・・・・・、とため息を付きながら言葉を選ぶように慎重に言う。
「外出から帰ってくると、もう疲れていてご飯どころじゃ無くて・・・。とにかく寝たかったの。夜中に目覚めても、ここは自分の家じゃないから勝手な事出来ないし・・・・・・。」
「「「「・・・・・・・・・。」」」」
「それに・・・・・・。」
「それに?何ですか?」
「・・・・・・こっちって、一人で食べるんだね・・・。」
「「はっ?」」
「一人で食べたって美味しくないんだもん。いつも、家族や友達とおしゃべりしながら食べていたから・・・・・・・・・食べる気になれなくて・・・・・・・・・。
最後の方は消え入るような小さな声で言う。
幸鷹と泉水は花梨の言う事が理解出来ず、首を傾げる。
「食わないって言うなら、見張ってやる。夕餉は、その日供をした二人の内のどちらかが一緒に食えばいい。」
「えっ?」
「「「はっ?」」」
「一人じゃ食う気しないんだろ?だったら、誰かが一緒に食えば良いんじゃん!」
うん、いい考えだ、と、一人頷くイサトだが。
「しかし・・・食事は一人で食べる習慣で―――。」
「また倒れるよりマシだろ?」
「あの・・・みんな外出に付き合うだけでも大変なのに、その後もなんて迷惑でしょう?」
「「「・・・・・・・・・・・・。」」」
「いえ、花梨殿はこの京の為に色々と頑張っておいでです。私達で出来る事なら喜んで協力致します。」
きっぱりと答える頼忠のその言葉に、他の三人が驚いて頼忠の顔を凝視する。
「でも・・・紫姫に迷惑が・・・・・・。」
「承知致しました。」
花梨がなおも断ろうとするのを遮るように、深苑が決断を下す。
「おぬしが倒れる方が、紫が心を痛める。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
自分の意見を無視して進む会話に、喜ぶべきか悲しむべきか悩む花梨だった・・・。


「ところで、これは何でしょうか?」
泉水は文机の上の、花梨が折った紙を不思議そうに見る。
「鳥のようですが?」
幸鷹が、上から下からひっくり返し見ながら言う。
「折り鶴です。」
「折り鶴?」
「そう、鳥の鶴。正方形の紙をある決まった折り方をすると、こうなるの。」
「これが鳥?そう言われれば、そう見えなくも無いけど、幸鷹、よく分かったなぁ。」
「どうして同じ物をこんなに沢山、折られているのですか?」
頼忠が不思議そうに尋ねる。
「千羽鶴作ろうと思って。」
「せんばづる?」
「願い事でもあるのですか?」
「幸鷹、お前、何を言っているんだ?」
「えっ?」
「何でこれで願い事が出て来るんだよ?」
イサト、頼忠、泉水の不思議そうな視線を浴びて、戸惑う。
「え・・・・・・?同じ作品を千個も作るのだから、何か意味があるのかと思っただけですが?」
「幸鷹さん、正解です。」花梨が笑みを浮かべる。「折り鶴が千個で千羽鶴。千羽鶴を作ると、願いが叶うって言われているんです。」
「お前の願い事って何だよ?」
花梨はその質問には答えず、机に寄りかかるように頬杖を付くと、遠くを見る。
庭を見ているようで見ていない少女の瞳には、寂しげな色が浮かんでいて。
「・・・・・・ご自分の世界に帰られる事ですか?」
花梨はその言葉に反応して、頼忠を見る。その頼忠の瞳は優しげで・・・・・・。
俯いた少女が泣きそうな表情をしているのに気付き、他の三人の顔に戸惑いの表情が浮かんだ――――――。


「「「・・・・・・・・・・・・。」」」
警備をする頼忠を残し、屋敷を出たイサト、幸鷹、泉水の三人は無言で歩く。
今日の少女は、今までとは違った一面を見せていた。疑問と戸惑いが頭の中を渦巻く。
「あいつって、俺達に気を使っていたんだな・・・・。」
「花梨殿は、本当に京を救いたいと、お思いになられているのですね・・・。」
「私達は・・・彼女に寂しい思いをさせていたのでしょうか・・・?」
「「「・・・・・・・・・・・・。」」」
「・・・・・・あいつって、もしかしたら・・・・・・俺達が今まで思っていたようなヤツじゃ、ないのかもな・・・・・・・・・?」
イサトの疑問に、二人が沈黙で肯定する。
「頼忠は、私達とは違って、何か気付いている事でもあるのでしょうか?」
泉水の呟きに、先程の頼忠の言動を思い出す。
「花梨殿が、この世界の人間じゃないと・・・・・・信じている・・・・・・?」

『『『彼女を・・・信じる・・・・・・・・・・・・?』』』






注意・・・『ながらへば・・・・・・』の数日後。

2004/03/21 01:46:45 BY銀竜草