『ながらへば・・・・・・〜頼忠〜』



「龍神の神子を名乗る少女か・・・。お前が八葉として側近くにいるのなら都合が良い。院に仇なす者か、見極めよ。」



「あいつって、可愛くないよなぁ。怨霊と戦うったって、顔色一つ変えやしないんだよな。一々泣かれても困るけどよ、あれじゃあ女の子って感じしないぜ?」
四条の屋敷で、花梨の支度が出来るまで待つ間、噂話をする男四人。
イサトが感じた印象を聞いた幸鷹と泉水は、困ったような笑みを浮かべる。
「まぁそれは・・・・・・。」否定しない二人も、似たような印象だったらしい。
「あいつといると怨霊と戦える力がもらえるし、朱雀を解放したんだから龍神の神子と信じても良いかな、とも思うけどさ。」
一人の人間としては・・・なぁ、と呟く。
「朱雀の解放は事実としても、それだけで信じるのは時期尚早かと。」
「龍神の神子とご自分で名乗られるのなら、それを信じたいと思います。疑われるのは悲しいですし、誰かを疑うようなことはしたくないのです。」
「それって、結局信じてないって事じゃん。頼忠、お前はどう思う?」
「それを判断するのは私ではない。」
「お前も信じてねーってことか。」

お互いの顔を見合わせた時、かたり・・・との物音に飛び上がる。
入り口には無表情の少女が一人。
「今日は祇園社に行きます。泉水さん、頼忠さん宜しくお願いします。」
イサトと幸鷹を見ると、
「ご苦労様です。では、行って来ますね。」
笑顔で丁寧にお辞儀までして言うと、さっさと部屋を出て行く。
「「「「・・・・・・・・・・・・。」」」」
イサトは、ドカリと座り込むと「聞こえてね―筈ないのに、顔色一つ変えやしない。だから可愛げが無いって言うんだ!」と吐き出すように言う。
泉水と頼忠は顔を見合わせると、残りの二人に、行って参ります、と挨拶をして少女を追い掛けて行った。



夜、頼忠は少女の住む母屋を窺っていた。

朝の男達の会話を聞いていた筈なのに、動揺一つ見せない少女。予想つかない行動をして驚かすが、確実に役目をこなしていく。その冷静な瞳を見ていて、違和感を感じるのだ。
――――――この少女が奥底に隠しているのは何だ?――――――

その少女は今、不思議な衣装を身に纏ったまま、袿を被り簀子に座って月を見ている。昼間の冷静な表情とは違う、悲しげな色を宿した瞳に思わず動揺してしまう。
だが、突然動き出した少女に冷静になり、屋敷を抜け出す少女の後を、気配を殺して付け始めた。


『船岡山?この暗闇の中、獣道を通るなど・・・・・・・・・。』不審感で知らない内に表情が険しくなる。『怪しい・・・・・・!』

「あったぁ〜!!」との嬉しそうな声が聞こえ、きょろきょろと見回す様子に、木の陰へと身を隠す。
そして、そろそろと前を見るとそこには、月明かりを浴びて輝く白い塊。
『あれは・・・何だ・・・?』
白い塊が動き、ばしゃりと水音とともに聞こえる「うわぁ、気持ちいい〜〜〜〜〜!」との声に、思考が止まる。
『まさか・・・・・・そんな事がある筈が無い・・・・・・。童とは言え、衣を全て脱ぐ事などこの京の人間では有り得ぬ。だが・・・・・・違う世界の者ならば・・・・・・?』
呆然と、湯につかる少女を見つめていたが、少女の泣き声に我に返る。
「・・・・・・っく・・・・・・・・・・・・ひっく・・・・・・怖いよ・・・お母さん・・・・・・会いたいよ・・・・・・お父さん・・・・・・帰りたいよ・・・・・・・・・・・・ひっく・・・・・・・・・。」
『・・・・・・・・・・・・・・・。』
少女の背中、腕、足のあちこちに散らばる痣や傷。
この瞬間、頼忠は見ていた筈なのに、見えていなかった少女の本当の姿に気付いた。

少女が、いつも小さな手を握り締めていた事。
弱音を吐かないように歯を食いしばっていた事。
泣き出さないように表情を強張らせていた事。

見知らぬ世界にただ一人で放り出されてもなお、悲しみや苦しみを心の奥底に隠し、顔を上げて歩いている少女。

貴女という方は―――――――――。
頼忠の心の中に、少女に対して尊敬、信頼といった感情が湧き上がってくる。
――――――この御方をお守りしたい――――――。



湯から上がった少女が、身体を拭くものが無い、と慌てている姿にクスリと笑みを零してしまう。頼忠は、懐の手ぬぐいを取り出したが、
『身体を見られたと知ったら、この少女は死ぬほど恥ずかしいと、感じるだろう・・・』と、躊躇う。―――そこでやっと気付いた。
『あっ・・・・・・見てしまった・・・・・・。』
痩せすぎで傷だらけの身体は、女人としての魅力に欠けるが、元々の白く滑らかな肌は触り心地良さそうで。もう少し栄養を取って肉をつければ、将来的には・・・・・・・・・。
浅ましき想像をしてしまい顔を赤らめ、内心慌てる。

が、少女が来た道を引き返すのに気付いて、かろうじて身を隠す。
そして、影ながら御身を守る為に、気配を殺して後を付け始めた。

『ながらへば またこの頃や しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき』
少女が呟いた和歌を口の中で繰り返す。
『本物の龍神の神子かどうか、未だに信じ切ることが出来ない愚か者ですが、貴女をお守り致します。二度とかすり傷一つ、涙の一滴も流させは致しません。』
少女の背中に誓いを立てる。
この少女が龍神の神子なら・・・院に仇なす者として排除しなくて済む。
龍神の神子でないのなら・・・・・一人の女性として見る事が――――――。

足が止まる。


己は
何を
考えた―――?

頭の中をよぎった考えに動揺を抑える事が出来ず―――少女の背中をいつまでも見送っていた――――――。






注意・・・『ながらへば・・・・・・〜花梨〜』の頼忠編。

2004/3/12 16:54:15 BY銀竜草