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十日後。 花梨の具合は、一進一退を繰り返し八葉の皆を心配させていたが、今日は体調もお日柄も良いという事で、花梨のたっての希望で湯浴みをする事になった。 当然、八葉が傍にいるわけには行かず、泰継が念入りに清めた後、全員が集まる事になった。 それぞれが思う事もあり、重い空気が流れる。 しばらく考え事をしていた幸鷹が、決心したように顔をあげ話し出した。 「泰継殿の話しでは、かなり強い呪詛だとの事で。余程の力のある陰陽師が掛けたのだろうと、安部の本家に相談をしに行って参りました。」 みんなの注目を浴びて、居心地悪そうに身じろぎしたが続ける。 「十年以上前、一人の陰陽師がある姫と恋仲になり、それを知る事となった姫の父君の怒りを買い、帝に呪詛を掛けたとの濡れ衣を着せられ、流罪となった者がいるのです。その者はかなり力の強い陰陽師という事で有名で、調べさせたところ、最近島を抜け出して行方不明との報告がありました。」 何人かが、思い出した、というような表情をして頷く。「そういえば、聞いた事あるな。」 「行方不明だって事は、そいつが呪詛を掛けた可能性が高いって事だろ?でも、何でそいつが花梨に呪詛を掛けるんだよ?」 「その姫は東宮の妃として入内する事が決まっていたんだろ?そんな噂が立っちゃあ、その話しは立ち消えになったと聞いたぞ。」 だからって何で?と納得しないイサトに、幸鷹が説明をする。 「その姫の妹君が代わりに入内しているのです。」 そして言い難そうに「帝の愛情が薄れてきている、との噂があるのです。」と囁く。 「その女御様がその陰陽師を密かに援助していたとの話しもあるのだよ。」 「貴族に恨みがあって、その女御様に恩があるってことか・・・。」 「まだ証拠が無いので、追及出来ないのです。」 と困った顔をする幸鷹に、「じゃあ、どうするんだよ?」と掴みかかろうとしたイサトを彰紋が慌てて止めに入る。 「それは問題無い。」 他の八葉は、泰継のその言葉に驚いた。 「それは・・・・・・どういう事でしょうか?」 「その呪詛の種を取り出して壊せば良い。だが、その者は死ぬ。」 「あの・・・もう少し詳しく。」 「呪詛のある場所は、大文字山だ。だが、昔そこにいた徳のある僧が引いた結界で普通の者は入れぬ。だが、私が結界を解くからそれも問題無い。」 背筋を伸ばした天地の青龍を見つめ、続ける。 「確かに呪詛自体は強いのだが、それ以上に神子の存在を知った者達の、思慕や妬み、やっかみ等の邪な思念が呪詛の力を増大させた。普通の者では壊せない。」 人の想いとは厄介な物だな、と呟き続ける。 「大文字山は東。青龍の加護のある者なら壊せる。だが、呪詛を壊すために触った者は死ぬ。」 「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」」」」」 しばらく黙り込んでいたが、「他に方法は無いのかい?」と翡翠が静かに尋ねる。 「無い。神子自身が呪詛の種を触れるか、龍神を呼べば払えるが、呪詛の穢れで弱っている神子は助からない。それでは、意味が無い。」 再び皆が黙り込む。 「神子の物忌みが明後日。八葉が傍にいても守れるか分からない。だから、呪詛を払う日は明日だ。」 そして、泉水を見ると、 「この者達は霊力が弱い。その場所に辿り着くまで場を清めながら行く。泉水、お前も来い。」そして、小さな声で、頼む、と言うその声に泉水は驚くが 「私に出来る事なら喜んで。」と答え青龍の二人を心配そうに見つめる。 「あの・・・どちらが・・・・・・?」 「私が。」 「俺が。」 と同時に答え、顔を見合す。探り合うような視線を交わす二人。 「俺だ。千歳を助けてくれた恩を返したい。」決意をあらわにした勝真が言う。だが、 「・・・いや、私にやらせてくれ。神子殿をお守りする役目、誰にも譲る気は無い。」 静かな、だが有無を言わせないその迫力に、花梨はどうなるのか・・・という呟きを飲み込み黙り込んだ――――――。 頼忠が花梨の室に入った時、花梨は火鉢3個に囲まれて髪をぱらぱらと手櫛で梳いていた。 「御髪を洗われたのですね・・・・・・。」 肌は上気し、まだ湿り気の残る髪の艶っぽい雰囲気にどきりとする。 「こんな格好で御免なさい。私の髪って、ちゃんと乾かさないと寝癖がついちゃうんだよね。」 花梨は、火鉢じゃ簡単には乾かないなぁ、と苦笑する。 「このままではお風邪を召されてしまいます。」 頼忠は花梨に近づき、懐から手ぬぐいを取り出すと花梨の髪を拭い始めた。 『わっっ!!』花梨は内心大慌てするが動けず、ただ、首筋まで真っ赤になってうつむいた。 そんな少女の様子に、頼忠は微かな笑みを浮かべるが、気付かない振りをして髪を拭い続ける。 最初は、照れで大慌てしまっていた花梨だったが、少しずつ時間が経つにつれ違和感を覚え始めた。 『こういう風に近づいてくれるのは嬉しいけど、頼忠さんって、簡単にはしてくれない性格だよね・・・。何かあったのかな・・・・・・・・・何をする気なのかな・・・・・・・・・・・・?』 過去の頼忠の言動から予想をする。そして、自分に出来る事は何か、考える。ふと、この世界に来た時にしていた高校のブレスレットを思い出すと手首から外し、握り締めて祈りを込めた。 『龍神様・・・どうか頼忠さんをお守りください・・・・・・!』 「これで大丈夫ですよ。」 と言うと、今度は櫛で優しく髪を梳かし始める。 だが、花梨の不安そうな表情に気付き手を止めた。 「神子殿・・・、いかがなされましたか?」 花梨は頼忠に向き合うと、頼忠の右手首にブレスレットをはめた。そして、泣きそうな顔で頼忠の頭を胸に引き寄せると、強く抱き締める。 「守るから。絶対に頼忠さんを守るから。だから・・・ずっと傍にいてね。・・・・・・私を独りにしないでね・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 頼忠は答えられず一瞬身を強張らせたが、ただ目を閉じて花梨の心臓の鼓動を聞いていた――――――。 御簾の外から聞いていたイサトは、どっかりと廂に座り込むと、雪のちらつく庭を睨みつけるように見つめていた――――――。 |