2 |
彰紋、泉水、幸鷹に傅かれて参内した花梨は、異様な雰囲気にたじろいだ。 龍神の神子がこの京にいる、とは言っても、姿を見た者は少なく噂が噂を呼んでいたのだ。 元々、貴族の姫君の姿を直接見る事はほとんど無く、神子の容姿、人柄を自分の目で直接判断出来るこの機会を逃してなるものか、という意気込みの公達と女房とが、食い入るように見つめているのだ。 しかも、東宮と言う高い身分の彰紋を、上品でおとなしく恋愛には奥手そうな源泉水を、恋愛には興味がないと思われていた堅物・藤原幸鷹を、連日ご機嫌伺いさせる少女に対する興味は半端ではない。 内裏の華、憧れの公達を独り占めする少女を見る女房の視線は厳しくて。 花梨は、何もかも投げ出して逃げ帰りたい衝動に駆られるが。 自分のために念入りに準備してくれた紫姫、長時間根気良く教えてくれた彰紋、泉水、幸鷹、心配そうに見守り励ましてくれた他の八葉達。 そして何より、花梨が神子としての務めを果たせなければ京が滅ぶのに、何も言わず信じて見守っていてくれた帝と院の顔を潰す事は出来ない―――。 花梨は覚悟が出来たためか、今までの緊張がすっかりと解け心が落ち着くのを感じる。 帝と院を目の前にしても、臆することなく顔を上げて受け答えするその姿は、京の姫君には無い凛とした美しさがあり、見る者全てを圧倒し、魅了した。 『どこの馬とも知れない鄙びた小娘』という噂を、見事払拭したのだった。 そして、神子に魅了された人の一人、帝の機嫌は良く、『歓迎の宴』を催す事を決定してしまい――――――。 夜、華やかな宴が催されていた。 その中の今夜の主役、龍神の神子は退屈していた。 神子の気を引こうと、次から次へと公達が挨拶しに来、自慢の笛やら琵琶などを演奏するのだが、馴染みの無い名前や役職名は次々頭の中から零れ落ち、現代の賑やかな曲や泉水の笛を聞き慣れている花梨にとって、そこらの貴族の演奏は物足りなく――――――。 しかも、容姿、才能だけでなく、人間性も優れている個性的な男八人に囲まれていた花梨の眼に止まる筈も無く。 結局、花梨の興味をそそる公達は唯一人もいなかったのである。 せっかくの好意で開いてもらった宴だったから、我慢していたのだが。 当然の如く御簾の中にいる花梨は、出席している仲間の八葉と会話も出来ず、退屈を紛らわせてくれる親しい女房もおらず・・・慣れない事をした疲労も重なり意識が飛びそうになり・・・・・・。 倒れ込む直前、やっと退出を許されたのだが、もうすっかり遅くなりすぎたと言う事で泊まる事となって―――――――――。 五日後。 四条の屋敷で勝真とイサトが、紫姫に報告しに来た泉水を問い詰めていた。 「花梨はどういう様子だ?」 「ちゃんとした扱いを受けているか?」 「健康状態は良好か?」 「困るような状況に陥っていないか?」 そして、肝心の疑問。 「何で帰ってこないんだ?」 「何時帰れるのか?」 始めの方の質問にはスラスラ答えていた泉水だったが、最後のには『うっ・・・!』と詰まってしまう。 「帝が神子の世界の事を質問されています。政事の参考にするお考えのようです。神子のことはご心配要りませんよ。彰紋様も幸鷹殿もお傍におりますゆえ。」 静かに自分を安心させるように言う泉水に、勝真とイサトは疑惑の眼を向ける。 「しばらくは様子見ってところかな?」 何を考えているか分からない曖昧な表情をして言う翡翠に、イサトは、 「手遅れになったらどうすんだよ?」 と食って掛かるが、何も答えず視線を反らせる。イサトと勝真と泉水がつられて見た視線の先には厳しい表情の頼忠がいて・・・・・・・・・。 誰かの、覚悟を決めておくか、との言葉を真剣に考え始めた―――。 花梨は謁見した当日に帰宅する予定だったのだが、帝が退出の許可を出さないのだ。 それどころか、昼間は滞在している室に入り浸りで花梨と会話している。 必ず八葉の誰かが傍に付き添ってはいるが、花梨の傍を離れようとしない帝の様子は内裏で密かに噂が立ち始めている。 曰く。 『帝は龍神の神子に御執心。入内をお望みになるのではないか・・・?』、と。 そして。 年頃の姫を持たない貴族は、 「龍神の愛情を一身に受けている神子を帝の妃に迎えれば、京の未来は安泰。」と囁き、神子の後見人に名乗り上げる。 反対に娘を入内させている貴族は、阻止しようと策略を巡らす。 ―――内裏は、不穏な雰囲気が漂い始めていて。 そんな中、噂を耳にした一人の女御が不安を隠せないでいた。 帝が東宮の頃にいち早く後宮に上り、密かに『私が!』と思っていたのに皇女さえ孕む事は無かった。 次々若く美しい姫が入内するうちに帝の関心も薄れていき。 容色の衰え始めた今、帝の微かな愛情に縋って後宮に居座り続けるのは見苦しい事と思うのだが、帝をお慕いしている自分は、ここを離れる事は出来ない。 それなのに・・・・・・・・・。 龍神に愛されているだけでなく、公達の関心を独り占めにしていて、その上、帝の心まで奪うのか・・・まだ若く愛らしい容姿の彼女は・・・。 苦しいほどの嫉妬の炎が燃え始め―――――――――密かに一人の男を呼んだ――――――。 それから五日後―――。 花梨は長期になった滞在をそれほど気にしてはいなかった。 帝との会話の内容は花梨の世界の治安のことや考え方、生活習慣の事等で、『どうしたら京をより良い都、民が住み良い町に出来るか』という真面目な話しだったのだ。 だから、自分の話しが京の役に立つのなら・・・と、喜んで進んで丁寧に教えていた。 頼忠が心配しているだろうと想像出来るし、自分も逢いたくて仕方が無いのだが、一度帰れば二度と来る事は無いだろうから、今自分に出来る事はしようと思っていた。 『これから頼忠さんと、この京で生きていくんだもんね。』 密かに頭に浮かんだ未来に微笑み、質問に答えようと顔を上げた瞬間。 急激な寒気に襲われた。 急に真っ青な顔をして震え出した花梨を、彰紋が支える。 「花梨さん?大丈夫ですかっ!?」 必死に呼びかけるが、呼吸が苦しいのか息が荒くなっていく。 身体に埋まっている宝玉が急激に温度が下がったと感じたと同時に――――――花梨の意識が無くなった――――――。 |