『―――最後の願い―――』 |
『最後の一つは応龍が叶える。最後の望みを、神子。』 『・・・私の願い・・・。私・・・好きな人と、一緒にいたい・・・。』 京の危機が去った後、花梨は長い戦いで溜まった精神的、肉体的疲労のため寝込んでしまっていた。 だが、好きな人の傍にいたい、という願いのために京に残った花梨の元には、晴れて恋人となった頼忠が毎日のように見舞いに訪れてきてくれ、花梨はそれなりに幸せな日々を送っていた。 しかし、龍神の神子の存在が明らかにされた頃から、京の公達という公達から次々に求婚の文が届けられていた。 京を救った龍神の神子は、京の守り神である龍神の唯一人の愛し子。 そして、帝、院の両方の信頼を得ている――――――。 強力な後ろ盾が無いにしろ、今一番の理想の結婚相手となっているのだった。 そして、後ろ盾となろうとする有力な貴族からの申し出も殺到していた。 後見人となり、帝の女御として花梨を入内させたいのだ。未だ男皇子が産まれていない今、花梨が男皇子を産めば、その子が一番の東宮、将来の帝候補になる。 あわよくば帝の母、皇太后の後見人として、絶大なる権力も夢ではない―――。 それら大量に届く文を、花梨は一通も眼を通す事は無かった。 この世界の文字が未だ読めないという事もあるのだが、一番の理由は見るのも嫌だ、という事だった。 身分も権力も興味の無い花梨にとって大切なのは、恋人である頼忠の事のみ。 龍神の神子、という肩書きに比べ、自分は身分も名も無い単なる武士―――花梨とは身分違い、と思い込んでいる。 そんな不安を煽るような事は、絶対にしない!との決意を固めている。 その気持ちを理解している星の一族の二人が、花梨の眼に届く事の無いように気を配っているのだった。 新年のお祝いの行事が大体終わり、人々が落ち着きを取り戻し始めた頃、花梨の体調も少しずつ回復していった。 そんな中。 「帝が、神子の労をねぎらいたい、との仰せです。」 彰紋が帝の、内裏へ招待したいとの意向を伝える。 「院が、直接お礼を申し上げたい、との仰せです。」 泉水は院の、泉殿へ招待したいとの意向を伝える。 だが、花梨は礼儀作法やら重っ苦しい衣装を着なければならない苦労と、頼忠の不安を考え、断ることを決める。 そして、体調不良などあれこれ理由を付けて断るのだが、何度も何度も招待されればさすがにネタは底をついてしまい。 終いには、八葉の一人、東宮である彰紋を正式な使者として送り込まれれば逃げようが無くて・・・・・・・・・。 「申し訳ありません、断りきれませんでした。」 花梨の気持ちを理解しているから色々と手を尽くしたのだが、さすがの東宮でも兄である帝の気持ちを変えることは出来なかったようで、優しい顔を顰めながら言う。 だが、一回決定した事が取り消される可能性は無く、唯一、一回で済ませられるように帝、院の二人同時に謁見出来るように手を回したのだった。 そして、紫姫を筆頭に、龍神の神子の名誉を賭けての準備が始まった。。 花梨も、渋々礼儀作法や十二単の着こなしの練習を始めるが、鬘をつけると中途半端な重さではなく、 「京を救ったお礼が拷問だなんて〜!」 と、半べそをかく始末で。 「私達がお傍におりますので、心配なさる事は何一つありませんよ。」 と、彰紋、泉水、幸鷹の三人がかりで宥めすかして丁寧に教えれば、さすがの花梨も最低限の事だけは出来るようになるが――――――。 当日。 きちんと正装した花梨はとても可憐で、紫姫を始め、集まった八葉もみんなため息をついた。 深窓の姫君特有の上品で優美な雰囲気は無いのだが、明るく周囲に零れるような愛らしさは花梨特有のもの。 「どこの貴族の姫にも負けませんわっ!」 「どこぞの姫君かと思ったよ?」 「花梨さん、きれいです。」 「へぇ、見違えるようだな。」 「けっこう似合うじゃん。」 次から次へと褒め称えてくれるが、肝心の頼忠だけは何も言わないどころか、厳しい表情のままで。 「あの・・・私、ヘンですか・・・?」不安そうな声で訊ねてしまうが。 頼忠にすれば、あまりにも可愛らしい花梨の様子が心配で堪らない。帝や院が花梨を見初めて「欲しい」と言えば、断る術は無いのだ。己の腕の中に隠してしまいたい、と思うのだが、そんなこと出来る筈も無く。 「いえ・・・よくお似合いです。」 とだけ答えるが、花梨は心配そうな顔のままで。 「姫君が可愛らしすぎるから、他の男に見せたくないのだよ。気にしなくて大丈夫だからね。」 翡翠が花梨の耳元で囁き、遅れるからそろそろ出発しなさい、と促した。 花梨は、首をかしげて頼忠を見上げていたが、つかつかと近づくといきなり腕を首に回して引き寄せた。 そして、頬に掠めるだけの口付けをし、目を見開き固まる頼忠の姿を確認してにっこりと微笑む。 「良かった、やっと眉間の皺が消えたね。」 大勢の供人に囲まれて出発した花梨を真っ赤な顔で、でも心配そうに見送る頼忠に、 「彰紋達がついているから心配する事無いさ。」 「神子を守るために八葉がいる。神子の心も当然守る。」 「姫君が涙を流すような事はにはさせないよ。」 「屋敷の奥深くに籠もるような女じゃない事ぐらいわかるだろう?」 次々と慰めの言葉を言ってくれるが、心の奥底の不安は消えなくて。またもや眉間に皺を寄せてしまう頼忠は、頬に残る紅の跡を妬ましげに見つめる多くの視線には気付かなかった・・・・・・・・・。 |