『―――花梨の疑問―――』



頼忠は長い時間黙って、だがニコニコと笑みを浮かべながら花梨の顔を見つめている。


「・・・・・・私、そんなに面白い顔していますか?」
花梨は少し落ち込みながら、夫に尋ねた。
美人じゃない事は自分が一番良く知っている。可愛い、だなんて自分で言えるほど図太い神経していない。どこにでもいる、十人並みの顔立ちの女の子なのである。
自覚あり。そんな自分が悲しい。
それなのに。
「こんなにも可愛らしい貴女がこの私を選んでくれたなんて、今でも信じられません。」
嬉しそうに言い、更に表情を崩す。
『可愛い?私のどこが?』
花梨は常々疑問に思っていたのだ。
容姿や声が格好良いだけでなく、誠実で真面目で優しくて、剣の腕前だって半端ではない。武士としても一人の人間としても素晴らしく、友人、仲間から信頼されていた。それだけでなく、武士団でも街中でも、貴族の屋敷に勤めている女房達も、女性なら誰もが憧れる男性なのだ。
そんな頼忠がなぜ、この平凡な私の夫なのだろう?

あの最後の日、縋るような瞳でこの京に残っていただけないでしょうか、と言ってくれたのが嬉しくて、何も考えずに胸に飛び込んでしまったけれど。
冷静になってみると、この私の何処を気に入ったのかが解らない。
それでも、今まで頼忠の心を疑った事は一度も無い。
私を大切に想っている事は態度で伝わってくるし、色々な人から聞かされているから。
八葉のみんなは呆れているし、女房さん達はからかうし。振られた女性からは睨まれたり嫌味を言われたりするけれども、疑うどころか、ヤキモチさえ妬かせてくれない。
だから、不思議で仕方が無いのだ。

人間は中身で勝負!と思いたいけれど。
出逢った頃なら兎も角、一緒に暮らして数ヶ月も経てば欠点も見えてくる。
礼儀作法はおろか、常識も風習も解らず最低限の教養もない。頼忠を支える事なんて出来ないし、武士の妻としての心構えさえ出来ていなくて、かすり傷一つで大騒ぎしてしまって、正直、足手まといになっている。
それなのに、未だに無条件で全てを包み込んで慈しんでくれるのはなぜだろう?

元々口数が少ないから、女性の好みも知らないのだ。

女房さん達の裏情報では。
頼忠にはこれまで通っていた恋人は何人かいたけれど、熱心ではなくてすぐに別れてしまっていたとか。
色々と想像してみると。
美人が好みなら、千歳がいるが―――貴族の姫君、勝真の妹、花梨の友人として礼儀正しく接してはいるが、興味はなさそうだ。
大人の女性ならシリンがいたが―――言い寄られた時、迷惑そうな顔をしていた。
だったら、幼い少女が好きなのかと思えば―――可愛い紫姫にだって、星の一族、花梨にとって妹のような大切な人として敬意を払ってはいるが、恋愛対象とはなってはいない。
じゃあ、性格かと考えるけれど。
特別、他の女の子と違う所なんて無い。明るい、と言うよりは騒々しいと言われるし。
違う世界から来たという事で、考え方や感覚がこの京の女性と違うから新鮮なのかな。今までは男性なら誰もが惹かれるような魅力的な女性ばかり相手にしていたから、系統の違う女の子が予測不可能で楽しいのかも。
だけれども。
『それにしては、結構長い間傍にいるけど飽きないよね・・・・・・?』
まぁ、あの世界を捨てた今、もう頼忠しか頼る人はいないからそう簡単に飽きられても困るのだけど。


考えに考え抜いた結論。
そうすると・・・・・・やっぱりこれは顔が好きなのかも。
「頼忠さん、眼、悪いんでしょう?」
「はっ?かなり良い方かと思いますが。」
「あれ?良いの?」
そう言えば、遠くも暗闇も見えていたっけ。それでこれまで色々と助けてもらったなぁ。
じゃあ・・・他に考えられる理由は――――――。
「解ったっ!頼忠さんって趣味が悪いんだ!」花梨はパンっ!と手を叩いた。「そうか、そうだったんだ!」
頼忠には何がなんだか訳が解らない。
「何の趣味でしょうか?」
「女性の好み。」一人で納得して頷きながら答えた。「私の何処を気に入ったのか、不思議だったの。世の中には変わった人もいて、ゲテモノ好きの物好きな人もいるんだよねぇ。頼忠さんがそういう人で良かったぁ!」
花梨は嬉しそうに言うが、そんな考えを聞いた頼忠は顔色を変えた。
自分がゲテモノ好きの物好きと言われるのは気にしない。だが、その対象が花梨なのは聞き捨てならない。まして、花梨本人がそう信じているなんて放っておく事など出来やしない。

「花梨殿。」頼忠は花梨の真正面に移動して座った。「貴女はご自分の魅力がお解りではないのですか?」
「そんなもの、あるの?」
八葉の全員が花梨に恋焦がれ、激しい取り合い奪い合いをしていた事を、本人は気付いていない。頼忠はそれを言うつもりは無い。
「貴女はどんな女人よりも可愛らしいではありませんか。」
「十人並みだけど。」
「その美しい瞳。」
「大きすぎるだけだよ。」
「可愛らしい唇。」
「小さすぎるよ。」
「クルクル変わる表情。」
「単純なだけ。」
「誰に対しても平等で。」
「身分とか地位なんて解らないもん。」
「諦めない強さを持っていて。」
「往生際が悪い。」
「怨霊とかの戦いにも逃げず。」
「ただみんなの後ろにいただけだよ?それに、何かあっても絶対に守ってくれると解っていたから。」

ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。何を言っても反論して納得してくれない花梨。

「少しは黙って私の話を聞きなさい。」
「でも頼忠さんの言っている事、おかしいもん。」
頼忠はため息を一つ付くと花梨を睨んだが、再び話し始めた。
「泣き言を言わず。」
「泣いたって解決しないから。」
「私の罪を許して下さいました。」
「あれは罪じゃないもん。」
「清らかな魂の人で。」
「清らかってよく解らない。でも私、他の人と変わらないよ?」
何時までも反論し続ける花梨に対して苛立ってきた頼忠、口答えを続ける口を塞ごうと、少女の唇を己のそれで塞いだ。
「ん〜〜〜?・・・・・・・・・いきなり何をするんですかっ?!」
離せば当然文句を言い始めた少女に、頼忠は静かにさせようと再び唇を覆う。
長い時間この頼忠の口付けを受けていれば、花梨は大人しくなる。なったのだが。
『やっぱりこの女(ひと)は可愛らしい・・・・・・・・・。』
頼忠の腕の中で力を無くした花梨、瞳が潤み頬は上気していて普段の幼さは消え、艶っぽい雰囲気となっている。
三度唇を重ねて味わうが、他の部分も味わいたくなり唇を頬、首筋へとずらしていく。
その後は――――――。



「ところで花梨。」呼吸が乱れたまま瞳を閉じている少女の唇や頬、額に軽い口付けを次々と落としながら頼忠は話し掛けた。「ご自分の魅力をお解りになりましたか?」
「うん、解った。」気だるそうに瞳を開けた花梨は微笑みを浮かべながら頷いた。「私の身体が好きだったんだね。身体って言うのはちょっと気になるけど、何も無いよりは良いよね♪」嬉しそうに答える。
「はっ?」
頼忠の目は点になる。
どうして、花梨の身体が好きだと言う結論になるのか?
ほっそりしていてしなやかな身体は抱き心地が良い。白くてなめらかな肌がだんだん桜色に上気していく様は魅力的だ。口付けの痕も映える。感度も良くて可愛らしい反応を返してくれるのも嬉しい。
確かに花梨の身体は大好きだが、この女(ひと)の魅力、私が惹かれた一番の理由は違う。
「花梨殿、勘違いされては困りま――――――。花梨殿?」
最初から説明し直そうと起き上がって少女に向かって正座をしたが。
「すぅぅ・・・・・・・・・・・・ぅん・・・・・・・・・・・・・・・。」
疲れきった花梨はすやすやと寝息を立てて眠り込んでいた。
「花梨殿・・・・・・・・・。」
誤解を解きたいが、満足げな笑みを浮かべて気持ち良さそうに寝ている少女を起こす事も躊躇われて。頼忠は大きなため息を付くと少女の隣に横になった。


婚儀を済ませたのは、花梨が京に残ってから約半年後。想いが通じた時は勿論、京に残って欲しい、この頼忠の傍にいて欲しいと懇願した時も、求婚した時もまだこういう行為をした事は無かった。
それなのに頼忠が花梨を想う理由に、どこから「花梨の身体」が出てきたのか?そりゃあ、毎夜、少女の体力を奪い取ってはいるが・・・・・・。
ん?
まさか。
「それが原因か?」
突然気付いた現実。勘違いされた原因。婚儀を済ませた後の日々を思い返す。
と。
早く帰宅した日もしなかった日も、ほとんど花梨を腕の中に閉じ込めていた。休みの日は当然、一日中褥の中。
「・・・・・・・・・これはさすがに誤解されて当然か?」
これでも一応我慢しているつもりなのだ。仕事は疎かにしないとか花梨が寝ている時は起こさないとか体調が悪そうな時は無理をさせないとか。
「・・・・・・・・・いや、これは我慢の内には入らないのかもしれない。」
寝顔を覗き込む。
愛しくて愛しくて。
傍にいられる事が、触れられる事が嬉しくて。
だが、それが原因だとしたら――――――。

愛しい女に「身体だけが目当て」で結婚したと思われるのはさすがに嫌だ。花梨もそれは悲しいと思っているだろう。
この少女の傍で生きていきたいと願ったが。今、私は幸せだが。
「花梨殿は私の傍にいて幸せだと感じておられるのだろうか?」
・・・・・・・・・とてもそうは思えない。
笑顔をお守りすると誓いを立てていた筈なのに。
今でも幸せにしたいと思っているのに。
何時の間にか、一方的な衝動に身を任せていた。
「この世界に残った事を、後悔してはいないだろうか?」
昔の、裏表の無い無邪気な笑顔を取り戻したい。

ふと、外を見る。
「花梨殿は出歩くのがお好きだったな。」
手遅れになる前に私に出来る事は――――――?



翌朝。

「花梨殿。私は今日、仕事は休みなのです。貴女の都合が宜しければ、これから神護寺にでも出かけませんか?」
「えっ?頼忠さん、久し振りのお休みなのに家でゆっくり休養しなくても大丈夫なんですか?」
休養とは愛しい少女を腕の中に閉じ込めて過ごす為の、ただの口実。心配そうに見つめてくる優しい花梨に良心が痛む。
「はい。最近はそれ程忙しくは無かったものですから、あまり疲れは感じていないのです。それに、神護寺の紅葉が丁度見頃だと聞いたのです。」
「紅葉?行く、行きます!支度して来るから、ちょっと待っててね!」顔を輝かしてバタバタと走り出した。


「うわぁ・・・きれいですね。去年はゆっくり見る余裕なんて無かったから嬉しい♪」歓声を上げて紅葉を楽しむ。
「神護寺って言ったら『かわらけ』、ねっ、投げよう!」頼忠の腕を引っ張って歩く。
そして、赤や黄色ときれいに色付いた葉っぱを拾っては、懐紙に挟んで大切にしまう。「おみやげおみやげ〜♪」
久し振りに見る、花梨のそのはしゃぐ姿は微笑ましいが、胸が痛む。
『私は屋敷に閉じ込めて、つまらない日々を過ごさせていたのだな。』反省をする。『これからはもっと外へお連れしよう。』



その日以降。

「市にお買い物へ行かれるのなら、お供致します。」
「お寺にお参りに行きましょう。」
とか。
「今宵は月が殊の外美しいですよ。」
「竜胆がきれいに咲いている所を見つけたのですが、お連れ致しましょうか?」
などなど。
頼忠の休みの日は勿論、早く帰宅した夜も色々な口実を作っては外へ連れ出すようになった。
そして。
理由などなくても、散策に行きませんか、とも誘うようになった。

「わぁ〜〜〜い!デートだデートだ!」
屋敷の中に籠もる生活にストレスを感じていた花梨、頼忠の誘いは桃源郷への招待。輝くばかりの笑顔で楽しむ。
『この笑顔を忘れるなんて、私は何と愚かだったのだ。』
二人きりの時の笑顔も可愛らしいが、外出先での笑顔は神子だった頃のまま。死に場所を探していた私に、生きる意味と場所を与えて下さった時の・・・・・・。



己の気持ちを伝えるべく。
何かある度に、頼忠は自分が感じた正直な感想、気持ちを花梨の耳元で囁く。
そして。
優しい口付け、抱擁はするが。
それ以上の無理な行為は、控え目を目指すようになった。


それは。
花梨の誤解が解けた後でも、一つの行為以外は続けるのであった――――――。






注意・・・『―――頼忠流暑さ対策―――』の続き的な話。
     頼忠、墓穴を掘るの巻き。花梨ちゃんの誤解。

暴走してしまう頼忠を大人しくさせるにはどうしたら良いのだろう?と悩んで悩んで。悩んだ末に、こういう話となりました。
ED後の花梨ちゃんも、たまには幸せにしないとね。

だけど一番の疑問は、『誘惑?』を隠したのにこれは表に飾る、銀竜草の基準。

2004/10/25 00:12:41 BY銀竜草

そして、まだまだ続くよ、何処までも。『―――好み―――』UP。

2005/06/16 0:40:56 BY銀竜草