『―――妻としての役割―――』



「ねぇねぇねぇ、何か無い〜〜〜?」花梨は頼忠の手を振り回しながら尋ねる。「私だって奥さんらしい事やりたいの〜〜〜!!」
裁縫は苦手(←手を縫う危険性)、朝起きられない(←頼忠のせい)、掃除洗濯料理は下働きの女がいてやらせて貰えない(←足手まとい)。
毎日毎日、大切にされ甘やかされているだけの日々に不満が募る。
「頼忠さんの役に立つ事やりたい〜〜〜!」
駄々をこねるその様子は幼子のようだが、自分の為に何かやりたい、と思ってくれる気持ちが嬉しい。
朝、見送りをして貰えないのは自分のせいだから諦めてはいるが、家に帰れば愛しい少女がこの自分の妻として笑顔で出迎えてくれる事が、言葉では言い尽くせないほどの喜び、幸せとなっているのだが。
「頼忠さんの顔を見ると自然と笑顔になるの。」さも当たり前、との表情をする。
「そんな事より、奥さんらしい事〜!何でもやるから、何か考えてよ〜〜〜!!」

手足をばたつかせながら甘えてくる花梨(←頼忠視点)のあまりの可愛らしさに、眼を細めて見つめていた頼忠であったが。
『何でもやる?花梨殿が何でもやる、とおっしゃられた?』
普段言えなかったある願い事が脳裏に浮かぶ。

「一つある事はあるのですが。」口ごもる。「貴女にお願いして良いものかは・・・・・・。」困ったようにチラリと視線を送れば。
「えっ?あるの?何でもやるから教えてっ!」即座に食い付いた。
「武士団の方での言い伝えと申しますか、迷信なのですが。」さり気なく妻の手を取る。「無事に妻の元に帰る、と言うお呪いです。」
「えっ?無事に帰る、っていうお呪い?何でもっと早く教えてくれないんですかっ!」顔を輝かせる。「やります!早速今日からやります!!」
あくまでも優しい笑みを浮かべて抱き寄せる。―――逃げられないように。そして、耳元で囁いた。
「妻の印を付けるのです、毎夜。」
「妻の印?毎夜?」繰り返すが意味が解らない。「えっとぉ、つまりどう言う事?」
「貴女の言葉で言う『きすまーく』ですよ。」
「妻の印としてキスマークを付ける・・・毎夜・・・・・・・・・。」考え込むように呟いたが。
「え〜〜〜〜〜〜?!」意味をやっと理解した花梨は叫んだ。「頼忠さんに毎日キスマークを付けるの〜〜〜?」
真っ赤になり逃げようとするが、頼忠の腕の中から逃げ出せる筈が無い。
「出来ない出来ない出来ないっ!そんな恥ずかしい事出来ませんっ!!何でキスマークがお呪いになるのっ?!」
「妻の愛情が夫を守ると言われております。」尤もらしく言う。「そういう愛しい妻の元に何としてでも帰りたいと、男達も思うのでしょう。」
涙眼でふるふると首を振り続ける妻を強く抱き締め、更に囁く。
「私は帰りたいのです。――――――貴女の元へ。」
ぴくん。
「・・・・・・・・・・・・他の人はしているの?」
「そのようです。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「して頂けませんか?」
「・・・・・・・・・・・・したら、絶対に帰って来てくれる?私の所に。」
「はい。お約束致します。」
「・・・・・・・・・・・・・・じゃあ、する。」
耳を澄ませていなかったら聞こえないほどの小さな声で承諾する。
「有難う御座います。では、早速今夜からお願い致します。」
満面の笑みを浮かべた。



翌日から、胸元や首筋に手を置きながら嬉しそうな、悪戯っぽい笑みを浮かべる頼忠の姿が目撃されるようになった――――――。






注意・・・『―――悩み―――』の続き。
            武士団に伝わる迷信など、ありゃしません!頼忠の作り話です。
            花梨ちゃんは恥ずかしくて他の人には訊けないから、永遠にバレないでしょう。

頂いたイラストが嬉しくて嬉しくて眺めていたら「ポンッ」と浮かんでしまいました。
『悩み』のままじゃ花梨ちゃんが可哀想だから「妻としての役割」を与えてあげよう!と思っていたのに、結局美味しい思いをするのは頼忠。・・・・・・恐るべし。
でもまぁ、「妻としての役割」は与えられたから良いか。(チョットマテ)

2004/06/29 16:33:39 BY銀竜草

またまた『―――頼忠流暑さ対策―――』に続きます。

2004/08/18 0:48:09