終章



薄暗い会場内、花梨は客席に座っていた。舞台上では、楽器を持った楽団員が演奏している。クラシックの中でも特に有名な曲で、日本人なら、そして花梨も大好きな曲を。
だが、花梨はその演奏を聴いてはいなかった。花梨の肩に寄り掛かって寝ている男の重みを楽しみ、寝息を聴いていたのだ。
『クスクスクス。』
声を立てないように我慢しても、笑みは零れてしまう。膝の上で絡み合っている指を見下ろした。こんなに多くの人が集まっている場所なのに、寛いでいる。妙な気配があれば問題が起こる前に起きてしまうだろうが、それでも向こうの世界では想像さえ出来無かった光景だ。

パチパチパチパチ〜〜〜。

曲が終わり、拍手が湧き起こった。楽団員が立ち上がり、お辞儀をした。幕が下りる。
ざわざわ。
電気が点き、観客が帰り支度を始めた。
「あ・・・。ふぅ。」
その時になってやっと眼を開けた。身動ぎをする。
「おはよう、頼忠さん。」
「申し訳ありません。折角お誘い下さいましたのに、眠っていて聴いておりませんでした。」
「ん〜?別に良いよ。残業続きで疲れているんでしょう?気分転換になればと思って誘ったんだから、寛いでくれたらそれで良いの。」
コートを手に取り、着る。バッグを持ち直した。
「ありがとう御座います。」
頼忠もコートを羽織るが、通路は大混雑している。少し待とうと恋人の方を向いた。と、花梨はからかうような笑みを浮かべて頼忠の顔を見つめている。
「頼忠さんも眠るんだね。」
「は?」
「京では毎夜ずっと警護していたし、朝は誰よりも早く迎えに来てくれていたから、眠らないんじゃないかと思ってた。」
「眠らない人間などおりません。」
「そうだけど、うたた寝している姿だって見た事が無かったから。それはそうと、頼忠さんって寝顔も格好良いんだね。」
「な。」さっと頬が染まった。だが、すっと生真面目な顔になると身を屈めて恋人の耳元に口を寄せた。「貴女の寝顔も愛らしいですよ。」
「う゛っ。」
今度は花梨の顔が紅く染まった。耳も首も紅い。
「今宵も見せて頂けませんか?」
「・・・・・・・・・。」
花梨は返事もしないで俯いた。頼忠の言葉仕草一つ一つに動揺し、動悸息切れで苦しい。これは京にいた頃と全く同じだ。だけど今は・・・・・・辛く無い。そっと手を伸ばし、頼忠の手を握りしめて想いを伝える。
「花梨、お慕いしております。」
握り返した手を口元に持っていき、細い指先に口付けた。



「さぶっ!」
日が暮れて気温はだいぶ下がっている。外に出た途端、花梨は北風に吹かれて首を竦めた。頼忠がさり気なく動き、風除けとなる。
「雪、ですね。」
頼忠が厚い雲に覆われた空を見上げた。
「雪?」掌を上に向けて広げる。と、小さな白い固まりが掌に落ち、融けた。「どおりで寒いと思った。今年はホワイトクリスマスになりそうだね。」
だんだん雪は大きく、そして激しくなっていく。このままだと積もるだろう。
「花梨。」
花梨が空を見上げている間に頼忠は折り畳みの傘を取り出し、広げていた。
「ありがとう。」
ぼそぼそ呟き、恥ずかしそうに差し出された傘の下に頭だけ入れた。
「もっと近くにお寄り下さい。」
「え・・・でも・・・・・・。」
「これでは、私か貴女のどちらかが濡れてしまいます。」
「あ・・・・・・。」頼忠の顔を凝視した。と、大きく頷いた。「そうだね。濡れたら風邪引いちゃうもんね!」
ぴったり寄り添う。
「はい。」
口元が嬉しそうに綻んだ。
「早く帰ろう!」
「はい。」
少しだけ歩みを速めると、雑踏の中に消えていった。






注意・・・ゲーム最初から最後まで。そして終章はクリスマスイブ。

終章―――寒い夜→手を繋いで歩く→相合い傘→雪→クリスマス・・・・・・あれ?気付いた時にはホワイトクリスマス〜♪

ひよ様・・・。この課題、覚えていらっしゃいますか・・・・・・?
リクエストして頂いてからほぼ一年で連載開始。
それからのんびり更新で更に長い月日掛かってしまいました。
内容が内容だけに不安はありますが、それでも許してやろうと御思いになられましたらお受け取り下さい。

創作過程

2008/01/29 03:47:57 BY銀竜草