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「「「「「「え、え〜〜〜!?」」」」」」 八葉控えの間に、驚きの声が響き渡った。 「な!?え、え、え〜〜〜?」 「って、まさか本当に?」 「オレ、オカシくなったわけじゃ無かったんだ。良かったぁ・・・・・・。」一人安堵したように笑みを浮かべたが、すぐに厳しい顔つきで立ち上がった。「じゃなくてっ!!」 「確かに男としては可愛い顔立ちだと思っておりましたが・・・・・・。」 「女っぽい仕草をすると何度か思いましたが。」 「そんなそぶりも見せませんでしたし・・・・・・。」 多くの者はあまりの衝撃的な事実に大混乱。しかしそんな中、一人だけ冷静な男がいた。 「翡翠殿、あなたは気付いておりましたね。」 問い掛けでは無く、断定。幸鷹が睨んだ。 「ふっ。」 みんなの反応を楽しんでいた翡翠はからかいの瞳で幸鷹を見返した。 「何故仰らなかったのです、神子殿が女人だと。」 「幼さの残る姫君があんなにも必死で隠しているのに、何故この私がわざわざ水泡に帰する真似をするのだ?そんな可哀想な事など、出来ないね。」 「もっと上手い言い訳を仰いなさい!」怒鳴った。「そのおかげで神子殿は要らぬ苦労を背負う事になったのですよ。」 「ならば言い方を変えよう。」すっと冷たい表情に変わった。「あの姫君が自分は本当は女だと言わなかったのは何故か、考えてみれば良い。君達が言わせなかったのではないのかな?」 「オレ達が悪いってのか!?」 イサトがいきり立って怒鳴った。だが、幸鷹と泉水ははっと息をのんだ。 「違うのかい?」 「紫姫の言う通り、オレ達天の八葉はお前らとは違って最初から協力していたんだ。ちゃんと側にいて守っていたじゃんか。翡翠、お前に責められる覚えはないぜ?」 「あ、あのイサト殿・・・。ですが、共に行動するようになった頃は・・・・・・。」 躊躇いがちに泉水が声を掛けると、イサトは何かを思い出したようで急に顔色が変わった。 「う・・・・・・・・・。」 下唇を噛み締めるとどっかりと座り込んだ。勝真ら地の八葉も翡翠から眼を逸らした。 「頼忠も知っていたんですね。そしてりんさんも、頼忠が気付いている事を御存じだったんですね。」 ここにはいない男の言動を思い出し、彰紋が諦め口調で呟いた。 「そうですね。あの者は女人に対する扱いをしていましたね。」 幸鷹も同意し頷いた。 「やっぱり教えて欲しかったぜ。」勝真が翡翠を睨んだ。「あいつが女だと知っていたら、頼忠なんかに―――。」 途中で言葉を飲み込むと、悔しそうに外に視線を向けた。 「そうですね、応援なんてしませんでしたのに・・・・・・。」 泉水まで頷けば、他の者も翡翠を一度睨み、それから大きなため息を吐いた。 りんは眠り続けたまま、眼を覚ます気配は無い。ただ待っているのも辛くて、それぞれの用事を片付けに、八葉は一旦帰って行った。 庭で警護を続けている頼忠は空を見上げた。そこには無数の星が輝いている。 『凄〜い!一面の星畑だね。』 りんは瞳を輝かせた。 『ほしばたけ、ですか?』 『うん。隙間が無いぐらい、星が輝いているんだもん。花畑ならぬ、星畑。凄く綺麗。』 『・・・・・・・・・。』 頼忠も空を見上げた。頼忠にとって、これは見慣れた光景だ。自分で誘っておいてなんだが、こんなに喜ぶとは思ってもいなかった。少女が何故こんなにも感動しているのか、全く分からない。 視線を感じて少女を見ると、何故か楽しそうに頼忠を見つめていた。 『またこんな綺麗な星空の時、教えて。見たいから。』 『畏まりました。ただし、危のう御座いますから頼忠もご一緒致します。』 そう答えると、少女は小さく『やったぁ。』と嬉しそうに呟き、空を見上げた。 「今宵も・・・満天の星畑ですよ・・・・・・。」 南天の実を可愛いと言い、柑子を見れば美味しそうと言い。山茶花の花を綺麗、尾花の花は淋しそうと言った。そして眼につく花々一つ一つに手で触れ、匂いを嗅ぎ、微笑んだ。 確かに花は美しい。しかし、たかが花。それ以外の何物でも無い。わざわざ見る為にその場所に行くほどの事でもない。 だが。 『頼忠さんって白い梅の花が似合いそう。春になったら一緒に見に行きたいね。』 そう言われた時。 『神子殿は紅い梅の花がお似合いになるでしょう。』 自然と言葉が出た。 『紅い梅?可愛い花だよね。』 一瞬、驚いたように眼を見開いたが、すぐに嬉しそうに笑った。 白梅と紅梅の花が並んで咲いている光景を共に見たい、とその瞬間思った。 「逢いたい・・・・・・。」 そう呟いた瞬間、自然と身体が動いた。 カタリ。 妻戸を開け、中に滑り込んだ。そしてそのまま神子の室に入る。燈台の明かりが室の隅で揺らめいていた。 「神子殿、失礼致します・・・・・・・・・。」 中央の御帳台に近付き、垂れ布を持ち上げる。 「・・・すぅ・・・・・・・・・。」 中で、静かな寝息をたてながらりんは眠っていた。枕元で膝をつき、顔をじっと見つめる。 龍神の元から戻って来た時よりもずっと顔色は良い。だが、まだまだ青白く、目元の辺りには疲労の痕が残っている。 失うかもしれないと思った恐怖感。永遠の別れに直面した時の絶望感。そして・・・この腕で抱き締めた時の喜び。 眼を瞑る。 共に見たい、そう思った事を何故忘れていたのか。一緒に見に行きたいと、貴女はそう仰って下さったのに。 ―――神子殿、貴女を犠牲にして得られる生命など、いらない――― それは貴女も同じだったのだ。守って貰えて嬉しい、ではなく、頼忠にも傷付いて欲しくはないと・・・そう思って泣いていらした。 ―――この頼忠の生命を賭してお守り致します――― そう誓う度に苦しそうな表情をなさったのは、そういう理由だったのだ。私は、貴女をお守りするつもりが、反対に傷付けていた。 眼を開けた。 「今度は、貴女の笑顔を守るお許しを頂けませんか?」 この手で太刀を振るうのではなく、貴女の御手を包み込む事によって。 「梅の花を、ご一緒に見に行って下さいませんか?」 頼忠の真の願いは、神子殿に生命を捧げる事ではなく、貴女と共に生きる事。 頬に指を滑らせる。と、揺れる明かりが見せる幻想か、指で辿った所が赤味を帯びていくように見える。撫でながら考える。 「神子殿・・・。」 覆い被さるように身を屈め、瞼の上に口付けた。 「・・・・・・。・・・・・・・・・。・・・ん・・・・・・。」 「え・・・・・・?」 慌てて離れる。と、りんの眉間に皺が寄り、瞼が震えている。 「神子殿?神子殿、神子殿。」 肩に手を置き揺さぶる。繰り返して呼ぶと。 「ん・・・・・・、頼忠・・・さ、ん・・・・・・・・・?」 瞳が開いた。まだ眠そうで、舌足らずな話し方だ。でも、意識が戻った。 「あっと、あの・・・。」 神子が目覚めたら言いたい事は沢山あった。謝罪の言葉と共に、今まで考えていた事やこれからの事を。だが、頭の中は真っ白となって言葉が出てこない。 「なぁに?どうか、したの・・・・・・?」 「あの。」咄嗟に頭の中に浮かんだ想いをそのまま口にした。「添い寝をしても宜しいでしょうか?」 「う・・・、ん?」 「あ、いえ、その―――。」 言葉にした瞬間に何を言ったのか、分かった。否定しようか謝罪しようか、それとも言い直そうかと考えるが、言葉が出て来ず、混乱は深まるばかり。腰が浮き、手がバタバタと動く。 「どうぞ・・・。」 だが、りんはダルそうに腕を持ち上げ、掛け布団を捲った。 「え?」動きが止まった。「あの・・・宜しいのですか?」 「寒い・・・んでしょう?より、たださ・・・・・・震えている・・・・・・。」 「あ。」 その時、自分が震えていた事に初めて気付いた。ただそれは、寒いからという理由ではなかったが。 「くしゅん。」 持ち上げた隙間から冷たい風が入り込む。頼忠が躊躇っている間に身体が冷え、小さなくしゃみをした。 「申し訳ありません。」 余計な事を考えている暇など無い。急いで上着や胸当てだけ脱ぎ去ると、りんの隣に滑り込んだ。 「大じょ・・・う、夫・・・?温石か薬湯、頼む・・・・・・?」 りんはもぞもぞと動き、頼忠を抱き締めた。冷たい身体に熱を与えるつもりで。 「いえ、大丈夫です。ありがとう御座います・・・。」 愛しさが溢れる。何があってもこの少女を守りたい、そう願う気持ちは変わらない。だが、それと同じぐらい、新たに気付いた願いが祈りとなって頼忠を苦しめる。 「お訊きしたい事があるのですが、今、宜しいでしょうか?」 りんには疲れが見える。今までの頼忠ならばこんな我が儘な要求はしない。だが、手遅れになる前に。 「いいよ・・・。なぁに?」 半分寝ているような口調だ。一瞬躊躇った後、覚悟を決めた。 「神子殿の世界は平和で、危険は無いというのは本当なのですか?」 「ん〜〜〜?私の世界だって・・・京と同じ、ように地震とか、台風といった災害はあるし、罪を犯す悪い人も、いっぱい・・・いるよ。それでも、うん、夜の一人歩き、は出来るし、平和で、安全、だね。」 「そうですか。それならば。」頼忠からも抱き締め返した。「貴女の世界にこの頼忠をお連れ下さいませんか?」 「え・・・・・・?」 驚きで見開かれた瞳が拒絶に変わる前に捲くし立てるように言葉を続けた。 「突然の申し出に戸惑われておられるのは承知しておりますが。貴女が頼忠を拒絶しようと、私は貴女を諦める事は出来ません。貴女のお傍にいたいのです。」 「でも・・・、向こう、には、武士という職業は―――。」 「えぇ、それは承知しております。いえ、無いからこそ、行きたいのです。私は貴女のお傍で、貴女の笑顔を見つめながら生きたいのです。しかし武士という身分では、死の影が付いて参ります。どんなに剣の腕を磨こうと、修行を積もうと、それは変わりません。」 「武士って・・・頼忠さんの、全てっていうか・・・・・・そのものっていうか・・・・・・。」 動揺の為か、声が震えている。 「以前の私はそうでしたが、今は違います。それよりも大切なものが出来たのです。」息を吸った。「私は・・・武士を辞めたい。辞めて・・・貴女を抱き締めながら生きたい。」 少女の顔に掛かった髪を撫でながら払う。と、りんの瞳から一滴の涙が零れ落ちた。 「家族も・・・友達も・・・・・・仲間も、捨てるって言うの?頼忠さんの・・・過去も未来も、全て・・・・・・?」 「はい。」 「でも・・・それは辛くない?」 そう言うとふっと頼忠の顔が曇った。だが、眼はりんの瞳を見据えたまま動揺の色を見せない。 「そうですね。寂しく思う事もありましょう。しかし。」りんの唇に頼忠のそれで触れた。「私にとって一番の願いは、未来でも貴女のお傍にいる事ですから。」 触れるだけの口付けを繰り返す。 「・・・・・・・・・。」 眼を閉じた。大粒の涙が流れ落ち続ける。 「りん殿・・・頼忠の我が儘な願い、お聞き入れ願いませんか?」 「無茶、しないでくれる?もっと、自分を大切、にしてくれる?」 「はい。」 「だったら。」眼を開けると、微笑んだ。「私の世界に、一緒に行こう。ずっと私の傍にいてね。」 「はい、ありがとう御座います・・・・・・・・・。」 胸深く抱き締めた。 「約束を忘れないでね?守って貰っても、頼忠さんが犠牲になったらちっとも嬉しくないんだから。」 咎めるような、拗ねたような口調で言うと、頼忠はりんの顔を覗き込んだ。 「はい、それは心から理解しましたから。しかし貴女にも、同じ事をお願い致します。」 「え?」 「頼忠を守ろうとしてご自分を犠牲にしようなどと、二度と考えないで下さい。私は貴女を失ったら生きてはいられません。」 「犠牲って・・・?」 「龍神をお呼びした事です。龍神に連れ去られ、貴女を・・・失うのかと思いました・・・・・・。」 「う゛っ!でも・・・それが神子の役目だったし・・・・・・。」 「そう仰るならば、龍神の神子を守るのは八葉としての役目で御座いますよ?」 「でも!でも!でも!!」 「分かっております、分かっておりますよ。しかし私は貴女と共に生きたいのです。ずっと。どんな事があろうと、己の生命を捨てるつもりはありません。」再び抱き締めた。「貴女も・・・そう思って頂きたいのです。」 「うん・・・・・・。」胸に顔を埋める。「ずっと傍にいたい。傍にいて欲しい。」 「ありがとう御座います・・・・・・・・・。」 やっと通じ合った願いに感動し、涙が枯れるまで泣き続ける。 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 微笑み、見つめ合う。柔らかく温かい身体に、邪な想いが頭を持ち上げてくる。だが、りんの目元には黒っぽい隈が出来ている。 「お休みなさいませ、りん殿。早くお元気になって下さい。」 無理矢理理性の下に押し込み、少女の瞼に口付けた。 「あのね・・・・・・、私の名前、りん、じゃない・・・の。」 「はい?」 「花梨。高倉花梨、が、本当の・・・名前、なの。」 「では、花梨殿。ゆっくりとお休み下さい。」 「・・・う・・・ん・・・・・・。」 それが合図だったように、花梨は安らかな眠りに落ちていった。 「花梨、お慕いしております・・・・・・・・・。」 |
注意・・・ゲーム終了数日後。 |