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黒龍の神子と白龍の神子、相対する行動が京の気を歪めた。そしてその歪みを、アクラムがその身を供物とする事によって形、怨霊とした。―――百鬼夜行。


ギュギャアォーーー!
これが最後だろうから、大変な戦いになると覚悟を決めていた。いや、そのつもりだった。しかし現れた怨霊のあまりの姿に、りんは息を呑んだ。
「何これ?こんなのと、どうやって戦えば良いの?」
一体一体ならばそう大した事は無い。だが、今まで封印した怨霊が一度に復活したような大きさだ。パニック状態に陥る。
「神子殿。」その時、頼忠がりんの震えている指先に触れた。「大丈夫です。我々八葉が共におります。」
「あ・・・・・・。」
「貴女が今までに成し遂げた事を考えれば、このような敵、恐れるほどのものではありません。」
力強くとも優しい眼差しに触れ、りんはその瞳と手の温もりから安心感を得た。―――大丈夫、私は一人じゃない。
「神子殿?」
りんがぎゅっと頼忠の手を両手で握り締めた。驚きで頼忠の眼が大きく開く。
「頼忠さん、お願い。私が、神子が逃げ出さないようにしっかりと手を握っていて下さい。」
「・・・・・・・・・はい。畏まりました。」
やはり、太刀を抜く事はお許しにはならないですね。内心落胆するが、力を篭めて握り締める。
「ありがとう。」
ふっと笑みを浮かべると、攻撃を始めていた八葉の後ろへと移動した。


「泉水さん、動きを止めよう!」
「りんさん!」
「神子殿!」
「りん、大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。」
りんが共に戦う意思を見せた事で一気に士気が上がる。
「よし、行くぞ!」
「分かりました。」泉水が数珠を握り締める。「気疎きものにまとわれ 雨縛気。」
ギャアォーーー!
動きを封じられ、怨霊がもがく。
「イサト、術出来る?」
「おう、任せろ!」張り切って錫杖を振り回して持ち直した。「浄化の炎よ、焼き祓え!炎気浄化!」
グォオオオーーー!!
青紫色の炎が怨霊を包み込み、その身をジリジリと焦がす。
「幸鷹さん、攻撃力を上げましょう!」
「良い判断です。」頷いた。「端光、射し来たりて我らの加護となれ 鋭牙攻援。」
それぞれの持つ武器が光を帯びる。
「よし、今のうちだ!」
勝真の言葉を合図に、勝真、彰紋、翡翠、泰継が一斉に攻撃を仕掛ける。
「行け!」
「とぉ!」
「はぁ!」
「ふんっ!」
ギエーーーっ!
百鬼夜行から悲鳴が上がる。
体勢を整え直した泉水、イサト、幸鷹も攻撃に参加する。
「たぁ!」
「そりゃっ!」
「はぁ!」
ウガァーーー!

『・・・・・・・・・。』
頼忠は複雑な心境だった。八葉の中で戦いの専門家と言えば頼忠だ。剣の腕前は誰にも負けないだけの自信がある。なのに、仲間が必死で戦っているのを後ろで見ているだけ。

「束縛の術が解けます!」泉水が振り向いた。「もう一度掛けますか?」
「ううん。このまま行きます。勝真さん、青龍を呼んで!」

『震えが止まっておられる・・・・・・。』
あんなにも怯えて震えていたりんは今、眼を逸らさずに百鬼夜行を見据えている。躊躇いも悩むそぶりも見せずに的確な指示を出しながら。

「よし、分かった。」弓を構え直した。「東天を守りし聖獣青龍よ、破魔のくさびを射ち込め!」
矢を放つと同時に青龍が現れ、百鬼夜行に襲い掛かった。
グワォォォーーーっっ!!
束縛の術が解け、百鬼夜行が暴れながらも八葉に向きなおう。
「もう少しだよ。頑張って!」

『神子殿、貴女は・・・・・・。』
頼忠が手を握っているだけなのにこの変わりようは。

「はい!」
「分かった!」
頷くと、百鬼夜行の体勢が整う前に八葉が次々に攻撃を仕掛ける。
「たぁ!」
「はっ!」
「りんさん、今なら封印出来そうです!」
彰紋が振り返った。
「分かった。」頼忠に頷くと手を離す。みんなの前に出ると手を百鬼夜行に向かって伸ばした。「めぐれ、天の声。響け、地の声。かのものを封ぜよ!」
りんの全身が神々しい光に包まれる。そして手から眩い光が放たれると、百鬼夜行を包み込んだ。
ギャアァァァ・・・・・・。
暴れるが、次第に悲鳴が小さくなり、封印札に封じ込められた。
「やったぁ!」
ひらひらと舞い降りてきた札を掴んだりんは歓声を上げた。
「よっしゃあ!」
「ご苦労様です。」
八葉の顔にも笑顔が浮かぶ。

もあぁぁぁん・・・・・・・・・。

だが、黒い霧が次から次へと湧き出て来て一つに集まる。それは形作り、怨霊として復活した。
ギエェェェ!
「あぁ!何で、何で百鬼夜行が消えていないの?封印したのに。」
「何だ、これは?」
「一体どうしたというのです!?」
「どういう事でしょうか?」
八葉からも驚きの声が上がる。封印した筈の百鬼夜行が眼の前で恐ろしげな姿で奇声を上げている。さっきのよりも更に巨大になって。
「ふははは。どうした、神子?百鬼夜行を祓うのではなかったのか?」
アクラムの笑い声が響き渡る。
「どうして?どうしてこれは祓えないの?」
「無理だ。もう動き出したのだ、京は滅びると。それが京の意思だ。百鬼夜行は何度でも復活する!」
「何度でも・・・復活・・・・・・?」
りんは勝ち誇った笑みを浮かべるアクラムを凝視した。封印しても復活するなら、戦うのは無駄な行為だ。

「貴様の思う通りにはならん!」
頼忠が叫んだ。その声に我に返った八葉がりんの側に集まる。
「まだだ、まだ終わってはいないぜ!」
「私達は一度も攻撃を受けていません。まだ戦えます。」
「もう一度戦いましょう!」
口々にそう言い、りんを励ます。だが。
「駄目、もうこれ以上は戦えない。」
百鬼夜行を睨みつけながら呟いた。
「神子殿、何故です?今度はこの頼忠にご命令を。この太刀であの百鬼夜行を倒して―――。」
「駄目なの。この怨霊は龍神の神子の力では祓えない。」
頼忠の右手を取ると顔を近づけ、握っている太刀の鞘に口付けた。
「っ!?」
「ごめんなさい。」
その手を離すと、八葉の輪の中から飛び出す。そして百鬼夜行に向かって走って行く。
「神子殿!」
「動くな。」
追い掛けようとした頼忠の眼の前に泰継が立ち塞がった。
「何故です!?」
物凄い剣幕で怒鳴った。
「神子が龍神を呼ぶ。邪魔をするな。」
「っ!」
他の八葉は一斉に息を呑んだ。
「駄目だ。駄目です、神子殿!危険です、お止め下さい!!」
一瞬にして真っ青になった頼忠が泰継を吹っ飛ばすように脇にどかすと、りんの後を追った。


「頼忠さん。」
「危険です。龍神を呼ぶのはお止め下さい。私はまだ戦えます。どうか、この頼忠の生命をお使い下さい。」
「八葉は剣となり盾となり、神子を守るのが役目。でも神子の役目は、龍神を呼んで京を浄化する事。」真っ直ぐに頼忠の瞳を見据えるときっぱり言い放った。「邪魔しないで。」
「神子―――。」
「守りたいの・・・・・・貴方を。」
頼忠の気持ちが、今、分かった。愛する人、頼忠を守れるなら、この生命、どうなっても良い。―――それは、頼忠も同じだったのだ。
「神子・・・?」
呟いた声が頼忠の動きを止めた。その間に百鬼夜行に向かい合うと、りんは手を胸の前で組んで心からの願いを口にした。
「応えて、龍神様。私の、私達の祈りを聞いて―――!」
その瞬間、黒い影が動いたかと思うと神泉苑の空に龍神が姿を現した。二度三度大空を旋回すると地面に、神子に向かって下りてきた。
「神子殿!」
次の瞬間には、眼の前にいた筈の神子の姿は無かった。上を見上げれば、龍神が舞うように空を飛んでいる。その手の中には。
「神子殿!」
龍神が大きくその身を翻すと、空を覆っていた厚い雲が割れ、一筋の光が神泉苑の池に差し込んだ。その光は地面を走り、京を浄化して行く。
龍神が翻る度に雲が晴れていく。滅びを願う心も、百鬼夜行や百鬼夜行に取り込められたアクラムと共に溶けて消えていく。



五行の気が正しく廻る、あるべき姿に戻った京。輝かしい景色。だが、りんの姿はどこにも無い。
「龍神よ、神子をお返し下さい!」
喉も裂けよとばかりに叫ぶ。だが、龍神は天に昇っていく。
「頼忠。」
八葉が取り囲んだ。勝真が頼忠の肩を抱く。
「神子殿、貴女を犠牲にして得られる生命など、いらない・・・・・・っ!」
顔が歪む。俯き瞼を閉じると、目尻から一滴の涙が零れ落ちた。
「・・・・・・・・・。」
頼忠から視線を逸らす。
「神子殿・・・・・・・・・。」
静かな神泉苑に、頼忠の嗚咽だけが響く。


この日の為に戦った。龍神の神子の願いを叶える為に。そして神子を守る為に。
そして全てが終わった。
しかし、神子の願いが叶ったというのに、その肝心のりんはどこにもいない。空虚な思いを抱きつつ、呆然と立ち尽くす。

「神子・・・・・・・・・。」
泉水は諦めきれず、苦しげに呟きながら空を見上げた。と、夢か幻か確かめるように何度も瞬きを繰り返す。
「どうかしましたか?」
「おい、大丈夫か?」
様子がおかしい事に気付いた幸鷹、イサトが泉水の肩、腕を掴んだ。しかし泉水は空を見つめたまま反応しない。何事かと空を見上げた。
「え・・・・・・?」
「頼忠。おい、頼忠!」
イサトが頼忠に駆け寄り、バシンバシンと背中を叩いた。
「何だよ?」
少しは気遣ってやれよ、と不愉快に思いながら勝真がイサトを睨む。
だが。
「あれ、あれ!」
喚きながら腕を振り回すように上げ、空を指差した。
「どうしたのですか?」彰紋が釣られて空を見上げる。と、叫んだ。「頼忠。空、空!!」
「・・・・・・・・・。」苦悶に満ちた瞳で渋々空を見上げた。「っ!?神子殿!」
「行け、頼忠!」
勝真が背中を押した。


りんが空からふわりふわりと降りて来る。
「神子殿!」
その地点まで走る。そして腕を伸ばした。
「・・・・・・・・・。」
「神子殿、神子殿。」
頼忠は腕の中に抱き止めた。
「・・・・・・・・・。より、たださ・・・・・・ん?」
うっすらと眼を開ける。だが、顔色は真っ青だ。
「神子殿、大丈夫ですか?神子殿!」
「頼忠さん・・・は・・・・・・?」
震える腕を伸ばして頼忠の頬に触れる。
「私は何ともありません。頼忠ではなく、貴女の方が―――。」
そう答えると、りんは苦しげでも微笑みを浮かべ、頼忠は驚きのあまり言葉が止まった。
「良かった・・・・・・。」
腕がぱたりと落ちた。そのまま意識を失って頼忠の腕に沈み込んだ。
「神子・・・・・・・・・?」
震える手を口元に持っていく。微かにだが、吐息が感じられた。神子は生きている。
「神子殿・・・・・・・・・っ!」
ぎゅっと強く抱き締めた。






注意・・・最終決戦日。