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「神子殿、本当に宜しいのですか?」
頼忠が繰り返し同じ事を尋ねた。りんは本当は『女』だと言う事をみんなに言わなくて良いのか、と。
「うん。早く終わらせたいって気持ちは同じだし。それに、みんな私の事を神子と信じてくれているもん。今更言わなくたって守ってくれるよ。」
綺麗な手拭いを丁寧に畳むと懐に仕舞った。上着の裾を引っ張って皺を伸ばす。
「しかし、お困りになられる事もあるでしょうに。」
「それは頼忠さんが気遣ってくれるから大丈夫。」
「男の私では分からない事も多いのですが。」
無骨で女心の分からない朴念人、そう散々言われ続けている為に自覚しているのだ。自分以外の者、翡翠や泉水のような気配りの出来る者に言っておいた方が何かと安心なのだが。
そんな頼忠の心配を分かっているのかいないのか、りんは奇妙な笑みを浮かべた。
「頼忠さん、頼忠さん。」
内緒話をするように声を潜めると、手招きをして傍に来るように促した。
「何で御座いましょうか?」
傍に近寄り、膝をつく。こちらまで声が小さくなる。するとりんは頼忠の耳元で囁くように言った。
「あのね、最近女房さん達のおしゃべりを聞いて知ったんだけどね。」
「はい。」
「下ろされた御簾の中で男の人と女の人が二人っきりでいたら、それは特別な関係という事になるんだって。」
「そうですね、そういう風に見られ――――――っ!?」
頷いたが、途中で言葉が止まった。
「うん。私、頼忠さんの室に泊まったし、袿も借りたし。やっぱり世間の人はそういう関係だと思うんじゃない?」
「〜〜〜〜〜〜!?」
サァ〜と頬も耳も、首まで真っ赤に染まった。
「やっぱり頼忠さんには男として、女、私の名誉を守って欲しいんですけど。これでも嫁入り前の娘ですから。」
少し離れると両手を顎の下で合わせ、顔と共にちょっぴり傾けて懇願の瞳で見つめた。

「遅くなっ―――。」
「ぅわぁあああっ!!」
勝真が室に入って来て挨拶をしようとしたが、全く気付いていなかった頼忠は叫び声を上げながら飛び上がった。そのまま無様な恰好で尻もちをつく。
「な、何だよ?怨霊に出会ったような声を出して。―――て、おい、大丈夫か?」
ただ室に入っただけでこんな反応をされるとは思ってもおらず、勝真までが飛び上がった。だが、動揺し過ぎて混乱している青龍の相方を心配する。しかし本人は返事も出来ずに勝真の顔を茫然と見つめるだけ。
「勝真さん、こんにちは。」そんな頼忠など気にする事無く、りんはにこやかな笑顔で挨拶をした。「今日は東の明王様の札を取りに行く日だったよね。じゃあ、行こうか。」
「おう。―――って、おい、頼忠はどうしたんだ?様子がおかしいが。」
さっさと室を出て行くりんを追い駆け、腕を掴んだ。
「ん?そう?」
平然とした表情で見上げた。
「そうって、おかしいのは見りゃあ分かるだろうが。お前、何かしたのか?」
「失礼な。ボクが頼忠さんに何をするって言うんだ。それに、頼忠さんがおかしいのは何時もの事だよ。気にしない気にしない!」
明るくそう言うと、再びスタスタと行ってしまう。
「って・・・ちょっ・・・・・・。ちっ!頼忠ぁ、早く来い!!」
出て来ない頼忠をどうするかで迷うが、りんを一人で行かせる訳にはいかない。怒鳴ると一刻も早く追いつこうと駆け出した。


色々と問題が発生したが、それでもりんの思いが青龍の二人に伝わり、無事に明王の札を入手出来た。そして翌日からは玄武の二人と金剛夜叉明王の課題に取り組み始めた。



この頃になると―――天地の四神での諍いはあれども―――神子に対する信頼は揺るぎないものとなっている。そして、独りぼっちとの感覚が無くなったりんは、八葉に気軽に話し掛けたり悪ふざけを仕掛けたりするようになった。
屋敷内でも不測の事態を想定して警戒を怠らない頼忠、当然、八葉とりんの会話を見聞きしている。



「イサトくん!」
「うわっ!?」
ぼんやり座っていたイサトの背後からりんがいきなり大声を上げると、イサトが飛び上がった。
してやったりとの表情でケタケタと笑うりんに、イサトは顔を顰めた。
「なぁ、そのイサトくんって呼び方、止めてくんないか?みんなは呼び捨てなんだから、お前もそうしてくれよ。」
「ん〜?ボク、男の人を呼び捨てにした事無いんだけど。」
「男の人?お前だって男だろ?」
「男の人って、一人前の男って事。」怪訝な顔をしたイサトに、りんは慌てて言い直した。「年齢は大して変わらないけど、イサトくんはしっかりしていて、ボクよりもずっと大人じゃないか。呼び捨てにするのは何だか失礼な気がするんだ。」
「そりゃそうかもしれねえけどさ、お前、女の話し方に近いじゃん。だからその高い声で呼ばれると妙な気分になる。」
「母親が厳しくて、男言葉は乱暴だと使うと怒られるんだ。それに幼い頃は従姉妹のおねーさん方に可愛がられていて、その口調が移っちゃったんだよ。急には直らないし、まぁ、諦めてくれたまえ。」肩を竦めると怪訝な表情で訊いた。「だけど、妙な気分って何?」
「え?―――いや、だからさ、その!」瞬間的に顔が赤くなった。「そんな事はどうでも良い。兎に角、オレをくん付けで呼ぶんじゃない!呼んだら返事しねぇからな!!」
そう怒鳴ると、驚き眼を丸くしているりんを置き去りにして走り去って行った。


「紫姫へのおみやげにしよう♪」
りんは散策の帰り道、美しい花々を屋敷で一人待つ紫姫への贈り物として摘んで帰る。兄がいなくなった事での淋しさを紛らわせてあげようとの配慮で。
その日も萩の花を抱えて帰って来たのだが。
「泰継殿・・・・・・・・・?」
泰継は長い髪を左上で結い上げているのだが、その部分に萩の花が挿してあった。
「神子が似合うと飾り付けたのです。」
一緒に出掛けた泉水が戸惑ったような口調で答えた。しかし羨ましそうにその花を見つめている。
「神子の考える事は分からん。」
泰継はため息を吐きながらそう言うが、まんざらでも無さそうな顔つきだ。そしてそのままの姿で帰って行った。


「彰紋くん、どうかした?何か悩み事でもあるの?」
難しい顔で庭を見ている彰紋に声を掛けた。
「いえ、悩み事というほどの事でも無いのですが・・・・・・・・・。」
りんが彰紋の視線の先を見ると、頼忠に翡翠、勝真の3人の姿があった。
「デカいよね、3人とも。」
「えぇ、羨ましい・・・・・・・・・。」
何気なく言ったのだが、ズバリ正解だったらしい。ポツリ呟いた後は黙り込んでしまった。
「彰紋くん、手。」
「手?」
「うん、手。」
お互いの右の掌を合わせる。と、彰紋の手はりんの手よりも遥かに大きかった。
「あの、それがどうしたのですか?」
触れ合っている手をドギマギした眼で見つめながら訊いた。
「手が大きい人は身長も大きくなるんだって。ボクの手よりもずっと大きいから、彰紋くんはこれからどんどん伸びるよ。」
「そうなんですか?」
「迷信か実際にそうなのかは知らない。だけどボクのお母さんは手も身長も小さかったし、お父さんは反対に両方とも大きかったよ。それにほら、あの3人もでっかい手じゃん。」
3人の方に視線を向けて言うと、再び彰紋と視線を合わせた
「・・・・・・・・・。」
「ボク達はまだまだ成長期だし、悩むのは早いよ。」
触れている右手と触れていなかった左手で彰紋の手を包むと笑顔で言った。
「えぇ、そうですね。僕はまだ子供ですし、これからですよね。」
嬉しそうに言った。
りんが他に行ってしまった後もずっと、彰紋はほんのり頬を赤く染めたまま右の掌を見つめていた。


『自然と感じ取っているのだろうな。』
頼忠は心の中で呟いた。りんがどんなに男っぽい態度をしようと、滲み出る女らしさは隠しきれるものでは無い。
しかし男だと思っての態度があれだ。女人だと知ったらどうなる事か。
『八葉からもお守りしなければならんな。』
万が一の事態にならぬよう、頼忠がお守り致します。



頼忠がそんな誓いを立てた数日後の事。
「なぁ・・・、武士団に纏(まつ)わる噂、聞いた事あるか?」
門の所で落ち着きなくうろついている頼忠に気付き、勝真が周りの者達に訊いた。
「武士団の噂ならいくつか聞いた事がありますが、どれの事を言っているのですか?」
イサトの嫌味に困っていた彰紋が、話題変更を密かに喜びながら尋ねた。
「奇(あや)しの恋、ってヤツだ。」
頼忠を見たまま答えた。
「あぁ、そういう噂なら聞いた事があります。」幸鷹が頷いた。「死と隣り合わせである武士は信頼関係が大切です。人の本性が一番分かるのが行為の最中だとかで行われる事が多いようですね。まぁ、それはただの口実で緊張を解す為の気晴らしらしいですが。後は、主に対する忠誠の心を示す行為だとか言われていますね。」
「武士団の中の事は知らねぇけど、坊主の中にもそういうヤツはいるぜ。」イサトが言った。「女っ気無しの世界だからな。大抵は戒律を破ってどこぞの女の屋敷にこそこそと通っているが、身近にいる美童で済ますヤツが寺に一人や二人。」
「それがどうかしたのですか?」
若くてもそういう噂の一つや二つ聞いた事があるようで、驚いた様子も見せずに彰紋が尋ねた。
「いや・・・、最近、頼忠の様子がおかしいんだ。まぁ、あいつは神子に心酔しているし、忠実な従者だから不思議では無いんだが。」

一斉に頼忠に瞳を向けた、その時。
「神子様、お帰りなさいませ。」
「ただいま〜!」
散策に出掛けていた者達が戻って来た。出迎えた者達にりんが元気に挨拶した。
「お帰りなさいませ、神子殿。今日はいかがで御座いましたか?」
早速頼忠がりんに近付き、何やら言葉を交わしている。心配顔から安堵の表情に変化していく。

「あの者の忠誠心は普通の者とは違いますから。」
幸鷹はそう言いながら頷いて見せたが、顔には戸惑いの表情が浮かんでいる。
「それにしたって、なんだよな。」
足場の悪い場所では手を貸し、寒そうにしていればどこかで上着を調達してくる。怪我をすればどんな掠り傷でも治療をする。主に対する配慮とは少し違うような気がするのだ。
しかも、紫姫への報告にまで付いて行く頼忠。頼忠以外の八葉がりんと親しげに話していると何処からともなく現れる。屋敷の中で供をする理由、八葉を警戒する理由を訊いてみたい。恐ろしい答えが返ってきそうで、実際に尋ねる事は出来ないが。
幸鷹は不自然な瞬きを繰り返した後、口を開いた。
「神子殿の笑顔はあまりにも無邪気無防備です。頼りないとの言葉は失礼ですが、思わず手を差し伸べてしまう気持ちは分かりますよ。」
「りんさんは男にしては声も高くて口調も柔らかですよね。それに女童のような幼い仕草をする時があります。だから反射的にそういう態度をとってしまうだけではありませんか?」
「そうだな。あいつは年齢の割には小柄で華奢だ。それに最初の頃、とんでもないほどひ弱だったし。その頃の印象が残っているんじゃないか?」
彰紋とイサトが何でも無いというような態度にみせようと軽い調子で言い足した。
「・・・・・・そうだな。前の時と同じように誤解、勘違いかもしれないし、今は気にしないでいるか。」
引き攣ったような笑みを浮かべる3人、どう見たって己の事を弁解しているとしか思えない。だが勝真は、そんな考えが頭から出ていく事を願ってそう言った。
「えぇ。神子殿が一番の頼忠らしい行動ですよ。」
「そうですね。任務だと思っての行動なのでしょう。」
「そうそう、気にし過ぎだ。」
3人はそれぞれ自分に言い聞かせるように頷いた。






注意・・・第3章東の札解放日〜。

誤解が誤解を生んで深みに嵌っていく頼忠(笑)。
同時に、本当にそんな状態の八葉が数人・・・。

ところで、奇しの恋の原因、こんなのかなぁ???と書いてみましたが、実際はどうなんでしょう?