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人気の無い、何時も静かな糺の森。 「よう!」 「イサト、ご機嫌のようですね。」 元気一杯走って来たイサトに、頼忠と話していた幸鷹は振り返って羨ましそうに言った。 「へへへ、まぁな。」 イサトはりんが真の龍神の神子かもしれないと思い始めているのだ。京を救う、唯一つの希望が眼の前に現れたと。 「遅くなりまして申し訳ありません。」 泉水もやって来た。 「オレも今来たところだ。」 軽く言うと、少し移動して輪の中に入るように促した。 「早速ですが、龍神の神子について何か分かった事はありましたか?」 幸鷹が他の者達に訊いた。 「おとぎ話なら沢山あったぜ。」イサトが言った。「でも基本は同じだ。昔々、金の髪に青い眼の鬼が京を襲いました。その時、天から龍神の神子が遣わされ、八葉と共に鬼を追い払って天に帰りました、てな話だ。」 「先代の天の八葉は我ら源氏の系譜に連なる方だったそうです。」頼忠が言った。「武士団の方で伝わっているのは、その方が棟梁に報告した内容で、イサトの話とほぼ同じです。その他ですと、神子は時折、京の人間には分からない不思議な言葉を口にされたと伝わっております。」 「私が目を通す機会を得たのは、その当時の天の玄武であった法親王の手記です。」泉水が控えめな口調で言った。「鬼の金髪碧眼といった外見ゆえに、京の人間に忌み嫌われたのが争いの原因だったそうです。そして神子は鬼から京を守ると神泉苑から天に帰られたと書かれておりました。」 「幸鷹は何か分かったか?」 イサトが眉間に皺を寄せて考え込んでいる幸鷹に訊いた。 「先代の神子に仕えた星の一族の姫は、私の直系の先祖の妹姫にあたる方だそうです。ですので幾つか話が伝わっていますが、肝心な部分はどれもぼかされていました。」 「で?」 「鬼は怨霊を操る事によって京を混乱させ、支配しようとしたらしいです。その時、龍神の神子は二人の友人と共に遣わされました。その友人は八葉となり、鬼を撃退した後、神子と共に天に帰った、と。」メガネのズレを直す。「図書寮でも調べたのですが、ほとんど同じでした。伝承は普通、変化するものなのですが。」 「りん殿も、他の世界から連れて来られたとおっしゃっておりますね。」 たったこれだけだが、前回の龍神の神子とりんの共通する事を頼忠が確認するように言った。 「それは納得だな。」イサトが頷いた。「京にだって痩せこけたのはいるけど、あんなひ弱じゃ、ここでは生きてらんねーもんな。」 「・・・・・・。」 全員が無言で頷いた。親を亡くしたり捨てられたりして浮浪児は沢山いるが、逞しい。貴族ではないにしろ、困窮した生活とは無縁だったのは雰囲気で分かる。大切に育てられていたのは。 「それから。」幸鷹がついで、という風に付け足す。「龍神の神子は孤独だと書かれておりました。だから八葉が支えなければならない、と。」 「どういう事でしょうか?」 「さあ、よく分りません。龍神の神子には星の一族と八葉がおりますから、孤独とは思えません。」 頼忠の問いに、幸鷹は首を傾げた。世話をし、相談にのる星の一族。守り、共に戦う八葉。龍神の神子の周りには大勢の人間がいる。戦っているのは一人ではないのだ。それで何故、孤独だと言うのか。 「よく分んないけどさ、要は守れって事だろ?オレも頼忠達だって今はこっちの役目を優先しているしさ、一人にはしていないぜ。それで充分だろ。」 『そういう事なのか?』 イサトは納得しているが、頼忠には違和感がある。ただ側にいて守るだけなら、わざわざ書き残す必要などない。それが八葉の、星の一族の役目なのだから。注意深く監視しているつもりだが、何か見落としている事でもあるのだろうか? 「だけど四人で調べてこれしか分かんなかったのか。」 イサトが腕組みすると木に寄り掛かった。 「悪用する者が現れるのを恐れて意図的に消されたのでしょう。」 「あの・・・。」泉水が躊躇いがちに口を開いた。「神子は若い姫君だったそうです。」 「姫?先代の神子って女だったのか?」 「はい。そのようです。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 幸鷹と頼忠は泉水が戸惑いの表情を浮かべているのに気付き、眼を細めた。自分達から想像するに、八葉に選ばれるのは若い男のようだ。身近にいる若い娘に恋心を抱いてもおかしくは無い。 と、イサトの声が考え事から引き戻した。 「先代の神子も怨霊と戦っていたんだろ?」 「怨霊を操る鬼と戦った、との事ですから、そうなのでしょう。」 幸鷹が頷くと、イサトは顔を歪めた。 「うへぇ、りんが男で良かったぁ!」 「そんなにお嫌ですか?」 「だってさ、武器を持って怨霊と戦う女なんて可愛くないって言うかさ、嫌じゃん。男だって悲鳴上げて逃げるのに、男よりも強い女なんて。」 「武器を持って戦ったのかは分りませんが。」 「まぁ、りんも攻撃しないからそうかもしれないけどさ。だけど反対に怨霊に出会う度に怖いってビービー泣かれても困るし、疲れたとか喚かれても迷惑じゃん。龍神の神子って言ったって所詮女。女ならオレ達男よりも体力とか劣っているだろうしな。それに色々と気を遣わなきゃいけねぇし、面倒な事ばかりで良い事なんて一つも無いぜ。」 「そ、それは・・・・・・。」 あまりにはっきりと言うイサトに、泉水は困ったように幸鷹の方に視線を泳がせた。 「りんだって最初の頃は全然体力無かったけどさ、自分の事は自分でやっているし、泣き言も文句も一つも言わなかった。根性あるのは認めるよ。やり易いって言えばそうだろ?」 「まぁ・・・・・・それは・・・・・・・・・。」 幸鷹も口ごもるが、その意見を否定する気は無いようだ。 「結局、龍神の神子が何をするのか、どうやって京を救ったのかという具体的な事は何も分からないのですね。」 頼忠が話を戻すと、ホッとしたように泉水が頼忠の言葉に飛びついた。 「そうですね。しかし星の一族にも残っていないのですから、当然と言えばそうなのかもしれません。」 「眼の前の問題を一つ一つ片付けていくしかないようですね。今は青龍を取り戻す事に専念致しましょう。」 不満はあるが、どうしようもない。幸鷹も自分に言い聞かせるように言った。 「朱雀がりんを認めたんだ。心配要らないさ!」 イサトが元気良く言った。 「えぇ。」 「そうですね。」 まだ半信半疑の者達は曖昧な笑みで頷いた。 頼忠は必要最低限の事しか、いや、それ以下の事しかしゃべらない。よって、散策の時は何時も頼忠以外の者と会話しながら歩いているりんの後ろを、警護しながら付いて行く。 そんなある日。 羅城門跡地にやって来たりんとイサトは、頼忠が何かに気を取られて立ち止まっているのに気付いた。 「どうしたんですか?」 「あ、いえ。」 「いえ、って何だ?気分でも悪いのか?」 首を振った頼忠を心配したイサトが訊いた。 「いえ、違和感が―――っ!これは一体・・・?」 キラキラした光が頼忠の身体に吸い込まれた。 「おい、頼忠!?」 「頼忠さん、大丈夫ですか?」 驚いた二人は慌てて駆け寄った。だが、当の本人の顔には笑みが浮かんだ。 「りん殿、新しい術を使えるようになりました。」 「ジュツ?術って何だ?」 「星の姫に伺った事があります。何でも、元々八葉には三つの術を使える力があるそうです。」 「三つ?オレは一つしか使えないぜ?」 「そうだな。私もつい先ほどまではそうだった。」イサトに言うと、りんに顔を向けた。「しかし怨霊が蔓延っているのが原因でしょうが、今はその力が削がれているのです。ですが、この地の怨霊を祓った事でその力が戻って来たのでしょう。」 「新しい・・・ジュツ・・・・・・。」一瞬、頭に浮かんだのはゴレンジャーなどの特撮ドラマでの大げさな動きを必要とする術。しかしこれは真面目な話だ、その想像を振り払った。「それってどういう事ですか?」 「今まで以上に強い術が使えます。」 「じゃあ、今までよりも強い怨霊が出て来ても戦えるようになったっていう事ですか?」 「はい。お任せ下さい。」 力強く答えた。 「本当か?」 イサトが疑い深そうに訊くが、頼忠は頷いた。 「あぁ。」 「だけどさ、この前、怨霊を祓った後に此処に来たじゃん。その時は何にも無かったのに、何で今戻ったんだ?」 「・・・・・・・・・。」 「もしかして、ボクと一緒だからじゃない?ほら、龍神の神子が側にいると術が使えるのと同じで。」 考え込んだ頼忠の代わりにりんが答えた。 「じゃあ、お前と一緒ならオレのも戻って来るんだな?」瞳がキラキラと輝いた。「よし、今まで行った事の無い場所に行ってみようぜ!」 いきなりりんの手首を掴むと走り出した。 「ぅわっ!」つんのめったが、何とか足が動いてくれたおかげで転ばずに済んだ。「ちょっと待って。待てってば!行くから走るな!!」 蹴躓き転がるように、走る。 「向こうに怨霊がいるって聞いたんだ。ほら、早く行こうぜ!」 「イサトくん、足が速すぎだぁ!!」 「・・・・・・・・・・・・。全く・・・・・・。」 一人残された頼忠、騒ぎながら走って行く二人の背中を呆然と見つめる。りんの走る姿が憐れというか面白いというか、つい苦笑い。しかし。 「おい、イサト。りん殿がお怪我をなさる前に止まれ。」 慌てて追い掛けた。 |
注意・・・第1章半ばを過ぎた頃。 確か『遙か3』の九郎は望美に、女は戦場に出るな、とか何とか言っていましたっけね。武器を持って戦うなんてとんでもない、と。それが普通の感覚だと思うのです。 |