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ドクンっ! 「っ!」 寝ていた花梨は飛び起きた。胸を押さえ、上掛けに顔を押し付ける。 ドクン・・・ドクン・・・ドクン。 激しい動悸で息が苦しい。 「お願い、静まって・・・・・・。」 ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・・・・・・・。 「龍神様・・・・・・・・・。」 私があなたの神子なら、お願い、助けて。 ドク・・・ン・・・・・・・・・トクン・・・・・・・・・。 ・・・・・・トクン・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・。 「・・・ふぅ・・・・・・。」 やっと落ち着き、身体を起こした。何時の間に涙が零れていたようだ。手の甲で拭う。 「・・・・・・・・・。」 立てた膝に顔を埋める。動悸が治まったからといってこの辛い現実から逃れられた訳では無い。悲しみと苦しさで心が押し潰されそうだ。 「風に当たって来よう・・・・・・。」 眼が冴え、眠れそうにない。褥から立ち上がり、出た。小袖に括り袴、そして袿を着た姿で眠っている花梨はそのまま御簾を出、妻戸を開けた。 サァーーー。 冷たい風が、冷や汗で濡れた身体を冷やす。寒い筈なのに、気持ち良い。花梨は妻戸に寄り掛かりながら座り込むと、庭を睨み付けた。 この世界に連れて来られてからぐっすり眠れたのは初日だけ。次の日の夜からは眠りに落ちるまで何時間も掛かった挙句、突然襲う動悸で毎夜飛び起きる。 「・・・・・・・・・。」 眠れない原因、理由は分かっているのだ。 ―――偽者――― ―――力が無い――― ―――役立たず――― ―――足手纏い――― ―――邪魔者――― りんを評した言葉が頭の中でグルグルと回っている。面と向かって放たれた言葉。確かにその言葉は間違っていない。 ―――反論なさらないのですか?――― 散々瞳で言っているクセに、他の者、深苑に言われた時にそう訊ねた頼忠。 『力が無いのは本当の事だしね。』 そう答えたら何とも言えぬ微妙な顔をした。だけどそれ以外に何と答えれば良かったのか。 袿の袖を捲ると、その腕にはざっくりと切り裂かれ赤く盛り上がっている傷が現れた。こんな酷い傷を、八葉はりん以上に多数受けている。 反論出来る訳が無い。花梨、りんが龍神の神子として力不足だから、みんなが怪我をするのだ。真の龍神の神子では無いから、だから京は救われない。 『でも・・・私が悪いの・・・・・・・・・?』 京という町とは無関係の花梨を、龍神の神子の役割など知らない花梨を、この世界の人々に比べて体力も力も劣っている花梨を連れて来たのは龍神なのに。そして何より、京がこんな状況に陥ったのは花梨のせいではない。むしろ花梨を責めている人達が京の危機を招いたのだ。なのに何故、全ての責を、罪を背負わねばならないのか。 仕えてくれる筈の星の一族に嫌味を言われ、仲間である筈の男達に怒鳴られる。 『・・・・・・帰りたい・・・・・・・・・。』 向こうの世界には、花梨の事を悪意のある眼で睨む人はいない。間違っても、優しい。その花梨の世界に帰りたい。 『どうしたら帰れるんだろう?』 町を出歩いている時にさりげなく探しているが、ドアを開けたら花梨の世界、なんて場所はどこにも無かった。怨霊の噂なら幾らでもあるが、他の世界に繋がっているとかいう話はない。紫姫は神泉苑が花梨の世界と繋がっていると言うが、今は繋がっていないらしい。だったら何時繋がるのか? ―――龍神様しか、神子様をお帰し出来る者はおりません――― ふと、思い出した。この世界に来た最初に日に紫姫がそう言っていたのを。龍神以外、花梨を帰せる者はいない、と。 『龍神、だけ・・・・・・。・・・りゅ・・・う・・・・・・じん・・・・・・だけ・・・・・・。』 その言葉の意味を何度も繰り返し考える。すると一つの疑問、答えに辿り着いた。 『龍神の望みを叶えれば、帰れるの?帰してくれるの?』 怨霊を祓えば。土地の力を取り戻せば。―――京を救えば。 『・・・・・・。・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・。』 それ以外に選択肢は無い。立ち上がると顔を上げて冴え冴えと冷たく光る月を見つめた。 自分が本物だとは未だに思えない。でも、それしか方法が無いのなら。 『龍神の神子になろう。ううん、なってやるよ、龍神の神子に。』 気持ちが固まった。龍神が、みんなが望む、求める龍神の神子になると。 そして進むべき道が決まればやるべき事も見えてくる。最初にやらねばならのは、みんなの望む、理想の神子とはどういう者なのかを知る事だ。 りんは男達の好みややり方を知る為に言動を観察、分析し始めた。 源頼忠―――戦いの専門家だからだろうか、頼りにしている事を伝えると喜ぶ。反対に、戦い方を指示されるのは嫌いのようだ。 イサト―――お山の大将、との例えがぴったりの彼は、頼忠と似ている。おだてると木に登るが、口出しされると怒る。そして貴族の味方もダメ。 藤原幸鷹―――頼忠やイサトとは違って任せるのはダメ。反対に怨霊の状態をよく見て戦い方を分析した方が良いようだ。 源泉水―――何も出来ないと卑下しがちな彼は、神子が共に戦っている事をアピールすると安心するらしい。 結果、男達の戦闘時の気力が増して術を使える確率が高くなり、反対にりんは怨霊を祓う事を失敗する確率は下がっていった。それが自信となったのか、力の具現化も何かしらの結果が出る。当然、怒鳴られる事も少なくなっていった。 そして。 朱雀を取り戻しに行った場所で、不思議な空間に連れて行かれた。 『強い神気を持つ娘。そなたは龍神の神子か?』 姿は見えないが、声は聞こえる。 「あなたは誰?」 『我は朱雀。龍神に仕えるもの。そなたが龍神の神子なのか?』 「・・・・・・・・・。」私は本当に龍神の神子なのだろうか?―――そんな事は分からない。躊躇いがちに答える。「私を・・・・・・龍神の神子と呼ぶ人がいるけど・・・・・・・・・私には・・・分からない。」 『・・・・・・・・・。』 「・・・・・・・・・。」 『そなたに問う。優しさとは何か?』 「優しさ?」この京に連れて来られた私がみんなにして欲しかった事は。「・・・・・・相手の・・・相手の立場になって考える事・・・・・・・・・。」 『それがそなたの答えなのだな。よかろう。我がそなたを神子と認めよう。』 「え?私が神子なの?本当に神子なの?何で?」 信じられない、信じたくない言葉に、反論する勢いで尋ねた。 『その答えはそなた自身で見つけるべき事。』 「自分で・・・・・・・・・?」 『今後はそなたに力を貸そう。―――神子、自信を持つのだ。そなたの思いは我が知っている・・・・・・・・・。』 「・・・・・・・・・。」 「りん!」 「りん殿!」 「・・・・・・・・・。」 「りん殿、大丈夫ですか?」 「―――え?何?」 「何、じゃありませんよ。」 八葉の四人が心配そうに覗き込んでいた。 「あ。」戻って来たんだ。この京に。この辛い世界に。「これからは朱雀が力を貸してくれるって。」 手の中の札を見つめた。 「本当かよ!?」 イサトが札を覗き込むと、ぱぁと満面の笑みが浮かんだ。 バシン。 りんの背中を盛大に叩いた。 「ぐえっ!」 「すげぇ!お前、本当に朱雀を取り戻しやがった!!」 喜びはしゃぐイサトとは違って他の者達は呆然としている。まさか本当に?このりんが真の龍神の神子なのか?信じるに足る物証、札を見てもまだ、信じきれない。 「本当にお前が龍神の神子かもしれないな。」断言はしないが、笑顔。ほぼ確実だと思っているようだ。「これからはもっと頑張るからさ、オレを頼りにしろよ!」 「うん、ありがとう。」 その後もいろいろと喋っていたようだが、りんの耳には入らなかった。 夜、一人きりになった花梨は札をじっと見つめていた。 「・・・・・・・・・。」 これは聖獣朱雀がりんを龍神の神子と認めた証拠。花梨の世界に帰る為の初めの一歩を踏み出せたのだ。喜ぶべき事なのだろう、本当は。 だが、決意した筈なのに涙が零れ落ちてくる。 「本当に・・・私が龍神の神子、なんだ・・・・・・。京を救わなければ・・・帰れないんだ・・・・・・・・・。」 辛く苦しい日々がこれからも続く証拠の、札――――――。 |
注意・・・第1章前半〜朱雀解放。 |