02



―――院を呪っている怨霊がいる―――

それは、院に仇なそうとする輩がいるという事だ。
院に取り憑いていた怨霊は平家の姫が祓った筈。それなのに何故、今も苦しんでいるのか疑問を抱かない訳ではない。だが、その姫が真の龍神の神子かどうかは、頼忠が判ずるべき事ではない。
そして、頼忠は己が八葉だとは信じていない。りん、と名乗る童が龍神の神子だとの説明は、信じていないというよりも興味が無いと言った方が正しいか。
『その童が院に仇なそうとしている張本人かも知れぬ。お前が側にいるなら都合が良い。見極めよ。』
どちらが真の龍神の神子でどちらが偽者かは興味など無いが、棟梁の命令で監視する為にりんの側にいる。



昼間はりんの散策のお供。
散策と言っても、町中をのんびり遊び歩いているのではない。院を呪う怨霊の情報を集めているのだ。
そしてその合間に、発生した怨霊を祓ったり疲弊した土地の力を回復させたりしている。やるべき事は沢山ある。


だが、頼忠を含め共に行動している者達にはりんに対する不満が溜まっていく。

「この属性っちゅーもん、面倒くせーな。」イサトがぶつくさと言う。「オレは火の属性で金の属性の怨霊が得意。だけど反対に水が苦手。頼忠が木の属性で土が得意だが金が苦手。」
「私の属性は金ですから火が苦手ですが、木の属性の怨霊はお任せ下さい。」
「そして泉水が水だから火が得意か。で、えっと・・・。」
「私は土の属性の怨霊は苦手です。」
言い淀んだイサトに泉水が教えた。
「そう、そうだったな。とすると、水が得意の土の属性のヤツがいねーな。」
「ボクの属性が土らしいよ。戦いには役に立たないけど。」
りんが言う。
「お前も武器を持って戦えよ。後ろで隠れていないでさ。」
「戦力は一人でも多い方が良いのですが。」
幸鷹までが言う。だが、りんは肩を竦めた。
「ボクはお姫様のような生活はしていなかったけど、暴力とも無縁だったんだ。武器は一日二日で扱えるようになれるものでも無いし、イサトくんとは違ってボクは術が使える訳でも無いしね。」
「じゃあ、何の為にいるんだよ?」
りんは冷めた眼を、顔を顰めたイサトに向けた。
「さぁ?」
「なっ!お前、ふざけてんのか!?」
気色ばんで立ち上がった。
「りん殿がいて初めて私達は戦えるのですから、それで良いのではありませんか?」
泉水が慌ててイサトを宥めるように言うと、幸鷹は少し考えてから頷いた。
「そうですね。その者にはその者の役割というものがありますから、無理を言うのは止めましょう。」
「でもさ、やっぱり攻撃の一つでもしてくれた方が、ラクになると思わないか?」
頼忠に同意を求める。だが、頼忠は首を横に振った。
「慣れぬ者がいれば、戦いに集中出来ぬ。」
あのような細腕では攻撃しようと大した痛手は与えられない。それどころか前でうろちょろされては迷惑だ。守らねばならないのだから。
「足手纏い、邪魔者って事か。」
諦め切れずにりんを睨んだ。



確かにりんの側にいれば怨霊と戦う力が得られる。いなければ怨霊と戦う事は出来ない。
しかし、りんがいるからといって必ずしも怨霊を祓えるとは限らない。お互いに性格を知らないし、信頼してもいない。戦う彼らの気力集中力を毎回上手く引き出せるとは限らないのだ。それに何より、りんは戦い方を知らない。力の配分など分からず、誰に任せたら良いのか、術を使用する頃合いを瞬時に判断出来ない。

「同じ事ばっか言ってんじゃねぇよ!」
指示が気に入らずにイサトが怒鳴る。
「あなたはあまり戦いに向いておられないようですね。」
戦いに苦戦すると幸鷹は顔を顰める。
「次は・・・大丈夫でしょうか・・・・・・?」
途中で逃げ出した時など泉水は悲しそうな表情で言うが、不信感を抱いているのは伝わって来る。
その度に。
「ごめんなさい。」
「次はもっと頑張る。」
謝ってばかりいる。
だが、頼忠は戦いの専門家だ。手際の悪いりんに対しての苛立ちは他の者達の比では無い。



「少し休憩致しましょうか。」
大豊神社からの帰り道、歩みの遅くなったりんを心配して泉水が提案した。
「またかよ。これじゃ、屋敷に着く頃には真っ暗になっちまう。」
イサトが顔を顰める。
「もう帰るだけだから休まなくて大丈夫だよ。」
元気良くそう言うが、息があがっている。
「いえ、ご無理をなさってはいけません。今日は三箇所で怨霊と戦ったのですから、疲れて当然です。」
近くの寺に寄り、縁側に座った。
「しかしお前、体力ねーなぁ。」
「そんなに無いかなぁ?向こうでは気になった事なんか無かったんだけど。」
強張ったふくらはぎを揉み解しながら言った。
「お前よりもずっと幼い童だってこれぐらい平気で歩くぞ?」
「これほど遠くに行くならバスか電車の乗り物に乗っちゃって歩かないから。」
「乗り物?お前、やっぱり向こうの世界じゃ貴族様なのか?」
イサトが嫌悪感丸出しで訊く。
「違う違う。」苦笑した。「バスや電車は庶民の乗り物。はした金程度のお金を払えば誰でも乗れるんだよ。」
「便利なのですね。」
幸鷹が感心したように言うが、イサトは軽蔑口調だ。
「それで体力が無くなっちゃ駄目じゃん。」
「確かに。」チラリと一瞬イサトを見るが、すぐに瞳を逸らした。「でも乗り物に乗れば早く目的地に着くから、その分時間を有効に使えるんだよ。怪我や病気の時でも外出出来るしね。」
「それはそうだろうが・・・・・・。」
せっかちのイサトにとってやるべき事が眼の前にあるのに中断されるのはやはり耐え難い事のようだ。力が無いだけでなく、体力も無いりんのひ弱さが苛立たせる。



頼忠は警護と称して夜もりんを見張っていた。偽者だとしてもこんな童が首謀者とは思えない。指示する者がいる筈だ。来るなり会いに行くなりして密会しないか、監視している。



だが結局のところ、庭に一人突っ立っているだけ。すると自然と考え事をしている。昼間のりんの態度に対しての疑惑を。


『お主には力が無い。存外、院の元にいる神子の方が真の神子かもしれぬな。』
弱い怨霊に梃子摺り、戦いの途中で逃げたとの報告を受けた深苑が嫌味っぽく言った。それに対してりんは肩を竦めただけ。謝らない代わりに言い訳もしない。
『反論なさらないのですか?』
二人きりになった時に尋ねた。
『力が無いのは本当の事だしね。』
『・・・・・・・・・。』
頼忠が深苑と同じ疑問を抱いているのを察したのか、反対に訊いてきた。
『頼忠さんは刀を初めて持った瞬間から強かったんですか?』
『いえ、そんな事はありません。太刀の扱いは見ている以上に難しいのです。基本の稽古を何年も続けなければ強くはなれません。』
『そうでしょうね。刀って扱いを一つ間違えれば本人も周りの仲間も傷付けるでしょうから。』
『はい、その通りです。』
『言わなくても分かっているでしょうけど、龍神の力は強大です。神子だからってそう簡単に扱えるようなものでは無いんです。』頼忠の瞳を真っ直ぐに見つめる。だがすぐに視線を逸らし、空を見上げた。『失敗したからと言って何だってんだ。』
『っ!』
神子らしからぬ言葉に絶句。だが、開き直りとは違うその固い表情に戸惑いを覚えた。


カタリ。
耳を澄ませていなければ気付かないほどの小さな音と共に妻戸が開いた。
『りん殿。』
急いで木の陰に身を隠すと静かに見つめる。と、りんは足音を忍ばせるようにして出て来た。小袖に括り袴、そして何枚かの袿を重ね着し、身体を抱き締めるように腕を握り締めている。
『誰かと密会するのか・・・?』
だが、抜け出す様子は無い。誰かを、何かを探すようなそぶりも無い。妻戸に寄り掛かるようにして座り、睨み付けるようなキツい眼差しで庭を見つめているだけ。


身動き一つしないまま半刻。静かに立ち上がると輝く月を見上げ、再び音を立てぬように注意しながら妻戸の中に戻って行った。
『何だったんだ?』
昨夜も、その前の日も出て来て庭を眺めていた。出て来ない夜の方が少ない。毎夜、あの者は何をしているのだ?
りんの不審な行動に、頼忠の疑惑は深まっていく。






注意・・・第1章始まったばかりの頃。

本ゲーム中、八葉の戦闘中の(応援失敗した時などの)セリフは酷かった。あれが『女の子』に対しての態度ならば、神子が『男』だったなら・・・・・・・・・っ!!(勝手に想像して火を噴く。)