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「・・・・・・・・・。」 花梨は褥の中に横たわったまま、天井を睨んでいた。見慣れない天井。固い布団。ごわつく服。室の中の家具も、テレビの中でしか見た事がないような物だ。 意識を失う前の記憶はある。夢の中のような、現実にはあり得ない筈の光景。 季節外れの紅葉。頭の中で響く声。仮面をつけた男。それから刀を携えた男。引き摺るほどの長い髪の少女。貴族がどうのこうのと言っていた少年。そして。 「怨霊って何よ・・・・・・?」 恐ろしげな化け物が襲って来た。だがその瞬間、身体が、口が動いた。そして花梨の指示通りに男が動き、怨霊を追い払った。 「何なの?これってどういう事?」 全く理解不能。しかしこれは夢ではなくて現実の事だという事は分かっている。ここにはお母さんもお父さんもいない。花梨を守ってくれる人は誰一人としていないという事を。誰が味方で誰が敵か、花梨は自分で判断しなければならないという事を。 「―――よし、起きよう。」 心の準備をし、戦闘態勢に入った花梨は身体を起こした。 「あぁ、気付いたのだな。」 不機嫌そうな少年が入って来た。 「ここは何処?君は誰?」 「私は深苑と申す。ここは私と紫が住む館だ。」 「あ、そう。」 倒れた花梨を休ませ介抱してくれたのだからお礼を言おうと思っていたが、気が変わった。この深苑とかいう少年と同じ表情で頷いた。 「神子様、気付かれたのですね!ご無事で良う御座いました。」 同じ顔の少女が入って来た。だが大きく違うのは性別ではなく、明るく優しい笑顔だ。 「えっと・・・あなたは誰?」 「私の双子の妹の紫だ。」答えたのは深苑。「だが、我らは末席ながら貴族に連なる者。紫の事は『紫姫』と呼べ。」 「兄様!」 「えっと紫姫。」何だか兄妹の雰囲気が悪い。言い合いでも始まったら面倒だ。遮った。「神子様って何なの?どうして私をそう呼ぶの?さっきの化け物は何なの?」 取り敢えず、今の状況を把握しようと質問攻めにする。 「神子様は龍神の神子様ですわ。」 一つずつ丁寧に答えてはくれたが、帰れる方法は無いという事だけ理解出来た。問答無用でこの私が京を救わねばならない事になっている。―――本当の龍神の神子ならば。 「お目覚めになられたのですね。ご無事で何よりです。」 この世界に来て最初に出会った男と、何時の間にか部屋を出ていた深苑が入って来た。 「何処かの貴族にお仕えする童でしょうか?お帰りになるのでしたらお送り致しますが。」 『童・・・?』 「家人とは失礼な。この方こそ龍神の神子様です。私達の方がお仕えするのです。」 「龍神の神子は既に京におられます。失礼ながらそのお言葉を信じる訳には参りません。」 「その者は偽りで御座います!」 少女が怒ったような口調で言った。 花梨は、こんな大人の男性、しかも眼つきの鋭い怖い印象の男に刃向かうなんて勇気があるな、などと呑気に思いながら聞き流していた。 だが。 「しかし私も信じられぬ。」 突然聞こえた深苑のトゲトゲしい声が現実に引き戻した。 「兄様?何をおっしゃいます!」 「あんな怨霊一体相手しただけで倒れるとは、それでも真の龍神の神子か。いや、神子以前に男としてどうかと思う。」 『男・・・?』 もしかして私、男だと思われている?深苑をまじまじと見つめるが、嫌がらせで言っているのではないようだ。本気でそう思っている。 周りをこっそり見回したが、誰一人としてその言葉に違和感を覚えた者はいないようだ。全員が花梨を男として見ている。 『髪が短いからかな?』 この少女は引き摺るほどの長さだ。周りの女性達も同じく。しかし男は短い。 「兄様も宝玉がこの方を神子様に選んだのを見たではありませんか。」 「紫。確かに見たが、龍神の選び間違いという事もあるやもしれぬ。」 「そんな―――。」 「あの、そろそろ失礼して宜しいでしょうか?私も武士としての勤めが御座いますゆえ・・・。」 兄妹喧嘩に呆れたのか、男が頭を下げて立ち去る気配を見せた。その途端、紫と呼ばれた少女は顔色を変えた。 「帰られては困ります!あなた様は八葉に選ばれたのです。」 「はちよう?」 眉を顰めて振り返った。 「八葉とは龍神の神子を守る者。どうか神子様をお守り下さい。」 「そうおっしゃられましても・・・。」眉を顰めた。「こちらの方が本物だという証拠もないのではありませんか?私の所属する武士団は、院に直接お仕えしております。勝手をする訳には参りません。」 「そんな・・・!」 「無茶言っちゃ駄目だよ。」もう喧嘩なんてウンザリだった。可哀想だとも思ったが、泣き出しそうな紫姫に言った。「この人にはこの人の都合ってものがあるんだから。」 こちらの都合も考慮せずの強引身勝手さに反発した。やりたくない事をやらされる筋合いは無い。それはこの男も同じだろう。 「―――神子。お主、名を何と言う?」 深苑のその口調はあまりにも冷たい。軽蔑、そうとしか思えない。 花梨はゆっくり視線を深苑に移した。 この深苑は花梨に対して悪意を抱いている。花梨が龍神の神子でないと証明された途端、どうなるか分かったものではない。 そう感じた花梨は目まぐるしく頭を回転させた。自分の身は自分で守るしかない。それにはどうしたら良いのか?―――仮面を被ろう。何時でも逃げ出せるように。花梨を男と思っているならそのままにしておこう。 「坂倉りん。」 自己紹介した記憶は無い。偽名でも大丈夫。そう思った花梨は、本名と似た名前を名乗った。 「龍神の神子と八葉の間には絆が生まれるという。お主は龍神の神子と認められていないのだな。やはり私も認める事は出来ぬ。」 「兄様、お止め下さい!神子様、申し訳ありません。私が上手くお話出来ず・・・。」 「紫姫が悪いんじゃないし、気にしないで良いよ。」 泣きそうな紫姫に一応優しく言った。気にしていないと言うより、そうだから仕方がないと思う。私が龍神の神子?京を救う?―――あり得ない。 だが。 「お優しいのですね。」何を勘違いしたのか、しかめっ面だった男の表情が柔らかく変わった。「あなたを龍神の神子だと判断する事は出来ませんが、京の事には不慣れなご様子。色々と困る事もありましょうから、宜しければしばらく京をご案内致しましょう。」 「良いんですか?ご迷惑じゃ・・・。」 頭の片隅に不安が過ぎる。この男は信頼出来るのだろうか?瞳を見つめれば、真っ直ぐに見つめ返してきた。 「構いません。このお屋敷にご滞在なさるのなら、明日からこちらに参りましょう。」 『大丈夫かな?』 ただの親切心では無さそうだ。だが―――他の選択肢は無い。覚悟を決めた。 「ありがとう御座います。」 深々と頭を下げると、男も頭を下げた。 「では、失礼致します。」 「あっと、待って下さい。」 立ち去りかけた男に慌てて声を掛けた。 「何で御座いましょう?」 「えっと、お名前、何でしたっけ?」 一度聞いた筈だが、忘れてしまった。 「あぁ。」苦笑。「私は源氏の武士、源頼忠と申します。」 「源さん。」 「頼忠、で宜しいですよ。」 「頼忠さん。明日から宜しくお願いします。」 「分かりました。」 再び頭を下げると、静かに立ち去った。 「・・・・・・・・・。」 膨れっ面としか言いようの無い顔。深苑がもう用は無いとばかりに黙って立ち去る。 「神子様、本当にありがとう御座います。」 紫姫は何度も何度も礼を言って下がって行った。 「龍神の神子、か。」 門を出た頼忠は立ち止まって振り返った。院の元にいる平家の姫とあの幼い童のどちらが真の龍神の神子なのか、頼忠には分からない。それを判ずるのは院であり、武士団の棟梁だ。頼忠はそれに従うだけ。 だが、龍神の神子を名乗る以上、放って置く事は出来ない。頼忠が属しているのは院直属の武士団であり、その院は平家の姫を龍神の神子と認めているのだ。院を仇なすのが目的で名乗り上げたのだとしたら。 「・・・・・・・・・。」 迷子の子猫のような瞳で頼忠に助けを求めて来た童がそんな大それた謀(はかりごと)を企(たくら)んでいるとは思えないが、誰かに利用されている可能性もある。 「棟梁に報告しよう。」 頼忠を見た童の顔が強張っていたのは、謀が始まった緊張からだったのか、それとも話の通り知らない世界に来てしまった事への怯えだったのか、どちらだろうと考えながら棟梁の屋敷へと向かって歩き出した。 「はぁ・・・・・・。大変な事になっちゃった。」 静かな室に一人取り残された花梨は、ため息をついた。 ここには知り合いなど一人もいない。逃げたいと思うが逃げられる場所などどこにも無い。雨露しのぐ屋敷、寒さから身を守る服、空腹を満たす食べ物の確保。それを望むなら進む道はただ一つ、明日から龍神の神子フリをするしかない。偽者だとバレる前に、帰る方法を探そう。それまでは何がどうなるか、出たとこ勝負。 「私の名前は坂倉りん。男の子。」 自分に暗示を掛けるように何度も繰り返す。髪は短い。それにこの世界の衣はたっぷりとした上着を重ね着している。バレやしないだろう。 「私、よりも、ボク、の方が良いかな?―――うん、そうしよう。ボクは坂倉りん。ボクは坂倉りん。」 パシンと頬を叩いた。 「よし、寝よう。」 諦めもあり、開き直った。褥に潜り込んだ花梨は疲れもあり、すぐに深い眠りへと沈み込んでいった。 |
注意・・・ゲーム初日。男装の麗人・・・。 |