『―――虹―――』



花梨が室に入ると、彰紋とイサトが駆け寄って来た。
「花梨さん。大丈夫ですか?ご気分はいかがですか?」
「おい、こらっ!こんな遅くまでふらふらしているヤツがいるか!?」
「ひゃっ!」
首を竦める。
「イ、イサト殿。そう怒鳴りつけては・・・・・・。」
泉水が慌てて宥める。
「お前もお前だ。」勝真が頼忠を睨んだ。「倒れたと知っていたんだろう?黙って後をくっ付いていないで引き摺ってでも連れて帰って来い。大事な神子殿だと言うのなら。」
「・・・・・・・・・。」
「違う、頼忠さんは悪くないの!」黙っている頼忠に代わって花梨が慌てて弁解する。「私が帰りたくないって駄々を捏ねていたの!」
「神子様・・・・・・・・・、申し訳ありません。」
「わっ。」泣きそうな紫姫に気付いて更に弁解。「色々と思う事があって一人で静かに考えたかったの。」
「考えは纏まったかい?」
「うん。もう大丈夫。」
「しかし、考えるのは室の中で休みながらでも出来たのではありませんか?」
「う・・・。ごめんなさい。反省しています。」
「反省しているなら、それで良い。」気を読む。「気が安定している。お前にとっては必要な時間だったのだろう。」
「そうなのか?」勝真は意味を理解出来ず、首を捻る。「だが、心配掛けた事には変わりない。もう二度としないと約束すれば、許してやる。」
「うん、もう無理も無茶もしない。」頷く。「休む事も神子の務めだと解ったから。」
「ほう?」艶っぽい瞳で見つめる。「では、明日は私と一緒に休んでくれるね?君と二人でのんびり過ごしたいと思っていたのだよ。」
「え?」どぎまぎ。「えっとぉ・・・・・・ふ、二人で、です、か?」
さっきはみんなでって言っていた筈なのに。何時ものおふざけだと解っていても、こんな瞳で見つめられたら落ち着かない。
「翡翠殿!」幸鷹が怒鳴った。「神子殿をからかわないで下さい!」
「本心、なんだがねぇ。」
「そうだとしたら余計悪いです!」
「ゆ、幸鷹殿・・・。」彰紋が困って宥める。「翡翠殿とって、これが花梨さんの緊張をほぐすやり方なんです。」
「こういう方なのは知っています。しかし―――。」
「でな。」呆れた勝真、幸鷹の事は放って話を進める。「今日、休まなかった罰だ。明日は一日休め。」
「おう。」イサトが続ける。「抜け出さないように、オレ達が全員で見張るからな。覚悟しろよ?」
―――貴女を傷付けようとする者全てから、きっとお守り致します―――
―――ごめんな。お前ばかりこんな目にあわせちまって―――
―――私達はみな、あなたの身を心から案じているのです―――
―――あなたをお守りする事が出来ただけで嬉しいです―――
「・・・・・・・・・うん。」
「やけに素直だな。」
「何か心境の変化でもあったのですか?」
「え?あぁ、ちょっとね。―――ふふふ。」
「何を笑っている?」
―――落ち着け。俺がついているから―――
―――僕でよければ何でも相談して下さいね―――
―――危なっかしい姫君だ。これでは放って置けないねー――
―――力が無いと嘆くよりも、今持っている力を最大限使えば良い―――
「え?別に何でもないよ。うん。」
ずっと気遣ってくれていたんだね。もう大丈夫。一人じゃないって分かったから。
「そうか?」
「ふふふ。」
何時か、八葉を守る神子になるから。みんなの望みを叶えるから。
「・・・・・・・・・?」
「気味の悪いやつだな。」

「それはそうと。休んだ後は、白虎の札だな。」
勝真が思い出したように言った。
「うん。頑張ろうね。」
「いえ、花梨さんは無理をなさらないで下さい。その分、僕達が頑張りますから。」
「え?でも・・・・・・。」
「八葉は神子の道具。お前が神子なら、八葉だと言う我らを使いこなせ。」
「八葉が道具ってそんな言い方って無い!」
「不満か?」
「私は一緒に頑張ろうって言っているんです!」
「道具という言い方は感じ悪いが、お前は少し手を抜いて俺達を頼れと言っているんだ。何の為に俺達がいると思っているんだ?」
「君の代わりはいないのだからね。私達よりも自分自身の事を労わりなさい。」
「大丈―――。」
「・・・・・・神子殿。」
「う・・・・・・。」少し咎めるような口調の頼忠に、首を竦めた。「はい・・・無理は致しません。」
「その言葉、忘れてはいけないよ。」
「約束ですよ。」
「そうそう。今度約束を破ったら説教だけじゃすまないからな。」
「約束とは果たされるべき誓い。形にされた言の葉は守らねばならない。」
「・・・・・・・・・うん。」
脅しているような口調でも、この人達は優しい。―――嬉しい。

「あの。」紫姫の顔色を窺いながら泉水が尋ねた。「外では一緒に出掛けた者が神子を守るとして、屋敷の中ではどう致しますか?」
「結界を張っているから屋敷の中は安全だって深苑くんが言っていたけど?」
「・・・・・・その深苑から守るんだろう?」
イサトが花梨の頭に手を乗せた。
「もう気にしないから―――。」
「そう言って倒れたのは何回目だ?」
「えっと・・・・・・。」
「あの者は院の神子の力に魅せられている。我らが何を言おうと考えを変えさせるのは難しいだろう。」
「子供と言うのは性急に結果を求めるからね。私達の言葉をそう簡単には受け入れられないだろう。」
「そうですね。今日、いろいろと注意致しましたが。」幸鷹が額に手を当てて考え込む。「深苑殿は幼いながらも頑固ですし思い込みも激しいようですから、何か対策を立てた方が宜しいでしょうね。」
「対策か・・・・・・。」勝真が考えながら首を回すと一人の男の顔が目に入り、そして一つの案が閃いた。「おい、頼忠。」
「何だ?」
勝真の呼び掛けに不機嫌そうに答える。
「お前はこの屋敷の警護を担当しているんだったな。」
「あぁ。」
「庭じゃなくてこいつの後ろに居ろ。」
花梨を指差す。
「・・・・・・・・・。」
「深苑が近くに来たら睨め。威嚇しろ。」
「待って!何て事を言うの!?」
「解った。」
「ちょっと頼忠さんまで!」
花梨は慌てて二人を止めようとするが。
「無言の圧力、ですか。」彰紋がちらりと頼忠の眼を盗み見。そして頷いた。「確かに効果ありそうですね。」
「それは良い考えですね。」幸鷹が微笑んだ。「深苑殿は賢いですから、私達の意図を見抜いてくれるでしょう。」
「でも失礼だよ?深苑くんは深苑くんなりに頑張ってくれているんだし。」
「いや、これは妹姫の為でもあるのだよ。」
「紫姫の?」
「そう。」翡翠が優しく説明をする。「若君が君に対して厳しい事を言うと、君だけでなく紫姫も心を痛めているのだから。」
「それって・・・・・・・・・。」反論出来ないけど。でも。『屁理屈。』
納得出来ずに頼忠の顔を見ると。
「・・・・・・・・・。」
お守り致します、お任せ下さい、とばかりに頷いた。
『いや・・・・・・そうじゃなくて。』本音を言えばちょっと・・・じゃなくてもの凄く嬉しいのだけど。でも。『今度は私を守ろうとして紫姫を追い詰める事にならなければ良いけど・・・・・・。』
「神子様。」花梨の視線に気付いて顔を上げた。「私の事はお気になさらなくとも大丈夫ですわ。」
「大丈夫?深苑くんはお兄さんだもん、無理しなくて良いんだよ?」
「いえ。星の一族の役目は神子様がお役目を滞りなく果たされるようにお助けする事ですから。」
「・・・・・・・・・。」
「神子様は一緒に頑張ろうとおっしゃって下さいました。私も頑張りたいのです。神子様のお役に立ちたいのです。」
「ありがとう。」そして、ごめんね。「二人で頑張ろうね・・・・・・・・・。」
「はい。ありがとう御座います。」
にっこり、でも少し辛そうに微笑んだ。
「・・・・・・・・・。」


「あの・・・。」泉水が心配そうに話し掛けた。「御眼が腫れています。一刻も早く冷やした方が宜しいのではありませんか?」
「あっ。」しまった!「大丈夫だよ。」
誤魔化そうと顔を伏せたが。
「まぁ!申し訳ありません。すぐに用意致しますわ。」
紫姫が慌てて女房達に指示をしに室を出て行く。
「そ、そんな大した事無いのに・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」翡翠が近付き、花梨の眼のすぐ下をそっと優しく撫でた。「可哀想に。こんなに腫れるまで涙を流すとは。」
「え・・・・・・?」どぎまぎ。「だ、だから大丈夫だと―――。」
「今度哀しい事があったら私を呼んでおくれ。いくらでもこの胸をお貸しするから。」
そう言って、手を胸に当てる。
「―――は?」
「抱き締めて差し上げよう。」
「えっとぉ・・・・・・・・・?」
胸?翡翠さんの胸で泣くの?何で?
「翡翠殿!」
「翡翠!!」
「おい、何言ってやがんだ?このスケベおやじが!!」
「・・・・・・・・・?」
意味が良く解らず首を傾げる。と、頼忠が視界に入った。
「・・・・・・・・・。」
何やら眉間に皺を寄せて考え事をしている。と、大きな手が動き、胸の辺りにある黒っぽい染みを押さえた。
「・・・・・・・・・。」
「っ!」一瞬眼が合う。だが、すぐに逸らす。「・・・・・・・・・。」
『頼忠さん?』
「姫君の涙を受け止めるのは、恋人の役目だろう?」
「え?恋人?」先ほどの黒っぽい染み、それの原因が自分だという事に気付いた。「―――あ。」さぁ〜と頬に血が上る。翡翠の言葉ではないが。でも。『頼忠さんの胸で泣いちゃった・・・・・・。』
「やはり翡翠殿を信用するのは難しいですね。」幸鷹が顔を顰めた。「神子殿をあなたからもお守りせねばならないようです。」
「おい、こいつを何とかしろよ!?」
イサトが彰紋に食って掛かる。
「翡翠殿。そんなに花梨さんを困らせては・・・・・・。」
「翡翠。いい加減にしろよ。」
「折角安定したこの者の気を乱すな。」
慣れている他の地の四神が顔を顰めて注意するが。
「はははは!」責めなど全く気にせずに、真っ赤な茹蛸のような花梨を見て豪快に笑う。「やはり可愛い姫君だ。」
「〜〜〜〜〜〜。」
抱き締めてはくれなかったけど。慰めの言葉を言う事も無かったけど。でも泣き止むまで、気が済むまで黙って受け止めてくれた。
「神子殿。翡翠殿の言う事などまともに聞いてはいけません。」
「こんな遊び人風情の男なんか相手にすんじゃねぇ。」
「あ、あの・・・お気になさる必要は無いかと・・・・・・。」
「そう、じゃなくて・・・それは大丈夫なんだけど・・・・・・。」心配する天の四神の言葉を否定するが。でも、心を優しく包み込んでくれた人の存在が大きくなり始めて。「う〜〜〜〜〜〜。」
暴れ出した心臓を少しでも大人しくさせようと、ペタリと座り込み、袖に顔を埋めて視界からその人の姿を追い出した。
「はははは!」
「翡翠!」
「翡翠殿!」
「神子?大丈夫ですか?」
「花梨さん!気分が悪いのですか?」
『ど、どうしよう・・・・・・・・・?まともに顔を見られないよ・・・・・・・・・。』
「薬師か陰陽師を呼んで―――。」
「ここにいる。」
「あぁ、泰継殿。で、どのような具合で―――。」
「気が乱れているが、問題無い。」
「問題無いとはどういう事だ?」
「肉体的には問題無い。精神的に動揺しているだけだ。」
「神子殿?落ち着いて下さい。」
「花梨?おい、花梨。大丈夫かよ?」
「翡翠さんのばかぁ〜〜〜〜〜〜。」
頭を振るだけ。
「おい、翡翠。笑っている場合か?」
「はははは!」


そんな騒ぎの中、頼忠は一人離れて翡翠を睨み付けていた。
「・・・・・・・・・・・・神子殿。」
この男の言葉に真っ赤になって動揺してしまった少女。突如湧き上がった怒りに戸惑い、未だ乾ききらないその湿った部分をぎゅっと握り締めた―――――。






注意・・・『雨のち晴れ』の続編。副題・自覚と嫉妬。

あそこで終わりにした方が良い気もしたのですが、『花梨→頼忠、頼忠→花梨』にしたかったので。

ちぢゅやー様。
コメディでもほのぼのでもなければシリアスでもありません。ただ真面目なだけの内容となってしまいました。
課題内容は入っておりますが・・・・・・こういう話で、お許し下さいますか?

創作過程

2006/02/27 02:41:14 BY銀竜草