『―――3―――』 |
「・・・・・・遅いな。」 イサトがぽつりと呟いた。 「そうですね。今日、倒れられたのに心配ですね。」 顔を曇らせて泉水も呟いた。 「帰り辛いのだろう。心配掛けてしまったと、また自分を責めているのだろうね。ところで一つ訊きたいのだが。」天の四神三人の顔をぐるりと見回した。「君達は姫君が故郷に帰る手助けをしてあげているのかい?それとも、京を救う龍神の神子の手伝いをしているのかい?」 「翡翠殿?何をおっしゃっているのです?」 「いや。以前から、力を貸してくれと頭を下げる姫君に違和感を覚えていたのだよ。」 「だから?」 「姫君はこの京の人間ではないのだろう?」 「だから何だって訊いているんだよ?」 「君達が京を救おうとする理由は何かと思ってね。」 「それ・・・は・・・・・・・・・。」 「誰が誰に力を貸しているのかと疑問に思っただけさ。」 皮肉っぽい口調で言い捨てた。 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 三人だけでなく、彰紋と勝真も一緒に考え込んでしまう。京を救う理由は。 「翡翠。お前はどうなのだ?」 ただ一人、泰継が尋ねた。 「さて、どうだろうね。」長い髪を後ろに払った。「私にはこれが上手くいかなくても、失うものは何一つ無いからね。京の滅びをこの眼で見るのも一興だと思うのだよ。」 「翡翠殿!?」 「だが、押し付けられた役目を果たそうと必死になっている姫君の姿を見ていたら、放っては置けなくてね。彼女の願いを叶える手助けをしたいと思い始めているよ。」 「神子殿の・・・・・・願い?」 「花梨の、願い・・・・・・?」 「どんな事でも良いのだよ。京を救おうが滅ぼそうが彼女自身の願い、ならばね。」 「京を救おうとする理由・・・・・・・・・。」 ぽつりと彰紋が先ほどの翡翠の言葉を繰り返した。 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「京を救おうとする理由・・・・・・・・・。」 一頻(ひとしき)り泣いて顔を上げた花梨も、翡翠の言葉を繰り返した。 「神子殿?」 「・・・・・・・・・。」 私が頑張っているのは何故だろう?困っている人を放って置けない。救いを求める手を振り解く事は出来ない。それは本心だけれども。でも一番の理由は、やっぱり自分の世界に帰りたいからだ。生まれ育った世界、家族友人がいるあの世界に。 「でもそれは・・・・・・高倉花梨の願い・・・・・・・・・。」龍神様は京の守り神。京の人々の願いを叶える神様。「だから・・・・・・駄目なのかな?」 怨霊を祓うのも、その土地土地の力を取り戻すのも、龍神の神子の役目だ。だけど、私の願いは神子の願いではない。 「・・・・・・・・・。」 考え込んだ花梨をただ静かに見守る。 「・・・・・・・・・。」 そんな気持ちを敏感に感じ取って、私が神子である事を不安に感じているのかもしれない。深苑くんも地の八葉のみんなも。 「・・・・・・・・・。」 力が無くても、それでも信じてくれる人がいる。守ろうと必死になってくれる人が。私は、その信頼に応えているのだろうか?私に、その価値があるのだろうか? 「頼忠さんは・・・・・・どうして私を助けてくれるの?」 「私は八葉です。八葉は盾となり剣となりて神子を守る者であり、龍神の神子に従い願いを叶える者です。」 「どんな願いでも、叶えようとするの?」 「はい。」 「もしかして、悪い事だと解っていても叶えようとするの?」 「はい、ご命令とあらば。」 「嫌な事でも?」 「主の命令は絶対ですから。」 「・・・・・・・・・。」 「神子殿の望みを叶えるのが、従者としての私の役目なのです。」 「・・・・・・・・・。」 従者としての役目。でもそれは主従関係であり、頼忠さんと私は対等ではない。神子を信じていると言っても、頼忠さんの心で動いているのではない。 「しかし貴女は、その力を個人の欲の為にはお使いにならないでしょう。そんな貴女が龍神の神子で良かったと――――――。」 「え?」 「っ!」顔色を変えた。「申し訳ありません。差し出がましい事を申しました。」 「それは良いんですけど・・・・・・・・・。」 今のは・・・頼忠さんの意見?もしかしたら・・・私はまだ、本当の意味での神子では・・・・・・ない? 「花梨さんをお助けするのは・・・・・・帝をお助けしたいから・・・・・・・・・。」 「あいつの目的と俺達の願いが一致した事に、変わりは無い。願いを叶えてくれるのなら、あいつが無事に帰れるようにどんな手助けでもする。」 「役目を果たさぬなら、龍神の神子を名乗る資格は無い。」 地の八葉、三人の答え。それを聞いた天の八葉の三人、顔を見合わせた。 龍神の神子の力を借りている。 龍神の神子に力を貸している。 神子の手助けをするという行為は同じでも、意味は大きく違う。でも、京が滅んで困るのは・・・・・・誰だ――――――? 「龍神に救いを求めたのは、確かに京に住む我々です。滅びたくはありませんから。その願いを叶える力を持っているのが龍神の神子だけだから、叶えて下さるから、神子殿をお助けしているというのは事実です。」心に抱く正直な感情が正確に伝わるよう、幸鷹は慎重に言葉を選ぶ。「それでも、彼女ご自身にお困りの事がおありでしたら力になりたい、その気持ちも本当なのです。」 「そうだな。あいつが喜ぶ事をしてやりたいって思っている。京を救う以外の事でも。」 「はい。どんな望みでも叶えて差し上げたい、そう思います。」 天の八葉、三人の答え。それを聞いた地の八葉の三人、顔を見合わせた。 高倉花梨の力を借りている。 高倉花梨に力を貸している。 ―――私を龍神の神子と信じていなくても構わない。京を救う為に力を貸して――― 京を救う事が出来るのは、龍神の神子だけ。でも、京は誰のもの?救う努力をしなければならないのは・・・本当は・・・・・・誰なんだ――――――? 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 八葉としての自覚がある天の八葉、まだ信じてはいない地の八葉。どちらにせよ、私は彼らがどういう人達なのか、全く知らない。そして反対に、高倉花梨という名前の人間がどういう気持ちでいるのかを彼らは気付いていない。隠していたのだから当然だけど。 「・・・・・・始めからやり直そう。」 私が龍神の神子に選ばれたのは、何か意味があるのだろう。私も自分の事ばかり考えていては駄目だ。彼らは色々と優しい言葉を言ってくれたのに、私には届いていなかったのだから。 「え?神子殿?」 「京という町の本当の姿を知らないと。」 ただ闇雲に動き回るのでなく、周りを見ないといけない。理解しないと。何故私が選ばれたのか、何故私が救うのか。その答えが見付からない限り、私は京を、みんなを、心から救いたいと思わないだろう。 「・・・・・・・・・。」 「それには・・・・・・もっと話し合わないといけないのかも。」 「・・・・・・・・・。」 輝く瞳に、頼忠は魅入っていた。 「勝手な頼みだが。」翡翠の言葉を繰り返し考えていた勝真が紫姫に頭を下げた。「花梨を宜しく頼む。この屋敷で安心して過ごせるように面倒を見てくれ。」 「お約束致します。今度こそ神子様にきちんとお仕え致します。」 「いや、それが紫姫には大変な苦労だとも解っているんだが。」大きく息を吐き出した。「住んでいる屋敷の中でも緊張しているんじゃ、花梨が可哀想だし申し訳ないからな。」 俺が言っても説得力は無いが、と小声で付け足した。 「あの者に対して配慮する事を怠っていたのは、深苑だけではない。」 「そうですね。花梨さんお一人に京の運命を背負わせているのですから、私達がお守りしなければ。」 普段意見らしい事など口にしない泉水がきっぱりと言うと、彰紋は驚き、少し眼を見開いた。 「だったら明日一日、お休みにしないかい?お疲れだろうからね。」翡翠が提案をした。「あの姫君は出掛けると言うだろうから、私も一緒に休むと言おう。」 「ご一緒に、ですか。」 「幸鷹殿。そんなに警戒するのなら、君も一緒に過ごせば良いじゃないか。」 「えぇ。言われなくてもお伺いさせて頂きます。神子殿に無礼を働かないか、あなたを見張りましょう」 「失礼な事を言うねぇ。」 苦笑。 「それでしたら、紫姫もお休みと言う事で。」彰紋も紫姫に微笑み掛けた。「色々と苦労して疲れているのは同じでしょうから。」 「心労の原因も同じだ―――。」 どかっ! 「一言余計だ。」 「いってぇなぁ。」 隅で勝真とイサトが喧嘩。 「いえ、私の事はお気遣い無用ですわ。兄様は私に対しては優しいのですから。それよりも神子様をお守り下さいませ。」 「よし、任せろ!このイサト様が深苑から守ってやるぜ。」 どかっ! 「いてぇと言っているだろう!?」 「だから一言余計だって言っているだろう?紫姫を苦しめてどうするんだ!」 そんな喧嘩をしている二人を泰継は完全無視。 「あの者が龍神の神子だと言うのなら、八葉とも星の一族とも絆を深めるが良い。」 「でしたら皆様もご一緒に。」 「一緒に、ですか。」 一人に視線を送ると、緊張した面持ちで泉水が呟いた。 「立場や考えが違うからといって頭から否定するのはいけないとは解っているのですが・・・・・・。」 幸鷹も顔を顰める。 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 他にも何人かが顔を顰めたが。 「八葉が心を合わせてこそ、神子様をお守り出来るのです。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 今度は困ったように考え込む。 「まだ自分が八葉だとは信じちゃいないが。」天の八葉の三人をチラリと見る。「面倒を見てくれと頼んだ俺が勝手な真似をするわけにもいかないな。」 「私を八葉だと信じているなら、それも良かろう。」 「まぁ、姫君にこれ以上の心労を掛けるわけにもいかないからね。」 「そうですね、花梨さんの為ですから。明日は僕達もお伺い致しますね。」 チラリとイサトを見る。と、イサトはソッポを向いた。 「・・・・・・・・・。」 「無理に、とは申しませんが・・・・・・・・・。」 紫姫が涙目で言う。 「・・・・・・・・・。」 気まずい空気が流れる。と、考え込んでいた幸鷹が口を開いた。 「神子殿が帝を呪っている怨霊を調べ始めた頃、穢れを受けて倒れられた事がありましたね。その時、私はお守り出来なかった事を悔やみました。」その時の事を思い出し、苦しそうな表情を浮かべた。「同じ失態は繰り返さないと誓ったのですが・・・・・・。」 「・・・・・・これじゃ深苑をとやかく言えねぇな。」イサトも同じ誓いを立てていた事を思い出し、反省の表情に変わった。「我が儘を言って何かあってからでは悔やんでも悔やみきれねぇ。花梨がこいつらと仲良くして欲しいと思っているなら、努力するよ。」 「そうですね。私ごときではお役に立てる事はあまりありませんが、せめて負担にならないように致します。」 「神子殿が心を痛めているのは深苑殿の態度だけでは無い事は知っています。」決心が付いたように幸鷹が顔を上げた。「地の四神が神子殿を信じてはいなくてもお守りすると言うのなら、その言葉を信じて我々も勝手を言うのは止めましょう。」 「紫姫。オレ達も明日来るよ。」 「ありがとう御座います・・・・・・。」 「頼忠殿は・・・・・・。」 「頼忠なら大丈夫だろう。」泉水の不安そうな表情を見てイサトが言う。「あいつなら花梨の為って言えば、黙って従うさ。」 「・・・・・・・・・。」 じっと頼忠の顔を見る。 「神子殿?」 「明日、散策はしないけど屋敷に来てくれる?」 「神子殿のご命令とあらば。」 「命令とは違うけど。でも、うん、来てくれるならそれで良いや。」八葉を知る機会、もっと作ろう。先ずは――――――頼忠さんからね。「じゃあ、みんなの所に戻ろうか。」 「はい。」 「うん。―――わっ。」一歩離れようとした花梨であったが、未だに頼忠の衣を掴んでいる事に気付いて驚きの表情に変わった。「ごめんなさ〜い。ぐちゃぐちゃにしちゃった・・・・・・。」 慌てて撫でたり引っ張ったりしたが、皺は消えてくれない。 「大丈夫ですから、お気になさらずに。」 「う・・・・・・。」 迷惑を掛けないと誓ったその次の瞬間からこれか。落ち込みそうになるが。 「さぁ。お疲れでしょうから、もうお戻り下さい。」 「・・・・・・・・・うん。」澄んだ瞳には優しさしかない。これが呆れや蔑みに変わらないように頑張ろう。頼忠さんの本音を引き出せる本当の意味での神子になろう。それが、今日の御礼になるだろうから。「今日はありがとう御座いました!」 ぴょこんと頭を下げると、くるりと後ろを向く。そして大股で歩いて御簾に近付くと、元気良く御簾を捲り上げた。 「ただいま!心配掛けてごめんなさいっ!」 「・・・・・・・・・。」 先ほどまで泣いていたのが信じられないようなその明るい声に、笑みが浮かぶ。 ――――――今日はありがとう御座いました―――――― ――――――ダメ。頼忠さんは死んじゃダメだからね―――――― 従者に礼を言う不思議な神子。頼忠を気遣う優しい少女。この少女のお役に立てたなら、笑顔を取り戻すきっかけを作ったのがこの頼忠だったなら、嬉しい。 「貴女の全てをお守りするのが、頼忠の望みなのです。」 言葉の意味に気付かないまま、呟く。そして少女の後に続いて室に入って行った。 |
注意・・・ゲーム第2章後半。副題・大反省大会。 深苑が花梨ちゃんを苛めているのに、何故八葉は守ってくれないんだろう、との疑問。 ―――「京を救うのは、神子」 ここで一応終わりですが、続編・花梨が室に入った後の会話があります。 |