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どこかの隙間から入ってきた冷たい風を感じて、頼忠は目が覚めた。 「ふぅ。何時の間にか眠ってしまったか。」 せっかく付き添い役を得られたのに、眠ってしまったのはもったいなかった、と後悔するが、次の瞬間、自分の身体を拘束する何かがあることに気付いた。 ふと見ると。 「み、神子殿?」思考が止まる。 可愛い神子殿が一体なぜこの自分と同じ褥で眠っておられるのか?しかも、腕を この自分の身体にまわしていて、完全に抱き付く格好で。 一瞬、押し倒して無体な真似をしてしまったか、という恐ろしい考えが浮かんだが。 『いや・・・お互いに衣は身に着けているから、それはさすがに無いだろう。』 残念・・・じゃなくて! この恥ずかしがりやの少女が、自分の意思で潜り込んだとはとても信じられないが、だからと言って、眠っている自分が几帳の後ろにいた神子をどうやっても抱き寄せられるとは思えない。 結局、全く状況は解らないが『可愛い。もう少し、このままでいたい。』と思ってしまうのは当然の事で・・・・・・・・・。 しばらく寝顔を楽しんでいたが、そろそろ夕刻で、女房達が騒がしく動く物音が聞こえてきた。 神子を抱き締めて寝ていたら怒られる、のは良いとしても、神子の名前に傷が付くのは困るし気の毒だ。残念だが起きた方が良いだろう、と身動ぎすると、隙間から冷たい風が入ったのか、顔を顰めて更にくっ付いてくる。 抱き付いてくれるのは嬉しいが、今は喜んでいる状況ではない。 そろそろ紫姫が挨拶に来る刻限だろう。自分が起きられないのなら、神子を起こすしかない。 「神子殿。起きて下さい。神子殿。」 「ん〜?あと十分・・・。」 「じゅっぷん?」それがどの程度の時間なのかは分からないが、もうゆっくりしている余裕は無い。 「もう夕刻ですので、一度起きて下さい。」 「ん〜〜〜?」花梨はやっと目を開けたが、まだ寝惚けているようでぼんやりしている。 そんな様子が可愛くてクスリと笑みを零してしまうが。 「あれ〜〜〜?頼忠さんだぁ!」と嬉しそうに笑みを浮かべて背伸びをした。そして。 ちゅっ。 「?!?!?!?!?!?!」 いきなり唇が重ねられて固まっている頼忠とは違って、花梨はコトンと再び眠りに付いてしまう。―――頼忠に抱きつきながら。 そして、たっぷり一分後。 「う〜〜〜ん?」 花梨は小さく欠伸をして眼を開ける。そして、自分が抱き締めているモノが何か、確かめ始めた。首を傾げながらペタペタと身体、顔、頭に触れる事一分。 『あれ、私、頼忠さんと一緒に寝たっけ?』 まじまじと頼忠の顔を見つめる事、更に一分。 そして―――。 「きゃあ―――――――――っっ!!」 花梨の叫び声が響き渡った。 付き添いは出来なかったとは言え、やっぱり二人の様子が気になるから物忌みが終わる頃、八葉達が続々と集まって来ていた。 無事な姿を確認するために挨拶に伺おうかと立ち上がった時に聞こえてきた、花梨の叫び声。 その瞬間、八葉と紫姫は走り出した。 「「「「「「どうしたっっ?!!」」」」」」 「神子様っ!?」 部屋に飛び込んだ八葉達と紫姫が見た光景は。 紅い顔をして呆然と褥に座っている頼忠。その側の几帳は倒れている。 そして部屋の隅には、花梨が大きな瞳を更に見開いて呆然と座り込んでいたが、その姿は、髪も衣も乱れに乱れていて―――――――――。 この状況は。あの姿は。 ・・・・・・まさか。頼忠が・・・したのか? 頼忠が、花梨を、襲ったのか?! 「花梨さん?」 「神子、大丈夫ですか?」 「神子様、ご無事ですか?」 彰紋、泉水、紫姫は花梨の傍に駆け寄った。 「・・・・・・・・・・・・。」花梨は小刻みに震えながら紫姫にしがみ付いたが、何も言わない。と言うより、何も言えなかった。 寝ている間の記憶が無い状態だったとは言え、頼忠に抱き付いて寝ていた、だなんて言える筈が無い。 「神子様?何がありましたの?」 「・・・・・・・・・・・・。」恥ずかしいやら、頼忠に申し訳ないやら、出来る事ならこの場から逃げ出したい心境だった。 そんな状態の花梨の様子は、みんなの疑惑を確信へと変えてしまう。 「「頼忠っ!?てめえ、花梨に何をしたっっ?!」」 勝真、イサトは頼忠の胸倉を掴み、幸鷹、翡翠、泰継がその周りを取り囲む。 「・・・・・・・・・・・・。」頼忠は困ったように花梨の方を見ているが、何も言わない。 ずっと眠っていたのだから、説明出来る筈も無い。ましてや、知らない内に神子がこの自分に抱き付いて眠っていて、起きたと思ったら「接吻」してきたとは! だが、そんな頼忠の態度は勘違いしている男たちの怒りを増すだけ。 「頼忠、花梨に何をしたっ!」 バシッッ! 突然、勝真が頼忠を殴り倒した。 と、ここでやっと花梨は今の状況を理解した。―――つまり、頼忠が自分に対してとんでもない事をしたとみんなが勘違いをしていると。 「違う、違うの。」小さいながらも何とか声を出す。「あのね、頼忠さんじゃないの。」 遠くにいる勝真たちには声は届かないが、側にいる泉水たちには聞こえる。 「神子?何とおっしゃられたのですか?」 「花梨さん、頼忠ではないと言うのですか?」 「頼忠さんは何もしていないの。」 「頼忠ではないって・・・・・・。」 そう花梨が言っても、物忌みには花梨と頼忠の二人しかいなかったのだから、頼忠以外、誰が花梨を襲うと言うのか。第三者が襲おうにも付き添っている頼忠が命に代えても守る筈で、とても信じられない。 「なぜ頼忠を庇うのです?」 「庇ってなんか――――――っ!」 バシッッ! 再び頼忠を殴る音が響いた瞬間、花梨は反射的に走り出し、殴る勝真の背中にしがみ付いた。 「頼忠さんは何もしていない!何も悪い事なんてしていないのっ!」 「うわっ!花梨、しがみ付くなっ!」 勝真は、いきなり花梨にしがみ付かれて慌てる。 だが、他の者達は花梨の言葉の方が気になる。 「頼忠ではないと言うのなら、誰が神子殿を襲ったのですか?」 襲われたというのになぜ襲った者を庇うのか?苛立ちを隠さずに言う、幸鷹のその剣幕に煽られ、花梨は思わず叫んだ。 「頼忠さんじゃなくて、私が頼忠さんを襲ったのっ!!」 次で本当に終わりです。本当にっ! |