『―――ウサギと狼―――』 |
何がどうなったのかよく解らないまま、結局花梨の物忌みの付き添い役はまたもや頼忠に決まった。 当然、他の八葉達のショックは大きい。 六人が口を開く元気も無くして無言で歩いていたのだが、ただ一人、ある疑問を抱いていた。 そして、躊躇いも無く他の六人に尋ねた。 「看病をする者とされる者、特別な感情が生まれ易いというのは本当か?」 「「「「「「・・・・・・・・・・・・。」」」」」」 微妙な空気が流れる。 「本当か?」 「と、特別な感情って・・・・・・・・・・。」 「嫌な事言うなよ?」 彰紋と勝真が眉を顰める。 「違うのか?」 「それは確かによくある事だよ。同情やら感謝の気持ちを勘違いしやすいのかな。」 翡翠はさすが海賊、そっち関係には詳しい。 「では、あの二人はどうだ?」 「頼忠は解りやすいな。花梨にベタ惚れだろ?」勝真が言う。「花梨は・・・・・・・・・。」 一斉に黙り込む。 頼忠が一番傍にいる事もあって、花梨は何かある度に話し掛けるし頼み事をしている。 嫌ってはいないのは確かだ。それどころか――――――。 『『『『『『・・・・・・・・・・・・。』』』』』』 「ところで。特別な感情とはどういうものだ?」 「「「「「「えっ?」」」」」」言葉に詰まる。 『『『『『『お前、知らないで訊いたのか?』』』』』』 これの説明をするのか?誰が? チラチラと六人は顔を見合わせるが―――何時の間にか、五人が玄武の相方、泉水を見る。 「えっ?わ、私、が?」どもってしまうが。 「どういう感情だ?」泰継までが泉水に尋ねる。 「ふぅ・・・・・・。」一度大きく深呼吸すると、泰継に尋ねる。「あ、あの・・・・・・。屋敷で会う女房達や町の女人たちに対する感情と神子に対する感情は、泰継殿は同じですか?」 「違う。」 「神子に対する感情とは、どういうものですか?」 「神子の事を考えるだけで暖かくなる。傍にいたいと思う。」 「そ、そうですか。」泉水を含めて、その率直すぎる言葉に六人とも顔が赤くなってしまう。「そういう感情です。」 「つまり、ですね。」幸鷹が困ったように付け足す。「元々嫌っていないのですから、神子殿がそういう感情を頼忠に抱く可能性が高い、という事です。」 「頼忠の奴、これを絶好の機会にするつもりだったりして?」 イサトが茶化すように言うと。 「それは嫌だ。」間髪入れずに泰継は言う。「邪魔をしよう。」 「「「「「「えっ?」」」」」」 それは自分だって同じ気持ちだが、でもどうやって? 「傷が治らなければ何時までも神子は気にかける。特別良く効く薬草を煎じよう。」 「「「「「「・・・・・・・・・・・・。」」」」」」 なんだ、そんな事か。だが。 頼忠が起きていると・・・・・・なんだから・・・・・・・・・だったら・・・・・・・・・・・・。 『『『『『『他に出来る事は・・・・・・?』』』』』』 チラチラと表情を探りあう。 「邪魔、という事ではありませんが。」幸鷹が意味深に言う。「頼忠にはせっかくの機会ですから、ゆっくりと休んで欲しいですね。」 「そうそう。あいつは毎夜警護をしていてあまり寝ていないしな。」 「傷が悪化したら、花梨が悲しむし。」 「そうしたら、八葉の役目も果たせなくなりますしね。」 「頼忠の怪我の具合が心配ですね。」 「あいつが倒れるのは困るな。」 幸鷹、勝真、イサト、彰紋が心にも無い事を次々と言う。 「それでしたら、院が使っておられる痛みを和らげる薬を分けて頂きましょう。」 「帝が持っている睡眠薬は、さすがに良く眠れるようです。」 「気分を落ち着かせる香を持っているのだが、使うかな?」 泉水、彰紋、翡翠が思わせぶりに言う。 七人は顔を見合わせると、相手の瞳が自分と同じ光を抱いている事を確認し、準備をする為に無言で別れた。 次の日の朝。―――花梨の物忌みの日。 八葉から次々と品物が届けられた。 薬湯、薬、香、花、栄養のある食べ物等など。 「うわぁ!みんな優しいですね?こんなに気を使ってくれるなんて。後でお礼を言わなきゃ!」 「・・・・・・・・・・・・。」 大喜びの花梨とは対照的に、頼忠は浮かない表情だ。 「よく喧嘩はしているけど、頼忠さんの事心配なんですね。やっぱり仲間なんだなぁ。」 「・・・・・・・・・・・・。」 この自分が付き添い役に決定した事を納得した人間はいない。この贈り物も、何かウラの意味があるように感じられるのだが。 『こんなに喜んでおられると、何も言えないな・・・。』 「このお香は気分を落ち着かせてくれるんだって。焚いてみましょうか?」 「これは身体を温める効果があって、こっちは栄養価が高い。で、それは血行を良くするんだって。全部残さず食べて下さいね?」 「はい!傷に良く効く薬湯と痛みを和らげるお薬と緊張を抑える薬だって。」 笑顔の花梨から手渡されてしまえば、嫌だなどと言える筈も無く・・・恐る恐る薬、薬湯を飲み干した。 『毒はさすがに飲ませはしないだろう。』との望みを抱いていたりするのだが。 「はい、温石。じゃあ、今日はゆっくり寝て下さいね?」褥に追いやられる。「几帳の後ろにいるから、気分が悪くなったり何かあったら遠慮しないで呼んでね?」 みんなの嫉妬は怖いが、花梨に色々と世話を焼いてもらえるのは正直嬉しい。 本当は花梨との会話を楽しみたいのだが。 『私の世話をするのを楽しんでいるようだ。』 と思うと、花梨の心に背いてまで起きているとは言えない。 『神子殿の御傍で眠れる筈がない・・・・・・。』と思いながら目を瞑ったが――――――。 花梨は、几帳の後ろで大人しくしていたが、やっぱり退屈であった。紫姫に借りた絵巻物をとっかえひっかえ眺めてはいたが、すぐに厭きてしまう。 『頼忠さん、寝たかなぁ・・・。』とこっそり几帳越しに耳を澄ますと、物音一つしない。眠っている様子に安心して忍び足で褥の傍に行く。 『私が近付いても起きないんだから、余程疲れているんだろうな。』 みんなが眠りに誘う品々を贈ってきたとは知らない花梨は心配そうに見つめる。そして、頼忠の額に手を当てて、熱が無い事を確認する。 『疲れさせている原因って、やっぱり私だよね・・・・・・。』そう思うと、静かに寝かせておきたい。 だが、物音を立てないでいるには、何もしない事が一番良い方法。 頼忠の寝顔を楽しんではいたが、ただじっと眺めているだけでは睡魔が襲ってくる。翡翠からの贈り物である、気を落ち着かせてくれる香の香りが一層眠りに誘い・・・・・・何時の間にか、花梨はぐっすりと眠ってしまう。 そして、雪の降る季節、寒気を覚えた花梨は眠ったまま温もりを求め――――――。 長すぎてしまったので分けます。うぅぅぅ、一回で終わらなかった・・・・・・・・・。 |