「遅くなりまして申し訳ありません。」
頼忠がこの刻限に来たのは、夜の警護をする為。明日の付き添いを誰がやるのかを確かめる為ではない。―――表向きには。
「大丈夫ですよ!まだ寝ませんから。」
と、花梨は笑顔を頼忠に向けたが。
「あれ?頼忠さん、怪我、しています?」
「あ、申し訳ありません。少々小競り合いがありまして。しかし、掠り傷程度で大した事は御座いません。」
実際にそれ程深くはないのだが、無意識のうちに怪我をしている左腕を庇っていたようだ。
「お前でも怪我するんだな。」勝真が違う意味で感心して言った。
「あぁ。奴は刀の手入れを怠っていたようだ。ポキンと折れたのだ。」
「ふう〜ん・・・・・・。」
イサトが興味なさそうに気のない返事をしたが。
「手入れしていない刀?」花梨は顔色を変えた。「サビとかばい菌がいっぱい付いている刀の傷?」
ぱっと立ち上がると、頼忠の傍に走りよって正面に座る。そして、左腕を取ると袖を捲り上げた。
「神子殿?」
その腕には布が巻かれていたが、赤黒い血の痕が染み付いていた。
「血がいっぱい出ているじゃないですか!きちんと消毒とか治療はしたんですか?」
「見た目は派手な傷ですが、深くはないのです。武士団の方で治療はしましたので、ご心配要りません。」
宥めるように優しく言うが、花梨は疑わしそうな瞳で見る。
「警護はしなくて良いですから、今夜はゆっくり休んで下さい。」
「いえ、神子殿の御身をお守りするのが私の使命。神子殿はお気になさらぬよう―――。」
「怪我人に守られたくありません。」
「主が従者の心配なさる事はありませ―――。」
バシッ!
「するに決まっているでしょうっ!」頼忠の言葉を遮り、手で床を叩くと叫んだ。「怪我をしている頼忠さんが雪の中、立っていると知っていながら寝られる訳無いじゃないですかっ!!」
「ですから、怪我は大した事は無いのですから大丈夫です。」
「一日ぐらい休んだって良いでしょ?そんなに心配なら他の人に頼んだって。」
密かに慕う少女の寝所を守る役目を他の男にはやらせたくない、との思いから必死で説得をする。
「いえ、この刻限ですと、もう他の者に警護を頼めませんから私が―――。」

「なら、今夜はそこで警護をして下さい。」
花梨が指差した場所は――――――花梨の室の隅、火鉢の前。

「「「「「「「え――――――っっ!?」」」」」」」

楽しそうに二人の言い合いを見物していた他の八葉達が叫んだ。
「お前、自分が何を言っているのか解っているのか?」勝真が慌てて花梨の腕を掴んだ。「寝ている部屋にこいつを入れるのか?」
「御寝所に男を引き入れると言う意味をお解りですか?」幸鷹も花梨の両肩を掴んで自分の方へ無理矢理向かせる。
「狼を傍に置くなんて、わざわざ自分で自分を危険に晒す事無いだろう?」今度はイサトが腕を引っ張った。
「狼って何の事?」
「頼忠の事だよっ!ウサギは好物だろがっっ!!」
「へぇ、頼忠さんってウサギの肉が好きだったんだぁ。」
「意味が違うっ!ウサギはお前だっっ!」
「私、あんなに可愛くないけど。」
「そうじゃなくてっ!」イサトはじれったそうに花梨の頭を小突く。「兎に角!お前の部屋に頼忠を置いとくのは危険だっ!」
「だから何で?何を言っているの?」花梨はみんなに尋ねるが、当然その意味をはっきり言える者などいない。
「危険です。ヒジョーに危険です。」泉水が控え目ながらもきっぱりと言う。
「妙齢の姫君の御寝所に男が入る事は許されません。」彰紋までが真剣に言う。
「頼忠さんだよ?警護だよ?何が危険なの?」
何も解っていない花梨は首を捻るが。
「この男は危険だ。」泰継が断言する。
「姫君は自分の魅力に気付いていないようだ。ある意味、罪深いね。」とは翡翠の意見。
「えっとぉ、みんなが何を言っているのか全然解らないんだけど・・・。」
花梨が頼忠を見ると、頼忠は普段花梨が寝ている場所と火鉢を交互に見ては紅くなったり青くなったりしている。
花梨はその様子を、頼忠の体調が悪いのかと勘違いをした。
「やっぱり、頼忠さんが倒れないかと心配なんだけど・・・・・・。」
「「「「「「「駄目ですっっ!!」」」」」」」
「ひゃっ!」花梨は肩を竦める。

「神子様。」まだ不満そうな花梨に紫姫が説明をする。「妙齢の姫君の御寝所に入り込んだと知られたら、頼忠殿の名に傷が付きます。ですから、それは出来ない事ですわ。」
花梨の名前、評判の方が大切で、頼忠の名前なんか本当はどうでも良いのだが、そう言った方が花梨には効果がある。
頼忠の名前に傷が付く―――それはさすがに避けたい。花梨も渋々ながらもやっと納得をした。
「解った・・・・・・・・・。」
『『『『『『『おぉ〜!さすが紫姫、神子の扱いが上手いっ!』』』』』』』
七人の男が喜んだのも束の間。
「ですから、明日の物忌みには頼忠殿に付き添いをお頼みしてはいかがでしょうか?一日ゆっくり休めますから。」

「「「「「「「え――――――?!」」」」」」」

紫姫のその言葉に再び叫び声が響いた。
「紫姫、何でそうなるんだよっ?!」イサトが怒鳴る。
「神子様は八葉の皆様が無茶をなされるのが嫌だと解りましたから。それを気付かせたのは頼忠殿ですわ。」にっこりと微笑む。「ですから、頼忠殿の勝ち、という事です。」
「「「「「「「うっ!」」」」」」」
「頼忠さんの勝ちって何の事?」
「いいえ、こちらの事ですからお気になさらないで下さいませ。」さり気なく話をそらせる。「それで、付き添いは頼忠殿で宜しいですか?」
「頼忠さんの事だから、休んで下さいとお願いしても仕事か鍛錬か剣の稽古をしちゃうよね・・・・・・。」眉間に皺を寄せて考える。
「うん、分かった。明日一日、頼忠さんが無茶しないように見張っているね。」頼忠を見る。「今夜は絶対に無理しちゃ駄目だよ?」
「頼忠殿が体調をお崩しになられてしまったら、神子様が、明日一日看病をなされたら宜しいですわ。」
「そうだね。私のせいなんだから、そうなったらしっかり看病するよ。」
「・・・・・・看病、ですか?神子殿が?」頼忠はこの急な展開に付いていけない。
「うん!でも、元気でいてくれた方が嬉しいんだけど。」
だが、頼忠と違って紫姫は全て解っていた。
「大丈夫ですわ。神子様が八葉の皆様が無茶をなされるのが苦手だと知ってなお、心配を掛けるような行動をなさる筈がありません!」八葉の全員を見回す。
「そうですわよね?」
しっかり釘を刺す。
「「「「「「「うっ・・・・・・・・・・・・!」」」」」」」
怪我や病気でもすれば花梨が看病してくれるのかと一瞬期待したのだが・・・・・・一見、優しそうな微笑を浮かべてはいるが、紫姫の笑っていない瞳が怖い――――――。


「中に入れないんなら、せめてこの袿を被っていて。」花梨は羽織っていた袿を脱ぐと頼忠の肩に掛ける。「私の女物で悪いけど、雪を被るよりはマシだから。」
「あ・・・有難う御座います。」
心配される事に戸惑いながらもはっきりと嬉しそうな表情を浮かべている頼忠を、他の男たちは恨めしそうに睨む。

何でこんな事になったのだろう?
この勝負、七人で戦っていた筈なのに。
決着は付かなかったのに。
頼忠は挑戦しなかったのに。
どうして勝者が頼忠なのだ?
何時の間に賞品を掻っ攫っていったのか?

「悔しい」を通り越して「泣きたい」気分の敗者七人であった――――――。






注意・・・第4章前半の頃。
            「漁夫の利」
            当事者同士争っている隙に、第三者が労せずに利益を横取りするたとえ。


これで一応EDですが・・・おまけの話が続きます・・・・・・。次で終わる筈なので、もう少しお付き合い下さいませ。→御免なさい!一回じゃあ、終わっていません!

2004/07/07 03:00:02 BY銀竜草