他の八葉が次々と少女に戦いを挑んでいく中、頼忠は相変わらず一人動けずにいた。
付き添い役は、何が何でもやりたい。他の男にその役目をさせたくはない。少女の傍に八葉と言えども他の男など近付けたくはない。
そんな思いは強いのだが、自分だけが守る事が出来るのなら、と願ってしまう愛しい少女を、この自分が怯えさせる事など出来る筈がない。
「願わくは、全員失敗しますように・・・・・・・・・。」
もしも、全員が失敗したのなら、紫姫の占いに頼る事になるだろう。それならば、この自分にも可能性は残っている。
だから、何度でも祈ってしまう。
「どうか全員、失敗しますように・・・・・・・・・!」



頼忠の心中などお構いなく、勝負は続いている。
そして、次に挑戦したのは、玄武の二人。


賛成したとは言え、泰継は考え込んでいた。
安倍泰継が存在するだけで、安倍家の者達は怖がるのに、自分の秘密を知ってもなお、怖がるどころか笑顔で話し掛けてくる不可思議な者。
ただそれだけでも、怖い物等無いような気がしてくる・・・・・・・・・。
泰継は色々と考えるのだが、妙案は浮かばない。
「ふぅ・・・。」何度目かのため息を付いた時、ふと神子の言葉が思い浮かんだ。
「私の世界では、泰継さんみたいな不思議な力を使う陰陽師はいないんです。」
ならば。
泰継は北山の庵に戻り、泰明の書いた書物を読み返し始めた。

「神子、出掛ける。一条戻り橋に行く。」
相変わらず突然訪ねてきては単刀直入に用件を言う泰継だが、慣れっこになっている花梨は、質問せずに立ち上がる。
「はい、分かりました。」
とだけ言うと、泰継の後を追って歩き出した。

「神子、目を瞑れ。」
目的地に到着するなり、またまもや説明もしないで命令する泰継だが、花梨は素直に眼を閉じる。
すると、何やら呪文を呟きだす。
「神子、一歩前へ歩け。」花梨が言うとおりにすると、足元の感覚が変わった事に気付いた。
「目を開けろ。」
やっと許可が下りて花梨が眼を開けると――――――崩れ落ちそうな大きな屋敷がポツンとあるだけの草一つ生えていない広い土地。
「・・・・・・。ここ、どこ?」ようやくそれだけを口にすると、後は瞬きも出来ずに呆然と辺りを見回す。
「100年前、ここに鬼の一族の者達が棲んでいた。」泰継も辺りを見回す。「滅んだから、今は誰もいない。」
「私たち、一条戻り橋にいましたよね?」
「ここは異なる空間だ。ここに繋がる入り口が一条戻り橋にある。」
「異なる空間・・・・・・。」花梨は不思議そうに呟いた。「一条戻り橋って、特別な場所なんですね。」
「そうだ。あの世と繋がっている場所でもある。」
「あの世って、冥界の事ですか?」
「そうだ。行ってみたいか?」
「う〜ん、興味が無い訳ではないけど。面白半分に、いい加減な気持ちで行って良い場所では無いよね・・・。」首を傾げる。「行かない方が良いかな。」
「神子、怖いか?」
「何が怖いんですか?」花梨はその質問の意味が解らない。
「異なる空間と聞いて、二度と京には戻れなくなるかもしれないと、不安ではないのか?」
「何で不安になるんですか?泰継さんが一緒にいるのに?」
「私と二人きりで、取り残されるかもしれないという恐怖感は無いのか?」
「泰継さんと一緒だから、不安にはなりませんよ?」何てヘンな事を言うのだろうと、花梨は不思議そうに泰継の顔を覗き込む。
「私は人に在らざる者なのに?」
そう呟いた泰継の顔には、不安・怯え・悲しみ、と言った寂しげな表情が浮かんでいた。
『まだ、そんな事を考えているの?』
何度も何度も同じ事の繰り返しでは、いい加減、腹が立ってしまう。
花梨は衝動的に両手で泰継の頬を挟んだ。「うん、温かい。」
「神子?」
戸惑う泰継を無視して、今度は両頬をむにゅっと引っ張った。
「みゅぃこ、いくぅにゃりにゃにをしゅる?」驚きで眼を見開いている。
手を離すと、花梨は泰継の眼を見て言った。
「道具なら冷たい筈です。泰継さんの頬は温かかったですよ?」にっこりと微笑む。「それに、そんなに表情豊かな道具はありません。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「もう、つまらない事にこだわるのは止めて認めてください。自分は人間だって。」
泰継は、しばらくじっと花梨の顔を見つめていたが、ふっと表情を和らげた。
「帰るか。」微かに微笑む。「目的は果たせなかったが、それ以上の言葉が貰えた。」
「はい?」
「もう、ここにいる必要は無い。」
「泰継さん?何が何だかさっぱり解らないんですけど?」
「解らないのならそれで良い。帰るぞ。」
「???」花梨は首を傾げるが、滅多に無い泰継の微笑みが見られた事で満足する事にした。『本人は喜んでいるんだから、それで良いか。』

「わたくしもよく解りませんが・・・・・・。」紫姫も首を傾げる。「泰継殿が解らなかったと言うのなら、そうなのでしょう。」無理矢理そう納得すると、頷いた。
―――――――――泰継、放棄。



『私に何が出来るでしょうか?』
考え事をしながら笛を吹いていた泉水は、ふとある事を思い出した。
『笛を吹いていた時、鷺が舞い降りてきて踊った事がありましたっけ。見ていた方が、私の笛が呼んだと言いましたが・・・本当に呼べるのでしょうか?』
鷺などの鳥や小動物は駄目だろうが・・・・・・・・・・・・。

「神子、笛の練習しに行くのですが、ご一緒にいかがですか?」
「泉水さんの笛なら聴きたいです!」
顔を輝かせる花梨と共に双ヶ丘に出掛ける。そして、大きな石に座ると笛を吹き出した。
ピィ〜ヒャラ〜〜〜。
『うん?いつもの静かな曲じゃないな。珍しい。』
ピュ〜〜ピィ〜〜〜。―――――――――ズル・・・。
『なかなか明るい曲だな。』
ピィィィ〜〜〜ピュラリ〜〜〜。―――――――――しゅるり。
『聴いていて楽しい♪』
ピュュュ〜〜〜。―――――――――ズルリ。しゅるり。ズルズル・・・・・・。
笛を吹き終わった泉水は花梨の方を向く。
「いかがでしょうか?春の訪れ、目覚めの曲なのです。」
「すっごく良かったです!いつもの静かな曲も良いですけど、こういうのも心が湧き立って、楽しいですね♪」
拍手しながら笑顔で答えた花梨だったが。
視線を感じて周りを見ると、そこにいたのは・・・・・・・・・冬眠している筈の蛇。しかも、数十匹――――――。
「「・・・・・・・・・・・・・・・。」」
その数十匹の蛇が二人を取り囲み、一斉に見つめている。
「「・・・・・・・・・・・・・・・。」」
花梨と泉水が顔を見合わせる。
『『もしかして、春の訪れの曲を聴いてしまった為、春と勘違いした、とか・・・・・・?』』
「まさか。」泉水が呟いた。「こんな筈では。」眼を閉じる。『無かったのに。』
動物を呼べるかも、とは考えていたが。神子の嫌いな動物だといいな、とも期待したが。
だからと言って、なぜ?
なぜ、冬眠している筈の蛇が起き出すのか?しかも、こんなにも沢山?

ズル。ズル。しゅるり。ズルリ。しゅるしゅる。ズルズル。
もっと聴かせてくれと催促をするように、蛇が一斉に近寄ってきた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
二人は脱兎の如く逃げ出した――――――。

「はぁ、びっくりしましたね!」花梨は眼をまん丸に見開いた。「でも、面白かったな。」
「えっ?面白かった、ですか?」
「うん、面白かったですよ!沢山の蛇に囲まれて見つめられるなんて、普通経験出来ませんよ?」笑みを浮かべて言う。「蛇は好きじゃないけど、驚きすぎて怖いとも思わなかったし。」にっこり満面の笑みで泉水を見る。
「泉水さんの笛の腕前って凄いですね!蛇もわざわざ起き出してまで聴きに来るんだから!」
「楽しんでいただけて嬉しいです。はい・・・・・・・・・。」笛の腕前を誉められたのは、神子に喜んでもらえたのは、そして、笑顔が見られたのは勿論嬉しいのだが。
結局、目的は果たせず落ち込んでいると、花梨が急に真面目な顔つきになった。
「私ね、以前から疑問に思っていたんだけどね。龍って爬虫類の部類に入るの?」
「はい?」
「蛇に手足がついている感じじゃない?そしたら、龍神の神子って『蛇使い』みたいだよね?そう思わない?」
「蛇使い?」
さすがにそれは嫌かも、と呟いている少女を呆然と見つめる。
『まさか・・・・・・貴女は龍神を蛇と一緒にするのですか?』

「まぁ・・・確かに龍と蛇は似ていると言えば似ているような気も致しますわね。」そんなとんでもない考えに頷いている紫姫の判定は当然。
―――――――――泉水、やりすぎて自滅。



滅多にない柔らかな表情を浮かべる泰継に、頼忠は慌てた。
『まさか・・・・・・!泰継殿は神子殿の怖い物を見付けられたのか?!』
思わず泰継の側に行く。
「泰継殿?ご機嫌が宜しいようですが、何かありましたか?」
「さすが龍神の神子だ。」
「はい?」
「目的は果たせなかったが、私が欲しい言葉をくれた。」
「・・・・・・・・・?」
「神子はやっぱり私の神子だ。」
クエスチョンマークを飛ばす頼忠などお構い無しに、泰継は一人頷くと更に嬉しそうな笑みを浮かべて立ち去った。
『目的は果たせず、と言うのだから、神子殿の怖い物は見付からなかったという事だろう。』泰継の失敗は勿論嬉しいのだが。『あの泰継殿が喜ぶ言葉とは一体何なのだろうか?神子殿がそれを与えたとはどういう事か?』
考えれば考えるほど、頼忠の疑問は膨らむばかり。

そんな頼忠に泉水が近寄って来たが、こちらはふらふらと足元も覚束ない。
「神子は素晴らしい人です。」
などと言っている言葉と態度が一致せずに、暗雲を背負っている。
「どうか、なされましたか?」
失敗した事が一目瞭然で、安心して話し掛ける。
「何時いかなる時にも前向きでいらっしゃられる。それに比べて私は・・・・・・・・・。」
愚痴を聞いて欲しいのか、慰めてもらいたいのか。弱々しげではあるが、延々と一人で話し続ける。
「私の笛には不思議な力があるようです。」
「・・・・・・・・・。」
「春の曲を吹いたからって、蛇が起き出すなんて誰が想像出来ますか?」
「・・・・・・・・・。」
「沢山の蛇に囲まれて、楽しかった、なんて思える方だなんて・・・!」
「・・・・・・・・・。」
「それよりも、龍と蛇は同じ仲間の部類に入るのでしょうか?」
「龍と蛇?それがどうしたのです?」
「やはり幸鷹殿がご存知でしょうか?それとも、泰継殿に尋ねるべきでしょうか?」
「・・・・・・・・・。」
「ですが、神子が言うのだから、もしかして本当にそうなのかもしれませんね。」
「神子殿が何をおっしゃられたのですか?」
「蛇使いって何なんでしょう?」
「はっ?蛇使い、ですか?」
「神子の役目と比べられたのだから、蛇の言葉を伝えるのでしょうか?」
「・・・・・・・・・?」
頼忠に話し掛けたのだから、返事さえ要らなかったようだ。散々言いたい事だけ言うとさっさと立ち去って行く。
「龍と蛇?蛇の言葉?・・・・・・・・・一体、私に何が言いたかったのか?」
先ほどの泰継といい泉水といい、理解不能な態度である。
頼忠一人、呆然と立ち尽くしていた。



あまりにも対照的な二人の姿を見て、周りの八葉は楽しげに笑う。そして、喜ぶ。
『『『『『こいつらも玉砕か。』』』』』
後は二人だが、頼忠はやっぱり参加出来やしないだろう。
だから、残りは勝真ただ一人――――――。






今回は玄武の二人。
霊力の高さ、というか、特別な能力をフル活用してみました。泰継の言動が訳分からなくなってしまった・・・・・・!
ところで。
『龍神の神子』の別名が『蛇使い』だったら、私はこのゲームにここまで熱中しなかったでしょうね。ちゅーか、買わないだろがっ!

2004/06/28 01:25:55 BY銀竜草