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次に動いたのは、白虎の二人。 「正攻法が効果無いのなら、こういうのはどうでしょう?」幸鷹は花梨が逃げ出したくなるような事を考える。「逃げ出したのなら、苦手だと言う事でしょうから。」 「神子殿、お話をしませんか?」幸鷹がそう誘えば、花梨はにっこりと笑顔で頷いた。 簀子ではさすがに寒いから室の中でお話しましょうと、火鉢の側に座った。 「シリンが鬼の一族を名乗っていますが、神子殿は鬼の一族をご存知ですか?」 「ほとんど知らないです。前回の龍神の神子に滅ぼされたって聞いた事があるだけです。」 「そのようですね。それについて、少々調べてみたのですよ。」幸鷹は花梨を探るように見る。 『知る事は楽しいとは言っておられたが、堅苦しい勉強はお好きではないともおっしゃられていたから、この話はどうだろう?』 「鬼の一族が京に何時からいたのかは解っておりません。」話し始める。 「200年程前に、鬼が京の結界を穢して、大きな被害が出たそうです。それがきっかけかは解りませんが、その頃から事あるごとに争いが絶えなかったようです。」 「いきなり意味もなく結界を穢したりしないと思うけど?」 「そうですね。鬼の一族は金髪碧眼という容姿の特徴がありましたから、京の町では目立ちます。その上、不思議な力を使いますから、異端視されたのですよ。そうなると、排除しようとするのは人間の性ですから。」 「う〜ん?人間の感情って難しいなぁ・・・。」 と、ここまでは普通に会話をしていたのだが。 「伝承では――――――。」 「文献では――――――。」 「この行事はですね――――――。」 聞き慣れない言葉や複雑に絡み合った人間関係などの難しい話になると、花梨の頭の中は混乱してしまう。そして、現実逃避をし始めた。 『幸鷹さんの声って、優しくって聞きやすい。人間性が出ているよね・・・・・・。』 「それでこの後に――――――。」幸鷹の講義は続く。 『暖かみのあるっていう表現がぴったり・・・・・・。』 「こういう事もあって――――――。」熱弁は続く。 『眠くなっちゃう・・・・・・・・・・・・。』花梨の意識が薄れていく・・・・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・・という事なのです。」夢中になって話していたが、やっと一段落ついて花梨を見ると。 座ったまま船を漕ぎながらも絶妙なバランスを保ち、見事倒れずに眠っていた。何処の世界にも、何時の時代にもそれが得意な人はいるが、花梨もその一人だったのだ。 「神子殿?・・・・・・・・・。神子殿!?」 「あっ!御免なさい、寝ちゃいました。」飛び起きた花梨は、深々と頭を下げて謝る。 「神子殿・・・難しい話は苦手でしたか?」 「そういう訳でも無かったんですけど、幸鷹さんの声があまりにも気持ち良くって、子守唄を聴いているみたいなんだもん。」照れ笑いを浮かべる。 『えっと・・・もしかして、声を誉められたのか?それはそれで嬉しいが・・・・・・これはやはり―――。』 「そうですね、神子様は話しをそらす事も逃げ出しもしませんでしたから。」紫姫の判定。 ―――――――――幸鷹、失敗。 「これは普通のやり方では無理かな?」紫姫と笑いながら話している花梨を見ながら、翡翠は考え込んだ。『怖い、には違う意味もあるのだけどね・・・姫君?』 「姫君、少し時間をくれないか?」 そう言って会いに来た翡翠に、花梨は躊躇う。 「今からですか?」 陽はすっかり沈み、もう夜である。しかも、月が出ておらず真っ暗闇であった。 「そう。最近お話出来なかったからね。でも、この刻限だと、小さな姫君に怒られてしまうから。」だから外へ、と言う翡翠に、しばらく考え込んでいたがようやく頷いた。 「分かりました。でも、あまり遠くへは行けませんよ?」 「はいはい。分かっているよ。」と、にっこり微笑んで見せたが。 『良い反応だ。少しは警戒してくれないと、ね。』 内心は・・・・・・色々と・・・・・・・・・・・・。 翡翠の腰辺りの上着を掴み、花梨は一歩後ろを歩いていた。 「ほら、こっちにおいで?隣を歩いてくれないのかい?」と、いくら誘っても、不安げな表情をして離れてしまう。 『私を男と思ってくれていると嬉しいのだが。』 男と思って怖がってくれれば。怖がってくれなくても、意識さえしてくれていれば、口説きようがある。―――花梨の不安そうな表情に期待を寄せる。 翡翠は後ろをちらりと見やると、「寒くないかい?」と言ってさり気なく抱き寄せようとした。 ら。 「つっ!」 「きゃっ!御免なさいっ!!」急に引き寄せられた事で足がもつれ、花梨は翡翠の足を踏んでしまった。 「足、大丈夫ですか?」心配そうに尋ねる。 「びっくりしただけだよ。」笑顔を見せる。「それより、姫君は怪我、しなかったかい?」 さりげなく、魅惑的な誘うような流し目で少女を見つめたのだが。 「危ないから、一歩離れてくれますか?」 「・・・・・・・・・。えっ?」少女の言葉の意味が解らない。「危ないって?」 「私、鳥目で暗い場所では見えないんです。足元も見えないから、少し離れてくれないと、また足踏んじゃいます。」 光に溢れた環境で育った為か、眼の見る力が弱いのか、暗闇に弱い。 「・・・・・・・・・・・・。」 「でも、一人では歩けないから遠くへは離れないで下さいね?」 「よく屋敷を抜け出して、一人で出歩いていると聞いていたのだけど?」尤もな疑問。 「えっ、知っているの?」と、花梨は驚く。「抜け出すのは月が出ている時ですよ。月が出てさえいれば、ある程度影や気配で分かりますから。」くすくすと一人で笑い、後ろを見る。 「頼忠さんがいつも後を付いて来ているのは知っているんだ。だから月が出ている時は散歩に出掛けられるの。」 「頼忠が尾行しているのを知っているのかい?」 「うん。大抵自由にさせてくれるけど、迷子になった時とか遅くなりすぎた時は声を掛けてくれるから。」 「気を配るような男とは知らなかったよ。」 「えっ?頼忠さんはいつも私の気持ちを大切にしてくれていますよ?」 「・・・・・・・・・・・・。」 「頼忠さんはお月見に出掛けていると思っているようですけど。」悪戯っぽい表情を浮かべる。「頼忠さんにも他の人にも本当の理由は言わないで下さいね?」 辺りを見回しながら苦笑する 「こんなに真っ暗闇なのに出掛けたのは初めて!やっぱり何も見えないや。」翡翠を見上げる。「こちらの世界の人ってみんな、眼、良いですよね?羨ましいな。こんなに近くにいるのに、翡翠さんの顔もよく見えないんだもん。」 不安そうなのも、警戒しているような行動もみんな、闇夜のせい。と言う事は。 『私を一人の男として意識は・・・・・・・・・していないのかい、姫君?』 「翡翠殿・・・・・・・・・。真夜中に神子様をお外へ連れ出すなんて!!」紫姫は怒りで震えている。「判定のしようも有りませんわっ!」 ―――――――――翡翠、圏外。 幸鷹と翡翠は、相変わらず顔を付き合わせると喧嘩を始める。 「勉強が嫌いだからと言って、それを怖い、とは言わないのではないかい?」 「怖い物ではなくて苦手な事です。それより、あなたには言われたくありません!」翡翠の嫌味に、つい過剰に反応してしまう。「それより、夜中に神子殿の寝所に忍び込むなど、何を考えているのですか!?」 「ん?色々とだよ。当然、ね。」妖しげな笑みを浮かべる。 「色々?」顔色が変わる。「頼忠は何をしていたのですっ?!」 その時、たまたま側を通りかかった頼忠を捕まえた。 「夜中、神子殿の御寝所にこの男が忍び込むのをお前は気付かなかったのですかっ!?」 いきなり、幸鷹に噛み付くように責められた頼忠は、翡翠を睨む。 気付いていた。気付いていたからこそ、牽制する意味で翡翠に分かるように尾行したのだ。不埒な行動に出ようとしたら斬り捨てる覚悟をして。 ―――結局、翡翠にはそれは逆効果だったのだが。 翡翠が花梨を抱き寄せようとした時を思い出すと、自然と表情が険しくなる。『あの時は本当に飛び出そうと思った!すぐに神子殿が自ら離れたから思い留まったが・・・・・・。』 あの時は剣を抜こうかと本気で考えたのだ。『斬り捨てたかった!神子殿を抱き締めるなど・・・・・・許せんっ!!』 頼忠の怒りは察したが、翡翠は内心の思いを押し隠して思わせぶりな流し目を幸鷹に送る。 『少し考えれば、この頼忠の目を盗んで忍び込む事は不可能だと解るだろうに。ちゃんと尾行していたよ。』心の中で呟く。『この男に見せ付けてやろうと思っていたのだけどね、姫君は幼すぎたよ・・・・・・。』 そんな翡翠の態度は、この勝負に負けた事への苛立ちを更に煽る。 「神子殿の警護はもっとしっかりやってくれなくては困ります!」 頼忠に八つ当たりをする幸鷹を笑いながら見つつ、翡翠は密かにため息を付いた・・・・・・。 策略はお手の物の二人が失敗した事で、残った男達の心に安堵と不安が渦巻く。 『この二人までが駄目なら、普通のやり方では怖がらない。それでは、どうしたら良いのか?』 残りの日にちが少なくなって来ている事もあって、焦り始めた――――――。 今回は白虎の二人でした。で、お約束的な挑戦の仕方ですね。つーか、翡翠って難しい。 やっと半分・・・・・・・・・。 2004/06/26 01:22:48 BY銀竜草 |