最初に挑戦したのは、朱雀の二人だった。


「こういう事は、やっぱり基本中の基本が一番でしょう。」彰紋は兎にも角にも早く行動しようと、正攻法で攻める事にした。

「花梨さん、ちょっと気分転換に付き合いませんか?僕、見晴らしの良い場所を知っているんです。」にこやかな笑みで誘いに来た彰紋に、行く!と二つ返事で付いて行った場所は――――――大きな建物の屋根の上。
『屋根の上に登ると怒られるんですよね、危ないって。高い場所が苦手な人もいますし・・・花梨さんはどうでしょう?』花梨をちらりと盗み見る。
と。
「うわぁ、遠くまで見える!」大喜びしていた。
『あれ?大丈夫なの?』
「どの位の高さだろう?ここは。」などと言いながら、端の方へと歩き出すから、
「うわっ!歩き回ったら危ないですよ?」彰紋の方が慌ててしまう。
「かなり高いですね。ほら、この建物の上に人がいるって誰も気付いていませんよ?」花梨は平気な顔をして下を覗き込んでいる。
「高い場所を怖がる人もいますが、花梨さんは大丈夫なんですね?」そう尋ねる彰紋のがっかりした気持ちには、花梨は気付かない。
「高い所は大好き!猫って高い所が好きなんだよね。私って前世では猫だったのかも!」一人で頷いている。「私の部屋の前に大きな木があるでしょう?あそこによく登っているんだ♪頼忠さんに見付かると怒られるけど、気分転換にはもってこいなんだもん、止められないよ!」肩を竦めながらも、舌をちょろっと出して笑う。
「えっ?頼忠は知っているのですか?花梨さんが高い場所がお好きなのを?」
「うん、バレバレなんだ。もう何度も見付かっているから。」
『あう〜〜〜、頼忠・・・・・・・・・。』

「これは完全に喜んでおられますから。」紫姫の判定。
―――――――――彰紋、撃沈。



「早い者勝ちって言うなら、難しい事なんか考えずに、まずは行動だ!」イサトは、寺の奥に忍び込む。そして、お目当ての品を探し出すと、こっそり持ち出した。

「花梨、お前『御仏名』がどういうものか知らないって言っていただろう?説明してやる!」
イサトが巻物を手に走り込んで来た。
「えっとぉ、確かサンゼンブツミョウを唱えて何かをお願いするんだっけ?」
「三世の三千仏名を唱えて、罪障の懺悔滅罪を祈願する!」
「あぁ、そうだったね。で、地獄の絵を見るんだったよね?」
「おう!そこは良く覚えていたな。さすがだ!」花梨がある程度覚えていた事に気を良くしたイサトは、上機嫌で手にしていた巻物を振り回した。
「じゃ〜ん!これがその絵!借りてきたぜ?」悪戯っぽい表情で花梨を見る。
『面白そう、とか呑気に言ってやがったけど、実際に見るとかなり怖いんだぜ?』
スルスルと巻物を広げる。そして、花梨の表情を期待に満ちた瞳で見た。
と。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」黙り込んだ。
『おっ?口も利けないってか?』
「・・・・・・・・・すごいね、これ。」花梨は、ぽつりと呟いた。
「確かにこの絵を見たら、地獄に落ちるのは嫌だ、悪い事はしません、って思うよね。」
「そうだろそうだろう!」
「怖いね。うん。」だが、絵から目をそらさない。「良い行事だね、『御仏名』って。これで悪い事をする人が一人でも減れば良い事だよ。」
『ん?怖いって言っているけどよ・・・・・・・・・・・・何か・・・違わないか?』
花梨からすれば、毎日のニュースでの衝撃映像や、映画での過激シーン等を見慣れているせいか、この程度では動じない。
それに、『地獄に落ちる』と言われても、あまりに非現実的すぎてピンと来ない。
更に、花梨の絵を見る視点が他の人とは違っていたりする。
「凄いなぁ、この表現力!特別な技法なんて使っていないのに、この地獄の恐ろしさが伝わってくるなんて!!」感嘆する。「私には描けないよ。」
「えっ?」
「まぁ、元々地獄の絵は描かないけど、この人の表情、凄いなぁ・・・・・・。呻き声が聞こえてくるようだよ!こっちの人も凄い。悲鳴を上げているのが分かるもん!私も勉強しなきゃ!」
決意に満ちたその花梨の表情を、イサトは人間以外の物を見る目つきで見つめてしまう。
「お前って絵を描くのか?」
「うん、大好き♪夜暇な時、警護してくれている頼忠さんに無理言って描かせて貰っているの。」
「頼忠を?」
「そう、手とか耳とかの身体の一部分。最初は困っていたみたいだったけど、最近は諦めて大人しく相手してくれるの。今まできちんと練習した事無かったから、勉強になって助かるよ。」
「そうか、頼忠は知っているのか。そうなんだ・・・・・・・・・・・・・・・。」

「はい、神子様は怯えてはおりませんから。」紫姫の判定はもちろん。
―――――――――イサトも沈没。



彰紋とイサトは頼忠を見つけると詰め寄った。

「頼忠っ!花梨が絵を描く事、知っていたんだな?!」
「花梨さんが木に登られる事を知っていたんですね。」
「はい?」
「どうしてそういう情報、独り占めしているんだよ?!」
「そんな大切な事、なぜ黙っているのですか?!」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
なぜ黙っているのか?そんな事言わずとも解るだろうに。
木登りは好きでも降りるのが下手な為に、何時もこの自分が手伝っている事。
描く対象となる事で、あの一途な瞳がこの己を見つめてくれて、その上、傍にいられるという喜びを、独り占めしたいと思うのは当然ではないのか?
その役目をやりたいなどと名乗り上げられる危険性を知っていながら、わざわざ自分から言う訳が無い。
『気付かないでいて欲しかったっ!』内心舌打ちするが、顔色には出さない。
性格上、弁解も言い訳も言えずにただ黙っていると、イサトは頼忠のそんな態度に怒りを更に募らせた。
「お前って本当に何を考えているのか分からないよな!」怒鳴り散らす。「バカバカしいっ。帰ろうぜ?」
黙ってはいるが、頼忠を睨んでいる彰紋を促すと巻物を振り回しながら走り出した。
彰紋も頼忠に会釈さえせずに、イサトの後を追って走り出す。

「このまま怒っていても構わないが。」頼忠は、二人が走り去る後ろ姿を見つめながら呟いた。「忘れてくれると良いのだが。」
どうか、あの二人が木登りをしている少女の傍に来ませんように。自分を描いてくれなどと頼みませんように。他の八葉達にしゃべりませんように・・・・・・・・・。


イサトに追いついた彰紋は、今頃気付いた疑問を言う。
「結局、お傍にいる事の多い頼忠が一番有利なのでは?」
彰紋のその言葉にイサトは同調する。
「そうだよな、花梨は頼忠相手によくしゃべっているもんな。頼忠は噂話をするようなヤツじゃないから、花梨の秘密を知っても他の奴らには絶対に言わないし。」
「女人が木登りするなんて、そんな発想出て来る訳ありません。」
「表現力とか技法なんて考えながら絵を見るなんて、絵を描く事事態知らなきゃ、想像付く筈も無いさ。」
「頼忠だけには勝たせたくありません。」
「他の奴らだって嫌だけどさ、あいつは特にそうだな。」
「「・・・・・・・・・・・・。」」顔を見合わせる。
「あいつがこのまま参加しない事を願おうぜ?」
「そうですね。」
もう一度顔を見合わせると、二人して盛大なため息を付いた・・・・・・・・・。


「敵はなかなか手強いぞ?」
競争相手が玉砕していくのを見ていた男達は、花梨が簡単には怖がらない事を改めて確認し、作戦を練り直し始めた。






朱雀の二人には基本中の基本で挑戦して貰いました。
こんな感じで続きます。
頼忠の出番、これでも増やしました。で、更に長くなったという・・・・・・・・・・。

2004/06/26 02:32:33 BY銀竜草