アンナ 2 |
――そう。 一見おだやかで、やさしそうな。 それでいて。 ぞっとするほど無関心で、感情の無い瞳。 胸の内に、暗闇の虚空を抱いている。 そんな印象の男だった。 アンナが、長い睫毛の陰をその頬に落とし、しばし過去に思いを馳せる。 そして、再びそれを上げた瞬間――。 「――…!」 ま、誠人…! うわっ、どうしよう。 め、目が合っちゃった…。 内心思い切り動揺するアンナとは裏腹に、久保田は、ちらりとアンナを見ると、ほんの少しだけ目を細め、なんだか微笑んだようだった。 けれど、すぐ、まるで誰も知り合いなんて見なかったというような顔で、緩やかに時任に視線を戻す。 「まぁまぁ、いいじゃない」 「なーにが、まぁまぁだよ! ったく! 久保ちゃんも、ちょっとは何とか言ってやれよっ!」 「いいじゃん、別に。本当のことなんだし?」 「ほ、本当って…! 久保ちゃん〜〜!」 「あー。やっぱ、そーなんだ。おたくらって」 何事もなく続いていく会話に、アンナは一瞬どうしてだか強張った両肩から、驚いたーとばかりに力を抜いた。 「だーから違げぇって! …くそ、面白がってんな、アンタ!」 「いやぁ、そういうわけじゃー。まあ、興味はあるけどね」 「へー、興味あるんだ。ソッチの世界に」 「く〜ぼ〜ちゃ〜ん!」 「そりゃあ、大いにあるねぇ。や、こういう仕事してるとさ、いろいろ興味のあることには、とりあえず首つっこんでみたくなるわけよ」 「へーぇ」 「それに、俺、今ちょっとそーゆーの関係の取材しててさ。だから余計、おたくらの事…」 「だからってよー! 俺たちまで、勝手にそういう目で見んなっつーの!」 「いやぁ、だってさー」 「しつけーなぁ。だっても、へったくれもねえっ!」 「時任ー」 眉間に縦皺を寄せて、いかにも猫がフーッと毛を逆立てて怒っているような、そんな印象の時任に、さらに宥めるようにかけられた久保田の声は、さっき腕を掴んだ手と同様、奇妙に思えるほどやさしくて。 テーブルに頬杖をついて、その会話に聞き耳をたてていたアンナが、何とも複雑な面持ちで眉間に皺を刻んだ。 確かに、声も口調も昔と何ら変わりはない気はするけれど。 なんだろう、"この名"を呼ぶ時の、独特の甘いトーンは――。 思った途端。 頬杖をついていた姿勢から、少し首を上げたところでアンナは、びくっ!と固まった。 ちらり、とこちらを窺うように見る久保田誠人の視線と、またしても視線がぶつかったのだ。 それを確認するように、意味深に久保田が微笑み、その目がまたゆるやかに時任に戻る。 そして、大きな手の中に時任の後頭部を包むと、そのさらりとした黒髪の感触を愉しむように、やさしげに撫でた。 その瞳が再びアンナに向けられ、細めた目が言う。 これ。 ウチのコ。 どう? 可愛いデショ? 口元が笑みを作り、さも自慢げに、細めた目元までが微笑む。 ――さすがに。カチンときた。 な、なによ…! それって…。いったい。 な、なんなのよ――ッ!! そんなわけで、アンナは。 どうにも席をたつ機会を失ってしまった。 腕の時計は見るのもむなしいほど、店に出勤する時刻を、とうに過去のものにしてしまっていた。 つづく。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1< >3 アンナちゃん、大好きなんです。 なんというか、いいポジションだなあと。 そんな彼女の目線から見た久保時、一回書いてみたかったので、なんだかすごく楽しかったです! もう少し、お付き合いくださいませ。 |