アンナ 







――そう。 

一見おだやかで、やさしそうな。




それでいて。
ぞっとするほど無関心で、感情の無い瞳。





胸の内に、暗闇の虚空を抱いている。
そんな印象の男だった。









アンナが、長い睫毛の陰をその頬に落とし、しばし過去に思いを馳せる。
そして、再びそれを上げた瞬間――。








「――…!」








ま、誠人…!

うわっ、どうしよう。
め、目が合っちゃった…。




内心思い切り動揺するアンナとは裏腹に、久保田は、ちらりとアンナを見ると、ほんの少しだけ目を細め、なんだか微笑んだようだった。




けれど、すぐ、まるで誰も知り合いなんて見なかったというような顔で、緩やかに時任に視線を戻す。




「まぁまぁ、いいじゃない」


「なーにが、まぁまぁだよ! ったく! 久保ちゃんも、ちょっとは何とか言ってやれよっ!」
「いいじゃん、別に。本当のことなんだし?」
「ほ、本当って…! 久保ちゃん〜〜!」
「あー。やっぱ、そーなんだ。おたくらって」

何事もなく続いていく会話に、アンナは一瞬どうしてだか強張った両肩から、驚いたーとばかりに力を抜いた。

「だーから違げぇって! …くそ、面白がってんな、アンタ!」
「いやぁ、そういうわけじゃー。まあ、興味はあるけどね」
「へー、興味あるんだ。ソッチの世界に」
「く〜ぼ〜ちゃ〜ん!」
「そりゃあ、大いにあるねぇ。や、こういう仕事してるとさ、いろいろ興味のあることには、とりあえず首つっこんでみたくなるわけよ」
「へーぇ」
「それに、俺、今ちょっとそーゆーの関係の取材しててさ。だから余計、おたくらの事…」
「だからってよー! 俺たちまで、勝手にそういう目で見んなっつーの!」
「いやぁ、だってさー」
「しつけーなぁ。だっても、へったくれもねえっ!」


「時任ー」



眉間に縦皺を寄せて、いかにも猫がフーッと毛を逆立てて怒っているような、そんな印象の時任に、さらに宥めるようにかけられた久保田の声は、さっき腕を掴んだ手と同様、奇妙に思えるほどやさしくて。

テーブルに頬杖をついて、その会話に聞き耳をたてていたアンナが、何とも複雑な面持ちで眉間に皺を刻んだ。




確かに、声も口調も昔と何ら変わりはない気はするけれど。
なんだろう、"この名"を呼ぶ時の、独特の甘いトーンは――。




思った途端。
頬杖をついていた姿勢から、少し首を上げたところでアンナは、びくっ!と固まった。



ちらり、とこちらを窺うように見る久保田誠人の視線と、またしても視線がぶつかったのだ。


それを確認するように、意味深に久保田が微笑み、その目がまたゆるやかに時任に戻る。
そして、大きな手の中に時任の後頭部を包むと、そのさらりとした黒髪の感触を愉しむように、やさしげに撫でた。

その瞳が再びアンナに向けられ、細めた目が言う。






これ。
ウチのコ。
どう?
可愛いデショ?





口元が笑みを作り、さも自慢げに、細めた目元までが微笑む。




――さすがに。カチンときた。









な、なによ…!

それって…。いったい。










な、なんなのよ――ッ!!













そんなわけで、アンナは。
どうにも席をたつ機会を失ってしまった。

腕の時計は見るのもむなしいほど、店に出勤する時刻を、とうに過去のものにしてしまっていた。











つづく。
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アンナちゃん、大好きなんです。
なんというか、いいポジションだなあと。
そんな彼女の目線から見た久保時、一回書いてみたかったので、なんだかすごく楽しかったです!
もう少し、お付き合いくださいませ。




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