29.「ささやかでいいから」 (GetBackers=蛮×銀次 / 2007・銀次お誕生日SS) 3 |
互いの体温に包まれ安堵しつつ、深い眠りを貪った後。 二人同時に気持ちよく目をさませば、時刻は既に夕刻から夜になっていた。 さすがにお腹がすいたと訴える銀次に、自分もそういえば何も食べていなかったことに蛮が気付き、やっと銀次の『外出許可』も出たため、蛮はホテル近くのコンビニへと買い出しに出ることにした。 洗濯物は、暇を持て余していたらしい(客商売で、それもどうだ)夏実とレナが、ホテルのロビーまで引き取りに来てくれるというので、買い物に出るついでに待ち合わせて無事手渡し、任務完了。 夕食を買ってホテルの部屋に戻るまでには、20分とかからなかった。(無論、1人にさせておくのが不安で急いだ) 「おかえりー。早かったね」 すっかり顔色の良くなった銀次が、ベッドから身を起こしてにっこりとする。 まだ微熱は続いてはいるが、しゃがれ声はほぼ元通りになってきた。 戻ってきた元気な声に、心からほっとしたように蛮が笑む。 「あ。ねえ、のどあめ、あった? フルーツ味の甘いやつ」 「いや、テメエの苦手なやつしかなかったからよ。ほれ、コッチでどうだ」 「わ、ハチミツアメだ! これ大好き!」 「一応、喉にもいいとよ」 「ほんどだ。そう書いてある。わーい、蛮ちゃんありがと!」 「食い過ぎんなよ?」 「わかってるよ、もう。子供じゃないんだから!」 「さあて、どうだかよ」 言って肩を竦める蛮の脇に抱えられた、薄く四角くに包装されたものをふと見つけ、銀次が不思議そうな顔に首を傾ける。 「あれ? 蛮ちゃん。それ何?」 いかにも目聡いなという苦笑を漏らして、蛮がそれを持って、ベッドに近づく。 「夏実とレナからだ。誕生日プレゼントだってよ」 手渡されるのを両手でしっかりと受けとって、銀次がうわーい!と歓声を上げ、丁寧に包装を開いて、また歓声を上げた。 ちょっと元気が出てきたと思や、コレだ。やれやれ。 と眉を下げ、おかげでこっちもやっと煙草が吸えるとばかりに、蛮がマルボロを咥えてジッポを開く。 「うわ、この本、見てみたいって言ってたの覚えててくれたんだ〜!」 「本つっても、絵本じゃねえかよ。ガキ」 「絵本だって本だもん! これ、夏実ちゃんたちから前に教えてもらってさ、一回読んでみたかったんだよね」 薄く開いた窓の外へ紫煙をぷかりと吐き出しつつ、「後で、蛮ちゃんにも見せたげるねっ」と言われ、蛮が興味なさげに「ほーお」と生返事を返す。 銀次がまたしても、あれ?という顔になった。 いつのまにかテーブルの上に置かれていた、小さな白い箱に気付いたからだ。 「蛮ちゃん。あれは?」 指差され、灰皿に煙草の灰を落としながら、蛮がさらりと答えを返す。 「ちょうどホテルの筋向かいに、ケーキ屋がありやがったからよ。ついでにな」 「ケーキ!? あ、それも、夏実ちゃんたちから?」 「――――あ?」 じろりといきなり恐ろしげな形相で睨みつけられ、銀次がびくっとなる。 「…え。てことは、もしかして」 「…何だよ」 「そのケーキ……蛮ちゃんが?」 恐る恐る訊いてみれば、地を這うような不機嫌な低い声が返ってくる。 「………んだよ。文句あんのかよ」 途端に、銀次の顔がぱぁあっ!と一気に明るくなった。 「あるわけないじゃん、もう〜っ!!」 ベッドの上に起き上がるなり、隣のベッドに跳び移り、そこからぴょーん!とソファの向こうの蛮の元まで、銀次が大きくジャンプしてその首に飛びついてくる。 「って、うわ! ちょ、おいっ! こら、危ねえだろうが!」 「だって、もうっ! ありがと、ありがとうっ、蛮ちゃんっ!! 大好きーー!!!」 そのまま首にぶらさがって、ぎゅううっとしがみついてくる銀次に、蛮は困ったように眉尻を下げて、ひとまず指にあった煙草の火を遠ざける。 そして、よしよしわかったとその頭を撫でると、はぁ〜と深々と溜息を漏らした。 「…ったく。猿か、テメエは」 コンビニで買ったおにぎりと惣菜とで簡単な夕食を取り、その後、銀次は蛮に買ってもらったショートケーキを、それはそれは一口一口"おいしい〜v"と頬を染めて大事に食べて。 最後には、頭から湯気を立ち昇らせた蛮に、いいからとっとと食いやがれ〜!と怒鳴られる羽目に陥ったけれど。 それでも、食事はほとんど喉を通らなかった銀次が、にこにことこぼれる笑みを押さえ切れない様子でケーキを食べる姿は、何とも可愛いらしくて。 何をしてやってもこいつは甲斐があるな、と胸で呟く。 ケーキも食べ終わり、ベッドでふうと一息ついて、気がつけば、あと30分で日付も変わるという時間になって。 あぁ、そうだ!と、銀次がぽんと両手を打ち鳴らした。 「ねえ、まだ今日だよね」 「あぁ?」 「じゃあさ、さっきの、まだ有効だよね。何でも言うこと聞いてくれるって」 別に忘れてくれてりゃいいものを、というような顔で、蛮がソファで新聞を開いてビールを飲みつつ、「あぁ、何だ」と返す。 どうせ銀次の思いつくことなど大したことじゃないだろうと、タカをくくっていたのだが。 その要求は、蛮にとっては結構とんでもなかった。 「あのさ。この本、オレに読んで」 「………あ? 今、何つった?」 「だから、蛮ちゃんが読んで聞かせて。オレに」 「………あぁあ!?」 「何でもいいって言ったでしょ? オレ、これさ、蛮ちゃんに読んで欲しいんだよね」 「て、テメエなあ! 何が嬉しくて、この美堂蛮さまが、ガキの読むような絵本を、テメエみてぇなでけえヤロウに読んでやらなきゃならねえんだ!? どういうプレイだ、そりゃあ!」 「でも。何でも言えっていったの、蛮ちゃんだもん」 「だからってな…!」 「だって、オレ、お誕生日だし」 「……」 「プレゼントの代わりなんでしょ?」 「…テメエ、自分で読めるだろうがよ! どうせ絵本なんざ、平仮名ばっかりだろうし、漢字も大抵読み仮名ふってるだろうが」 「そりゃ読めるけどっ、そうじゃなくて! オレは蛮ちゃんに読んで欲しいの!」 「…あぁ?」 「ねえ、読んでったら。ねえねえっ」 そう言って、無邪気に強請られれば、どうにも勝てず。 「…ったく」 結局は、舌打ち。 「おら、どけ」 「えっ? ど、どけって」 いきなりベッドに乗り上げてきた蛮に驚いている間に、蛮が銀次の身体を跨いで、その背中と壁の間に割り込んでくる。 「おら、もうちっと上にずれろ」 銀次の身体を足の間に挟む形で腰かけると、脇に手を差し入れて、その身体をぐいと上へと引き上げた。 「うわっ! って、ちょ、ちょっと、蛮ちゃん、あの!」 「何だ」 「こ、この体勢。なんかものすごく恥ずかしいんですけどっ」 「文句抜かすな!」 「いや、でも、あの、ですね」 っていうか、また熱出そうなんですケド…。 蛮の胸に背中から凭れかかる体勢のまま、銀次が真っ赤になりつつ、寄越せと言われて、夏実たちから贈られた絵本を手渡す。 先ほどから何度となく、一人で開いては悦にいっていたのだけれど。 やっぱり読んでもらうとなると、ちょっと恥ずかしいかもしれない。 しかも、こんなぺったりくっついた状態では…。 焦りながらも、だからといって、今から「やっぱりイイです…」とでも言えば、きっと蛮はもっと怒るだろうから。 仕方ないので大人しく黙っていようと、口をつぐむ。 「ったく。なんで俺様が、よりにもよってうさぎの話なんぞ、朗読しなくちゃなんねえんだ」 ぶつぶつ言いつつ、蛮が「しろいうさぎとくろいうさぎ」という題名の絵本を開いた。 「しろいうさぎ、くろいうさぎ、2匹の小さなうさぎが、広い森の中に住んでいました」 嫌そうな顔をしながらも淡々と読み出した蛮の、耳元で聞こえる美声に銀次が思わずどきりとする。 しかも、本は見やすいように銀次の前で広げられているので、まるで背中から抱きしめられているみたいで。 さらにどきどきしてしまう。 もっとも傍目には、きっとお父さんに本を読んでもらっている小さな子供、という風にしか見えないのだろうけど。 ちなみに。 ガース・ウイリアムズという作者のその絵本は、2匹のちいさなしろいうさぎとくろいうさぎの話だった。 2匹はとても仲良しで、毎日一日中一緒に楽しく遊んでいたのだけれど、でも黒いうさぎは楽しそうにしているかと思えば、しばらくすると座り込んで、とてもかなしそうな顔をするので。 白いうさぎが「どうしたの?」と聞くのだけど、黒いうさぎは「うん、ぼく、ちょっと考えてたんだ」と答えるだけ。 何度聞いても、返ってくるのは同じ答え。 うまとびして、かくれんぼして、どんぐりさがしをして、かけっこ、クローバーくぐりして。 楽しそうに一緒にいるのに、しばらくすれば、また座り込んでかなしそうな顔。 「『さっきから、何をそんなに考えているの?』しろいうさぎはききました。『ぼく、願いごとをしているんだよ』」 「…あの、蛮ちゃん。さっきから、すっごい棒読みなんですケド…。もうちょっと台詞んとこさ、感情こめて読ん…」 「うるせえ。贅沢抜かすんなら、もう読んでやらねえぞ」 「うあっ! い、いいです、おっけいです、棒読みばんざいっ!」 「あぁ!? ったく。バカにしてんのか、テメエは!」 「してないです。って、ねえ、いいから、早く続き読んでってばー」 「チ、。ガキ…! "『願いごとって?』 白いうさぎが聞きました。『いつも、いつも、いつまでも。きみといっしょにいられますようにってさ』、黒いうさぎは言いました"……」 「蛮ちゃん?」 「あとはテメエが読め」 「ええっ」 「いいから、読めっての!」 いきなり読むのをやめたかと思えば怒鳴られて、銀次が仕方なく自分で続きを読み始める。 「もう〜っ。"しろいうさぎはめをまんまるくして、じっとかんがえました。そして、『ねえ、そのこと、もっと、いっしょうけんめいねがってごらんなさいよ』と、いいました。くろいうさぎも、めをまんまるくして、いっしょうけんめいかんがえました。そして、こころをこめていいました。『これからさき、いつも、きみといっしょにいられますように!』」 ほんとにそうおもう? ほんとうにそうおもう。 じゃ、わたし これからさき、 いつも、あなたといっしょにいるわ。 いつも、いつも、いつまでも? いつも、いつも、いつまでも! 「しろいうさぎは、やわらかなしろいてをさしのべました。くろいうさぎは、そのてをそっとにぎりました」 こうして、にひきのちいさなうさぎはけっこんしました。 それからというもの、くろいうさぎはもうけっしてかなしそうなかおはしませんでしたって。 「――おしまい。ね、いいお話でしょっ!? なんか"蛮さんと銀ちゃんみたいですよねー"って、夏実ちゃんとレナちゃんに言われてさぁ。二人とも、小さい時に読んでもらったことがあるんだって。だからオレも、一回読んでみたいなあって」 嬉しそうに絵本と抱きしめる銀次に、蛮が"そりゃいったいどういう意味だ?"と憮然となる。 「つうかよ。まさか、白いのがテメエで、黒いのが俺様とか言いやがるんじゃねえだろうな!?」 「ええっ? でも、ビジュアル的にもそんな感じじゃない? それにさー」 「なんで俺がんなことでぐちぐち悩まなきゃなんねえんだよ。そういうのは、テメエの専売特許だろうが!」 「ええ? そうかなあ」 蛮の物言いにいかにも不服そうに返す銀次に、蛮の顔がますます憮然となった。 それでも、黒うさぎの願いは、どこか自分の心を見透かされているようで。 次第に、苦虫を噛み潰したような顔になっていく。 それを悟られまいとするかのように、強気に言い放った。 「テメエが、願やいいんだっての!」 「えっ?」 「そういうのはよ。テメエが願え」 「えっと…。"ずっと一緒に"って?」 「あぁ。そうすりゃ、叶えてやる」 「……蛮ちゃん?」 意図を察しかねて、蛮の腕の中で銀次が少し下にずれて、蛮の腹に頭をもたげるようにして紫紺を見上げる。 「それって」 「だからよ! テメエが願う方なら、間違いなく叶う願いだろうが?」 「……蛮、ちゃん」 フイと逸らされた瞳にやっと意味を知って、銀次の頬がゆっくりと赤く染まっていく。 「叶えてやるっての。俺が」 「……オレが願ったら叶う? "いつも、いつも、いつまでも、ずっといっしょにいられますように"って」 「おうよ」 自信たっぷりに短く返された答えに、銀次が頬を染めたまま、ふんわりと笑みを浮かべる。 「じゃあ、一生懸命願うから。蛮ちゃんが、叶えて」 やわらかではあるものの真剣味を帯びた声音に、その琥珀を見下ろせば、怖いほど一途に澄んだ瞳が見つめてくる。 その"こわいくらいの一途さ"が、蛮にはいとしい。 枷にならないのが、我ながら不思議なくらいだ。 「――あぁ。叶えてやる」 力強く告げて、銀次の彩づいた両の頬を掌に包み込み、誓いのように瞳を合わせる。 そして、降りてきた口付けに、ゆっくりと睫毛を落としていきながら、銀次もまたうっとりと呟いた。 「でもね。願うのが蛮ちゃんでも。きっとそれは、叶うと思うよ…」 「で。だからつまり。この2匹だったら、蛮ちゃんがしろうさぎさん役ってこと?」 「まあ、そういう事だな」 「…ふぅん。あ、でもさ。蛮ちゃん」 「あ?」 「この白うさぎ。……女の子なんだけど」 「…………!!」(ぼかっ!!) 「んあぁあっ!!! 蛮ちゃんが殴ったぁあ〜〜っ、オレ、まだ病人なのに〜〜っ!!!」 「うるせえっ! そんな元気な病人がいるかっての!!!」 と、いうわけで。 お誕生日の最後は、蛮ちゃんのいつものゲンコで締めくくられたのでした。 そして、翌日一日ものんびりとホテル過ごした、その次の日。 オレたちは、またてんとう虫くんの生活に戻っていったのでした。 今年のお誕生日は、風邪でとっても苦しかったけど。 でも。一日蛮ちゃんにいっぱい甘やかしてもらって。 やさしくしてもらって。 すごくすごく嬉しかったよ。 こういうの、ケガの功名っていうのかな? ささやかかもしんないけど。 二人っきりの、とびきり幸せなお誕生日を過ごせて、オレは最高にトクした気分だったのでした。 風邪の神さま、素敵なプレゼントをありがとっ! END 遅くなっちゃったけど、銀ちゃんお誕生日おめでとう! 原作のしあわせなラストのおかげで、どうも考え付くお話全部が最近こんな感じです。なんかもう、甘ったるくて、書きながら胸やけ起こしそうになってしまいましたよ(笑) いいのか、こんなお誕生日で! でも、蛮ちゃんは甘やかし放題にできるので、毎日誕生日で病人でもいいとか思ってそうです。困ったものだ(笑) こんなお話ですが、銀ちゃんと一緒にしあわせになっていただけたら、私もしあわせです。 銀ちゃんおめでとーメッセージや感想などありましたら、ぜひぜひお聞かせくださいませーvv |