■ 天使のいる場所 (1)



「おまえねー。言っとくけど、オレに愛想したってダメだよー。ほんっとに食べもんなんてないんだから。それより、こっちのがおなかすいて倒れそうなんだよー」
言いながら、銀次が足元に付きまとっている子犬を困った顔で見下ろした。
子犬は、それでも嬉しそうに銀次を見上げ、クゥンクウゥンと鼻を鳴らしつつ、尻尾を思いきり振っている。

たまたま通りがかったコンビニ横の駐車場で、パックごと捨てられていた賞味期限切れの唐揚げを、開けられずに格闘しているそいつを見つけた。
『ほら、貸してみろよ。開けてやるからさ』と、ビニールを破ってパックを開くと、よっぽどおなかがすいていたのがガツガツと食べ出した子犬を見つつ、同じくご飯にありつけていない銀次は、思わずちょっと物欲しげな目になってしまった。
「うまそーだなあ」
ワン!
「え?くれんのお? あ、でもいいよ、おまえが見つけたんだしさ」
ワン、ワン!
「いいの? じゃあ、遠慮なく・・・・・。っつっても、オレだけ食ったりしてたら蛮ちゃん怒るだろーしなあ。半分持って帰ってあげよっかなー。でも、かじりさしの唐揚げ半分だけじゃ、かえって怒るかな。でも抜けがけはよくないし・・・」
とかなんとか、一人銀次が悶々と悩んでいる間に、子犬は銀次が食べる気がないと思ったのか、最後の一個もパクン!と口に入れてしまった。
「ああああ〜〜〜食べたなあ、おまえー! オレにくれんじゃなかったのかよお」
思わず涙目になりつつも、妙にすまなそうにするソイツが可愛くて、結局銀次はひとしきり子犬と戯れて遊んで、いざ帰ろうとして子犬が足から離れなくなってしまい、困っているという訳なのだった。

クゥンクゥンと擦り寄るようにして甘えられると、どうにもこうにも情が湧いてしまいそうで怖い。
こんなところでゴミ箱をあさっているくらいなのだからノラ犬なのだろうが、人慣れしているところと、首輪がしっかりつけられているところを見ると、飼い主がちゃんといたのだろう。
ということは、迷い犬か? それとも捨てられた?
どっちにしても、こうもなつかれると、ほうっていけない気になってしまう。
(でも、車に犬なんて入れたら、蛮ちゃんきっとものすっごく怒るだろうしなあ)
「おまえさー」
ワンv
「ワンvって、もう・・。あ、こら、やめろよー、くすぐったいだろお!」
ひょいと抱き上げたとたんに、顔をぺろぺろとなめまわされて、銀次がひゃはは・・と笑いながら顔をほころばせる。
「あれ?」
腕に抱いて、何気なくその子犬の後ろ足を見た銀次は、はっと表情を強張らせた。
車にでもひかれたのだろうか、右の後ろ足の先に血が固まってこびりつき、引きちぎれたようになくなっている。
まだ、どう見ても新しい傷だ。
「おまえ・・ どうしたの、これ・・」
銀次がたずねると、子犬は少し哀しそうな声を出して、クン・・と鳴いた。
こんなひどい怪我を、ひとりぽっちで痛みに耐えて、懸命になめて自分で治したのだろうか。
(こんなちっちゃいのにな・・)
飼い主はどうしたのだろう。
こんな子を、見捨てていってしまったのだろうか。
まだ小さくて、傷ついているこの子を・・・。
―――捨てて。
(って、何考えてんだ! こいつはオレじゃないもんね。捨てられたってわけじゃないよね。きっと何か事情があるんだ)
しかし怪我をしているのを知って、まさか置いていったりはしないだろうから、一人で家から飛び出してきて飼い主の知らないとこで交通事故にでも遭って、帰れなくなってしまったのかも。
うん、きっとそうだ。
「ってことは飼い主が見つかるまで、俺が毎日、様子みにきてやればいいかな。けどなあ、こんな寒空じゃ・・」
コンビニ横の駐車場で、銀次はすでに薄暗くなってきている空を見上げた。
今夜は、かなり冷え込みそうだ。
この冬一番の冷え込みだとか言っているのを、さっきスバルのカーラジオで聞いた。
今まで毎晩、この子犬はどこでどうやって寝ていたのだろう。
「一晩だけなら・・・・蛮ちゃん、いいって言ってくんないかな・・。明日になったら、ちゃんとコイツの飼い主捜すからって・・」
見つかるかどうかはともかくとして。
首輪もあることだし、もしかして、家の人だって捜しているかもしれない。
ポスター書いて、連絡先は「ホンキートンク」にしておいてもらおっと。
蛮ちゃんのケイタイ、また料金未納で切られてるから。
そう思いつつ、銀次は子犬を抱き上げると、スバルの駐車してある場所を目指して歩き出した。



「おら、銀次。てめぇ、どこほっつき歩いてたんだぁ? こんな時間まで」
「あ・・うん」
ちょっとオドオドしたようにスバルに戻ってきた銀次に、不機嫌そうな蛮が睨みをきかせた。
まだ何も言っていないうちから、そんなに睨まれては、できる話も出来なくなる。
「あの・・」
「あ゛?」
「あのさ、蛮ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「んだよ。金ならねーぞ」
「そ、そんなことは知ってるけど」
「とにかく、ぐだぐだ言ってねーでとっとと乗れ! ドア開けっ放しじゃ寒ぃだろうが!」
怒鳴られて、言われるままにスバルに乗り込む。
男二人が並んで乗ってるだけでも、きゅうきゅうなこの狭い車内で、やっぱりどう考えても犬を飼うってのはムリだよねー?と、一応自分の中でこぼしながら、悪戯を親に告白するコドモのような気分でちらっと蛮を見る。
「で?」
「うん・・ あのね、蛮ちゃん」
「あんだよ! 言いたいことがあんだったら、さっさと言え!」
クウン・・?
「何甘えた声出してやが・・・・・・お?」
「あ、あは・・」
銀次の胸倉を掴んだ蛮が、その伸びた襟首から出てきた子犬にしっかりと固まる。
仕方がないので、銀次は覚悟を決めて、冷や汗を流しつつも、にっこり笑ってみた。
「なんだぁ、こりゃあ?」
「・・・イヌ」
「見りゃわかる」
「・・だよね」
「で、これを?」
「うん、コレ、なんだけどさー」
「うまそうだな」
「うん。えっ?」
「よく太ってやがる」
「ええええ〜〜〜!!! 蛮ちゃん、犬食べるのおおお!!! いくらお腹がすいてるからって・・!」
「食うか! アホ!!」
ゴキ!
「痛いー!」
「まさか、テメエ。車で犬飼いたいって馬鹿をほざきゃしねーだろうな!」
「あ、やっぱり・・だめ、だよね?」
「あったりまえだ! 俺の愛車を犬臭くする気かってんだ、オメーはよ!」
「で、でも、こいつ、迷子みたいで帰るとこもわかんないみたいで、コンビニの人に聞いたら、ずっと一週間くらい前からあそこで誰かを待ってるみたいにじっと居るんだって言ってて、だから明日になったら俺、ちゃんと飼い主さがすから、今夜だけでいいから、だから・・・」
必死の顔で何とか蛮を説得しようと、やたらと早口になる銀次に、蛮が子犬を見て微かに眉を寄せた。
「だめだ!」
「蛮ちゃん!」
「捨ててきな!」
「蛮ちゃん・・。だって、今夜はすごく冷え込むって天気予報で言ってたし、こいつ、ただでさえも怪我して弱ってて・・」
「銀次!」
「蛮ちゃん・・」
「だいたい、奪還屋のオレらがなんで頼まれても無い犬の飼い主捜さねーといけねえんだぁ? そんなことしてる間に、仕事のイッパツでも拾って来いってんだ! 犬の面倒みれる余裕なんかねーだろが!」
「・・・うん・・」
蛮の言葉に項垂れつつも返事だけはして、銀次が子犬を抱いたまま、車を降りてばたん!とドアを閉めた。
やっぱりね・・と、予想がついていただけに仕方がないとは思うのだが、どうにもキモチが落ち込んでしまう。
蛮の言ってることは間違ってはないし、そう言われればあきらめざるを得ないのだが。
でも・・・。
「ごめんな・・」
クゥン?
腕の中の子犬は、気のせいかさっきよりも元気がないような気がした。

もと来た道をとぼとぼと戻り、さっきのコンビニの横の駐車場の壁際に子犬をおろす。
「寒む・・」
ビュウウと通りを吹いてくる風は、冷たくて銀次を身震いさせた。
もうすっかりあたりも暗くなってしまった。
このまま、ここに置き去りにしていったら、コイツは間違いなく明日の朝には凍死しているだろう。
なまじ自分が腕に一度抱いたがために、あたたかい腕から放り出された寒さは、尚一層つらく感じるだろう。
孤独に震えていたところに腕を差し伸べられて、また捨てられた自分が、それは一番よく知っている。
クン・・
物言いたげに自分を見上げるつぶらな瞳に、銀次はクス・・と笑うと子犬を抱き上げ、もう一度腕に抱いて自分もそこに坐り込んだ。
「明日になったら、ぜーったいにおまえのご主人さまをさがしてやっかんな。今夜は俺もいっしょにここにいてやるから、安心しろよ、なっ」




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