『Silence』
3
空明け方になり、蛮のベッドに頭をもたげるようにしてやっと寝入った銀次の肩に、波児がそっと
毛布をかけてやる。 泣き疲れて眠るその顔は、ひどく疲労していて青白かった。 頬には、幾筋もの涙の跡が、くっきりと残っている。 白いシーツの上に点々と残る血の痕。
身喰いをする馬のようだ。と波児は思った。 そうして、自分の傷を自らで広げて血を流す。 あまりの痛々しさに眉を顰め、心の中でそこに眠る男に話しかけた。
なあ、蛮・・・。 いい加減に目をさませよ。 おまえの一番大事なヤツが、こんなままでいいのか・・・? コイツはよく頑張ってたよ。 1人で気丈によく頑張ったよ・・・。
だけどよ、もう限界だ。 このままでは、コイツ自身が崩壊してしまう。
1人で生きてきたころはよかったが、一度他人のぬくもりを知った銀次の心は、 再び降り出す雨の冷たさに耐えられない。 きっと、凍えて死んでしまうぞ・・。 それでも、いいのか? 蛮よ・・・。
だけども。 深く眠る蛮からは、相変わらず何の答えもありはしなかった――
「なあ? 銀次」
めずらしく銀次と蛮のいる部屋を訪れて、少し神妙な面もちで士度が切り出した。 「うん?」 「マクベスから仲介屋に、仕事の依頼があったって話聞いたか?」 銀次が、その言葉に少し不思議そうな顔をする。 「マクベスから? いや、聞いてないけど・・?」 首を傾げる銀次から目をそらし、士度が気まずそうに言う。
「なら、そのうち、おまえんとこにも話が行くだろう。・・・・受けろよな?」 「・・・奪還の仕事?」 「ああ」 「・・・・・・・士度、オレは・・・」
答えにくそうな銀次の声に、士度はばっと銀次に向き直ると、やおら、その両腕を強く掴んだ。
「断るんじゃねえぞ! いいな! 別に、オレと組めってわけじゃねえ。一応IL奪還の時みたく、
チーム編成でって話らしいし。花月もかんでる。まだ、仕事の内容はオレもよく知らねえが、
とにかく受けろ!」 「・・・士度?」
「オメエ1人じゃ何もできねえって、そんなワケねえだろう!? オマエは、仮にもオレたちが付き
従った男だろうが! こんな蛇野郎、寝たままだってどうってこたねえ! オマエは1人だって充分
やってける。オレがいる。それに花月やマクベス、十兵衛だって・・・・!」 「し、士度、ちょっと・・」
驚いた顔で、詰め寄ってくる士度を見、銀次が気押されたように後退する。
いつもの士度じゃない、と感じた。 どこか、おかしい。 いや、おかしいのは自分なのかもしれないけど。
士度が、こんな風におかしいのも、もしかすると自分のせいかもしれない。
思うなり、士度が狭い部屋の壁を手の平でバン!と叩いた。
「オマエのそんな顔を見てっと、なんか堪らなくてよ・・! オレたちの雷帝がこんな男のために、
そんな痩せてフラフラになって、それでも気丈に笑ってんのが、腹立たしくてたまんねえんだよ!!」
無理をしている事を見透かされていると知ってはいても、そうダイレクトに言葉にされると、胸に
突き刺さるように痛い。 銀次は、唇を噛んだ。 まだ新しい唇の傷から、じんわりと血が滲む。 それでも士度の言葉に首を横に振って、静かに答えた。
「オレは、別に無理して笑ってるわけじゃないよ・・。そりゃ、蛮ちゃんがこんなで淋しいけど、同情
されるような覚えはない・・」 眠る蛮の顔を見ながら言った言葉に、士度がカッと目を剥いた。 「同情だと!?」 「・・・・ああ」 「オレのこの気持ちが、同情だってのか!?」
やっぱり、いつもの士度じゃない。 こういうことで、こんな風に興奮する男じゃない。
ましてや自分相手に、こんな風に憤激するようなことはなかった。
だから、尚のこと、挑発するみたいな口調になってしまったのかもしれない。 どうしてこんな風に、自分は奇妙なくらい冷静なのだろう。 まるで、無限城にいた頃の自分のようだ。
無表情に近い顔でゆっくりと振り向かれ見つめられて、文字通り、ケモノのような眼になって
士度が言った。
「テメエの気持ちは、よくわかった」 「どういう意味だよ?」 「そこまで、ソイツに惚れてるってえのなら」 「・・士度?」
「起きねえってのなら・・・・起こしてやろうか? 無理矢理にでもよ・・!」
言うなり、ベッドの脇にいる銀次を押し退けて、眠っている蛮のシャツの胸ぐらを掴んで引き起
こし、いきなりその顔に殴りかかる。 「オラ、起きやがれ蛇野郎!! 死にたくなけりゃあな!」 「士度!? 何するんだ!」
銀次が猛然と、振り上げた士度の拳に掴みかかるようにしてそれを食い止める。 「士度!」 「離せ、銀次!」
「やめろ、士度! いくら何でも、眠ってる蛮ちゃんを殴ろうなんてどうかしてるよ!」 「何っ・・?!」 どうかしていると言われて、ぎらりと士度の瞳が青白い炎に揺らめいた。
ああ。 確かに自分はどうかしている。
自分には守りたい大切な人がいて、その側で満たされていてずっと幸せだった。
いや、それは現在も持続していて、壊す気は毛頭なく、それゆえに彼女にはずっと気づかれない
ようにしてきたつもりだ。
だが、銀次を見るなり押さえてきたものが流れ出してきてしまった。 心がざわついて、荒々しく波立つようなこんな感情は久しぶりだ。
そう、かつて無限城から、『雷帝』が姿を消した、あの時の感情に似ている。
心がざわついて、どうしようもなく苛立って、何もかもがやりきれなくて、虚しいような。
誰のせいでこんなことになってると思ってんだ。 誰のために、こんな苦い思いを毎日噛み締めてると思ってるんだ。 誰のせいで、 誰のために、 こんなに狂わされてると思ってるんだ!
ザッと銀次を振り向いた途端、ベッドに突き落とすように蛮の身体を離すと、いきなり銀次のその
両肩に手をかける。 「な・・・!」
長い爪先が銀次の肩の肉に喰い込み、そのまま恐ろしい力で床の上に引き倒された。 「士度!?」
驚愕の眼差しで士度を見る銀次の瞳が、それでもまだ疑うことを知らずに士度を映している。
何をそんなに怒るのか、憤っているのかと問うような、それでいて諭すようなそんな目で。
「なんで、そんな目で見る!? オレを蔑んでるのかよ!?」
「蔑んで・・? どういうイミだよ? そんなワケないだろ? そんな理由もないし・・・!」
「別に構やしねえ、オメエがそういう気なら・・! オレだって、いつまでも『雷帝』の亡霊に捕ら
われてるわけじゃねえ」 「わ、わけわかんないよ、士度・・! 手を離せ・・!」
「嫌だったら、テメエで振り解け! 蛇野郎の寝てる横でこんな真似されたくなけりゃあな・・・!」
叫ぶように言うなり、士度の手が銀次のTシャツの首もとにかかり、一気にそれをビリビリ・・!と
引き裂く。 「士度!?」
それでも何をされようとしてるのかわからない銀次は、腕を押さえられ、剥き出しにされた肌を
士度の手に撫で回され、やっと激しく抗い出した。 「や、やめろ!士度!? 何す・・・!」 「遅ぇぜ、銀次・・!」 「どうして!?」
「どうして? さあな。けどオレは、たぶん、テメエが無限城にいた時からずっと、テメエにこんな風
にふれてみたかったんだよ・・! ずっとこうしてオレの、オレだけのモンに・・!!」 「やめ・・・・! 士度!!」
足を無理矢理に開かされ、その間に士度が自分の身体を割り込ませてくる。
熱く荒い息が耳元にかかり、そこに士度が吸いつくように唇を寄せてきた途端、ゾッと銀次の背中を悪寒が走った。
身を捩って逃れようとするなり、両手を頭の上に一纏めにされ固定される。
押さえ込まれた腕は、この2ケ月で痩せてしまったせいで、それを解こうともがくけれどもビクとも
しない。 士度のもう片方の手が、乱暴に銀次のベルトを外しにかかった。
「いや、だ・・・!! ば、蛮ちゃ・・・」
(蛮ちゃん――!!)
ヤ・・・・メ・・ロ・・・・・・
「!?」
突然、頭の中に微かに聞こえた声に、士度がピクリと耳をすます。
『そいつに・・・・・さわるんじゃねえ・・・・!!』
脳内を轟くように聞こえた怒号に、士度がはっと顔を上げるのと、銀次が電撃を放ったのは、
ほとんど同時だった。
バチバチッ!と室内で電流が弾け、士度の身体が一瞬で部屋の隅まで飛ばされて、ダン!!と
壁に叩き付けられる。
「う・・・っ!」 「士度・・・」 痺れた状態で倒れ込む士度を、銀次が呆然と見る。 そして、素早く身を起こして駆け寄ると、その身体を抱き起こした。 「ご、ごめん、士度!」 「う・・・・銀次・・?」 「手加減できなかったんだ。ゴメン!」 「オメー、何言って・・」 「ちょっと、やり過ぎちゃった。本当、ごめん。何ともなかった?」 「・・・・・・」 心配そうに言われて、士度が思わず答えにつまって無言になる。
「ご飯、あんまり食べてなかったから、これくらいやっても大して電気出ないと思ったんだけど。
一応ちゃんと蓄えられてるもんなんだね、びっくりしたー」
笑顔にさえなって言う銀次に、士度が、何か恐ろしいものでも見るような目でその顔を見上げる。 「怒らねえ、のか・・?」 「へ? なんで?」 「なんでオメーが、オレに謝るんだ・・?」 「電撃で士度を吹き飛ばしちゃったから」 でしょ?と、さも当然のことのように銀次が言う。 「その前に・・・ オレはオメエを・・」
蹂躙しようとしたんだぞ? しかも無理矢理に。 オマエが想う男の寝ている、その横で。 オマエを暴力で犯して、自分のものにしようとしたんだぞ・・? 電撃で殺したって、飽き足らないくらいじゃないのか・・? それとも、怒る値打ちもないってことなのかよ。
「うわ! オレ、なんでTシャツ破れてんの?? どっかに引っ掻けたっけ? おっかしいなー」 「・・・銀次?」
「ところで、何でオレ、士度にいきなり電撃なんかしちゃんたんだろ? 変だな、ボケてんのかなー」
頭をポリポリと掻いて、心底わからないという顔の銀次に、士度がぞくりと寒気を感じてゆっくりと
ベッドの方を見た。
相変わらず、死人のように眠っていて目を覚ますような兆候こそないが、一瞬だけ、恐ろしく
はっきりとその声と気配を感じた。
しかも、まるで、その一瞬の記憶が抜け落ちているかのように、銀次が振る舞っているのはどう
いうワケだ・・?
いくらお人好しで頭が軽いと(蛮に)言われていた銀次でも、さっきのアレはどういう意図があって
の行為か、それすらわからないほど『コドモ』でもないだろう。
蛮が、そういう欲で銀次にふれることも出来ないくらい大事にしていたとしても、だからといって、
何も知識も持たないほど、そうまで無垢でいられるものか・・?
まさか、あの声のした一瞬だけ、まるで邪眼をかけるようにして、銀次の数分の記憶を消したの
か? そんなことが出来るものなのだろうか?
(銀次を守るために・・?)
「ね、本当に大丈夫? 士度。なんかぼ〜っとしちゃってるけど」 「あ、ああ・・。いや、大丈夫だ」 「で、何の話だっけ?」 「え? あ」 「なんか、仕事の話にきてくれたんだよねえ?」
「あ、ああ・・・。マクベスが仲介屋に依頼したっていう・・。なんでも、アーカイバ?とやらの情報を
奪り還して欲しいとか何とか・・」
「また、無限城絡み、か・・ オレ1人じゃ、ちょっと荷が重いかなあ・・」
「いや、花月やレディポイズンや・・・・。お、オレも・・・ 一緒だしよ」
「そっか・・・。みんな一緒だったら心強いかな。士度も一緒に来てくれるんだし! 蛮ちゃんの分
も、オレ1人で何とか頑張れっかなー?」 「・・・・・・・・」
笑顔になる銀次が、さっきのあの虚ろな瞳をしていた銀次とはどこか違うような気がした。 何がどう、とうまく言えないが。 少し、鋭気のようなものが見える。
ほんの30分くらい前までは、もっと窶れて、ひどく疲労しているように見えたはずなのに。 まるで、どこからか、目に見えないエネルギーをもらったかのようだ。
(まさか・・・・・)
士度の視線が、ベッドの蛮に注がれる。
無意識に守ろうとしているのか、銀次を。 眠ったままでさえ、この男は。
勝ち目はねえか・・・。 いや、もとより勝負にならない事くらいわかっている。
ただ、雲の上のような高い存在だった『雷帝』が、墜ちて、自分の手の届く所に来たことに
血迷ってしまっただけなのかもしれない。 マドカとはまた違う意味で、ずっと恋い焦がれ慕ってきた気高い存在。 本当は、ずっと自分の、自分だけのものにしたかった。 汚してでもいいから、自分の元に置きたかった。 それが適わないからこそ、憧れだったのに。
そして。
自分たちでは手の届かない存在だった『雷帝』を、いともたやすく手に入れ独占した美堂蛮を、 一度はあれほど憎んだのだ。 オレたちの『雷帝』を、ただ1人だけのものにしたこの男を。
「銀次・・・ すまなかった・・」 「え?」
「もう二度としねえ。神に、いや神なんざ、オレは信じねえが。それでも他にねえからな、神に
誓って。二度と、あんなマネはしねえから、どうか許してくれ―」 いきなり足下に跪かれて、銀次が驚いて慌てふためく。
「ちょちょちょっと、士度! ど、どうしたんだよー! あやまんなら、オレの方だって! いきなり
電撃くらわしちゃったんだし! ねえって、士度!」
士度に跪かれ、その上、土下座までして詫びを入れられ、混乱したまま銀次は、帰っていく
士度を見送った。 どうも、おかしい。
なんでそんなに謝られたか、逃げるようにして帰っていかれたのか、こちらにはまったく身に覚えが
ない。 銀次は困惑したまま、蛮のベッドの横に坐り、眠っている顔を見つめた。
「ねえ、蛮ちゃん? なんで士度はオレに謝ったりしたのかなあ・・? 本当にオレの方が悪かった
のに・・」
けど、どうもあの辺り、記憶がもう一つあやふやで、シャツが破れてたのも本当に原因がよくわか
らず、銀次は首を捻った。
もしも仮に、蛮と一度でも『そういうコト』があったとしたなら、士度がしようとしていたこともたやすく
検討がついただろうけれど、実際はふざけて抱きついたり抱きつかれたりが関の山だったので、
知識として頭にあったとしても、まさかそれが男である自分の身に降りかかるなどとは考えても
みないことだったから。 それだけで充分、銀次も士度自身も、幸運といえたかもしれなかった。
でもどうしてかな?と、銀次がまた首を傾げる。 妙に、心の中の、あの重さと鈍い痛みが和らいでいる気がする。
胸の中にあった重い鉛のような感触が、まるでそこに誰かが直接手をつっこんで取り除いてくれた
ような、そんな唐突な軽さがある。
思い切り泣いたのが、やっぱりよかったかな。
なんだか少し、正気を取り戻したというか、久しぶりにおだやかな気持ちでいる自分に気がついて
銀次は眠る蛮の顔のすぐそばに両の腕を枕代わりに置いて、その上に顔をのっけて甘えるように
蛮の頬に自分の頬を擦り寄せた。 「ばーんちゃーん・・」
いつも通り反応はないけれど、今日はなんだか蛮がその声をしっかり聞いてくれているような気が
した。
「オレ、大丈夫だかんね。なんかね、いっぱい泣いたら、ちょっと元気になったみたい・・。だから、
仕事ね、引き受けてみようと思うんだ。ゲットバッカーズ代表で、みんなと無限城に行ってくる。
いつまでもこうしていられないし、オレ、ちゃんとゲットバッカーズの看板しょって頑張ってくるから」
「オレは、1人じゃないもん。蛮ちゃんと、いつも一緒だかんね。だから、きっと頑張れるよ。
・・・ちゃんと・・・。ちゃんと、見てて、よね?」
おうよ・・・。
なんだか、蛮の声が聞こえたような気がして、銀次は顔をほころばせて嬉しそうに笑った。
数日後、HONKY TONKにヘブンが声をかけた面々が集結し、それぞれ思い思いに椅子に
腰掛け、ヘブンの呈示する条件に耳を傾けていた。
士度は、銀次が気になってしようがない様子だったが、当の銀次はいつも通り「士度ー」と平気
でなついてきたし、銀次がそのことを忘れている以上、自分の胸にしまい込んでおくしかないのか
と思っていた。
それは、なじられるよりもずっと、真正直な性格の士度にとってはつらく苦しいことだったが。 いつか銀次のために、本当に銀次が望むカタチで力になる。 それしか術はないのかと、苦い想いを噛み締めていた。
「ってことで・・。報酬は1人100万。どう? 銀ちゃん、士度クン。レディポイズン? それに
花月クン」 「まあ、僕は前回と同じく、案内役なだけなのですけれど」
「報酬は同じで、ってことでマクベス君から聞いてるわよ? 無限城の潜入ルートは入手してる
わけだし、奪還してほしいその『アーカイバから得た情報』とやらも、ターゲットとなる情報屋グループ5,6人が分けて持ってるらしいってことまではわかってるし、まあ、楽勝じゃないかしら」
資料に目を通しつつ、ちょっとひきつり笑いをする仲介屋ヘブンに卑弥呼が即座に低く突っ込む。
「それって、つまり、何もわかってないってことと同じじゃないの? 仲介屋」
「あ、でも、その辺は私よりも花月クンの方が詳しいかなあって。何と言っても案内人だし!」 「頼りになんないわね、ホント、あんたって」 「なによお、レディポイズン! いつもいつも、エラそうに!」
「まあまあ。とにかくその情報屋グループは、例の地下のゴミ処理場あたりで潜伏しているらしく
そこまではマクベスの包囲網で追いつめたようなのですが・・」
「だったら、オレたちに依頼しなくても、マクベスが直接手を下せばいいんじゃねえのか?」 士度の台詞に、花月が手にしていたコーヒーカップを置いて士度を見る。
「バビロンシティのアーカイバの場所を、マクベスが入手していることが上のヤツらに知られるとかなり厄介なことになるんだよ、士度。それで実際奪取するのは外部の人間の方がいいだろうと」 「ふーん・・・。ねえ、ねえ、カヅッちゃん」 「銀次さん、何か?」
それまで皆の話を黙って聞いていた銀次が、ちょんちょんと花月の腕をつつき、にっこりとして
言った。
「ところで、あーかいば、って何?」
「・・・・・・・・・・・・」
「1時間もしゃべらせといて、今頃ソレを言うかな、銀ちゃん?」 「ツッコむヤツがいないと、何かと不便ね」
「・・・・・・んあ〜?」
「ねー、蛮ちゃん」
夜になって、銀次がいつものように、眠る蛮のベッドにもたれるようにしながら話し出す。
「マジでウケちゃったけどさ、奪還の仕事。本当に良かった? オレ1人で決めちゃって、大丈夫
だったかなー」 言いながら、肩を落として、はあとため息をついて天井を見る。
振り払えない不安が付きまとっている。
1人で奪還の仕事をするのが初めてなせいもあるだろうけれど、向かう場所が場所なだけに
不安も必然的に大きいのだ。
戻ってこれるだろうか・・・? ここに。 無事に。 蛮の待つ、この場所に。
「ねえ。蛮ちゃん? 今日はオレ、蛮ちゃんの隣で寝ていい?」
言いながら、もうちゃっかりと自分の枕を持って、ベッドの上の蛮を跨ぐようにして壁際に滑り込む。
「落っこちないよね? あ、オレがソッチに寝るべきなのか・・。でも今夜だけだし、ちょっと窮屈か
もしんないけど、ここにいさせてね」 なんだか妙に壁と蛮との、その狭い空間に入り込んで安心したかった。
こそこそと布団に潜り込み、ちょっと考えてから、持ってきた枕を床に敷いた自分の布団の上に
ぽーんと放り投げた。 ちょっと恥ずかしいけれど、誰も見ていないし・・・・・いいよね?
思いつつ、蛮の腕の中にもぐって、ちょうと腕枕をしてもらっているような体勢になって、えへへvと
満足そうに笑みを浮かべる。
何度かこういうこともしてみたいと思ったりもしたけれど、何となく恥ずかしかったし、第一、そんな
ことをしている最中にいきなり蛮が目覚めたりしたら何て言い訳をすれば?いうこともあって行動
に移したことは今までになかった。 けど、今夜は、ちょっとトクベツだし。
以前、IL奪還の仕事で無限城に向かった時も、こんな風に不安だった。 もしも、 もしも『雷帝』の封印がとけてしまったら。
もしも、『雷帝』である自分が目覚め、そのまま元の自分に戻れなくなってしまったら。
けれど、あの時は蛮が一緒だったから。
大丈夫だと言ってくれた。 オレが絶対そんなことはさせねえから、テメエは安心してろ、と。 そう言ってくれた。
そん代わり、自分で封印を解くようなマネは絶対すんじゃねえぞと・・・。
クギをさされたにも関わらず、実際は自分で封印を解いたような結果になってしまい、後で
たっぷりおしおきされたけど。
今度は止めてくれる人がいない。 それが、とてつもなく不安だ。
「ちょっとだけ、オレ、コワいんだ・・ 蛮ちゃん」
「なんかね、いやな予感がするんだよね・・・」
ぽつんとそうこぼすと、銀次はそんな不安を振り払うように、蛮の身体にぎゅっとしがみついた。
こんな風にしたら、いつもの蛮だったらどんな反応をするのだろう。 「ええい、うぜえな、抱きつくな!」と振り払われるのだろうか。
それとも何も言わず、ぎゅっとその肩を励ますように抱いてくれるだろうか。
前んときは。
不安に強張るオレの頬を、みんなが見てないところでパチンと軽く叩いて、それからいつものように、ひっかけるようにオレの首に腕を回して抱き寄せて。 その耳元で、 「でーじょうぶだ」と、
やさしい声で言ってくれた。
「オレがテメエを守ってやっから」
・・すごく、嬉しかった。
蛮の胸の上に耳を置くと、規則正しい心臓の音が聞こえた。
「蛮ちゃんの命の音だぁ・・」
銀次は小さく呟いて微笑むと、その音を聞きながらそっと目を閉じる。
それはやさしくあたたかい音で、子守歌のように包み込むように、銀次を次第にやさしい眠りへと
誘ってくれた。
もう考えるの、よそう。 なんか、すごくいい気持ち・・。
大丈夫、ちゃんとここに帰ってくっから・・。 待っててね、蛮ちゃん。 かならず、帰ってくっから――
「手筈は整ったかい、朔羅」 「はい、マクベス」 「仲介屋の方から連絡は?」 「予定通り、明日、サウスブロック入り口から潜入するとのことです」 「銀次さんは・・?」 「それも、予定通り」 「そう・・・・」 「マクベス」 「雨流に、十兵衛か」 「オレたちも行こう」
「いや、キミたちは、ここから事の成り行きを僕とともに見守っていてもらう」 「観察には、うってつけだね、この場所は」 「おや、鏡クン。キミまでお出ましとは」
「見せてもらうよ、久しぶりに。無限城ロウアータウンの少年王の描き出す、リアルバーチャル
システムの威力をね」
「そんな余裕はあるかな? もしも雷帝降臨となれば、しかもそれが100%雷帝だとしたら、
このロウアータウンも消し飛んでしまうかもしれない。下層階が無くなれば、バビロンシティもきっと
墜ちるよ?」
「それはそれは。しかし、キミの計算をもってしても、雷帝の力は計れないのかな? そんな途方
もない事が起こりうる前に手は打つんだろう?」
「計算をさせない人だからね、銀次さんは。僕ごときの頭脳ではあの人の行動は計り知れない。
しかも、今回は目的が違う」
「あの男を呼び起こす、そんなことのためだけに、多大な犠牲を払う気かい?」
「僕は本望だけれどね。無限城は、もうあの人のおかげで何度も救われた。あの人のためになら
この城も喜んで墜ちるさ」 「マクベス・・」
「雨流、最悪の時は、キミたちが皆を地下シェルターに誘導してくれ。城は墜ちても、皆の命は
必ず守るよ。・・でも、きっと、そんなことにはならない。僕は、銀次さんを信じてるから。それと、
銀次さんが信じたあの男も―」 「・・あの男は、来るか?」
「ああ、十兵衛。計算高いくせに、人には計算をさせない男だけど・・。必ず、来るよ。それが
ために、こんな大掛かりな仕掛けを作ったんだからね。来てくれないことには、割が合わない」 「この事を、士度には?」
「ああ、彼は真正直で役者には向いていない男だからね。今回の計画からは外してある。
後は花月クンがうまくやってくれるだろう」
無限城の少年王は、コントロールパネルの上を素早く指を動かしながら、薄く不敵に笑って
みせた。
「じゃあ、今度こそ。あたしはここで」
「ええ、ヘブンさん。後は僕が案内人として、責任を果たしますよ、必ずね」 「頼んだわよ、花月クン・・」
サウスブロックの入り口まできて交わされたヘブンと花月の含みのある会話に、卑弥呼がちょっと
ひっかかるような顔をした。
けれども詮索はせず、花月の後を続いて、銀次や士度とともにその入り口の扉をくぐる。
「さ、では急ぎましょう。とりあえず地下から上に続くありとあらゆるルートには、マクベスのシステム
が緊急ブロックをかけていて、鋼鉄の扉がその道を塞いでいるはずですから、逃げ道はないと思
います。とにかく、まずは地下を目指しましょう」 「うん!」
4人そろって走り出し、さんざん以前に上を下をと駆けずり回った階段を目指す。
あの時のように、無限城の住民たちやワイヤードールの攻撃を受けずに進める分、楽はラクなの
だが、どうも頭の中で納得出来ない何かがある。 それを何だろう?と考えて、銀次は走りながら首を捻った。
「ねえ、カヅちゃん。なんかさ、オレ、ちょっと変だなあってことがあんだけど」 「何です? 銀次さん」
「アーカイバって上層階の『倉庫』とか言われてるデータ置き場のことなんでしょ? なんかこの
無限城の謎が隠されてるっていう。それってさ、マクベスがそれを知ってるってだけでもスゴイこと
だと思うのに、その情報屋たちはどこでどうやってそんな、ごく一部とはいえ情報をマクベスから
奪い取れたのかなー。第一、それ使って何をどうする気で・・・」
「それは、アンタが知ることじゃないでしょ。アンタたちの仕事はその情報の奪還で、アタシの仕事
は、アンタたちが奪還した”それ”をマクベスに運ぶだけ。情報の中身や、それがどうやって奪われ
てどうやって使われるか。ってこととはまた別問題じゃない?」 「うん・・・。それはそうなんだけどさー」
「卑弥呼さんの言うとおりですよ、銀次さん。とにかくは奪還が先です。くわしい話はまた奪還後、マクベスから説明も聞けるでしょう」 「うん。そーだね」
あっさりと答える銀次に、今度は花月の方がちょっといぶかしむような顔をして、走りながら銀次
を振り返る。
「にしても、アーカイバって何?って昨日聞いておられたのに。いつの間にやら、よくそんなことまで
ご存じですね?」 「あ? そーだよね?」 「そーだよね、ってアンタ、人事みたいに!」 横から怒鳴られて、銀次がうーん?と走りながら首を捻る。
「オレもなんか不思議で・・・。あ、卑弥呼ちゃん。今日は追尾香も持って来てるんだー?
はぐれちゃった時に、頼りになるもんね。助かるよー」 「え・・っ?」
一瞬、息をつめたような卑弥呼の声に、花月と並んで前を走っていた士度も振り返った。
「・・銀次、オメー、追尾香の匂いがわかんのか? 前に蛇野郎もそんなコト言ってやがったが、
ケモノ並の嗅覚のオレですら、ほとんどわかんねえくらいの匂いだったぜ?」 「そう、でも合ってるよね?」 「え・・・ええ・・・・」 答えながら、卑弥呼が、かなり狼狽しているような顔をする。
追尾香は、たしかに味方に居場所を教える時などに使うのだけれども、それが敵にもわかる
ような匂いでは何にもならないから、限りなく無臭に近い。
半年間、いっしょに仕事をした蛮でさえ、この匂いを嗅ぎ分けるのにはそうとう苦労していた。 教えてわかるような、簡単なものでもない。
兄がいなくなった今は、むしろ、蛮以外に追尾香の匂いがわかる者などいはしないくらいだ。 「・・・・?」
そう思い、少し遅れたせいで前になった銀次の背中を見、卑弥呼は何かが違うと感じた。 背中が、どことなく、いつもの天野銀次の背中とちがう気がしたのだ。
そういえば、この前蛮の部屋で会った時と、どことなく雰囲気が変わっている気がする。 どこがどうとは、うまく説明できないが。
あの疲れきった感じが消えて、ここ数日で以前の天野銀次に戻っているような、そんな気がした。
そして、卑弥呼と同じ事を、士度と花月もまた感じていたのだった。
「ここから、地下に入ります。時間通りですね、間もなく、マクベスがロックを解除してくれるはず
です」
花月の言葉と同時に、行く手を阻んでいた鋼鉄の扉がゴゴゴ・・・と音を立ててゆっくりと開いた。 「あ・・・れ?」 見覚えのあるところに出て、銀次が驚いたように目を丸くする。 1から6までの数字の書かれたドア。 士度が、嫌な顔をした。 「まだあの時のまま、放置されてんのかよ、ここは」 「そのようですね・・」 「なーんか、ヤな感じ・・」 「本当、あの時みたいよね」 立ち止まったまま、皆で呆然とドアを見る。 「分かれて入れってことかよ?」 「そう・・なのかな」 「なのかなって、アンタ、案内人でしょうに!」
「怒らないでくださいよ、卑弥呼さん。僕も、こんな風になっているとは聞いていない。・・・あ、
けれども、改造が加えられて、確か僕らが闘ったあの場所は、今は一つの巨大な部屋になって
いるはずですから」
「ってことは、どの扉から入ろうと同じってことか? しかし、またゲームとやらの駒にされているよう
で気分悪いぜ、マクベスの野郎」 「仕事は楽しんで、という趣向かもしれないよ? 士度」 「なーにが楽しんで、だ」 「んじゃ、オレ行くね」
花月と士度のやりとりも耳に入っていない様子で、唐突にドアの前に立つ銀次に、皆が驚いた
ような顔でそれを見る。
「だって、グズグズしてらんないんでしょ? ここで立ち止まってても仕方ないから、オレは進むよ。
どうせ、みんな1個の同じ部屋に繋がってるんなら、どのドア選んだって一緒だし。んじゃね!」 「ちょ、ちょっと待て、銀次!」 「ちょっと、アンタ!」
とっとと先にドアを開いて行ってしまった銀次に、花月が困ったようにフッと笑む。
「5番・・の扉か。前と同じですね。銀次さんらしいな・・。では僕も、同じに2番に進むとしましょう」 「オレは・・3だったか」 「アタシは4。・・・鬼が出るか、蛇がでるか」 「蛇・・・が出るといいのですけれどね?」 「・・・え?」 花月は意味深に卑弥呼に微笑むと、2の扉を開いた。
扉が後ろで閉じられると、中は真っ暗になってしまった。
それでもあの時と同じように、何かに導かれるように、まっすぐにと足は進む。
『やばくなったら、かならずオレを呼べ。いいな・・!』
『大丈夫だよ、蛮ちゃん。オレたちは、ゲットバッカーズなんだから』
あの時は、蛮とは別の扉に入ったけれど、それでも不思議と不安はなかった。
もう既に、自分がこの扉の先でもう1人の自分に戻るかもしれないと、そんな予感があったのに。
『オレは、もう雷帝じゃない。ゲットバッカーズの天野銀次だよ。ちゃんと『天野銀次』として戻っくるから。蛮ちゃんの隣に戻ってくるから・・!』 と、そんな強い気持ちだったと思う。 雷帝である自分にも、きっと克てると思っていた。蛮がいれば。
今、蛮ちゃんはまだベッドで眠ってるまんまだけど。 どうしてかな。 すごく、1人じゃないって気がしてるよ。 蛮ちゃんといっしょだって、そんな気がしてる。
ゆうべは久しぶりにゆっくりと深く眠って、やさしい夢を見た。
蛮の胸に頬を寄せて眠っていると、眠ったままの蛮の手がゆっくり動いて、やさしく髪を撫でてくれ、それからそっと肩を抱きしめてくれた。
思い出すだけで赤面しそうな夢だけど、おかげで朝になると元気いっぱいになっていて、めずらしく美味しいと感じながら波児の出してくれた朝食をたいらげた。 吐き気も襲ってこなかった。
約束の時間になって、ベッドの蛮のそばに行くと、額に唇を近づけて照れながら軽くキスをした。 「蛮ちゃん、行ってくんね!」
おう、ぬかるんじゃねーぞ?
「うん!」 はっきりとじゃないけれど、確かに聞こえた声に笑顔で頷き、踵を返す。 蛮ちゃんの声が聞こえた。 それだけで、嬉しくて嬉しくて。
大丈夫、 1人だってやれる。 オレは1人だけど、 やっぱ、1人ぽっちじゃないんだから――
卑弥呼もまた、真っ暗な長い通路を歩いていた。
どこまで続くのかと思う長い闇に、卑弥呼の靴音だけがやけにはっきりと響いている。 やっと視界がぼんやりと開け、白い扉が現れた。 それを数秒睨むようにして見、意を決したようにその扉をギィッと押す。
ゆっくりと開かれた扉の向こうには、薄暗い部屋に幾つかの人影があった。 「・・・・?」
その中心に置かれた椅子に腰掛けた少年が、椅子ごとくるりとこちらを向く。 「やあ、ようこそ。レディポイズン」 「あ・・・・あんた・・・マクベス・・・?」
驚いたように瞳を見開く卑弥呼が、そこにいる面々を一睨みし、威嚇するような声色で言う。 「あんたたち・・・グルだったっての?」 「グル、というのはちょっと誤解があると思いますが」
「絃の花月・・・。じゃあ、ビーストマスター、あんたも? 何のためにこんな手のこんだことしてんのよ?」 「いや。オレもハメられたらしいぜ。アンタ同様な」
ふてくされたような士度の言葉に、マクベスがちらりとそれを振り返り、微笑する。
「怒らないでほしいね、士度クン。みんな、銀次さんのためなんだから。美堂蛮がこの先ずっと
眠ったままで、それにより、心の平静を失った銀次さんが気丈に笑いながらも少しずつ崩壊して
いき・・・。それが引き金になって、またキミに血迷われても困るからね」 「な・・・・!」
バッとマクベスを見、顔色を変える士度に、ちらりとそれを睨んでから涼しい顔で微笑んで、マク
ベスが朔羅に命じ、その白い四角の部屋の一面を覆っている巨大パネルに映像を映し出す。
「銀次・・!?」
「こ、これはいったい・・? アンタ、何をさせるつもりなのよ、アイツに!」
「銀次さんは、闘ってるんだ。僕の作り出した敵と。奪還の仕事を果たすために、ね」
数人の、まるで影を纏っているような黒づくめの男らを相手に、銀次が闘っている。 体力が衰えていたというのに、その電撃は凄まじい。
無限城にいることを差し引いても、その無尽蔵なパワーといったら、既に雷帝並だ。 「この空間だけ、通常の約5倍の電磁波が張りめぐらされている」 「なんのために、そんなことを・・・」
「銀次さんがより早く『雷帝』になれるための条件を整えるためですよ、レディポイズン」
「なんで、アイツが『雷帝』になる必要が・・・・ あ、あんた、まさか蛮を・・?」 「そうです。彼に、銀次さんを止めてもらうために」
言って、両手の細い指を組んで、少し淋しげに闘っている銀次を見上げる。 「銀次さんには、あの男が必要なんですよ・・・」 マクベスの言葉に、卑弥呼が少し言葉につまる。
「そ・・・! それは、私にもわかるけど。でも、どうして? 蛮はいづれ目覚めるわ。今、そんな
風にして、不自然に強引に目覚めさせる必要があるのかしら?」 冷静を装って言った言葉に、マクベスが哀しい瞳をしてそれに答えた。 「120年後」 「え?」 「それが、僕の導き出した計算の答えです」 「答えって何の・・」 「美堂蛮が目覚めるまでの、年月です」 「・・・・・・・・・そ、そんなに・・・?」 驚愕の余り、声が震えた。 まさか、そんなに、目覚めまで長くかかるなんて・・! そんなこと・・・! 思う卑弥呼の、瞳が動揺に激しく揺れる。
「自然に目覚めるまで待っていたら、その程度は軽くかかる。銀次さんは、当然の事ながらもう
この世にはいない。ずっと想い続けた人が、自分が永遠の眠りにつく時も眠り続けていたら、
貴女はどう思います? かなしいでしょう、とても。しかも相手はまだ生きていて、死の世界に 行っても巡り会うことすら出来ないのですよ・・」 「そんな・・・・ そんなのって・・・・」
「感傷的な話はそこまでにして。・・・始まったようだよ、マクベス」
「ああ、そうだね、鏡クン・・。さて、どう出るだろうか? ”彼”は」
扉を開いて現れた真っ暗な廊下の先にはさらに扉があり、そこを開くと見覚えのある瓦礫の山
があった。 しかも、ここは今現在のロウアータウンにはもうないはずの場所だ。
かつて、蛮と闘ったときに、すべて消し飛んでしまったはずのイーストブロックのビル倒壊跡地。
足を踏み入れた途端、いきなり黒い影のような男らの襲撃を受けた。
そいつらは、まさしく影のように実体がなく、それでいて、拳を繰り出すと手応えがあり、しかも恐
ろしく強かった。
電撃は自分でも驚くくらい威力を増していて、ここが無限城であるということと、朝食をしっかり
とってパワーを貯められていたという事を考えたとしても、ここしばらくの自分の体力を考えると、
ちょっと不自然な気がした。 しかも・・・。 電撃を交わされた後、ふと出来たスキをついて懐に飛び込まれた瞬間。
<これは、マクベスの計算にすら、無かったことかもしれないが。>
右手が勝手に動いたのだ。 相手の顔面を片手でガッと掴んで、驚く間もなく投げ飛ばした。
・・・・えっ・・? これって、蛮ちゃんのスネークバイト・・?
にしちゃあ、ちょっと、というかかなりお粗末で、蛮ちゃんが聞いたら思い切りゲンコされるとこだけど。 けど、それにしても・・。
思いつつ闘ってる間に、次第に妙な感覚が右手に宿っていくのがわかった。
そして―― 4人を倒したところで。瓦礫の影に殺気を感じた。
ぞくっと背筋が寒くなるような、その場に立っているのさえいたたまれなくなるくらい。 凄まじい殺気。 思わず、数歩後退って身構える。 いったいどんなヤツなのか・・・? たぶん、そいつが、情報屋のボスだろう。
ぞわぞわと足下からせり上がってくる悪寒に堪えながら、銀次はソイツが瓦礫の影から姿を出す
のを待った。 影がゆらめく。 地に映る輪郭が、オーラのようなものを纏ってゆっくりと歩み出す。
それが現れて、こちらを見た途端。
銀次は全身の血が凍りつくような、凄まじい寒気と吐き気に襲われていた。
「雷・・・・・帝・・・・?!」
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