「Please make the world with me」 〜2007.12.17 蛮ちゃんお誕生日SS〜 4. 外に出れば、冷たい夜の大気にあっというまにあたたまった身体が冷やされる。 「うお、さむっ」 自分の身体を抱くようにしながら、急いで岩の風呂に片足を浸せば、ぬかるんだ石にバランスを崩してひっくり返りそうになり、またしても蛮の腕に支えられた。 「こーら。テメエは、いったい何回転ぶんだっての」 苦笑混じりに言われ、頬を染めたまま、銀次がふんだとばかりに唇を尖らせる。 「だってさ、本当に滑るんだもん。この石のあたりとかさー」 ぶつぶつ言いながらも足を入れて、腰の辺りまで湯に浸れば、予想以上の熱さにひゃあと情けない声が上がってしまう。 「ひえぇえ、お湯熱いっ」 「何て声出してんだよ、この程度で」 「だって、熱いよ? 蛮ちゃん、熱くないの!?」 「外気がこれだからな。丁度良いんじゃねえ?」 さして気にもとめない様子で肩まで湯に浸り、蛮がまだ立ったままの銀次を見遣る。 「つっ立ったままじゃ、風邪ひくぞ」 「わ、わかってるけどっ」 蛮に言われ、むむっと顔に無駄に力を入れつつ、銀次が怖る怖るじわじわと湯の中に腰を降ろしていく。 「あちー」 それでも熱いのは一瞬で、しばしじっとしていれば身体も馴染み、確かに外気とちょうど良いバランスの熱さだと感じられた。 「あ、ほんとだ。そうだね、ちょうどいい感じ、かも」 「だろ?」 「ん。ふわぁー、気持ちいい。あったまる〜」 肩まで湯に浸って落ち着くと、銀次がやっと寛いで湯の中で手足を伸ばす。 ついでに、ぷくっと鼻の下あたりまで身を沈めた。 「あ? おい、顔まで浸かるんじゃねえ。溺れるぞ」 「むー。そこまで間抜けじゃないよっ。だってさ、身体はあったまって丁度いいんだけど、ほっぺとか耳は冷たいんだもん」 「だからってよ」 「あー気持ちいいー。ふー、ごくらくごくらく♪」 蛮の言葉などそっちのけで、銀次がふあーと心地好さげに息を吐き出す。その様に、蛮が呆れたように苦笑を漏らした。 「何だよ。ジジイみてえ」 「だって、みんなそう言うじゃん。温泉入ると」 「年寄りだけだっての」 「そうかなぁ。でも、ついそう言っちゃうのワカるよね。ほんっと、極楽♪」 「…まあな」 同意のように頷く蛮に、銀次がふふっと笑んでその顔を見る。 「なんか、得しちゃったね。奪還料は奪還料でちゃんと貰ったのに、良かったのかな?」 「そんだけ価値のあるモンを奪り還してやったんだからよ、まぁ当然だ」 「そりゃあ、売ったらすごい高い値段がつくらしいけど、あの絵。でも、そんな気はないって言ってたじゃん。あの絵の人が初恋だからって」 「俺にゃ、理解できねえけどな。絵に初恋、たぁね」 どれだけ夢見がちで妄想癖のあるガキだったんだか、と蛮がさも馬鹿馬鹿しいというようにこぼす。 本当はそんな風に思ってないくせにーと内心で一人ごちながら、銀次が笑んでそれに返した。 「うーん。けど、俺は気持ちわかるよ。すごいきれいな人だったもん、あの絵の女の人。清楚な感じでさ」 「つってもよ、絵相手に何が出来るワケじゃねえし」 「…何って、なに?」 「そりゃあテメエ。何っつったらナニだろうが。他にあるか」 言って、耳元でそのものずばりの単語を囁かれ、銀次がかっと真っ赤になる。 「んもー、ロマンがないなぁ。蛮ちゃん」 「はん、ロマンだぁ? テメエにゃ言われたかねえな」 「むむっ、なにそれ! 俺はね、ロマンはあるのっ。ろまんすがないだけなのっ!」 真剣な顔で反論されて、蛮が銀次を見、それから思わずくくっと吹き出す。 「そりゃ違いねえ」 「あ、笑った! ヒドイなぁ、あっさり認めないでよー」 「事実だろうが」 「ちぇー」 ぷうとむくれて口を尖らせる銀次に、蛮が喉の奥で低く笑う。 銀次もまた、それにつられるようにしてくすくすっと笑った。 なんだか、つい先ほどまでの気まずさが、まったく嘘のようだ。 もうすっかりいつも通りの二人。 銀次がにっこりして、さりげなく寄り添うように蛮の傍らに行く。 肩を擦り合うほどの近くに並んで、銀次が甘えるように蛮の肩に頬を寄せた。 紫紺の瞳が緩やかに動いて、やさしい色でそれを捉える。 湯が湧き出してくる音が耳に愉しい。心地好い。 気持ちをゆったりさせてくれる、不思議な音だ。 ぶくぶくと鼻の下まで再び湯に浸して、蛮の体温を隣に感じて、銀次が立ち上る白い湯気の向こうをぼんやりと見つめる。 湯に温められた互いの肌の温度が、ひどく心地好く感じられる。 触れ合っている場所から、心が安堵で満たされていく。 ずっとこのままでいたい、などと。互いの胸でついこっそり思ってしまうほど。 湯の中で、蛮の手がゆるやかに動き、そっと銀次の腰を抱く。 囁きは、睦言みたいに。 銀次の耳の傍で、聞こえるか聞こえないかぐらいの微かな低音で。 ――いつも、これくらい近くにいろ。四六時中でも構わねえから。 甘い囁きに、頭の中がとろりと蕩けそうになる。 銀次がそろっと顔を上げたところで、啄むように蛮の唇がふれてきた。 一瞬だけの口付け。 「後は、部屋に戻ってからだ」 「…うん」 こくんと肯き、嬉しそうに頬を染めて、銀次がもう一度蛮の肩に甘える。 部屋を蛮と二人きりにしてもらって良かった、と、内心でしみじみ思う。 後からやってきた面々は、無論和室の大部屋。 もともと奪還チームとして先にホテルに入っていた花月、士度、卑弥呼、ヘヴンは、皆それぞれシングル。 なぜかGetbackersの二人だけが、ツインの部屋をあてがわれた。 にも関わらず、明日は『特別な日』だからと、銀次が無理を言って、その部屋を和室に代えてもらったのだ。 少しでも、二人きりでのんびりした時間を過ごしたかったから。 何せせっかくの温泉だし、滅多に来られることもないのだし。 だから仲直りできて(結局よくわからないまま、はぐらかされてしまったケド)、銀次は本当に心底ほっとしたのだ。 あんな風に気まずいまま、日付けが変わってしまうなんて、あまりにもかなしい。 「蛮ちゃん…」 「…ん?」 「あったかいね」 「…あぁ」 「頭、ちょっと寒いケド」 「…ま。そりゃ仕方ねえ」 「だねぇ」 それでも。12月にしては、まだ今年は随分とあたたかい方だけど。 やはり、夜の外気は凍えるように冷たい。 あたたまった掌で押さえても、頬や耳や髪がすぐにしんしんと冷えてくる。 冬の寒さは苦手だけれど。 それでも、蛮の生まれた季節だから。 やはり、冬が好きだと銀次が思う。 空気は身を切るように冷たいけれど、どこまでもきれいに澄んでいるようで。 身も心も引き締まるみたいで。 蛮の肩で見上げた空では、冬の星座がきれいに瞬いている。 冬の夜空は厳しいけれど、やさしくて。冷たいけれど、澄んでいて。 ――まるで蛮ちゃんみたいだ、なんて。 あぁ確か、俺。 去年、一緒に海に行った時も、海って蛮ちゃんに似てるって。 そう思ったっけ。 結局、何を見ても。 誰といても。 想うのは、 蛮ちゃんのことばかり――。 「蛮ちゃん、俺ね」 「あぁ」 「ちょっと余計なお世話、だったりした?」 突然の主語のない告白に、蛮が首を傾げ、いぶかしむように肩に凭れる銀次を見下ろす。 「は? 何の話だ?」 「うーんと。だから、せっかくこんな風にホテルに泊まってるんだしさ。兄妹水いらずにしてあげた方がいいかなーとか」 「あ?」 「もし蛮ちゃんと卑弥呼ちゃんがそうなら、俺がそばにいてジャマしてちゃ悪いよねーとか、遠慮しなくちゃいけないかなーとか。そんな事…。つい考えたりしちゃった、んだけど…」 言いながら、だんだんに尻すぼみになっていく言葉に、銀次が自分で困ったようにぽりぽりと頬を掻く。 よくよく考えてみれば、自分がそんなことを考え出したあたりから、どうもおかしくなってきたような気がしたのだ。 思いもかけなかった銀次の言葉に、蛮が微かに眉を寄せて息をつく。 「あぁ? 何だ。そりゃあ」 「だ、だってさぁ」 さも呆れたような声で言われ、銀次がますます困ったように身を縮こめる。 そんな銀次の様子を見遣って、蛮がやっと得心がいったというように肩を落とし、深々と溜息を落とした。 「…あぁ、そうか。そういうことかよ」 邪魔、ってえのは。 そういう意味か。 「え?」 一人納得したような言い様に、銀次が訊ねるように顔を上げる。 確かに。いかにも銀次が思いそうな事だ、と蛮が苦笑を浮かべて、滴の落ちてきた前髪を掻き上げた。 「何? 蛮ちゃん」 素直な琥珀の瞳に至近距離で見つめられ、蛮の言葉にも、つい本音が混じる。 「俺ァ、また。テメエは俺と来るより、ガキ共の相手してる方が楽しいのかと思ったぜ」 銀次にとってもかなり存外な言葉に、琥珀が思わずきょとんと丸くなる。 「ガキ共って、誰?」 「テメエの回りによ。取り巻きみてぇに、うじゃうじゃいやがっただろうが。どこぞのアイドルグループのガキ共みてえのが」 言われて、しばし考え、あぁと思い当たって銀次が頷く。 「あー、あの子たちね。なんだか、マクベス直属の部隊を作るとかで、今、そういう子たちを育成中なんだって。戦えるだけじゃなくて、コンピューターのプログラム?とか? なんか、俺、よくワカんないけど、そういうのも出来ないとダメなんだって」 俺だったら絶対入れないよねーと笑う銀次に、やや不機嫌に蛮が返す。 「へえ、なるほどな。てっきり選考基準は見てくれのレベルが高えのと、歌とダンスが得意とかよ。そういうのかと思ったぜ」 「はい?」 「つうか。テメエのグラスに酒注いだり、顔近づけてニヤついて喋くってやがるのがよ。いかにも手馴れてるって感じで、ムカつくっての。いっそ、ホストのが向いてんじゃねえのか」 揶揄するというには、あまりにも悪気たっぷりな蛮に、銀次の瞳がますます丸く大きくなる。 どうやら離れた席にいながらも、蛮はその一部始終を見ていたらしい。 だったら助けてくれたらよかったのにーと、銀次が思う。 実際、肩でも抱き寄せられそうな勢いで腕を回され接近されて、かなり辟易としていたのだ。 どうせ酔っぱらってるんだろうから、言っても仕方ないかと、諦めたけれど。 "せめてヤロウばっかじゃなくて、美人のネェちゃんにすりゃいいものをよ"と、さも面白くなさそうに言う蛮に、銀次が"それは、美人のお姉さんばっかだったら朔羅が怒るからじゃないのかなあ…"と、肩を竦めて苦笑混じりにそれに返す。 大人しそうに見えて、実は彼女はキレたら相当恐いという話だ。(確か十兵衛から聞いたことがある) 嫉妬深そうでもあるし。 ……嫉妬。 ふと、そこで思考を止める。 よくよく考えてみれば。 さっきからの蛮の言い様も、まるで。 銀次が考え、蛮の横顔を見つめつつ、ぱちぱちと瞳をしばたたかせた。 「そうなの?」 「あ? 何がだ?」 蛮ちゃんの不機嫌の原因って。 もしかして。 もしかして。 もしかすると。 「あのさ。もしかして」 おそるおそる、銀次がそろっと言葉にする。 殴られるのは覚悟の上なので、頭は先もって下げ気味。 〈別に何も殴りやすそうな体勢を、わざわざ自分から取らなくてもいいのだが〉 「あぁ?」 「さっきさ。蛮ちゃんが機嫌悪かったのって、もしかして」 「…何だよ」 「俺が、あの子たちとばっか話してたから?」 「――」 一瞬で、蛮の瞳が鋭く切れそうに細められる。 見るからに憮然となった顔に、確信をもって銀次が声を潜めるように言った。 「それって、あの。もしかして、ヤキモチ…」 「あぁあ!?」 「い、いえ別にっ、何でもっ! たぶん俺の勘違いっ… ぬおおお〜〜っ!?」 「何言いくさった、このガキ! あぁ!? 寝言は寝て言えと常日頃から言ってるだろうがっ!」 やおら頭をがしっと蛮の両手に掴まれ、ぐりんぐりんと乱暴に回されて、銀次が"酔うっ、蛮ちゃん酔うからっ!"と、湯を跳ね上げてじたばたする。 それでも有り難いことに鉄拳は落ちてこなかったから、痛い目は見ずに済んだけれども。 さすがにちょっと気持ち悪くなってしまった。 派手な舌打ちとともに、やっと蛮の手から解放され、まだぐわんぐわんと回っているような頭を両手で支え、銀次がふーと息をつく。 「んあー、もうっ、ひどいよ〜」 それでも。 胸から溢れるのは、何とも言えない喜色の想いと、ほのかな笑みで。 頬を染めて、小さく小さく、さも嬉しそうな小声でしみじみ呟く。 「そっか。蛮ちゃん、やきもち妬いてくれてたんだぁ…」 耳聡く聞きつけて、真横からぎろりと凄い顔で睨まれるけれど。 でも今度は、ちっとも怖くない。 ゲンキンだなー、俺ってば。 と自分で思って、綻ぶ口許をどうにも出来ず、にっこり微笑んだまま蛮を見つめる。 どうりで、はぐらかされたワケだ。 そう思うとまた、くすりと笑みがこぼれてしまった。 「何、笑ってやがる」 「え、別に何でも」 「しつけえ」 「あ、ごめん」 睨みつけてはくるものの、否定はしない。 そんな憮然と拗ねたような顔を見て、銀次がまた嬉しそうにする。 言葉は粗暴粗野で、かなりひねくれていたりもするけれど、基本的に感情はストレートなのだ、蛮は。 歪みがない。 愛情も執着も、まっすぐ一途。そして深い。 そんな蛮だからこそ、銀次はいつも心から安心して傍らにいられる。 互いに全部を委ねきれる。 「そういえば。あの子たち。全員自己紹介してもらったような気がすっけど。……あれ? 見事に一人も覚えてないや」 話を微妙に変えつつ、ぽつんと言えば、もう何ごともなかったように蛮がさらりと返してくる。 「どんな鳥頭だっての。まだハムスターの方が物覚えがいいんじゃねえか?」 「何でハムスター? っていうか、だってさ。蛮ちゃんが卑弥呼ちゃんと出てっちゃってから、俺、なんていうか、ホント気もそぞろで。何も頭に入ってこなくて」 「俺ぁ、あのじゃじゃ馬の酔っ払いにゲーセン付き合わされて、格ゲーの相手を延々させられてただけだっての。しかもあの女、俺にどうしても勝てねえからって、さんざんクダ巻いて絡みやがってよ」 「…へ?」 「しかもその挙句に、ロビーのソファでふんぞり返って伸びて寝ちまいやがるわ。さんざんでよ。丁度、波児やらマリーアが通りがかったからよ、後はヤツらにまかせたがな」 「…あ、そうなんだ」 浴衣姿であられもない格好で高イビキ…という、とんでもなく男前な状態の卑弥呼がつい脳裏に浮かび、銀次が思わず絶句する。 さすがにそれは…。蛮に同情してしまう。 「そんな事だからよ。つまんねぇ遠慮してねえで、テメーも来りゃよかったのによ」 「そ、そう…」 とはいえ。 だけども、"それって、卑弥呼ちゃんがそこまで崩れるなんて。やっぱり蛮ちゃんに甘えたかったからじゃないのかなあ…"などと内心で思ってしまい。 銀次が俯き、小さく吐息を落とす。 そして、ずっと気になっていたことを、この際だから蛮に訊ねてみようと思い立った。 それは、かなり勇気のいることだったけれど。 やっぱり、はっきり聞いておかなければいけないことのような気がしたから。 「あのさ、卑弥呼ちゃんはさ」 「あ?」 「その、蛮ちゃんと暮らしたいとか、そういうの思わないのかなー」 「はん?」 突然ぶつけられた疑問に、蛮がさも不思議そうな顔になる。 「だってさ。兄妹ってワカったわけだしさ。やっぱりほら、家族だったら一緒にって」 「さあ? 思わねぇだろ?」 あまりにもさばさばした蛮の応えに、銀次がぱちぱちと瞳を瞬かせ、はい!?と固まる。 「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでそんな即答しちゃうのっ! そんなのワカんないじゃん。蛮ちゃんがそういう風だからさ、卑弥呼ちゃんの方から言い出せないだけかもしんないしっ」 必死な形相で言う銀次に、蛮の方はますます釈然としない、といった風な顔になる。 「はあ? …なんで、テメエがそこまで必死になるよ?」 「だ、だってさ! 気になるし…っ! ていうか、そういう気持ち、蛮ちゃんはないの!?」 「ねぇよ」 「って、そんなあっさり!」 びっくりしたように喚く銀次に、まるきり論外だというように、溜息混じりに蛮が応える。 「あんなのと毎日一緒にいたら、ストレスで胃に穴が空くっつーの」 「…って。だって、昔は一緒に暮らしてたじゃん」 「ありゃあ、邪馬人が一緒だったから、何とかなってたんだっての。喧嘩の仲裁するヤツがいたからな」 「え、えと、でも」 まだ何か言い足りないという顔の銀次に、やれやれまったくと肩を落として蛮が言う。 「だいたいよ。そもそも誰か他人と一緒に暮らすなんざ、そういうの俺は性に合わねえんだよ。半年持ちゃ良い方だ」 「ふうん…?」 蛮の応えに、一応は頷くものの。 あれっ? 俺は数に入ってないのかな? と、首を傾げる。 ていうか。卑弥呼ちゃんは、他人じゃないんじゃあ…? 「で、でもさ。卑弥呼ちゃんの方から一緒に暮らしてって、もし言われたら。蛮ちゃんは、その、どうするの…かな」 それでもどうしても聞いておきたくて、もし先々の覚悟をしておく必要が有るならと、銀次がやや不安げに訊く。 蛮が、さも"しつけえな"と言いたげに顔を顰めた。 「仮に、卑弥呼がそうしたいつったところで、実際問題どうすんだっての。スバルじゃ、狭ぇだろうが」 「へっ!? ば、蛮ちゃんってば、ハナっから車生活前提なのっ!? 別にお部屋借りるとかしたらいいじゃん」 蛮の発想に驚く銀次に、いけしゃあしゃあと蛮がそれに答える。 「面倒臭え」 「いや、そういう問題じゃなくてですねっ」 「気に入ってんだから、いいじゃねえか」 言って、ちらりと紫紺が銀次を見遣る。 銀次が、またきょとんとした。 「…何が?」 「テメエとの車生活」 「――え」 耳元で口説き文句のように囁かれ、その後目前でにやりとされて、銀次の頬が一瞬で、かーーっと熱くなる。 「うっ!? そ、そう、なんだ…! ――っていうか! えと、じゃ、じゃあ! それはともかく、こっち置いといてっ!」 置いといて、とジェスチャー付きでわたわたと言い、真っ赤な顔で半分以上パニくりつつ、さらに銀次が続ける。 「じゃあ! じゃあ、逆に、卑弥呼ちゃんのマンションで暮らしてって言われたら、それはどうすんのっ!?」 「ヤロウ二人で女のマンションに転がり込むってか? 火吹いて激怒しやがるぞ、あの女」 「…へ?」 蛮の言葉にニの句が継げず、銀次が酸欠の金魚のように、口をぱくぱくとやる。 それって、どういう? そりゃあ、俺が一緒だったら間違いなくそうだろうケド。 あ、あれ? ちょっと待って。 な、何か根本的にチガウような。 もしかして、つまり、それは。 「…俺が蛮ちゃんと一緒。っていうの、前提…?」 「は? 当たり前だろうが」 二人して見つめ合って、一瞬固まる。 「…………そう、なんだ」 「何言ってやがる、今更」 つまり。仮に、卑弥呼と暮らすことになったとしても。 そのために銀次を一人放り出すなんてことは、微塵も考えられなかった蛮に気付いて、銀次の胸がきつく締めつけられるようにぎゅっとなる。 嬉しさのあまり、胸がつまる。 言葉が見つからない。言葉にならない。 涙だけが、ただぽろりと、大きな琥珀を溢れて紅潮した頬を流れた。 「…銀次?」 「……あは、そっか…。なんだ、そうなんだ、蛮ちゃん。…蛮ちゃん、てば……もう…っ」 「どうした? 何、いきなり泣いてんだよ」 「な 泣いてなんか、ないけどっ」 ぐずぐず鼻を鳴らしながら言えば、苦笑を浮かべながらも、蛮が銀次の顔を覗き込んでくる。 「んじゃあ、そのでっかい目からポロポロ落ちてるのはいったい何だっての?」 「こ、これは、ですね! す、水蒸気がね…っ、ゆ、湯気がさ、もやもや〜って、上がって、睫毛にこう、溜まって、そ、それが、す、水滴にっ、ぐず…っ」 「相も変わらず、負けず嫌いだな。オメーは」 呆れたようにしみじみ言われ、そっと抱き寄せられて、あやすようにぽんぽんと蛮の掌に背を叩かれ。 銀次が、ぽろぽろと落ちてくる涙をぐいぐいと拳で拭いながら、懸命に反論する。 「ち、ちがうよっ、本当なんだからっ、だから、これはさ」 「へいへい、わかった。まあ、ドッチでもいいがよ」 言いながら、べそをかく銀次の後頭部を包むように自分の肩へと引き寄せかけて。 ふと、蛮が片目を眇めた。 「つうか。――おい、こら」 「ん?」 「まさか。わかってねぇんじゃねえだろうな?」 「う、うえ?」 「こら、こっち向けや。バカ銀次」 「うお!?」 叱りつけるように呼ばれるなり、やおら濡れた手が両頬に添えられ、ぐいと乱暴に蛮に向き直させられる。 痛いよ、と言いかけて。 銀次の瞳が、深い紫紺とぴたりと合わされ、胸がどきりと高鳴った。 怖いくらいの真剣な眼差しに、蛮の掌の下で銀次の頬がぴくりとなる。 「言ってみろや」 「な、何」 「――俺様は、誰のモンだ?」 「え」 「この美堂蛮様は、いったい誰のモンだっての!」 「…ば、蛮ちゃんは、蛮ちゃん…、の」 「おう。それも当たりだ。他は?」 「他は……。お、俺……?」 「疑問形にすんじゃねえ」 「―――俺、の」 「おう」 やや震えながらもきっぱりと告げた答えに、蛮が、さも満足げに唇の端をにやりと持ち上げる。 妙に凄みのある笑みに、銀次の胸がまたどきりとなった。 「わかってりゃいい」 安堵したように告げて、銀次の眦にそっと唇をふれさせる。 「だったら、今後一切。つまらねぇ遠慮なんぞするな」 「――うん」 頷く銀次の手首を強く握りしめ、引き寄せて、その手のひらを自分の頬へと当てさせる。 「テメエのモンだ。有り難えと思うなら、しっかり掴まえとけや」 「……蛮、ちゃん」 力強い宣言に、銀次の胸の奥がわなないた。 何がなんだか、あまりにも予想していなかった言葉にまだ頭が混乱していて。 それでも目と鼻の奥がつんとして、歓喜のあまり、また泣き出しそうになる。 それを懸命に堪えていると、さらに赤く染まった眦にもう一度やさしくキスをされた。 「出るぞ」 「え…!? ちょ、ちょっと、待ってよっ! 蛮ちゃん!」 言うだけ言って、いきなり立ち上がって湯を出る蛮に、銀次があたふたとそれに続いて湯を上がる。 どうやら、いろいろ言い過ぎたことが、俄に照れ臭くなったらしい。 蛮ちゃんらしい、照れ隠し。 銀次は、その背中に、胸で呟いて嬉しげに微笑むと。 まだぐずぐず言う赤い鼻を恥ずかしそうに手で押さえ、ふと落ちてきそうにくっきりとした冬の星空を見上げる。 それは澄んだきれいな光で、そっと。 長湯をし過ぎてのぼせ気味の赤い頬を(そればかりが理由ではないけれど)、ひたりと冷やしてくれているようだった。 ←3 5につづく。 やっとらぶらぶ〜〜v 感想などありましたらぜひ〜v あと一回で終わります。 いやえっちはないよ(笑) あとはほのぼのするだけです(笑) |