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「Please make the world with me」
〜2007.12.17 蛮ちゃんお誕生日SS〜



3.



とりあえず、卓球もカラオケも却下だということはわかったけれど。
そして、二人だけ、皆と別行動が決定したこともわかったけれど。
そして。それは、やっぱりスゴク嬉しい事だし、皆の中から連れ出してもらって、ほっとしているのも事実なのだけれど。
どう見ても、まだいかり上がっている蛮の肩をちらりと見て、銀次がさも困ったような顔になる。
(はあ……。まだ怒ってるし。)
心で深々と溜息を落として、ん?いや、ちょっと待ってと考え直す。
というか。
ところで、俺。
そもそも、なんで怒られてんの…??
一番肝心なことが判らないまま、あれっ?と小首を傾けてみる。


呼ばれた時にすぐ行かなかったから?
でも、だって。あれはさ。
どう考えても、ほいほいついていける状況じゃなかったし。
第一そんなことをしたら、間違いなく卑弥呼ちゃんに嫌われる。
〈いや、もう既にかなり嫌われてる気がするケド。さすがにこれ以上、嫌われ度をアップさせたくはない〉
じゃあ、カヅッちゃんが言うみたいに、俺がずっとカヅッちゃんたちと一緒にいたから?
でも、それはさ。
蛮ちゃんたちについてけないんだったら、そうするしかないじゃんね?
一人だけで行動するのも変だし、第一、ソレかなり淋しい。
そもそもこんな大きなホテルを一人でうろうろしてたら、俺、間違いなく迷子になるし!
そのあたりは、蛮ちゃんもワカってくれてると思うんだ。〈特に迷子のトコ〉
だったら、怒られる理由って何だろう。
ていうか、怒られる理由もないのに、なんで俺、こんなびくびくしちゃってんの?


もしかすると自分でも、"あ、今の失言…"と感じた瞬間があったから。
そのせいなのかもしれないけれど。
今のところ、後ろめたさに起因するキーワードが特に思い当たらない。
困ったなあ。
心底困り果てて、胸で呟く。
だけど、"何でしたっけ"と蛮に問えば、今度こそ間違いなく鉄拳が飛んでくる予感がしたので。
その疑問の解決は後回しにして、ひとまず、急ぎ問いたい方を恐る恐る口にしてみた。
「…ば、蛮ちゃん、あの」
「何だ」
ぞんざいに返され、むむと眉を寄せつつも、遠慮がちに尋ねる。
「あの、ど、どちらへ〜?」
「風呂」
答えは、あまりも端的。
「…はい?」
「だーかーら! 風呂だ、風呂! 文句あっか!」
「お、お風呂っ?」
銀次が、声を高音で裏返して瞳をしばたたかせ、きょとんとなる。
あまりに当たり前過ぎな答えだったので、返ってびっくりしてしまったのだ。








「あのー」
引っ張られるままに連れて来られた大浴場の脱衣所で、さっさと丹前と浴衣を脱ぎ出した蛮を見て、銀次が"えーと、俺はどうしたら?"というようにぽりぽりと頬を掻く。
「ぼさっとしてねえで、とっとと脱げ。あんま時間ねぇぞ」
「え?」
言われて脱衣所の壁の時計を見遣れば、確かに入浴時間終了まであと僅か。
それでも30分はあるから、そうそう慌てることもないだろうけれど。身体洗いや洗髪は、夕方早くに一度汗を流しにきた時に済ませたし。
ひとまず、あっそうかとコクンと頷くと、銀次も同じく籐の脱衣籠を引っ張り出して、ぱぱっとそこへと丹前と浴衣を脱ぎ捨てる。
時間のせいか、どうやら使用されている籠は少しのようだ。
「よかったね。空いてる」
「あぁ」
入り口で渡されたタオルを腰に巻き、濡れたガラス戸をからりと開けば、白い湯気がもうもうと流れ出してくる。
ラッキーなことに、銀次たちと入れ違いに先に入っていた二人ほどが湯を出たため、中はあっというまに貸し切り状態となった。
銀次がきょろきょろとあたりを見回し、自分たちの他に誰もいないことに気付くと、わーいとばかりにリラックスして手足を伸ばす。
「すごいねー、蛮ちゃん! 俺たちだけになっちゃった。貸し切り〜v」
「誰もいねえからって、泳ぐんじゃねえぞ」
「む、泳がないよっ! 子供じゃないんだから」
「前は、泳いでたじゃねえかよ。ガキみてえに、ケツ、プカプカやってよ」
「んあっ! そ、そんなのもう大分前のことじゃんかっ」
「事実だろうがよ」
「そ、そうだけどっ」
あっさりと返され、みるみる顔を真っ赤にして、銀次がつーんと唇を尖らせる。

だってだって、あの時は。
初めて温泉につれてきてもらって、ともかく嬉しくて。
しかも、お風呂には自分たちの他にやっぱり誰もいなかったから。ついつい余計にはしゃいじゃって。
確かに…。思わず泳いじゃったんだケド。

(しかも浅かったから、お尻がぷかぷか浮いちゃって。ケツ丸見えだぞーとか蛮ちゃんにからかわれて、もうほんっとに恥ずかしかった…)
思い出しては、ますます顔が赤くなる。
茹で上がりそうになりながらも、ふと、銀次の目線がちらりと横にいる蛮に移された。
先ほどまでの不機嫌で怖い顔が嘘のように、今は寛いだ表情になっている。
(もう、いつもの蛮ちゃん…?)
いぶかしむように見ながら、銀次がちょっと気まずそうに湯の中で膝を抱える。
もう怒ってないのかな。
だけど、何から切り出していいやら、謝っていいものやら。
いや、いきなりワカらないまま謝っても、きっと余計に怒らせてしまうだけだろうし。
ここは正直に、何を怒っているのかを尋ねてみた方がいいかもしれない。
ちらちらと蛮の横顔を窺いつつ、銀次がああでもないこうでもないと考えあぐねているうち、ごく自然に蛮の方が口を開いた。
「夕方はよ。あんま、ゆっくり入れなかったからな」
一人ごとのようにぼそりと言って、風呂はやっぱこうじゃねえとなと、蛮が心地好さそうに手足を伸ばして息を吐き出す。
「あ、うん。洗ってるうちに団体さん来ちゃったからねー。そうこうしてる間に俺たちのグループまでどやどや入ってきて、なんかスゴイことになってたよねえ。蛮ちゃんってば、いきなり"出るぞ"とか言うし。まだあんま浸かってなかったのにさ」
さも残念そうに言う銀次に、当然だと言わんばかりに蛮が顰めっ面になる。
「…あんなギャーギャー五月蝿え中じゃ、ゆっくり疲れも落とせねえっての」
つっけんどんに言う蛮に、そりゃあそうだけだけど、と相槌を打ちながらも、銀次が小さく溜息をついた。

勿論、理由はそれだけじゃない。
他にもある。
というより、実際そちらの方が蛮にとっては大問題だったのだ。
何せ。
当の本人に、まるでそんな自覚が無いとはいえ。
今でも銀次は、あの中にいる連中にとっては、『特別な存在』なのである。それも破格に。
〈いっそ、"無限城のアイドル"と言ってもいいかもしれない〉
友人だろうが、敬愛する相手だろうが、憧れの対象だろうが。
建前の肩書きに違いこそあれ、とにかく一番に彼らの注目を集めてしまう存在なのだ。
銀次のためなら命を落とすことさえいとわない、そんな盲信的な連中に。


――そう簡単に見せてたまるかっての。
しかもオールヌードだ? 冗談じゃねえ。


呟きと舌打ちは、蛮の内心で。
そんな苦々しい思いがつい表情にまで滲み出たらしく、銀次が蛮の顔をちらりと見て、苦笑しながらも諭すように言う。
「でもさ、蛮ちゃん。ハダカのお付き合いは大事だよ?」
「あ? 何だと?」
「だってさ。いろいろ、正直になれるっていうかさ。日頃出来ない話とかも、こんな風にリラックスしてたら話せるじゃん。普段はあんま仲良くなかったり気まずかったりしても、なんかこういう状態でなら気持ちがほぐれるっていうか」
ぱしゃんと指先で湯を弾いて、銀次が指を組んで気持ちよさそうにぐーんと大きく伸びをする。
そんな薄桃色の頬を見ながらも、蛮の目線はだが、やや尖ったものになった。
「ほーお」
「ん? 何」
じろりと睨むようにされて、銀次が先ほどまでのことをきれいさっぱり忘れた顔で、どしたの?ときょとんと小首を傾げる。
やれやれ、まったく。
気持ちと一緒に、どうやら脳味噌までほぐされたらしい。
"喉元過ぎれば熱さ忘れる"おつむの単純構造は、いっそ羨ましいぐらいだ。
蛮が肩を落として、胸でごちる。
いやもう、今更といえば今更だが。
「ならよ、正直になった所で聞かせてもらおうじゃねえか」
「え、何を?」
問い詰めるような紫紺に、銀次がぴくっとその瞳を見つめ返す。
ややあって、丸い琥珀が明らさまに"しまった"という表情になってしばたたかれた。

――"しまった"というのは、つまり。
"しまった。忘れてた!"
…の、しまったなのである。

「あ! あ、えと、な、な、何…」
「しらばっくれんじゃねえ」
ぴしゃりと言われて、びくーんっとなる。
ぼかりとやられることを予測して、またつい首を引っ込めた。(習慣とは恐ろしいものである)
が、鉄拳は飛んで来ず。
代わりに、低ーい唸るような声が言った。
「さっきからテメエ。なーんで、俺様をシカトしてやがったんだよ?」
「え? えええッ!?」
身に覚えのないことを責められて、銀次が驚きの余り、ぴょこんっと身を躍らせる。湯がばしゃっと音を立てて波立った。


シカトって何それっ?
俺、そんなこと全然っ…!


けれども、すぐさまその誤解を招いたと思われる自身の言動を思い出し。
銀次が、"あー…"と小さく情けない声を上げた。
そういえば、確かにやたらと蛮から視線を逸らしてはいたけれど。


いやっ、だけど。それはっ!
無視とかそういうのじゃ、勿論なくて!
あれはですね。
蛮ちゃんが、だって、怒ってたから。
すんごい怖い顔で、俺のコト睨むし。
だからその、俺、何かしでかしちゃったのかなあと、それでですね。ついつい。


心でたくさん弁解しながらも、実際言葉に出来たのはそのごく一部だったけれど。
「だ、だって、怖い顔で睨むからっ」
「あぁ!?」
「どわっ! ば、蛮ちゃん、いきなり顔近づけないでよっ、びっくりするじゃんか! だ、だから! えっと、だからね」
「はっきり言いやがれ」
問い詰めるように、さらにずいっと間近まで接近されて、思わずわたわたと身を引きながらも、銀次がやや上目使いになる。
そして、口ごもりながらも、反論するように唇を尖らせた。
「だって、蛮ちゃん。俺のコト、すんごく怒ってたみたいだしっ」
「そりゃ、テメエ…!」
怒って当然だろうと言いかけて、蛮が何だと?というように片目を眇めた。そのまま固まる。


待てよ。おい。
そりゃ、どういうことだ。


自身の胸のうちで落として、眉間を寄せる。
あっという間に、そこには深い縦皺が刻まれた。
「でも、俺、バカだからっ、ちゃんと言ってくんないと、なんで蛮ちゃんが怒ってるのか、ワカんないしっ! そんな怖い顔だけされても、びっくりして目逸らすしか出来ないじゃんかっ」
わかるようなわからないような理屈でもって反論する銀次に、蛮の眉間の皺がますます深くなっていく。


ちょっと待て。
つまり、あれか。
――特に深い意味はありませんでした、ってか?



"だって俺、二人のおジャマだもん"



何を戯言抜かしてやがんだ、フザけろよ?と、本気で腹立ったというのに。
当の銀次はそのまま蛮から目線を逸らし、アイドルよろしく無限城のチャラい連中に取り囲まれて、愛想よく楽しげに笑顔を振りまいている。
それを見た途端。蛮の頭の中で、何かがブチッと切れた。
しかもその後も、ヒトの心をさんざん苛立たせ、掻き立てておきながら、何食わぬ顔で無限城の面子と嬉しそうに談笑している銀次が、心底気に入らなかったのだが。
それでもまあ、たまのことだから。今回は目を瞑ってやるかと寛容な〈どこが〉態度を見せていれば。

バカが、いい気になりやがって。
今度は、俺様を完全無視だ。やってられるか。

怒り心頭で、銀次をその輪から無理矢理引っ張り出したのだが。
もしや。


…それだけの話だったってか?


「もうっ、黙ってないで何とか言ってよっ! 俺が悪かったんなら謝るケド、でも、蛮ちゃんが黙っちゃったら、俺、ワカんないままだし、謝ることもできないじゃんかっ! だから…っ」
言いながら、だんだんに銀次に鼻の頭が真っ赤になってくる。
眦にはじんわりと涙。
いや何もそんな、半べそかきながら抗議することでもないだろうに。
ガキか、テメエは。
内心の苦笑は、どうやら実際に蛮の口の端をも持ち上げたらしい。
え?と一瞬きょとんとした琥珀の瞳に、蛮が何でもねえというように小さく舌打って、銀次へと手を伸ばした。
「ふがぁっ!?」
いきなりぎゅうっと蛮の指に鼻を摘ままれ、突然の予期せぬ行為に銀次が妙な声を上げて、湯の中で手足をじたばたと藻掻かせる。
「いだだだだっ、なびっ、ぎゅうびっ!? 蛮ひゃん、いだいいだい、鼻ぼげぢゃいばずっ! んががが〜っ」
「ったく、テメエはっ!」
「痛ぁっ、もう! 何すんの、いきなりっ」
放り出すように手を離され、すっかり真っ赤になってしまった鼻を押さえて、銀次がさらに涙目になった。
「ひどいよ〜、もう」
鼻を押さえながらも、銀次が恨めしそうに蛮を睨んでぶつぶつ言えば、フンとばかりにそっぽを向いて蛮が返す。
「どっちがだ」
「へっ?」
「ひでえのは、どっちだっての」
思いもかけない言葉に、銀次が大きな瞳をさらに大きくして蛮を見つめる。
「………俺?」
やや不安げな顔で銀次がこそっと落とせば、返ったのは盛大な溜息だった。
「まぁ、いい」
「え?」
「今回は、なかったことにしてやる」
自分のことはすっかり棚上げして、偉そうにそんな風に言い放つ蛮に銀次が、はて?と首を傾げる。


そう言われても。
いったい何をなかったことにしてくれるんだろう??


思いはするけれど。
今此処で聞くと、逆ギレされそうなので、また機嫌のいい時を見計らって聞いてみようかなあと考える。
過去の経験からして、蛮がこんな風に誤魔化す時は、往々にして『テメエも悪かったが、まあ俺もちっとは悪かった』パターンなのである。
(無論、基本"俺様"な蛮は、余程のことがない限り、自分から謝ったりしないが)

「え、えと」
「何だよ」
まだ何かあるのかと言わんばかりの横目に、銀次が仕方なしにぼそりと言う。
「あ、えーと。ありがと」
「………おぅ」
バツが悪いと思いながらも、そんな素振りは微塵も見せず、わかればいいんだと蛮がそれに肯き、低くなっている銀次の頭にぽんと掌を置く。
琥珀の大きな瞳が、ちょっとほっとしたような色になって蛮を見つめた。
蛮の紫紺が、自然と細められる。

結局、早い話が。
いつもこんな風に真直ぐに自分を見つめるこの琥珀の瞳が、ふいに自分から逸らされた事が、思いの外、蛮の心をささくれだたせたのだろう。
やれやれだ。
ドライな人間関係を良しとしてきた自分が、こうも簡単に相手の一挙一動に振り回されるとは。
『邪眼の男』の名が廃る。
いや、そんなものは廃らせたところで、別に痛くも痒くもないが。

頭に置かれた大きな手に、今度は髪をくしゃくしゃと撫でられ、銀次がくすぐったそうに首を縮める。
とりあえず、蛮の機嫌が直ったことにほっとして、やっと銀次の口元が綻び、笑みがこぼれた。
「…外、出るか」
「外?」
ふいの提案に、もう上がるの?と残念そうに聞けば、違えよと苦笑混じりに返される。
「露天風呂だ。さっきは入り損ねちまっただろ」
「あ! そっか。うんっ、行こ!」
「時間が時間だからな。ちっと寒いぐれぇかもしれねえが」
「そうだね。でも、もう充分あったまったしね! ちょっとぐらい寒くても全然平気!」
「ま。アホは、風邪ひく心配もねえからな。羨ましいこって」
「むっ、何それ。ていうか、風邪ひかないのって、アホじゃなくてバカじゃんか」
「どっちも一緒だろうがよ。…おら、来い」
「うん!」
湯を出て、腰のタオルを巻き直して、外の露天風呂に続く扉へと向かう。
銀次は、うわーいとさも嬉しそうだ。
ホテルに露天風呂があると聞いた時から、実はかなり楽しみにしていたのだ。
が、夕方はそれどころではなく、夜こそはと思っていたのが、それもどうも叶いそうになかったから。泣く泣く諦めかけていた所だったのだ。
だから、尚、嬉しい。
「こら、走るんじゃねえ。転ぶぞ」
滑らないように歩幅を小さくして、ぱたぱたと子供のように小走りになる銀次の背後から、蛮がやれやれと声をかける。
「だーいじょーぶ! 俺、そんな小さい子じゃないんだから…って、おわ、うわ、わ、わっ」
「銀次!」
「ひえええっ!!」
言っている間に、濡れた床につるりと足を取られ、思いきり勢いをつけて後ろに倒れかけた銀次の身体を、慌てて差し出された蛮の腕が抱きとめる。
「ったく。言わんこっちゃねえ」
背中から抱き止められて、銀次がどきりとしたように真上にきた蛮の顔を見上げた。
包むような眼差しに見下ろされ、銀次の頬がぱあっと赤く染まる。
「気ぃつけろ、阿呆が」
「あ、ありがと…。ふぁ、あぶなかった。後頭部にタンコブできちゃうとこだった」
「あぁ、モロ出しですっ転んでタンコブ作ってちゃあ、かなり格好悪ぃしな」
タオル巻いてるからモロ出しじゃないもんっ、と赤面しつつ唇を尖らせて反論して、銀次が蛮の腕に支えられながら立ち上がる。
振り向くように肩ごしに蛮を見るなり、ふと、くるりと正面へと向き直った。
大きな琥珀の瞳が、じいっと蛮の紫紺を見つめる。
「…何だよ?」
「蛮ちゃん?」
「あぁ?」
「もう、怒ってない、よね?」
「…おう」
「だよね。よかったぁ…」
呟きは小声。
銀次が心からほっとしたように微笑んで、そのまま一歩半ほど前進し、ぶつかった蛮の肩に銀次が甘えるように頬を寄せる。
裸の背に腕を回すと、ぎゅっとしがみついた。
「ずっとあのままだったら…。俺、どうしようかと思っちゃった」
言葉は、随分としみじみしている。
蛮の紫紺が細められ、手が、悪かったというように持ち上がり、そっと包むように銀次の背を抱いた。
「銀次…」
後頭部を撫でられ、名前を呼ばれ、ふと銀次が蛮の肩から顔を上げて見つめれば。
ひどくやさしい紫紺が、銀次を見つめて細められていて。
それにさも嬉しげに微笑んで、銀次が、尚も顔を接近させる。
そして、唇が軽くふれるか、ふれないかのところで。
こんな時間にも関わらず、からりと戸の開く音が響き、数人の中年の男の声がした。
途端に、ばっ!と素早く蛮から身を離し、銀次がくるりと向きを変えると、つるつると足を滑らせながらも小走りにガラス戸へと向かっていく。
「んあぁ、もう時間ないよっ! い、急ごっ、蛮ちゃん! 露天風呂っ」
戸口で蛮を振り返り、元気良く明るく言い放つ銀次の顔は、当然のように真っ赤。
耳も項も真っ赤で、まるで茹で上がった蛸みたいだ。
それを見つめ、蛮が低く笑いを漏らす。
「いくら時間だからって、まさか裸でおっぽり出しゃしねえだろ」
「そりゃそうだけど。でもほら、ともかく急ごうよ、蛮ちゃん!」
「へいへい」
先に立って、銀次がニ重になっているガラス戸の手前の方を開けば、すぐさまひんやりとした外気が流れ込んでくる。
「わー、寒そう」


だけど。
火照った頬と身体には、逆にその冷たさが心地良かった。
















2
4につづく(涙)
まだいちゃいちゃします。
ちょこっと書き直しちゃった、てへ(汗)