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「Please make the world with me」
〜2007.12.17 蛮ちゃんお誕生日SS〜



5.




大浴場を後にして、廊下を並んで歩きながら、さてどうするかと思案する。
銀次としては、ほったらかしにしてきた皆や熱血卓球大会がどうなったかも気になってはいたが(どうせ夏実の圧勝だろう)。
今から合流すれば、笑師の趣味の『カラオケ・朝までコース』に付き合わされる可能性大だ。
皆でそんな風にわいわい騒ぐのも楽しいけれど、せっかくの温泉だし、できれば蛮と二人でゆっくりしたい。
ヘヴンには、”特別に俺と蛮ちゃんだけは連泊にしてっ”と事前に頼んであったので、明日の夜もあるにはあるのだけれど。

今夜のうちにどうしても伝えたい、『大切なこと』があるから。
――やっぱり二人っきりがいい。

そう決めて隣を見るなり、不意に蛮が立ち止まった。
「ん? どったの、蛮ちゃん?」
いきなり立ち止まった蛮をいぶかしむように振り返り、銀次がきょとんと首を傾げる。
見れば、蛮は和風居酒屋の店先で、和紙に描かれたメニューを腕を組んでしげしげと見つめていた。
「蛮ちゃん?」
再び呼びかければ、まだ少し濡れた前髪を掻き上げ、蛮がにやりと店の入り口を指差す。
「入るか?」
「へ?」
突然の誘いに、銀次がさらにきょとんとする。
「入るかって、そのお店に?」
「おうよ。さっきのあんな馬鹿騒ぎの中じゃあ、ろくに飲んだ気もしねえしよ」
飲み足りねえと笑む蛮に、銀次の顔がぱあっと明るくなり、見る見る嬉しそうになる。
「いっ、いいの!?」
「ま。せっかくのご招待だからよ」
「で、でも、ここ高そうだよ。それに俺たち、まだ奪還料貰ってないし」
「金の取り纒めは今回ヘヴンだからな。受け取りは、仲介料ピンハネされて後日ってことだが。ま、いいじゃねえ。どっちにせよ、部屋にツケときゃあよ」
「…セコイね、蛮ちゃん」
「うるせえ。で、どうするんだ? 入るのか? 入らねえのか?」
「入ります!!!!!」
間髪入れずにそう答え、わーいと子供のようにはしゃいで店に入っていく銀次の後ろ姿を見遣り、蛮はやれやれと紫紺の瞳を穏やかに細めた。



照明のやや落とされた店内は、騒ぐような客もなく、上品で落ち着いた雰囲気が漂っていた。
案内されたテーブルは広く、二人きりで使うのが勿体ないくらいだ。
向かい合って席につき、手渡されたメニューを広げ、銀次が嬉しそうに歓声を上げる。
「うわ、どれもこれもすっごく美味しそうなんですケド!」
「あぁ、適当に頼みゃいいんじゃねえ? 好きなだけ食え」
「わーい蛮ちゃん、自分のお金じゃないと太っ腹!」
「うるせえ」
「じゃあね、ええっと! 鶏の照り焼きと豚の角煮と鰻巻と枝豆とチーズのみそ漬と、あん肝とたこわさとゆば巻揚げ出し豆腐と、えーと、あとは明太子サラダと、和風カルパッチョ!!」
「…どんだけ食うんだ、テメエ」
呆気に取られる店員と蛮をよそに、元気いっぱいに銀次が返す。
「だって、おなかすいてるんだもん! お酒もご馳走も宴会場じゃ、ほとんど食べられなかったし!」
「まあ、そりゃあそうだがよ」
じゃあそれで頼むと蛮が告げ、店員が復唱後、付け加えられたドリンクオーダーも確認してテーブルを離れる。
「蛮ちゃんが熱燗って、なんか珍しいね」
「ま、雰囲気だ。せっかくこういう店で飲むんだからよ」
「ふうん。そっか、そーだね」
「つうか、テメエはいつも同じだな」
「酎ハイのライム? だって好きなんだもん。すっきりするし。けど酎ハイばっかじゃなくて、あとほら、ジンフィズとかバイオレットフィズとかスクリュードライバーとかも飲むじゃん」
「お子様好みの甘えやつばっかじゃねえか。にも関わらず、飲んだらすぐ寝やがるし」
「甘いから、まだまだおっけーとか思ってると、かく!っていきなり眠たくなっちゃうんだよねー」
「明るく言ってんじゃねえよ。その後連れて帰る俺様の苦労をちったあ知れ!」
「えへへー、ごめんっ」
屈託なく笑う銀次に、まったくテメエはと蛮が金色頭を一つこづいて、呆れながらも目を細める。
ほどなくして料理が運ばれてき、先程広すぎると感じたテーブルの上は、あっという間に料理の皿で埋め尽くされてしまった。
「わーい、いただきまーす!」
「おう」
「うお、何から食べよう!?」
「何からでもいいじゃねえか、手前から順番に行け」
「はーい、じゃあ枝豆!」
「それじゃあ、いつもと一緒だってえの」
「ええっ、でもコンビニの枝豆とはやっぱ全然違うよー? 豆がさ、どういうのかな、へたってしてないもん。ぴゅって出てくるし、うん、凄いオイシイ!」
「そりゃ良かったな」
ほくほくと豆をほおばり、次はどれにしよっかな〜?と箸を動かし、一口食べては「おいし〜い!」と笑顔になる銀次に、蛮が、コイツは本当に何かしてやり甲斐のある奴だと内心でほくそ笑む。


何でもないことを思いきり喜んで、何でもないことにありがとうと感謝する。
そんな銀次といることで、自分もまた日々気づかされることが増えた。
世の中、まんざら捨てたモンじゃねえ、などと。


「ほら、こっちも食え」
「うん! んわ〜、おいしい! しあわせ!!」
「へいへい、お手軽なこって」
笑んで返す蛮をちらりと見て、銀次が思わずにっこりする。
どうして、好きな人と食べるごはんはこんなに美味しいんだろう、なんて。
しみじみと思ってしまうのだ。
もちろん、どのご馳走もほっぺが落ちそうなくらい美味しいケド。
一人だったら、もしくは他の人とだったら、多分こんなに美味しいと思えない気がする。
そんな風に考えながら、アルコールのせいか、銀次がやや頬を赤らめて蛮を見つめる。
(蛮ちゃん…)


浴衣の上に羽織っている、群青の丹前がよく似合っている。
腕を通さず羽織ってるあたりが、また何か格好いいなあvなんて。
いや、惚気てるワケじゃないけど。
でも不思議だね。
瞳や顔立ちを見ていると、やっぱりドイツの血が流れてるんだなあと感じるけれど。
なぜか、純和風なものもよく似合うんだよね。
もちろん、半分は日本人の血が流れてるんだから、当然といえば当然なんだケド。


「あん? 何をぼーっと見てやがる?」
「男前だね、 蛮ちゃん」
「…あぁ?」
「蛮ちゃんって、やっぱ男前だなあって」
「なーに当たり前のこと言ってやがる」
「あ。照れた」
「アホ。照れてねえ」
「だってこの辺さ、目の下あたり。ひくひくしたもん。照れてる時、よくなるよね、それ」
「…あぁ?」
「大好きだよ、蛮ちゃん」
「……テメエ、早速酔ってるな?」
テーブルに頬杖をついてうっとりと告げる銀次に、蛮がやれやれと眉尻を下げて苦笑を浮かべる。
こいつは、どうやら部屋まで担いで帰ることになりそうだ。
そう予感しながら、酒を注ごうと徳利に指をかけた蛮の手に、銀次が椅子からやや腰を浮かして手を伸ばしてくる。
「あ、俺、やりたい」
「あん?」
「注がせてよ」
「こぼすんじゃねえぞ」
「うん!」
蛮の手から徳利を取ると、浴衣の袂を気にしつつ、銀次が蛮の持つ華奢な猪口に、こぼさないようにと気を配りながらそろそろと酒を注ぐ。
袖から覗く銀次の腕が妙に白く細く見え、浴衣もまんざらでもねえと蛮が内心でほくそ笑んだ。
「こんでいい?」
「あぁ、上出来」
告げて、注がれた酒をくいと呑む様は、実際惚れ惚れするほど男前だ。
銀次が、どこか誇らしげににっこりとする。
「蛮ちゃんってさ。和風のものもよく似合うよね」
「あぁ? だから言ってるだろうが。俺様は土台が違うからよ。何でも似合うんだっての」
「うん! カッコいいよね!」
あっさり肯定されて、蛮の目の下あたりが一瞬ひくっとなる。
まったく、コイツときたら。
「…そこは普通、ツッこむとこじゃねぇのかよ?」
「へ?」
「いや、まあ。テメエにそれを求めても無駄ってモンだろうが」
「え、何。何のこと?」
「いーや、別に。テメエはいっつも脳天気だなって話だ」
「何、それ。ひっどいなあ。あ、俺もひとくち頂戴、熱燗!」
「いいがよ、おいこら! あんま飲み過ぎんじゃねえ。もともと熱燗は得意じゃねえだろが。部屋まで担いで帰るのは御免だぞ」
もう遅い気もするが。
「ええ、そんなに飲んでないよー?」
猪口を持ったまま、けらけら笑う銀次は、やはり既にどうもかなり危なっかしい。
このまま、べたっ!といきなりテーブルにつっ伏して爆睡しそうな気配(よくある)が漂ってきて、蛮が銀次の付近から皿を下げ、手の猪口もそっと取り上げる。
「あ、まだ飲むのにー」
「テメエは、水でも飲んどきやがれ」
「ええ、ひどい〜」
「つうか、眠いんなら、そろそろ部屋に…」
「それにしてもさ。思うんだけどっ!」
「はあ?」
まったく人の話を聞いてやがらねえな?と閉口しつつ、まあ、いいかと寛大な心で蛮が付き合う。
担いで帰るのは、どちらにしても、もう決定事項になりつつある。
なら好きにさせてやるか、とどうやら諦めの境地らしい。
「蛮ちゃんがさー。ドイツで生まれて、ずっとドイツで育って、そんで日本に来たんじゃなくて、俺、ほんとに良かったなあって」
「あ? どういう意味だ?」
「だって、それだったらさ。蛮ちゃん、日本語喋れないかもしんないじゃん」
「だったら、どーよ」
「だったらぁ、無限城で初めて俺と出逢った時もさ。蛮ちゃん、ドイツ語だったかもしんないじゃん。そしたら、そんで俺に何か言ってもさ、俺、さっぱりわかんなかったもん!」
「……なるほどな」
想像して、蛮が眉を顰めさせる。
なるほど。
確かに睨み合ったまま、噛み合わないまま、二人してぼーっと立ち尽くす羽目になったかもしれない。
「だからさ! なーんか、こうして一緒にいることもなかったりしたかもって思うと、そういうのもさ、運命だったりすんのかなーーって…。な、何だよっ! 何で笑ってんの、蛮ちゃん!! 人が真面目に話してんのにっ!!」
「――いや、まったく、その通りだと思ってよ」
言いながら、くっくっと低く笑いを漏らす蛮に、銀次が赤面しつつ、ぶーっとむくれる。
「んもーーーうっ、蛮ちゃん! まじめにきいてよれっ」
やや呂律が回らなくなった口で喚く銀次が、何とも可愛いらしい。
それを横目に見つつ、まだくくっと笑いを噛み締めながら、蛮が心中で愉しげにひとりごちた。

そういうお前だからこそ、四六時中一緒にいても、ちっとも飽きねぇんだろうな、などと。




「だーから、飲み過ぎるなっつったのによ」
「えぇ、そんなに飲んれないよ〜〜?」
「それのどこかだっての」
「んもー、蛮ちゃん。やらなあ、俺、そんなに飲んれないのに〜〜」
「あ! 銀次はん、めっけーー!!」
蛮に肩を貸してもらい、店を出たところで、廊下の向こうからやってきた一団の中から、銀次を見つけた笑師が一人ばたばたと駆け寄ってくる。
「あぁ、銀次はんに蛇ヤローはん! 二人でいったいどこに消えてたんや、探しましたで〜!」
「つうか、そっちはもう終わったのかよ、卓球大会」
「あぁ、それがもうさんざんで! 夏実はん、ほんまにめっちゃ強くて一人勝ち!! みんなもうぼろぼろでっせー。ありゃあ殺人卓球や!」
「…違いねえ」
言葉の通り、ぼろぼろな笑師のいで立ちに、蛮がしみじみと同意する。
「で。これからお二人はどうしますん? わいら、これからやーーっと大人の時間やし、がんがん飲む気でいるんですけど! どうです、一緒に行きまへん? 美女をどびゃー!とはべらして」
「は!?」
瞬時にして背後から突き刺さった卑弥呼やヘヴンの鋭い視線に、笑師が宴会部長宜しく、揉み手をしながらへらへらと振り返る。
「いえ、あの、美女いうのは勿論、姐さん方のことに決まってますがなっ!」
「ね、姐さんってねぇ…」
半笑いのヘヴンと笑師をきれいに無視して、卑弥呼が蛮の前までつかつかと来ると、その肩にぶらさがって頭を垂れている銀次をちらりと横目で睨みつけ、言った。
「夏実ちゃんたちはもう寝るっていうから、今部屋に送ってきた所。波児も腰痛が悪化したからもう寝るって。蛮は? これからどうするの?」
「だーから! 一緒に行きまひょーって、みんなでぱーっと…!」
「だから、あんたには聞いてな…」

「駄目だよっ!!」

卑弥呼の言葉を遮るようにして、いきなり大声で叫んだ銀次に、皆の視線が一斉に注がれる。
いったい何事かと見れば、垂れていた頭をゆっくりと持ち上げ、すっかり据わった琥珀の瞳で銀次が卑弥呼をきっと睨んだ。
「な、なによ、あんた」
「駄目なんだからっ、卑弥呼ちゃん!」
「だから何よ、何の話っ!?」
「蛮ちゃんは行かないよ!!」
「…はぁ?」
怪訝そうな顔で見返す卑弥呼の前に、ぴし!と指を突き出し、さらに銀次が告げる。
「蛮ちゃんは、ひーみーこちゃんには、渡しませんっ! なぜならっ!」




「蛮ちゃんは俺のものだから! なのですーーー!!!」




「―――はぁああ!?」


「つうか、こら銀次。テメエ、酔っ…」




ぶちゅーーっっ!




大宣言をしたかと思えば、やおら蛮の両の頬にがしっと手を添え、そのままその唇に猛然と自分の唇を重ね合わせた銀次に、その場にいた一同が声にならない悲鳴を上げてフリーズした。


「★◎●◇■△#☆ーーーーーっっ!!!!!」


その中で唯一平然と、やれやれと言った顔で蛮が苦笑する。
「まさか、こう来るとはな」
呆れたように蛮が言い、金の髪をくしゃっと撫でれば、銀次がぺろっと舌を出して笑顔で見つめ返してくる。
「えへ、言っちゃったっv」
「早速実行かよ?」
「うん! だって、せいぜいしっかり掴まえとかなきゃなんないんだもん! 蛮ちゃん、俺のだし!!」
「へいへい、上出来」

無論。酔った上のことなので。
明日になれば、こんな大胆なことをしたなどと、さっぱりきれいに忘れているだろうけれど。
それでも、と、蛮が満ち足りた笑みを浮かべた。

「さて、と。銀次も潰れちまったことだし、俺らはもう部屋に戻って寝るからよ。ま、テメエらは朝まで、飲みでもカラオケでも楽しんでくれや」
まだ完全フリーズ状態の集団に手を挙げ言い残し、蛮が銀次の腰に手を添え、自分に寄りかかるようにさせながら逆方向へと歩き出す。



今夜は、このままゆっくり休ませて。
明日は、二人きりでゆっくりしよう。
明日は(いや、もう既に今日になっているか?)、蛮にとっては少しも大した日ではないのだが。
銀次にとっては、一年で一番大事な日らしいから――。





















そして。
二人抱き合うようにしながら眠りについた布団の中で。
銀次が、眠りに溶けそうな琥珀を無理矢理開いて、蛮に告げた。
「ねえ、蛮ちゃん…」
「あぁ?」
「蛮ちゃんのおばあちゃんてさ、150歳くらいなんだよね…?」
「あぁ、そうらしいが?」
「蛮ちゃんもさ。もしかすっと、そんくらい長生きかなー?」
「あ? 何だ、やぶからぼうに」
「蛮ちゃん、そんな長生きだったら、俺さぁ、大変だねー…」
「…は? テメエ、さっきから何言ってる? いいからヨッパライはとっとと寝…」
「けど。俺、頑張る…!」
「…何を?」
「俺、頑張っちゃうよ、蛮ちゃん!!」
「だから、何をだっての」
「蛮ちゃんと一緒に、あと130回でも150回でもっ! 毎年蛮ちゃんに”お誕生日おめでとう”って言えるように、俺、頑張っちゃうから…!」
「――銀次…」
「まずは、いっかい」



「――お誕生日、おめでとう。大好きだよ、蛮ちゃん…」










Please make the world with me

END









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やっと終わりましたーーー!!! 良かったあvv
本当に遅くなってすみません!!!
ていうか、蛮ちゃん半年も遅れて本当にごめんねーー!
お誕生日(すでに夏だが…)おめでとうー!
よろしかったら感想など、ぜひぜひお聞かせくださいませvv
しかし、照れましたわー。このヒトたち、らぶらぶすぎるんだもんv(笑)


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